ターニングポイント その11‐王宮‐
王都へ向かう道中、リーシャは馬車の中でいろいろと考えていた。
もっと手荒な扱いをされると思ってたんだけど、なんか拍子抜けかも。
乱暴に扱われる事も、嫌味を言われる事もなく、馬車の中ではひたすらに沈黙が流れていた。乗せられる前の事を思うと、どちらかというと丁重に扱われている方なのではないだろうか。
リーシャはそんなことを考えた後も外を眺めながら、ノアたちの存在を認めてもらえることはできないか、試行錯誤を繰り返した。
気が付くと風景は森から王都の街並みへと変わっていた。時々リーシャに気が付いた人が手を振ってくれる。リーシャも彼らに向かって手を振り返した。
騎士が言った通り、王都の人たちにはまだ黒竜の存在が知らされていないようだ。
王宮の門をくぐり、建物の前へ到着すると馬車が停止した。少しして扉がガチャリという音を立て、開かれた。
「どうぞ。お降りください」
外から声をかけてきたのは、眼鏡をかけた品の良さそうな男性だった。
服装を見るに、この王宮の使用人。高そうなスーツを着ているし、使用人の中でも上の立場の人間なのではないだろうか。執事長という立場でもおかしくないと思った。
馬車の外へ出ると、王宮の使用人たちが馬車から王城へと続く道の端にずらりと並んでいた。
思わぬ光景にリーシャはその場で固まってしまった。
「あのぉ、なんでこんなに歓迎ムードなんでしょうか?」
リーシャは恐る恐る眼鏡の使用人に尋ねた。
冷たい目を向けられ、陰口をたたかれる覚えはあっても、こんなに歓迎される覚えはなく、意味がわからない。
その眼鏡の使用人は落ち着いた態度を崩すことなく、リーシャの疑問に答えた。
「第2王子のご意向でございます。無礼な態度は一切無いよう、丁重にお迎えするように、とのことでした」
「国王様はそれでよかったのでしょうか……」
「国王様からは、あなた様をお連れするようにとだけ申し付けられておりましたゆえ、待遇等は第2王子のご意向を尊重させていただいた次第です」
本当に予想外だった。
にしても、こんな好待遇の指示を出したのが第2王子とはねぇ。
風の噂でしか第2王子のことは知らないけれど、良い噂を聞いた覚えがなかった。
浮ついた態度に、王族にあるまじき言葉遣い。王宮での悩みの種になっている人物だと聞いた。
兄弟の中で最も次期国王に相応しくないと言われていたような気もする。女性関係にもだらしないとか。
リーシャが、第2王子について思い出していると眼鏡の使用人に声をかけられた。
「それではこちらへ」
「あ、はい……」
リーシャは恐る恐る使用人たちに囲まれた道を歩き始めた。すると使用人たちはリーシャに向かって頭を下げた。
見られているわけじゃないんだけど……これもこれで……こうもかしこまられると落ち着かないよ!
リーシャはそわそわしながらそんな非日常的な道を通り、王宮の入口へと歩いて行った。
王宮内はすべてが広かった。エントランスはパーティが開けそうなほど広く、先へ続く階段も何人同時に上り下りできるのだろうと思えるほど横幅がある。
初めて入ったリーシャは、王宮のあまりの広さに呆然とした。
「こちらでございます」
使用人の声で我に返った。
前を歩く使用人を追って王宮内を歩いていると、別の使用人が眼鏡の使用人の元へ走ってきて、耳打ちをした。
その内容に眼鏡の使用人は眉をひそめていた。
「あの方は……まったく。わかりました。私が行きましょう」
使用人2人の話を少し離れたところで聞いていると、詳しくは聞き取れなかったけれど、玉座の間で来客が国王に謁見していたところ、予期せぬ者が現れたという事はなんとなくわかった。このまま当初の目的の部屋には案内できそうにないという事も。
「あの、大丈夫ですか? 私、馬車に戻って待っていましょうか?」
「いえ、その必要はございません。ただいま、国王様は手がはずせないご用事があるようでして……お部屋を用意いたしておりますので、しばらくの間そちらでお待ちになっていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
「はい、かまいませんよ」
慌てて現れた使用人と別れると、リーシャは眼鏡の使用人に連れられ、用意したという部屋へと案内された。
扉が開かれると、そこはリーシャの家の敷地以上に床面積のある大きな部屋だった。高級そうな置物に見事な装飾の数々。
部屋の真ん中あたりに設置されているテーブルの上には、お菓子とポット、ティーカップが用意されていた。
メイドも3人ほどテーブルの近くで待機している。
