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小さな黒竜

 討伐パーティーは目的を達すると、力尽きて横たわる大きな竜の体の解体を始めた。

 今回の黒竜討伐は、王都のギルドから出されているクエストの1つだ。こうして時間をかけて黒竜を解体しているのは、この竜の体をギルドまで持ち帰り、提出するため。それが討伐クエスト完了の証明となる。

 そして提出した後の竜の体のいくらかは、この討伐に参加した者たちの報酬の一部にもなる。だから皆、少しでも多くの戦利品を得るため、懸命に解体作業を進めていた。





 リーシャは黒竜の解体作業には参加せず、木陰に座ってのんびりと作業風景を眺めていた。

 参加しないというより、先ほど発動した魔法によって魔力を使い果たし、体にうまく力が入らず参加できないというのが正しい状況だ。

 それに、パーティーのリーダーから、「お願いして来てもらっているのに、こんなことまで手伝ってもらうわけには……それにリーシャさん、魔力使いすぎてあまり動けていないのでは?」と言われてしまい、手伝わせてもらえないという状況でもある。

 何はともあれリーシャがこうしてのんびりしているのは、消費した魔力の回復に専念しているところだからだ。



 リーシャがぼんやりと竜が解体されていく様を眺めていると、作業を仕切っている男性が怪訝そうな表情をして近づいてきた。


 えっ、もしかして話が伝わってない? もしかして、作業手伝わずにくつろいでるって、何か嫌味言われるんじゃあ……


 そう思ったリーシャはドキッとした。

 男性はリーシャの前までやってくると、見下ろしながら言った。


「リーシャ。今回の報酬、ギルドからの報酬金の一部と黒竜の鱗5枚でいいって言ったらしいけど、ほんとにそれでいいのか? 一番大きい功績をあげたのはあんただろ?」

「へっ?」


 ただ単に今回の報酬が功績に見合わないと心配してくれただけのようだ。

 リーシャは自分を心配してくれる男性に、不満などないと示すように明るくはきはきとした声で言った。


「ああ、うん。いいのいいの。別にお金に困ってるわけでもないし、大量に戦利品持って帰っても家が狭くなるだけだから」


 そうリーシャが言っても、彼は納得していないような表情を変えることはなかった。


「リーシャがいいっていうのならいいんだけどさ……あんた、もう少し欲を出してもいいんじゃないのか?」

「と、言われてもねぇ…」


 男性の言いたいこともわかるのだが、今回の報酬を本当に必要としていないリーシャは彼の言い分に困ってしまった。




 個体数の少ない竜の体から取れるものはとても希少で高値で取引できる。

 とくに竜の鱗は鋭い剣や壊れにくい防具に加工もできるため、こうして討伐に参加する人間にとっては是非とも持ち帰りたい戦利品の1つだ。

 しかし、リーシャはそもそもお金や剣、防具には興味がないし、必要としていない。だから、今回の報酬はリーシャにとって不要なものだった。


 珍しい魔道具なら話は別なんだけど……


 そんなリーシャが今回の討伐に参加したのは、パーティーリーダーにどうしてもと頼まれたというのもあるけれど、“合成魔法”の調整にちょうどいいと思ったのが大きかった。

 すでに目的を達したリーシャは満足していて、このまま手ぶらで帰ってもいい気分だった。

 それなのにリーダーに、「さすがに分け前なしでは申し訳ない」と言われ、話し合いの末に報酬金を少しと鱗5枚持ち帰ることになったのだった。


「私、王都に住んでないから、そこまでお金が必要ってわけじゃないんだよね。普通にクエスト受けてるだけでも十二分のお金も入ってくるし」

「そりゃあ……まあ、あんたの場合はそうだろうな」

「でしょ? それに私魔法使いだから、扱えない武器を作ってもどうしようもないし。私が無駄に貯め込むより、欲しがってる人たちに貰ってもらった方が、お金も竜の体も有効活用できていいと思わない?」



