武闘大会 その7‐準決勝‐
リーシャたちクレドニアムのギルドチームは何事もなく順調に2回戦、3回戦とトーナメントを勝ち進み、準決勝まで駒を進めた。
準決勝からの戦いの舞台はメイン闘技場に統一され、リーシャは今、その闘技場の控えの席に座っていた。
ここまではほぼ無敗。
1度だけレインが試合を取りこぼす場面はあった。
もしかしたらと焦りはしたけれど、後に控えていたシルバーが取り返し、当初の予定通りリーシャは戦いの舞台に1度も上がらずにここまでこれたのだった。
現在、リーシャたちクレドニアムのギルドチームは、準決勝の第1,第2試合でシアリーとレインが無事勝利を手にし、決勝進出に王手をかけている。
次の3試合目を戦う選手はハンズ。
試合へ挑むため、ハンズは立ち上がった。
「ハンズ! 頑張って!」
リーシャはハンズにガッツポーズを送った。
その応援にハンズはニッと笑って応えた。
「おう! 任せとけっ!」
この第3試合で無事にハンズが勝利することさえできれば、ノアが補欠として試合に出場しなければならない事態は回避される。
まだ安心はできないけれど、出場させずに済む可能性が極限まで高まった事に、リーシャの不安は軽くなった。
代わりに自分の出番が近づいていることへの不安と緊張があらわになっていく。
ハンズと相手選手がフィールドの端に立つと司会者の声が闘技場に響き渡った。
「さぁぁて、次の第3試合に挑む選手はこちら! 王都クレドニアム代表は槍使いのハンズ・マーフィン選手! ここまで負けなしで駆け上ってきた選手だぁぁぁぁ! 対するハイドニックの代表選手はスレッド・フルハイム選手! こちらも負けなしの槍使い! 彼らは一体どのような戦いを繰り広げてくれるのかぁぁ!」
次の瞬間戦い開始の鐘は鳴らされた。
先に攻撃を仕掛けたのはハンズだった。
力強く地面を蹴って飛び出し、手始めに高速の連続突きを繰り出した。
スレッドは後退しながらも自身の槍を使い、やすやすと攻撃をはじき、かわしていく。
一見、ハンズに分があるように見えた。
「……ハンズ・マーフィン。これがあなたの本気なのかい?」
ハンズが槍を引いたほんの一瞬の隙をついて、スレッドは身を屈め、横に槍を振りぬいた。
「!」
ハンズも動体視力は良いため、瞬時に後方へと飛び、かわした。
ほんのコンマ数秒の隙をついて返してくるとは思っていなかったからか、ハンズは驚いた顔をしていた。
けれど次の瞬間、ハンズは楽しそうにニッと笑った。
「まさか。そんなわけないだろ」
やっと強い相手と手合わせできる。そんな表情だ。
ハンズは勝つか負けるかの同等の相手か、圧倒的な強さを持つ相手に挑むことを好む。
見ているだけで彼の体の奥底から、喜びが溢れているのがわかった。
「これまでの試合であっという間にケリがついちまってたから、なっ。本気の感覚が鈍ってた、だけだって―の‼」
「‼ そう。それならよかった」
ハンズの重い一撃を受け止めたスレッドの口角は上がっていた。
互いの槍が高速でぶつかり合う。
この試合を観戦している人たちは、その迫力に息をのんだ。
「⁉」
スレッドの一撃がハンズの顔をかすった。
ほんの数分前まで互角に渡り合っていたはず。けれど今、ハンズはだんだんとスレッドの動きについていけなくなっていた。
「なんで、動きが、早く、なってんだよ!」
ハンズは守りの体勢に入っていた。攻撃したくてもできない状況のようだ。
ハンズはうまい具合にスレッドの払いを槍で受け、その勢いを使って一旦後方へと退き距離を取った。
間が開くとスレッドは魔力刻印の入ったブレスレットをハンズへ見せた。
「身体強化の魔法を発動させたのさ。戦いながらだとうまく魔力を使えないから、時間はかかってしまったけど」
「なんだと⁉ 身体強化とかずるいぞ‼」
「試合前に使っていたら反則になるけど、試合中に魔法を発動させること自体は反則にはならない。さあ、続きをはじめようか」
今度はスレッドが飛びかかった。
繰り出される攻撃は、速さだけでなく、込められる力も増々重くなっていく。
「くそぉぉ!」
ハンズは完全に防戦一方に追いこまれた。どうにか反撃しようと攻撃を受け流し続け、機会をうかがっている。
と、直感的にここだという反撃のタイミングが見えた。スレッドの攻撃の動作が一瞬大きくなったように感じたのだ。
「もらったぁ!」
ハンズは叫び、力を込めスレッドに向かって一撃を放った。
いける。
ハンズはそう思ったに違いない。
けれどスレッドはそれを予測していたかのようにスッとかわし、直後にハンズへ向けて槍を突きだした。
「これまでの試合を見てわかってた。戦いの本能で動くあなたなら、隙を見せればこう来ると思っていたよ」
罠だったのだ。
スレッドの槍は、ハンズの腹部へ深々と突き刺さっていた。
「ぐっ、は……」
ハンズの口から血がどばっと溢れ出した。
突き刺さった槍が抜かれると、スレッドの槍に付けられた魔道具から回復魔法が発せられ、瞬時に貫かれた穴は塞がった。
ハンズは意識を失い、地面へと崩れた。
「勝者、スレッド・フルハイム!」
観客席からは大きな歓声が上がった。
「ハンズ‼」
フィールドから担架で運ばれてくるハンズに全員が駆け寄った。
「……まずいね」
レインが言った。
「え⁉ まずいってどういうこと⁉」
