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武闘大会 その10‐回復魔法と期待‐

「すまない、負けた」


 ノアは控え席に戻って早々に告げた。負けたことを気にしている様子はない。むしろ清々しいような気配をしていた。


「ったくよぉ。開始直後はほんとに焦ったぜ。緊張しすぎて今まで教えたことが、頭からぶっ飛んじまったのかと思ったぞ」


 シルバーはノアの頭を脇に抱えると、思い切り撫でまわした。


「やめろ。髪が乱れる」


 ノアはどうにかシルバーの腕の隙間から抜け出すと、ぼさぼさにされてしまった艶のある長い髪を結び直した。

 そして、椅子に座り俯いたまま微動だにしないリーシャの側へ歩み寄った。

 ノアは早くリーシャの元に戻って言葉を交わしたいと思った。ただ、試合を終えたらすぐに駆け寄って来てくれると思っていたため、リーシャのその様子が異様に気になってはいた。


「どうした、リーシャ?」


 リーシャはノアの呼びかけに反応を示さない。

 不思議に思ったノアは斜め下から顔を覗き込んだ。そして思わず目を見開いた。

 リーシャは顔を真っ赤にして、すぐにでも泣いてしまいそうな表情をしていた。


「ノ……ノアのバガァァァァ‼」


 リーシャの我慢は崩壊し、堪えていた涙を流しながらノアにしがみついた。

 いきなりの出来事にノアは困惑した。


「……何故、泣く?」

「だっで、ノアが死んじゃうがとおぼっだぁぁ。」

「??」


 大きな怪我は魔道具により瞬時に治されるはずだ。

 死という言葉が出てきた理由がわからなかったノアは、リーシャにしがみつかれたまま戸惑っていた。

 そんな2人の様子を見かねたシルバーが、説明しようと口を挟んだ。


「んーとな、さすがに首とか手足を切り離されると、今使ってるこの魔道具じゃあどうにもならなくてだな……魔道具使わずに武器振り回してるヤツは魔力量も少ないことが多いし……なんつーか……」


 説明しようとしたものの、どうやらシルバーもなんとなくでしか理解していないらしく、言葉を詰まらせた。

 そんなあやふやな説明でノアが納得するわけはない。


「ハンズの体に空いた穴はすぐに塞がっていたではないか。あれもかなりの重傷だと思うのだが、どう違うというんだ?」

「それはだな……えーっと……」

 

 どう説明していいかわからないシルバーは頭を抱えた。

 すると今度は、このチームでリーシャの次に魔法に長けたレインが説明し始めた。


「治せる怪我かどうかっていうのは、傷の深さの問題じゃなくて、傷口周辺がくっついているかどうかだからだよ」

「ついているか、とはどういう事だ?」

「回復魔法っていうのは、人間の治癒能力を限界まで上げる事なんだ。どんなに傷が深くても、断面が接触していれば布を縫い合わせるようにくっつけることができるし、体に穴が開いたとしても、繋がっている部分から徐々に肉や皮膚を再生して塞ぐことができる」

「なるほど……だが、その言い方だと切断されてもすぐに回復魔法を使えば問題ないのではないのか? 魔法使いではないあの槍使いですら、槍を引き抜いたとほぼ同時にハンズの風穴は治っていたんだ。この魔道具があれば瞬時に治癒させることは可能だと思うのだが?」


 レインは首を横に振った。


「あの人はたぶん、普通の人よりも魔力量が多いからすぐに治せたんだと思うよ。戦いながら身体強化の魔法も使ってたし。もしシルバーがやったとしたらあんなに早くは塞がってないよ」


 シルバーが目を細めてレインを見た。


「おいレイン。そりゃあ俺を馬鹿にしてんのか?」

「事実を言っただけだよ。それとも、シルバーはハンズのあの傷をすぐに治せる自信でもあった?」


 レインは顔色を変えずにズバリと言い切った。シルバーは事実とは言え、貶されたように感じてふてくされた。

 そんなシルバーを放って、レインは続けた。


「それにさ、完全に切断された体の部位をくっつけようと思うなら、まずその部分を引き合わせるために物の位置を固定する魔法が必要なはずだよ。じゃないと切られた反動でどっちかが飛ばされて、断面は離れて行ってしまうから。複数の魔法が必要になる分、一瞬でたくさんの魔力が必要になるし、普通の人じゃ無理だと思うよ。それに、そもそもこの魔道具には離れていく物体を引き留めるっていう能力はないんだよ」

