武闘大会 後日談1
武闘大会が閉幕して1週間。
リーシャは自宅へ帰ってからも家から出る気になれず、大半の時間を自室に引きこもって過ごしていた。
武闘大会の決勝戦の翌日に行われた閉会式を、リーシャは結局体調不良ということで欠席した。
1度は会場に向かおうと覚悟を決めた。
けれど時間が経つほどにラディウスに対してしてしまった記憶が重くのしかかり、周りが自分へどんな視線を向けてくるのかが怖くて足がすくんでしまい、結局会場へは向かえなかった。
自宅に戻ってからも買い出しに出かけなければと思い何度も起き上がろうとした。
けれど、どうしてもふとした途端にあの大会での出来事を、感覚を思い出してしまう。その度に王都で暮らす人たちはどうなのだろうと怖くなり、出るに出られずにいた。
この日も、リーシャは朝からベッドでシーツにくるまって鬱屈した気分で過ごしていた。
リーシャは自分に割り当てられていた家事のために自室から出ることもあった。けれど、ほとんどの事は3兄弟が元々受け持ってくれるようになっていたため、こうしてじっとしている時間の方が長かった。
そんな自分をいつまで凹んでいるんだと情けなく思う事もしばしばあった。
いつになったら気にならなくなるんだろう……
リーシャはシーツに包まりながら、そんなことをぼんやりと考えていた。
部屋の扉が叩かれた音がした。
普段なら返事を待つ訪問者たちは、リーシャの応答を待たずにドアを開け、部屋へ足を踏み入れた。
「おーい、リーシャ。いいかげん出て来いよ。もう昼過ぎてるぞ。おーい……出てこねぇとエリアルが潜り込んじまうぞぉ」
ルシアはリーシャが横になるベッドのすぐそばから声をかけた。
ずっとこの調子のリーシャを心配して、ルシアはこうして毎日のように声をかけていた。
ルシアだけではない。ノアもエリアルも心配して外へ連れ出そうといろいろしてくれた。
今日はこのままでいたいけど、ずっとこのままというわけにはいかないし……どうしよう。せっかく声をかけてくれてるし……でも……
そんなことを考えていたリーシャは返事をできずにいた。
ルシアはリーシャからの返事を待った。けれど一向に返ってくる様子はない。
出てくる気力がないのか、それともただ寝ているだけなのか。
どちらにせよこのままというわけにはいかないと思ったルシアは、仕方なく作戦を実行することにした。
ルシアは側で待機していたエリアルに目で合図を送った。
それを見たエリアルは頷くと、リーシャが潜り込んでいるシーツの中へともぞもぞと入り込んだ。
ルシアが夜中にリーシャのベッドへ潜りこんだ時は、あれだけ大騒ぎをしていたのだ。きっと驚いて顔を見せるはずと考えたのだ。
「…………」
もぞもぞしていたシーツが止まったかと思うと、突然エリアルがシーツの中で大声を上げた。
「ルシアにぃちゃん、大変‼」
「どうした⁉」
リーシャは体調を崩して寝込んでいたのだろうかと、ルシアは焦った。
今日、ノアはシルバーとクエストに向かったため不在。頼りになる兄はいない。
リーシャに何かあっても適切に対応できないかもしれない。
リーシャがいなくなるような事態になってしまったらと考えただけでぞっとし、ルシアは息を呑んだ。
「ねぇちゃんがぎゅっとしてくれた‼ もう僕ここから出たくない‼ おやすみ‼」
懸念が外れ、ルシアは息を吐きだした。
「なんだ、そんなことか。驚かせんなよ。リーシャに何かあったんじゃねぇかって焦っただろーが。それなら問題な……」
安堵感で一瞬聞き逃しそうになったけれど、エリアルは今聞き捨てならないことを言っていた。
“ねぇちゃんがぎゅっとしてくれた”?