「傷は一応塞がってはいるけど、かなり深い傷だ。数日は目覚めないかもしれない。目覚めても2、3日は痛みが続いてまともに動けないと思う」
「うそ……」
決勝は明日。
ハンズは決勝で戦うことはできないということだ。つまり。
「ノア……」
ノアが補欠の選手として役目を全うしなければならないという事だ。
全員が言葉を失った。
「あの、マーフィン選手を医務室へお連れしてもよいでしょうか?」
「あ、はい。すみません。お願いします」
リーシャが救急隊員にそう応えると、ハンズは運ばれて行った。
そんなハンズの姿を全員が戸惑いながら、何も言えずにただただ見ていた。
そんな中シルバーが頭をガシガシと掻きむしり、沈黙を打ち消した。
「あーくそ! 1、2試合目は俺とハンズで2勝を確実にして、運よくレインかシアリーのどっちかが勝ってリーシャまで試合が回らず勝利! ……を期待していたんだが……」
シルバーは溜め息をついてノアの方を見た。
「ノア。試合が回ってきたら、お前は棄権しろ。お前がどうあがいても勝てる相手じゃねぇ」
シルバーの言葉にリーシャは内心ほっとした。
大怪我をすることはないと理解はしているけれど、負けるとわかっている試合にノアを出場させたくはなかった。それに、傷はなくとも痛みは残るのだ。苦しい思いはさせたくない。
けれどノアの考えはリーシャの思いとは相反したものだった。
「……試合に出させてほしい」
その言葉を聞いた全員がノアの方を見た。
自分たちより先に行われた準決勝を見て、決勝で当たるラディウスが率いるストレゼウムの選手の実力はわかっていた。
ノアとの実力の差は圧倒的。ノアの実力では勝てるかどうかどころか、攻撃が届くかどうかもわからない相手たちだ。
リーシャはそんな相手に完封されるノアの姿など見たくはなかった。
「待って、何言ってるの? 勝てないってわかってるんだし、試合を捨ててもいいって言ってくれてるんだよ? わざわざ負けるために出なくても」
「だからだ。負けてもいいなら強い人間相手に戦ってみたい。それに負けるとわかっているからと、戦わずに逃げ出す雄……男になりたくはない」
「けど……」
言いたいことはわかるし、その気持ちもわかる。
それでもやっぱり、リーシャは出場させたくはなかった。
どうにかして考えを変えさせようと、リーシャは必死に説得するための言葉を探した。
けれど、その時間はシルバーに遮られた。
「リーシャ。本人がこう言ってんだ。いいんじゃないか? 出場させてやっても」
「シルバー! シルバーもさっきは危険しろってって言ってたじゃない!」
「言ったけどよ。本人がここまで言ってんだし、こいつも男だ。逃げたくねぇって言ってんのに無理やり逃げさせるのもかわいそうだと思い直しただけだ。それにいつまでもお前の庇護下に置いとくわけにもいかねぇだろ」
「それはそうだけど……」
シルバーはノアが人の姿をした竜の雄だという事を知っている。
自分のことは自分で決めさせ、自分の身は自分で守る強さを身につけさせろという事なのだろう。
ノアも棄権などありえないといった様子で、真っ直ぐリーシャのことを見ている。
この場には、もうリーシャの味方をしてくれる人はいなさそうだ。
「はぁ……仕方ないなぁ」
心配ではあるけど、ノアが出たいというのであれば見守ってあげるのが一番いいのだと感情をごまかし、渋々受け入れた。
ノアが試合に出るということで話がまとまると、シルバーはリーシャの方を深刻そうに見た。
「そんなことより、リーシャ。お前は自分のことを考えてろ。ノアが棄権することより、お前が棄権するような事態になることの方が大問題なんだからなっ」
「いたっ!」
シルバーに軽いデコピンをされたことで思い出した。
このままだとリーシャも棄権しなければならないかもしれないのだ。
自分は棄権することを拒否しているのに、ノアには棄権しろだなんて……
リーシャは2つのことに覚悟を決めた。
「わかってる。最悪、迷惑かけちゃうかもしれないけど……そうならないように頑張ってみる。どうやるんだよって突っ込まれちゃうかもしれないけど」
「言わねぇよ。むしろ考えすぎて体調崩すんじゃねぇぞ?」
「うん。それもそうだね」
リーシャはおどけてみせた。そして続けてノアを見た。
「なんだ?」
「ノア。どうしても出場するっていうなら、圧倒されて無様に負けるのだけはやめてよね。一発でも攻撃を当てること!」
リーシャはノアに対する心配を払いのけ、頑張れという思いを手をグーにして突き出した。
何のポーズかわからなかったノアは首をかしげていたけれど、シルバーがジェスチャーで同じように手を結んで、リーシャの手に軽くあてるように教えたことで、理解した。
「ふん、当然だ」
ノアは手でグーを作り、リーシャのグーにした手にコツンと合わせた。
リーシャはニッと笑った。
「お互い頑張らないとね」
準決勝は4試合目でシルバーが圧勝し、無事に勝ち抜くことができた。
最後の戦いがやってくる。
気合を入れてかないと。
リーシャは頬を両手でパシンと叩いた。
あのフィールドの上で戦わなければならない時が、刻一刻と近づいている。
読んでいただきありがとうございます。
戦いの場面をろくに書いたことが無いのでどう書くのがいいか手探りで書いています。わかりにくいかもしれませんが楽しんで読んでいただけると嬉しいです。