「そうか……」

「うん。まあ、リーシャは別として、魔法使いでも切断された後の体をくっつけるのには結構時間がかかるらしいし、吹き飛んだのが首だったら、瞬間的にくっつけるのは無理だし即死だよね」


 レインの最後の言葉を聞いた途端、ノアの体にゾクリとした感覚が走った。

 もしあのままドレウスが剣を振り切っていたら首を落とされ死んでいたと、ノアはやっと理解したのだ。

 それと同時にリーシャがこうして泣いている理由も正確に理解できた。あの危機的瞬間を今レインが言った事を理解した上で見ていたからだ。

 リーシャをこんな風に追い込んでしまったことにノアは動揺した。

 けれどそんな事を周りには悟られたくなかったノアは、通常運転を装った口調で、冗談めいた会話を続けた。

 ただ、動揺の大きさに表情は誤魔化しきれてはいなかった。


「1つ訂正だが、リーシャは言うほど回復魔法は得意ではない」

「……そうなの? でも回復の魔道具を使えば難しい回復魔法も使えると思うよ? というかそもそもリーシャって攻撃用の魔法ばっかり使ってるから慣れてないだけでしょ」


 たしかに、攻撃系の魔法を研究している姿はよく見かけるけれど、回復系の魔法は本を開いているところすら見たことはなかった。


「……そうかもな」


 もしかしたら二度とこんな思いをしないためにと、リーシャはやけくそで練習するかもしれないとノアは思った。

 ふと気づいた。

 ノアの中にあった死んでいたかもしれないという恐怖は薄れ、代わりにある期待が大きく膨らんだ。


「俺がいなくなるのが嫌だったのか?」


 ノアは、頑なに自分たちを番と認めないリーシャに対し、自分たちが竜という事が周りにバレた時、いざという時は自分たちを見捨てて人間側へ行ってしまうというかもしれないという懸念を多少なりとも抱いていた。

 けれど、今泣いているのがノアの身を案じているからだというのであれば、もしかしたらどんなことがあっても最後まで自分たち兄弟の側にいてくれるのではという期待を抱かずにはいられなかった。


「ご、んなどきに、なにいっでんの。あだりまえ、じゃない」


 リーシャは言葉を詰まらせながらも言い切った。

 性格上顔には出ないけれど、ノアはリーシャがそれなりに自分たちのことを思ってくれているという事がわかり嬉しく思った。それならば近い将来、本当に自分たちを受け入れてくれるかもしれないという期待も。


「……そうか」


 ノアは自分を思い、泣きながらしがみつくリーシャをそっと抱きしめ続けた。

 

 