自分の時とのあまりの差にルシアの中にモヤモヤとした感覚が沸き上がった。嫉妬したのだ。
「……じゃねぇ‼ お前だけずるいぞ、エリアル‼」
「うわあ!」
ルシアはシーツの中へ手を突っ込むと、エリアルの足をつかんでベッドから引きずり出した。
引きずり出されたエリアルの方はというと頬を膨らませながら、ルシアを乱暴に叩き始めた。
「もう! せっかくねぇちゃんがぎゅってしてくれたのに、ひどいよ!」
「いてっ! いててて! わかった、悪かったよ! 悪かったからやめろって!」
加減を知らないエリアルの攻撃に、ルシアは嫉妬しているどころではなくなってしまった。
エリアルは、ルシアが本気で痛がっているとがわかると、不満満載の顔のまま叩く手を止めた。
猛攻が止まるとルシアは一息ついた。
不機嫌なエリアルを混ぜてリーシャと話をしていたら、また地雷を踏みぬきかねない。
そう思ったルシアは腰をかがめてエリアルと目線を合わせると、ご機嫌取りも兼ねて頭を撫でた。
「なあ、エリアル。リーシャと少し話をしたいから、先に向こうに行っててくれるか?」
「僕がいちゃダメなの?」
「ダメってことはないけど……」
下手に言えば、その時点でエリアルは喚くだろう。
事を荒立てずにエリアルを立ち去らせる方法を、ルシアなりに一生懸命考えた。
そして1つの作戦を思いついた。
「あのな、今リーシャは調子悪いみたいだし、俺ら2人と同時に話してたら疲れると思わないか?」
「うん、思う」
「だろ? だから、ちょっとの間向こう行っててほしいんだ。戸棚の中に俺の分のおやつが入ってたはずだから、それ食っててもいいからさ」
「……わかった」
エリアルはしぶしぶ頷いた。
最後に一発バシンと音を立ててルシアを叩くと、エリアルはそのまま別の部屋へと走って行った。
その想定外の攻撃が相当痛かったようで、ルシアはしばらく叩かれた腕をさすっていた。
そして、リーシャが丸くなっているベッドへ腰をおろした。
「大丈夫か?」
「……うん。そっちこそ大丈夫? すごい音してたけど」
リーシャはシーツの中から答えた。
「大丈夫。けど、かなり痛かった。エリアルのやつ、加減ぐらいしろっての」
「……そう……」
話題はすぐに途切れ、再び訪れた沈黙にルシアは項垂れた。
こんな状態のリーシャがいったいどんな話ならば食いつくのか、ルシアにはわからなかった。
「はぁ……いつになったら吹っ切れるんだよ。てか、こうやってじとしてるよりさ、何かしてた方が嫌なこと考えずにすむんじゃねぇの?」
「うん……明日から頑張る」
「明日って……」
ルシアは学んでいた。
明日からという言葉はあてにならないという事を。
だからあえてルシアはリーシャに尋ねた。
「それ頑張れないやつじゃね?」
「……」
「おーい」
また黙り込んでしまった。
一向に調子を取り戻せずにいるリーシャに、ルシアは難しい顔をした。
何かいいきっかけでもできねぇかなぁ。
トントン――
ルシアの声をシーツ越しに聞いていると、家の扉を叩く音がうっすらとしたような気がした。
それを肯定するように別の部屋にいたエリアルが大声で叫んだ。
「ルシアにぃちゃーん! 誰か来たよー」
「はいよー、今行くー」
エリアルはおやつを食べている途中で、出る気はないようだ。
ルシアは立ち上がり、玄関へと向かった。
誰だろう。わざわざこんなところまで。
手紙や荷物は王都のギルドに届くように申請している。よほどの用事がない限り、魔物がうろつく森の中を通ってこんなところまで訪れる人もそうはいない。
扉が開く音がした後、すぐにルシアの驚いた声が聞こえた。
「なんでアンタが来てんだよ!」
何か会話をしているようだけれど、あまり歓迎はしていない様子だ。
けれど家の中へは招き入れたらしい。リーシャの部屋へと向かってくる足音は1人分ではなかった。
「リーシャ、客が来たぞ。勝手に家いれたからな」
ルシアに続いて誰かがリーシャの部屋の中へ入ってきた。
さすがに客人の前でこのままシーツにくるまったままというのは失礼だと思ったリーシャは起き上がろうともぞもぞとし始めた。けれどなかなか踏ん切りがつかず、顔すら出せずにいた。
そんな事をしていると、訪問者が声をかけてきた。
「こんにちは、リーシャちゃん」
リーシャはぴたりと動きを止めた。
その声には聞き覚えがあった。最近この声を聞いたような気がする。
どこで聞いたんだっけ……そう言えば、あの大会で聞いたような……
そこまで思い出すと、声の主が誰かがすぐに思い当たった。
「! ラディウス‼」
リーシャはくるまっていたシーツから勢いよく飛び出した。
訪問者の方を見ると、そこに立っていたのは本当にラディウスだった。
身だしなみを整えていないことを思い出したリーシャは、ぼさぼさになった髪を軽く手で梳かした。
こういう事には無頓着とはいえ、さすがに寝起きのような格好を見られるのは恥ずかしくて俯いた。
「その……こんな格好でごめんなさい。腕は……大丈夫?」