 リーシャは王都の壁の外側に広がる森の中に、小屋を建てて一人で暮らしている。

 必要なものを買い、クエストを受けるために王都へ赴くことはあるけれど、そう頻繁には出かけない。

 リーシャは物を買い込むタイプでもないので、生活費はたまに受けるクエストの報酬で十分だった。

 そのためクエストも、趣味で研究している複数の属性の魔力を合成して発動させる“合成魔法”の実験のついで感覚で受けている。

 ただ、リーシャのクエスト選びは常軌を逸していた。

 選ぶクエストは、魔法の調整のために多くの的が必要という理由で、群れで行動するような討伐対象がやたらと多いクエストだったり、どれくらい強い相手に有効なのか調べるために討伐難易度の高い魔物の討伐クエストだったり。

 1人では無謀ともいえるクエストに挑み、達成しているため必要以上の生活費を稼いでしまっていた。1人で悠々と、だ。



 何を言っても考えを変えそうにないリーシャに男性も諦めたようで、大きく息を漏らした。


「まあ、そこまで言うなら。ありがたく皆でいただくことにするか」

「うん。そうしてくれると嬉しい」


 リーシャは屈託のない笑みを浮かべた。





 その後もリーシャはしばらく作業を眺め続けた。そのおかげで魔力はある程度回復し、体が軽くなった。

 先ほどの男性も休憩がてらに来てくれたようで、リーシャの話し相手になってくれていた。

 リーシャは不意に立ち上がった。


「さて、と。手伝わせてもらえないことだし、夕飯の材料探しにでも行ってこようかな」


 リーシャは持参していた大きな籠を持つと、森の方へくるりと向きを変えた。

 まだそばにいた、作業を指揮する男は目を丸くして驚いていた。


「は? 夕飯の材料って……何を取ってくるつもりだよ」

「普通に木の実とか山菜とかかなぁ」


 リーシャは日々の食事の材料は森に入り、自ら調達している。

 王都へ行っても食材を買うことはほとんどない。買うものといえば、調味料や洗剤などの食材以外の生活必需品くらいだ。

 男性は、今度は呆れ気味に聞いた。


「普通って……日頃何食べて生活してんだ、あんた……」

「森で取れたものを料理して食べてるけど……ちゃんとお肉も取りに行くし……変?」

「いや、変というか……」


 リーシャにとってそれが普通なのだ。逆に何故そんなに不思議がられるのかが理解できなかった。

 男性は額に手を置き、信じられないという諦め気味の表情をしていた。


「食料を買うのに十分すぎる財力があるはずなのに、わざわざ苦労して自分で取ってきているというのが謎すぎて……いや、何でもない、忘れてくれ。気をつけて行ってこいよ」

「……それじゃ、行ってくる……」


 分かり合えそうもないから聞かなかったことにされたような気がし、リーシャはムッとした。

 とはいえ、理解を求めたところで何にもならないということもわかっていた。そのためリーシャも今のやりとりを気にすることは止め、籠を片手に1人森の中を散策し始めたのだった。





