ターニングポイント その3‐連合軍‐
クレドニアムを発ってから一週間後。
リーシャたちは馬の背に乗り、最北の国の滅びた王都、アイズリークを目指していた。
目的の地へ続く、舗装されていない草原の道を走る馬は4頭。
先頭を走る馬にシルバー。その横にレイン。
リーシャとルシアが2人乗りしている馬がその後ろ。ルシアはリーシャを抱きしめるようにつかまっている。
そして1番後ろを走る馬にノアとエリアルが乗っている。
「ふう……」
リーシャは馬の手綱を握りながら大きな息を漏らした。
「大丈夫か?」
「ああ、うん。こんなに長距離を馬に乗って移動することなかったから、ちょっと疲れただけ」
本当のところ、少し休憩を入れてほしいくらいには疲れていた。
けれど目的地ではリーシャたちの合流を持つ者たちがいる。到着を遅らせることはできないため、疲れを気取られないようにとリーシャは明るく振る舞った。
リーシャはうまく振る舞ったつもりだけれど、虚勢はルシアに見透かされていた。
「わるいな。代わってやりたいけど、俺、馬の扱いとかわかんねぇから」
つかまる腕に少し力が込められたのがわかった。交代できない自分を、ふがいなく思ったといったところだろう。
「大丈夫だって、ほんとに。でも、ありがとね。心配してくれて」
「目的地に着いたら、何でも言ってくれよ。リーシャが休めるように何でもしてやるから」
「ふふっ。ありがと」
2人の間には和やかな空気が流れていた。
ルシアの気づかいのおかげで、気を張って強張っていた体がすっと楽になったような気がした。リーシャは残りの道のりも頑張ろうと思えたのだった。
そんなリーシャとルシアの楽しそうなやり取りを後方で見ていたエリアルは、前に乗っているノアにだけ届くくらいの小さな声で、ブツブツと呟いた。
「むぅ。こんなに長く馬に乗るなら、僕がねぇちゃんと乗りたかった……」
長い時間リーシャにじゃれつけずにいたエリアルは、不機嫌丸出しだった。
別にエリアルはノアと一緒なのが嫌なわけではない。むしろ大好きな兄といられるのは嬉しい。
ただ、それ以上にリーシャと一緒にいられない事が大問題なだけだ。
ノアとしても、ずっとルシアばかりがリーシャと密着しているのは面白くなかった。
けれど、ノアたち兄弟の中で人馬の手綱を握ることができたのはノアだけ。それぞれの体格も考慮すると、必然的にこのような分かれ方になってしまうのだ。
「お前がリーシャと乗ったら、俺とルシアがこの馬に乗ることになる。そうなればこの馬に負担がかかり過ぎてしまうだろう」
「むう……」
「もう少しだ。辛抱しろ」
「うん……」
あまり納得できていないような様子ではあったけれど、エリアルは大人しくノアの背中にしがみつき直した。
ノアとエリアルがそんな会話をして数分もしないうちに、先頭で馬を走らせるシルバーが叫んだ。
「見えたぞ。あの灯台の下が、他のギルドの奴らとの合流地点だ」
リーシャたちが向かっている方角の遠くにある森の中に灰色の灯台が立っていた。
やっとこの長かった旅の終わりが見えてきた。
再びシルバーの口が開いた。
「足場は悪いだろうが、このまま森を突っ切るぞ」
「わかった」
リーシャたちはシルバーの呼びかけに返事をすると、そのまま馬を走らせ、灯台を目指し森の中へと入っていった。
灯台の先端が空高くに見えるほど近づくと、人影がちらほらと見え始めた。すでに到着している他のギルドの人たちだろう。
塔の下の開けた地に到着するとリーシャたちは馬から降りた。
人数の少なさに、みんなこの周辺を見て回っているのだろうか思い見渡していると、塔の側に集まっている集団から、1人の幼げな女性が駆け寄ってきた。
「お疲れ様です。えっと、どちらのギルドの方ですか?」
「クレドニアムだ」
「あ、わかりました!」
シルバーが答えると、女性は振り向いて先ほどまで自身がいた団体に向かって大声で叫んだ。
「隊長ぉぉぉ! クレドニアムの方たち到着しましたぁぁぁ!」
隊長と呼ばれた男性は軽く手を挙げて合図をした。わかったということなのだろう。
その合図を確認した女性は再びリーシャたちの方へ向き直った。
「まだ到着していないギルドがあるので、しばらくご自由にされてください。竜の捜索は明日からになると思います」
「ああ、わかった」
「それで、捜索方法なんですけどーー……」
女性は案内役兼連絡役のようなものを任されているようで、2、3分ほどシルバーと連合軍についてのやり取りをしていた。
リーシャはその話を、甘えてすり寄ってくるエリアルの相手をしながら聞いていた。