「腕? ああ、うん。あの翌日には治ってたし、もう平気さ。ほら」
ラディウスは言葉を証明するように、右腕を動かしてみせた。動きにぎこちなさは微塵もない。
「それならよかった」
本当にきちんと治った様子に、リーシャは胸を撫で下ろした。
それにしても、なんでわざわざこんなところまで来たんだろう。
ラディウスの住むストレゼウムとはかなり距離がある。王都、クレドニアムに用事があって来たのだとしても、リーシャの家はついでで来るような場所ではない。
そもそもラディウスとリーシャは用事もないのに会うような仲でもない。
どう考えてみても、ラディウスが訪れた理由は分からなかった。
「あの……今日は何か用があって、うちに来たの?」
リーシャは何気なく聞いてみた。
「用があったわけじゃないよ。この辺りに逃げた魔物の討伐クエストで来てたんだ。クエストを終えてから君がクレドニアムのギルド所属なのを思い出して、せっかくだしと思って会いに行ったんだよ」
ラディウスは窓の外に生い茂る森へ視線を向けた。
「けど、まさかこんなところに住んでいるなんてね。しかも大会終わってから一度も顔出してないんでしょ? ギルドの人たち心配してたよ?」
「うん。ちょっと最近調子が良くなくて」
リーシャは無理やり口角を上げた。
そんなリーシャに違和感を持ったのか、ラディウスはじっとリーシャの事を見つめた。
「ラディウス?」
「ねぇ、何が君をここに閉じ込めているんだい?」
「え?」
やつれ気味に笑うリーシャを見たラディウスは、閉じこもる原因は体調の問題ではないと感じ取ってしまったらしい。おそらく誤魔化そうとしても無駄だろう。
リーシャは以前ノアたちに話した、幼いころのトラウマについてラディウスにも話始めた。ラディウスは適度に相槌を打ちながら、リーシャが話しやすいように耳を傾けていた。
そして話が終わると、ラディウスは大したことでもないというような態度で言った。
「へぇ、そんなことがあったんだ。でもさ、知らない相手からなんて思われようと別にいいじゃないか。俺なんてよく知らない相手から脳筋とか女たらしとかイカレ野郎とかいろいろ言われてるけど、全く気にしてないよ?」
「えっと、それはさすがに……」
それ言っているのはラディウスの事を僻んでいる男性たちだろう。
だとしても、あまりの内容の悪口にリーシャの表情は曇った。もし自分がと考えると胸が締め付けられるような感覚に襲われた。
ひどい悪口……けど……それを気にしないラディウスは、ほんとに強いな……羨ましい。
ラディウスは、何故憐れみながらも羨むような視線を向けられるのか理解できないといった様子で、首をかしげた。
「だってお互いよく知らない相手だよ? 今後かかわるつもりはないし、言いたいヤツには言わせて、ほっとけばいいって思わない? 俺は仲間から信頼してもらえていればそれでいいと思ってるし」
ラディウスの言うことには、リーシャも一理あった。
けれど、そう思いたくても思えないのだからこうして引きこもりになっているのだ。
リーシャの表情は浮かないままだった。
「でも、あんなことがあったから……今まで仲間だと思ってた人とか街で話をしてた人に怖がられて距離置かれるかもって思っちゃうじゃない?」
一番の不安要素はそこなのだ。
いろんな人から異質なものを見るような目を向けられることが怖かったわけではない。
これまで一緒に戦ってきたギルドの仲間や今まで仲良くしてくれていた街の人たちが恐れて、離れて行ってしまうかもしれないのがリーシャにとって一番怖かったのだ。
そう気がつくと、ラディウスはリーシャに優しく笑いかけた。
「あれ? 俺さっき言わなかった? ギルドの人たち心配してたって。俺に話しかけてきた人たちも同じだった。それに、俺は腕を切り落とされた張本人だけど、君のことを怖がっても嫌ったりもしてないよ。というかむしろ……」
ラディウスはリーシャの両手をとり、握りしめた。
これまでの話で、なぜいきなり手を握られたのかわからないリーシャは混乱した。
「ねぇ、リーシャちゃん」
「はっ、はい……なんでしょう……」
「俺のいるパーティに入らない? ここを引き払って、ストレゼウムに来なよ。あと、よければなんだけど、今後の人生すべてをかけて君を守らせてほしい!」
「⁉ えと、いきなり何⁉」
ラディウスの好意に全く気がついていない状態で、突然そんな事を言われたリーシャは引き気味だった。
そして思った。
この人……ヤバい人な気がする‼
お読みいただきありがとうございました!
この1話で武闘大会編終わる予定でいたが、いつものことで長くなったのでわけました。セリフだけ書いていったときはそんなに長くならないと思ったのですが……
続きは今日か数日中に更新したいと思います。あらかたできてはいるので。
(ベッドで使う掛け布団はなんというのか悩んで調べた結果、シーツでいいという結論に至りましたが……本当にあっているのでしょうか……)
というわけで、更新したら続きも読んでいただけると嬉しいです!では!