ターニングポイント その6‐雷竜の出現‐
「ひっ!」
これから逃げなければいけないというのに、エリアルは雷竜の圧に押され、怯えて縮こまってしまった。
けれど、エリアルがこうなってしまうのも無理はない。初めて敵意を向けられ、しかもそれが強大な力を持つ恐ろしい生き物からとなれば、エリアルでなくとも恐怖でその場から動けなくなってしまうだろう。
リーシャは少しでも恐怖を取り除いてあげなければと思い、そっとエリアルの背をさすった。
「エリアル、大丈夫?」
「う、ん……」
大丈夫ではなさそうだ。エリアルは泣きたいのを我慢しているような顔をしている。
雷竜はリーシャたちの出方を窺っているのか、唸るだけで襲ってくる気配はない。けれどそれも時間の問題だろう。
どんなに怯えているとしても、雷竜が動き出さないうちにエリアルをこの場から離れさせなければならない。そして、連合軍の者たちをこの場所へ誘導してもらわなければ。
「聞いてエリアル」
「な、なぁに?」
エリアルは怯えた声でリーシャの呼びかけに答えた。
「いい? 大丈夫なら、今来た道を戻ってみんなを呼んできて」
「ねぇちゃんは?」
「私はこの雷竜が逃げないように、足止めする」
竜の背には翼がある。この場から飛び立たれてしまえば追うことができず、あっという間に見失ってしまうだろう。
この竜が以前会った火竜のように言葉を交わすことができるのならもっと他の道があるかもしれない。そうでない以上、放っておけばまた滅ぼされてしまう地域が出る可能性がある。
自分だけで討伐は困難と判断したリーシャは、連合軍が到着するまで何としてもこの竜をこの場に留めておかなければならないと考えていた。
エリアルは1人で逃げたくないと、恐怖で体を震わせながらも首を横に振った。
「ねぇちゃん、一人は危ないよ。あの竜のにぃちゃん、僕とリーシャねぇちゃんを……ぼ、僕も戦う!」
「私は大丈夫だから。私が強いの、エリアルも知ってるでしょ? 大会でラディウスにも勝ったんだから!」
リーシャはエリアルにこれ以上の不安を与えないように、力強い視線を向け、自信満々の笑みを作った。
本当は足止めできるかどうかすらも怪しい。この竜が、竜の中でもかなり強力な力を持っているのはわかっている。
エリアルが決断できないうちに、雷竜がついに動き始めた。電気の息吹が2人に向けて放たれた。
視界の端にその攻撃を捉えたリーシャは、瞬時に土の防壁を作り上げた。壁はひび割れ、ポロポロと土を落としながらも、どうにか破壊されることなく立ちはだかっている。おそらくあいさつ程度の軽い攻撃だったのだろう。
「ほらね? 簡単には負けたりはしないから。でも、エリアルと2人で頑張ってもあれは倒せないから、早くみんなを呼んできてほしいの。みんなにアイズリーク跡地に竜がいたから早く行って、って伝えて回って」
エリアルは戸惑っていたけれど、リーシャの目を見て覚悟を決めたようだ。リーシャの覚悟に答えるように、スッと目つきが変わった。
「……わかった!」
エリアルはすぐさま立ち上がると、さっきまで歩き回っていた森の方へ走り出した。
その後姿を確認したリーシャは壁をただの土へと戻し、雷竜の方に向き直った。
「逃がさないし、エリアルに手出しはさせない!」
エリアルは森の中を走った。今までこんなにも必死になって走ったことはない。つらくて何度も足を止めてしまいたくなった。
けれど、リーシャとの約束を守るためにエリアルは足を止めなかった。
向かう先に人影が見えた。
その人物もどこかに向かおうと走っているようだった。けれどその方角を見失ってでもいるのか、途中で足を止めて辺りを見渡している。
エリアルにはその人物の背格好に見覚えがあった。彼が走り出す前にと、慌てて声をかけた。
「ラディウスのにぃちゃん!」
名を呼ぶとその人物はエリアルの方を向いた。やはりラディウスだ。
「君は……リーシャちゃんのところの子だね。さっき竜のような声が聞こえたと思うんだけど、何か知ってる?」
「うん、知ってる! 王都があったところにいた! 僕が見つけたんだ。最初は小っちゃかったけど、今はすっごい大きくなってて、ねぇちゃんが足止めするって!」
焦るエリアルは、とにかく言葉を並び立てた。それで言いたいことが伝わるかどうかわからないけれど、早くリーシャのところへ行ってあげてほしいと一生懸命伝えようとしていた。
ラディウスは焦っているエリアルの姿と王都があったところ、つまりはアイズリークの跡地に竜がいて、それをリーシャが足止めしているという言葉を聞き大体の状態を理解した。このままではリーシャが危ない。