 数十分後――



「これで、今日の夕飯どころかしばらく森に出なくてすみそうかな」


 リーシャの持っていた籠には、山のように山菜や木の実が詰め込まれていた。これだけあれば1週間は家にこもれるだろう。

 けれど、まだ足りない物もあるにはあった。


「できればお肉も欲しいところだけど……」


 あたりを見回すけれど、風が木々の間をかけるだけで動物がいる気配はない。


「さっきまで大きい音を立ててたからなぁ。このあたりの動物たち、逃げちゃったかな」


 黒竜との戦いの影響で、今日の夕飯が肉無しで確定してしまったようだ。

 リーシャの口から「ハァ……」とため息がこぼれた。


 空を見ると日が陰り始めてきていた。

 このまま自分勝手に動いていては討伐部隊のメンバーに迷惑をかけてしまう。仕方が無いので、リーシャは皆がいる場所へ帰ることにした。



 リーシャは来た時とは別の道を通って戻りはじめた。もしかしたら、運よく肉を捕まえることができるかもしれないと思ったからだった。

 周りを見回しながら歩いていると、どこからかカサっと小さな音がした。

 リーシャはそのわずかな音を聞き逃さず、音がした方へゆっくりと近づいていった。

 また、カサカサッと音がした。距離はかなり近い。

 音がした辺りはリーシャの腰の高さくらいの草が地面を覆っていた。


 小さい動物かな。魔物のお肉は人間にとって毒だから食べられないし。野ウサギとかだったらなぁ。


 そう思いながらリーシャは、地面に手を付け魔力を込めた。

 ゆっくりと地面から手を離すと、そこには真っ黒なナイフが出来上がっていた。土魔法を応用し、砂鉄をナイフの形にまとめ上げたのだ。

 リーシャはそのナイフを構え、音がした草むらの方へと慎重に進んでいく。


 あれ? あそこの草むら……何かが通ったのかな? 道みたいになってる。


 リーシャは、草むらの1か所が不自然に開けていることに気付いた。

 明らかに野ウサギが通ったような大きさの道ではない。もっと大きな、人間よりも横幅がある生き物が何度も通ってできたような道だった。

 リーシャはその道を、できるだけ音をたてないようにゆっくりと進んでいく。

 耳を澄まし、生き物の気配を探りながら歩いていると、進む先にある草むらが小さく音を立てて揺れるのが見えた。

 近づいてそっと草の根元をのぞき込むと、小さくて黒い、大中小の塊が3つもぞもぞと動いていた。小さな羽のようなものがついている。


「何これ?」


 リーシャはその黒い物体に顔をゆっくりと近づけた。


 カサッーー


 一瞬、リーシャの服が草にこすれ、音を立ってしまった。

 すると1番大きな何かがその音に反応し、ひょこっと顔を出した。


「わっ!」


 リーシャは驚き、後ろへ一歩退いた。

 黒い塊はリーシャに気が付くと、生えたてであろう小さな牙をむき出しにし、ウーウーと唸り始めた。

 その鳴き声に反応し、残りの2つの物体からもひょこっと顔が現れた。

 黒い3つの塊は小さな竜だった。先ほど討伐した竜と同じ種、黒竜だ。


「あっ……もしかして……」


 リーシャの頭に、ある仮定が浮かんだ。



 今回の黒竜討伐は、王都の周りで牛や豚などの家畜を飼育する農家からの訴えにより、国王がクエストを発令したと聞いている。黒竜が頻繁に家畜をさらい、大きな被害が出ていたらしい。

 リーシャには不思議だった。

 この千年近く、竜が人間の生活に関わってくることはなかったはずなのに、何故今回のような騒動が起こっていたのか。

 が、今やっと今回の黒竜討伐に至ることになった背景がなんとなく見えた気がした。



「そっか。なんで竜がこんなに目立つ行動をとってたのか不思議だったけど……3匹も育ててたんだ」


 竜は体をある程度小さくできるという能力を持っている。

 体を縮めたあの大きな黒竜は、この草むらでひっそりと子育てをしていたのだろう。




 かつて、竜は己の領土を守るため人間や他の魔物と対峙していた。

 しかし、戦いで多くの仲間を争いで失い、繁殖能力の低い竜は徐々に個体数を減らした。

 そのため、知能の高い彼らは領土を守ることをあきらめ、ひっそりと生きることを選んだ。




 と、リーシャは何かの文献で読んだ。

 リーシャは竜の繁殖能力の低さに注目した。

 繁殖力が低い竜の雌は、数年に1度卵を産み、1回の産卵で生む卵は数個。その卵も孵化しても1つだと言われている。子供が少ないからこそ、人が育てる家畜に手を出さずに済んでいたのかもしれない。


