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武闘大会 その3‐前夜‐

 ラディウスと初めて対面した日の夜。

 翌日から始まる大会についての作戦会議をするため、シルバーが宿泊する1室にノアたちも含めた全員が集まる事になっていた。

 最後にシアリーが部屋に入ってくると、リーシャは本題が始まる前に、ずっと引っかかっていた事を口に出した。


「あのさ、会議の前に1つだけ聞かせてほしいんだけど。なんで私がこのチームの大将ってことになってるわけ?」


 リーシャの顔には笑顔を張り付いていた。けれど、その内では怒りのマグマが煮えたぎっている。

 リーシャの様子を見ていた周りの仲間たちは、リーシャが心底怒っていることを悟り、視線を合わせないようにして口を噤んだ。

 リーシャたち、王都クレドニアムのギルドは決勝進出の常連ギルドだ。シルバーが毎回大将という重要ポジションに就いているという事を覚えている観客も多いだろう。

 それなのに初出場の得体のしれない選手が、これまでチームを率いてきたシルバーを押しのけ、代わりにその座に就くとなれば嫌でも注目を集めてしまう。

 シルバーもリーシャがそれを望んでいないとわかっているはずだ。

 他のメンバーが視線を背けている中、シルバーだけは悪びれた様子などなく、むしろ真剣な顔をしていた。


「それはだな、リーシャ。決勝までお前の戦い方をラディウスたちに知られねぇためだ」

「? それと私を大将にしたの、どういう関係があるの?」 


 リーシャは大会のルールをほとんど知らない状態で今ここにいる。

 そのルール上で、大将に据えるしかなかったという事なのだろうが、自分の問いとの繋がりが見いだせなかったリーシャは首をかしげていた。

 シルバーは何故リーシャに伝わらないのかがわからないようで腕を組んで唸っていた。


「あっ!」


 シルバーが突然何か思い出したような声を出した。そして頭を指で掻く仕草をした。


「何? どうしたの?」

「そうか、お前は知らないのか」

「……何を?」


 苛立っている時に勝手に1人で納得され、リーシャはシルバーに魔法で作った水でもかけてやろうかと思った。

 それをすると話が先に進まなくなるのでどうにか思うだけにとどめた。


「あのな、この大会みたいに3人勝った方が駒を進めるみたいな団体戦の場合、最後の切り札みたいなやつを配置するなら、1番試合が回ってくる確率の低い最後の試合、5試合目に出場させるのが得策ってことは、まあ難しく考えねぇでもわかるよな?」

「うん。それはわかるけど」

「だよな。んで、リーシャが有名つっても、今のところそれは王都周辺でのことだ。やつらがお前の戦いを知っている可能性は低いんだから、それを利用しない手はなだろ? 万が一にもラディウスたちに対策を練られねぇようにするために、できる限り試合に出ずにすむ5試合目にお前を出場させたかったんだ。ラディウスも例年通りなら出てくるのは5試合目だ。そこは大丈夫だな」


 リーシャは無言で頷いた。

 ここまできてようやく、リーシャは自分が何故大将という役を押し付けられたのかなんとなく理解した。


 つまり、5試合目に出られる選手っていうのが……


 続くシルバーの回答は、もはやほぼ答え合わせに近い。けれど、一応最後まで話は聞く事にした。


「それで?」

「……お前、もうわかってるだろ? 顔にわかりましたって書いてあんぞ?」

「気のせいだよ」

「ったく。この大会には4試合目までの順番は毎回変更可能だが、5戦目は必ずそのチームの大将を置かねぇとならねぇっていうルールがある。つまり、お前を5試合目に出させるためには大将にするしかなかった。そういうことだ」


 やはり考えていた通りだった。

 リーシャは、勝利のための布石ならば仕方ないと、眉間にうっすらとしわを寄せた。


「はぁ……わかった。そういう事なら……」


 しかし、シルバー自身はそんな勝ち方でもいいのだろうか。

 今までチームメンバーの意志を背負って戦ってきたのだ。今回こそ自分の力で突破したいと思っているのではないだろうか。

 そんな考えを見透かしたかのようにシルバーは口を開いた。


「ほんとは自力であいつに勝って優勝したいって思ってたんだけどな。けど今の俺の実力じゃ、あいつとの戦いはどうにか食いついてくのが精一杯。あの強さに打ち勝てる自信なんてものはねえ」