「やっぱり……跡地はきちんと捜索できてなかったんだね。わかった。すぐにリーシャちゃんのところへ行くから、君は他の人にも竜はアイズリークにいるってことを伝えて回ってくれるかい?」
「うん! そのつもり!」
エリアルはコクリと頷いた。
ラディウスなら何があってもリーシャを守ってくれるはず。
エリアルは少しだけ安心し、自分の役割を果たすため再び森の中を走り出した。
人を見かけるたび、エリアルは足を止めることなく竜の居場所を叫び続けた。
けれど、どれだけ連合軍の人に会えても1番会いたいノアとルシアにはなかなか出会えずにいた。
側にリーシャも兄たちもいない。
エリアルの中には不安が募っていった。
「にぃちゃんたちどこへ行ったんだよぉ……にぃちゃぁぁぁぁん‼」
エリアルはついに立ち止まり、雷竜の咆哮に負けないくらいの大声で兄たちを呼んだ。
すると、遠くからエリアルの声に応じる声が微かに聞こえた。
「エリアル!」
「! にぃちゃん‼」
人間では聞き取れないほど遠くから聞こえてくる声。それはよく聞きなれたルシアの声だった。
兄ともう少しで会えると思ったエリアルは「どこにいるの?」と叫び、それに答えて微かに聞こえてくる声を頼りに走って行く。
ルシアの方もエリアルの叫ぶ声を頼りに走っているようだ。聞こえてくる声はすぐに大きくなってきた。
森の中を突き進んでいくと遠くの木々の間から、エリアルの方へ向かってくる人影が見えた。人影は4つ。その中にはノアの姿もあった。
「エリアル!」
エリアルは自分を呼ぶルシアに、勢いよく飛びついた。
このまま泣きついていたかったけれど、今はそんな場合ではないことを思い出した。早くリーシャのところへ戻らなければならない。
「リーシャねぇちゃんが竜のにぃちゃんと戦ってる! 早く行かないと! 竜のにぃちゃん、僕とねぇちゃんを殺すって叫んでた!」
「わかってる。俺らにも聞こえてたから。早く行ってやんねぇとな」
竜の咆哮が聞こえたとき、ノアとルシアはリーシャとエリアルの危機をすぐに悟った。けれど、どこからか響き渡ってきた、たった1度の咆哮だけではどの方角へ向かえばいいかわからなかった。
ノアとルシアはどうにか合流できたものの、どちらも向かうべき方向がわからず困り果てていた。そんなところにエリアルの声が聞こえてきたのだ。
ルシアは、やっとリーシャのところへ向かえると気持ちばかりが先走り、周りの状況が見えなくなっていた。
焦りで余計なことを口走るルシアの後頭部を、ノアがバシンと1発叩いた。
「いって!」
「ルシア。落ち着け。そして口を閉じろ」
「なんだよ! 落ち着いていられるわけねぇだろ! 兄貴も聞いただろ、あの声を! あのヤロー本気でリーシャのことを……」
ノアはルシアの胸ぐらを掴み上げ、小さく冷ややかな声で言った。
「この場にいるのはシルバーだけではない。シュレインもいるんだぞ。あいつは勘が鋭い」
ルシアはハッとした。
エリアルも含め、自分たちが余計なことを口走っていたことにようやく気が付き、気まずそうな顔になった。
「わりぃ……」
ルシアが口を閉じると、ノアは掴んでいた手を離した。
けれどノアの懸念は現実のものとなってしまった。
レインは不審に思う目つきでルシアたちの事を見ていた。
「ねぇ、竜のにぃちゃんってどういうこと? リーシャを殺すって聞こえたって、さっき聞こえてきたのは竜の咆哮だったよね?」
「ちっ」
さすがのノアも頭を抱え、押し黙ってしまった。
どう考えても弁明のしようがない。別々の場所にいたルシアとエリアルが、揃って似たようなことを言ってしまっているため、勘違いとしてごまかすのも難しい。
かといって、リーシャの判断なしに正直に話してしまうこともできない。それで被害に遭うのは主にリーシャなのだから。
そんなときに、助け舟を出してくれたのはやはりシルバーだった。
「レイン。その話はあとだ。今はリーシャと合流するのが先決だ」
「……シルバーも1枚噛んでるってことだね……わかった。今は聞かない。けど、後で必ず教えて」
「……ああ、わかった」
レインは渋々ながらも、この話を保留にすることに納得した。
このまま忘れてくれるのが1番ありがたいけれど、相手はレインだ。そうはいかないだろう。
気まずさを抱えてしまった5人は、急いでリーシャの元へ向かうのだった。
お読みいただきありがとうございます。
今回はちょっとした宣伝をさせていただきます。
この話とは別に、情景描写が1人称の人外×少女のお話を書き始めました! けど、こちらの話を優先して書くので更新ペースに変更はありません。
でわ、また次回!