「こちらの部屋でおくつろぎになられてください。準備が整いましたらお呼びしますので」
「わかりました」
「……申し訳ございません」
そう言うと、眼鏡の使用人は慌てる様子もなく、礼儀正しままあっという間にその場から消えてしまった。
使用人が立ち去ると、することのないリーシャはメイドたちに話しかけてみた。けれど、メイドたちは最低限の言葉しか返してくれず、話が続かない。
そういう指導を受けているのか、それともリーシャのことを敬遠しているのかは定かではない。
仕方ないので、リーシャは用意されていた菓子を食べて待つ事にした。カップが空くと、何も言わずともメイドが注いでくれる。
ノアたちは大丈夫かなぁ。
ふと頭に3兄弟の顔が浮かんできた。リーシャは3兄弟の安否を心配しながら、黙々と菓子を口へ運ぶのだった。
しばらくの間、リーシャは自分が場違いのように感じる部屋で、落ち着かない気持ちになって過ごした。待つのに飽き、早く自分たちの処遇を決めてほしいと思い始めた頃になると、部屋の扉がノックされる音がした。
「はい、どうぞ」
リーシャは、先ほどの使用人が迎えに来たのだろうと思い返事をした。
けれど、扉の向こうにいたのはリーシャが思うその人ではなかった。
「お前がリーシャか?」
「はい……?」
「ふーん。なんだ、まだ子供じゃねぇか。つまんねぇの」
リーシャは途端に嫌悪の表情になった。
誰、この失礼な男は。
服装から身分の高い人間だということはわかった。どこかで見たことあるような、そうでもないような顔をしているようにも感じられる。
「あなたは誰?」
リーシャの発言に男は驚いた顔をした。
まるで自分のことを知らない人間などいないとでも思っているかのようだ。
「は? お前、マジで言ってんのか?」
「マジで言ってます」
男は空いていた椅子をリーシャの横につけると、その椅子に乱暴に座った。
そしてリーシャの肩に手を回してきた。
「こんなところを、こうしてうろついてるんだぜ? それに見てみろよ、この紋」
男性は服に刺繍された紋を見せつけてきた。それは王宮に仕える者が身に着けることを許された紋ではなく、王家の血筋にしか身に着けることを許されていない特別な紋。
つまり彼は王族、年齢からして国王の息子、王子に当たる人物ということだ。
そして、王子の中でもこんな態度をとるのはただ1人。顔に見覚えがある理由もはっきりした。以前、何かの催し事の時に集まっていた王子たちの中に、この王子の姿を見たのだ。
リーシャの顔からサーっと血の気が引いた。
「もしかして……第2王子の……」
「せーかい。俺は第2王子のフェンリル・ジュレル・ハイド・クレドニアムだ。あんたはフェンリルって呼び捨てで呼んでくれてかまわねぇぜ?」
「いえ、それはさすがに……」
「つまんねぇこと言うなよ。俺はあんたとは仲良くやっていきたい、そう思ってるんだぜ?」
リーシャは対応に困っていた。こうしてグイグイと懐に潜りこんでくるタイプの人間は、基本苦手なのだ。
「えっと、ではフェンリル様?」
「様もいらない」
「けど……」
初めて会った、王家の人間にそんな口を利けるわけがない。
けれどフェンリルはそれ以外許さないとでも言うかのように、何も言わず、口角を上げてリーシャを見ていた。
「えっと……フェンリル。これでいいでしょうか?」
「ん、それで。敬語も外してくれてかまわないんだが」
「えっ⁉ っと……それは後々でもいいでしょうか……?」
呼び捨てだけでも恐れ多いことなのに、友人のように砕けた話し方で第2皇子と話す度胸はリーシャにはない。
それでも強要しようとしてくるフェンリルの対応に困っていると、出入り口の扉が再びノックされた。
リーシャは助かったと思い、表情を明るくした。
「はい、どうぞっ!」
「リーシャ様。国王様との謁見の用意が……」
入ってきたのは先ほどの眼鏡をかけた使用人だった。お辞儀をしていた彼はリーシャの方へ視線を向けると目を見開いた。
「って、フェンリル様⁉ 先ほどお部屋に戻られたのでは……何故ここにいらっしゃるのです⁉」
第2皇子は噂通りの人物で、皆手を焼いているようだ。
驚く使用人を見たフェンリル王子は、まるで自分がやっていることが当たり前とでもいうような態度で言った。
「そんな驚くことないだろう。俺はただ、将来有望な人間に挨拶しに来ただけなんだからさ」
お読みいただきありがとうございます。
この場面の話は1話で納めるつもりが長くなったので2つに分けました。王子とのお話はもう少し続きます。こういった性格のキャラは好きなので出せて良かった。
では、また次回!