「もし、さっきの黒竜がこの子たちの母親だったら……」


 あの黒竜がこの3匹の子供を育てていたとしたらどうだろう。普通より多くの餌が必要になる。

 さらにあの竜が子育てが初めてだったとしたら。狩りが苦手だったとしたら。

 人間と関わりたくはないけれど、子供たちのために仕方なく簡単に狩れる家畜を襲っていたということで納得はできる。

 

 仮定でしかない想像に、リーシャは胸がキュッと締め付けられるような感覚がした。


「ごめんね。君たちのお母さんはもう帰ってこないんだよ」


 別の竜の子供の可能性も捨てきれない。

 けれど竜の個体数は少なく、体の色からしても、ほぼあの黒竜の子供で間違いないだろう。


「どうしよう……このままだとこの子たち餓死しちゃう。けど、さすがに連れて帰るのはなぁ」



 この国では、竜も含め魔物の売買・飼育は法で禁止されている。

 以前、王都でひっそりと魔物が売買されていた時期があった。

 ある日その魔物の多くが逃げ出し王都内で暴れまわるという事態が起こり、大混乱になったことがある。このことが原因で、わざわざ法が作られたのだ。リーシャも駆り出され苦労した覚えがある。



 リーシャは小さな竜たちを見つめると、この竜たちの親を殺してしまったかもしれないという罪悪感に駆られた。


「竜とはいってもまだこんなに小さいし……でも大きくなったら……それに飼育禁止されてるし……」


 リーシャはしばらくの間、その罪悪感から大人になるまで育ててあげたいという感情と、人の生活を脅かす存在を連れ帰るべきではないという感情のはざまで揺れ、どうすべきか悩み続けた。

 が、ある結論に辿り着いた。


「私は王都に住んでるわけじゃないし……法に関しては大丈夫なはず。そもそもバレなければいいわけだし。人を襲いそうになったら、襲う前に私が……うん、大丈夫」


 そう独り言を言うと、リーシャは籠に入れていた食料をすべて取り出した。

 籠の見た目の数倍の量の山が出てくる。魔法で籠の中に異空間を構築していたのだ。


「さ、君たち。これからお引越しをするからね。この中に入って大人しくしててね。って言葉通じないか……」


 リーシャが自身にツッコミをいれると、一番小さな竜が首を傾げ「キュー?」っと鳴いた。

 竜とはいっても、やはり子供は可愛い。大人とは違って、動作がぎこちなくて守ってあげたくなる。

 もし黒竜討伐のパーティーメンバーにバレでもしたら、すぐさま処分しなければならなくなるだろう。そんなことには絶対にさせたくない。

 リーシャは口の前に人差し指をかざした。


「いい、シーっだよ。シーっだからね!」

 

 すると小さな竜がマネをして、手を口の前にあて「キュウ!」と鳴いた。なんだか楽しそうにしている。遊んでくれているとでも思ったのかもしれない。


「こんなに小さいのにもうマネができるなんて、竜って文献に書かれてる以上にかしこいのかも。育ててたら生態についてもっとわかるかもしれないし、これから楽しくなりそう」


 リーシャは魔法の研究を含め、新しい発見を追求することを好む性格だ。

 竜の新たな可能性を見たような気がしたリーシャからは、罪悪感や法を破ることへの心配はどこかへ吹き飛んでしまっていた。

 代わりに胸は竜との生活に対するワクワク感で埋め尽くされている。

 リーシャは籠の中に小さな竜たちを入れ込むと、パーティーが待つ場所へと移動を始めた。

 竜の子供たちは、人間の言葉を理解できていたのかもしれない。

 パーティーと合流し、リーシャの家に着くまで、3匹は大人しく籠の中で揺られていたのだった。

書くのが楽しくなってきて思った以上の量を書いたので、数時間後に続きを投稿したいと思います。

やっとのことで男性陣が登場しますので、よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 詳細などを分かりやすく書けていると思います。特にいいと思うところはよく初心者にあることなのですが、語彙が少なく感情の表現や詳細がイマイチ伝わりにくいことがあるのですが、これを見る限り言葉選…
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