 4試合目が終わってそろそろ10分経つ。

 シルバーが審判に事情を話し、インターバルを設けてほしいと申し出てくれたおかげで、どうにかリーシャは通常の思考回路に戻りつつあった。

 リーシャの事をずっと抱きしめてくれていたノアが顔を覗き込んだ。


「大丈夫か?」

「うん……」


 リーシャは、鼻をズズっとすすった。

 ぼんやりとしていると、どことなく横からの視線を感じ、視線を横へ向けた。

 何か言いたいのか、ノアがじっとリーシャの事を見ている。


「何? どうしたの?」

「リーシャ、あのラディウスとかいう男、気をつけろ」

「? 気をつけろ?」


 そう言われ、リーシャは何に気をつければいいのか少し考えてみたものの、よくわからなかった。

 もしかしたら先の試合で相手選手から何か聞いたのかもしれない。

 だとしたらそれだけの忠告でわかるわけがない。


「うーん? まあ、シルバーでさえ勝てない相手なんだから注意はするけど」

「……そうじゃない」


 ノアは急に眉間に皺を寄せ、不機嫌になった。

 そんな表情をするだけではっきりと言ってくれない事に、リーシャはムッとした。


「じゃあ何に気をつけろって言うの?」

「それは……」


 言いかけたけれど、ノアは言うのを止めてしまった。そして片手を額に当て、溜め息をついた。


「いや、やはりいい。忘れてくれ」

「えっ⁉ 言いかけたなら途中でやめないでよ! 気になるじゃない。何に気をつけたらいいの?」

「今余計なこと言うとお前が調子を崩すかもしれない。忘れろ」

「いや、途中でやめられた方が気になって調子崩しそうなんだけど……」


 困っているとシルバーに声をかけられた。


「そろそろ時間だぞ。行けるか?」

「あっうん、大丈夫。頑張れる」


 これ以上ノアを問い詰める事はできないようだ。

 リーシャは大きく深呼吸をすると、フィールドへと赴いた。

 反対からはラディウスがこちらへ向かって歩いている。





 ラディウスがフィールドに足をかけると、観客席から黄色い歓声が上がった。


「キャーーーーーー!ラディウス様ぁぁぁぁ‼」


 その歓声にリーシャはびくりと体を震わせた。

 ラディウスが観客席に向かって手を振ると次第にその歓声は収まっていった。


 わかってたけど、すごい人気者だなぁ。それにあんなに注目を集めてるのにあの余裕……


 リーシャは自分の手のひらを見た。微かに震えている。

 どことなく関節は硬くこわばって動きにくい。恐怖と緊張に押しつぶされそうになっていた。

 控え席を立ちあがった時は平気だと思っていたのに、いざフィールドになってみるとこの有様だ。

 互いの距離が数メートルになったところで足を止める。ラディウスが話しかけてきた。


「やぁ、数日ぶりだね。さっき泣いてたみたいだけど、大丈夫?」

「うっ、うん。大丈夫。平気だよ」


 恥ずかしくなったリーシャは顔を赤らめ、ぎこちない動きで髪をかき上げた。


 うぅ……見られてたのか……


 リーシャはなるべく平常心を保とうと心がけた。

 しかし、ラディウスはリーシャが隠そうとしていた不安を漠然と感じ取ったらしく、困った顔をした。


「……あまり大丈夫そうじゃないね。そうだな、うーんとじゃあ……」


 そう言って考えた後、何かをひらめいたような顔になった。

 直後、腰に掛けていた剣を引き抜いて地面に突き立てるとその柄頭に左手をのせ、もう片方の手を横に広げて大声で言った。


「はーはっは! さあ、君の全力でこの俺にかかってくるといい!」


 リーシャはぽかんと口を開けた。

 観客席の人たちもラディウスの謎の行動に呆気にとられたようでうで、闘技場全体がシーンと静まり返った。


 ⁉ いったい何事??


 ラディウスはこの状況に恥ずかしげもなく続けた。


「えっと、こうしたほうがそれっぽかったのかな?」


 今度は両手を思いきり広げてみせた。

 さすがにここまでくると滑稽に感じ、リーシャは笑いがこみあげてきた。


「ぷっ、何それ。悪の親玉のつもり? あははははっ」

「正解。こうやってふざけたほうが君の緊張も解けるかと思って」


 思ってもみなかった珍行動の理由に、リーシャは一瞬目を丸くした。けれど、すぐに穏やかな顔つきに変わった。

 ラディウスの言う通り、リーシャのこわばっていた体は油でも点したかのように動き始めていたのだ。


「ありがと。ちょっと体が軽くなった気がする」

「いえいえ。俺はただ全力の君と全力で戦いたいだけだから。そのためならなんだってするさ」


 笑顔の仮面を被ってはいるけれど、ラディウスからは早く戦いたいという闘争心が溢れ出していた。


 ノアが言おうとしていたのは、ラディウスのこういう性格のことだったのかな? 戦闘狂いだから気をつけろ、とか?


 だとしたら、変に悩む必要はない。

 余計なことは頭から捨て去り、勝つために全力を尽くす。今やれることは、それしかない。

 解説回になってしまったのでちょっと読みにくかったかもしれません…ただこの説明をしていないと矛盾が生じてそうだったので、あまり読みにくくならないようにできる限り短くしながら書いたつもりです。ただのつもりですが…

 読みにくい中ここまで読んでいただきありがとうございます。ではまた次回に。

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