この討伐パーティに志願した人数は約50人。半数が魔法使い含む遠距離を得意とする人たちのようだ。そこは問題ないのだけれど、全体数が想定していた人数に圧倒的に足りていないとのことだ。
相手は2つも討伐の部隊を壊滅させているような竜だ。連合軍への参加を躊躇する者が多く出てもおかしくはない。けれど、この人数は大きすぎる誤算だった。
話がひと段落つき、案内役の女性が元居た集団の方へ戻っていくと、それを見計らったかのように1人の人間がリーシャたちに近づいて来た。
「リーシャちゃん!」
リーシャはその聞き覚えのある声の主が誰なのかすぐにわかってしまった。
ルシアが勢いよく彼の方を向き、あからさまに嫌な顔をしている。リーシャの想像通りの反応だ。
声の主はそんな事など気にも留めず、嬉しそうに迷わずリーシャの方へ向かってきた。
「ラディウス」
「君も来てくれたんだね。よかった」
リーシャに名前を呼ばれたラディウスは、微笑みながら両手を広げ、距離を詰めて来た。あいさつ代わりにハグでもしようとしているのだろう。
ラディウスをなんとも思っていないリーシャとしては、抱き着かれるくらいなんということはない。避ける素振りもせず、なすがままにされかけていた。
そんなリーシャとは対照的に、リーシャを守ろうとする2つの大きな背中がラディウスとの間に割り込んできた。ノアとルシアだ。
ラディウスは2人に突然行く手を阻まれ、一瞬驚いた表情をしていた。けれど、すぐにこれはこれで面白いとでも言うような表情に変わり、ノアとルシアの事を見た。
「あらら、番犬が2匹になっちゃったか」
ラディウスのからかうような言葉と態度に、ルシアは即座にムスッとした顔をした。
「誰が番犬だ。俺はお前がリーシャにベタベタしないように見張ってるだけだ」
「だから、それを番犬だって言ってるんだよ。まったく……まさか君たちまでついてくるとはね。この遠征の危なさを聞いてないのかな?」
ラディウスの呆れたような態度にルシアの表情はさらに曇った。
「聞いたうえで来てんだよ! つか、俺らは捜索の手伝いだけで、戦闘の時は待機するから問題ない!」
ラディウスはルシアたちのことを弱いと言いたいのか、普通に心配しているのか真意はわからない。
ただ、どちらにしてもそう言いたくなるのも無理はないとリーシャは思ってしまった。
ノア、ルシア、エリアルの人間としての戦闘の能力では雷竜に手も足も出ないのは間違いない。故にこのクエストの内容が雷竜の討伐だけならば、何を言われても置いてくるつもりだった。
けれど今回のクエストの内容は実際それだけではなかった。肝心な雷竜の所在が不明なのだ。
討伐対象はおそらく体を縮め、どこかに身を隠している。討伐するためには、まず竜が寝床にしている場所を見つけ出さなければならない。
捜索ならノアたちにもできる。探す目は多いに越したことはないと考えたリーシャは3人をここまで連れて来たのだった。
ルシアがラディウスへ噛み付き始めてしばらく経つけれど、なかなか苛立ちが収まる様子はない。
ルシアはそんな調子でムッとした顔をしているけれど、ラディウスは楽しそうだ。実はルシアのことを気に入っているのかもしれない。
そんな2人のやり取りに他のメンバーが飽き、各々がしたいように休息を取り始めた頃、馬に乗ってこの集団に近づいてくる一団が現れた。新たに到着したギルドの人間だろう。
リーシャたちが到着した時のように、案内役の女性が近づいていき、何かを話し始めた。
「隊ちょぉぉぉ! 全ギルド揃いましたぁぁぁ!」
女性のその声に、隊長と呼ばれる男性が灯台の入口にある階段部分に上った。
「さて、各ギルドの諸君、聞いてくれ! この度は危険なクエストにもかかわらず集まってくれたこと、心より感謝する。ありがとう。今日到着したギルドも多いので、捜索は明日からにしようと思う。こちらでギルドごとの捜索範囲は決めさせてもらっているので、どう捜索するかは各ギルドで決めてほしい。詳細は明日改めて発表する。各自、明日に備えて万全の体調に整えておいてくれ。以上だ」
それだけ言うと男性は、自身のギルドの仲間と思われる集団へと戻っていった。彼も明日のことについて話し合うのだろう。
その他のギルドも、それぞれで話し合いを始めた。
お読みいただきありがとうございます。
本当はわちゃわちゃしている回は今回で終わらせたかったのですが……いつもの倍の長さになったので分けました。切るつもりがなかったところで切ったので、切り方が微妙だけど、仕方ない……今日か数日中にもう1話更新しようと思います。
でわ、また次回!