 握りしめられた手には力が込められていた。

 誰もその言葉に返す言葉が見つからずほんの数秒沈黙が流れた。


「まっ、そんなわけで、俺たち4人は決勝に行きつくまで、必ず4試合目までにケリをつけないとなんねぇってことだ。皆、気合入れてくれよ?」


 空気を変えようとするようなシルバーの問いかけに、全員がわかったと頷いた。

 いつものようにおちゃらけた言い方で笑っていたけれど、やっぱり内心は悔しいのだろう。

 リーシャにはシルバーが無理して笑っているように見えた。


「ってことで話は以上! 解散!」

「え⁉ これで終わり⁉ もっとこう、これまでの大会からあのチームの弱点はとか、ここに気をつけろとかないの⁉」


 あまりにも短すぎる作戦会議にリーシャ1人が驚き、大声を出した。

 というよりも、今のでは全く作戦会議になっていない。リーシャを納得させ。他の3人には負けるなよと言っただけだ。


「んなもんなくても大丈夫だろ。団体戦つっても結局は個人戦みたいなもんなんだ。他のやつが口出しするよりその場その場で動いたほうが。なぁ?」

「だな」

「ですわね」

「問題ないよ」


 他の3人はその意見に頷いていた。


 それだけなら、わざわざ集まる必要なかったんじゃあ……


 リーシャは呆然とした。


「……もういい。部屋に戻る……」


 部屋へ戻ろうと立ち上がるとシルバーに呼び止められた。


「待て、リーシャ。あとノアも話がある。この後時間いいか?」

「? 大丈夫だけど……」


 何故ノアまで一緒に呼び止められたのか全く分からなかった。

 ここへ来て何かノアがやらかしたのだろうかと、リーシャは焦りを感じた。


「すまないな。他は解散。ルシアとエリアルも先に部屋に戻っとけ。そんな時間間ねぇと思うから」

「りょーかい。あんま長い時間拘束しないでやってくれよ?」

「わかってるって」

「ん。じゃ、エリアル戻るぞー」


 ルシアは快了承したけれど、エリアルは少し不満そうな顔をしていた。そして、リーシャの事を見て黙り込んだ。


「すぐ戻るから先行ってて?」

「……わかった」


 リーシャに言われ、エリアルは渋々ルシアと一緒に部屋へと戻っていった。戻り際、姿が見えなくなるまでエリアルはチラチラと振り返っていた。

 レインとシアリーも自身の部屋へと戻り、部屋には3人と、シルバーと同室のハンズだけが残った。


「ハンズ、こいつらと話があるからちょっと出てくるな」

「? ああ、わかった」


 ハンズにそう言い残すと、3人は宿の外へと向かった。





 リーシャとノアはシルバーに連れられて人気の少ない通りへ出てきた。

 ところどころ街灯はあるけれど、3人が立っている辺りは薄暗い。

 人目を気にしてこんなところで話すということは、おそらくノアたち、黒竜についての話だろうとは予測はできた。


「で? 話って何? 他に聞かれたらまずい話?」

「まぁ、途中からはそうなるだろうなぁ……ノアの言い分次第だけどよ。お前さ、この大会では勝利したチームの選手が大きな負傷した場合、1人だけ選手交代が可能ってこと知ってるか?」


 リーシャは首を横に振った。


「知るわけないでしょ?」


 必要なことはチームメンバーから聞こうと思っていたため、ルールも詳しく調べていない。


「だよな。興味がない事にはほんと時間を割かねえな、お前」

「無理やり連れて来られたんだから。いいでしょこれくらい」


 リーシャはツンとした態度で言った。

 本来なら知る予定もなかったのだからこれくらい大目に見てほしかった。


「まあ、そんなことはいいさ。実はな、俺らのチームも補欠選手がいるんだ」

「え? でも、馬車の中もさっき集まったときも、そんな人いなかったよね?」

「いたんだよ。馬車に乗っている時から、ずっと一緒に行動してた」

「そんなはず……」


 リーシャは考えを巡らせた。


 馬車の時からずっと一緒にいたのは私も含めた大会選手5人にノアたち3兄弟、それと御者の計9人。この中で大会メンバー以外で出場できる実力を持ってる人なんて……御者の人はギルドの人間じゃないし……


 リーシャはハッとした。

 何故自分と一緒にノアが呼ばれたのか。そのことに気づいてしまえば答えは簡単に導き出された。

 リーシャはノアの方へ勢いよく顔を向け、おずおずと話しかけた。


「ノア、もしかして……」

「ああ。補欠は俺だ」


 ノアは当然のように答えた。

 話を聞くと、どうやらリーシャが選手として半ば無理やりメンバーに入れられた翌日、ノアはシルバーの元へ抗議に行っていたらしい。

 そのときに補欠の話を聞き、すでに選手は別の人に決まっていたにもかかわらず、無理を言って変えてもらったようだ。

 リーシャはこの事を聞き、ノアにすぐにでも思い直させたかった。


「いろんなところの強い選手が来てるんだよ? ノアが勝てるわけないじゃない」


 ノアが剣を持つようになったのはほんの数週間前。

 たとえこの大会の中で一番戦いに不慣れな選手に偶然当たったとしても、ノアが勝てるとは思えない。


「大丈夫だろ。よっぽどのことがない限り、戦いに出ることはないんだからよ」

「でも、万が一誰かが……」


 シルバーは楽観視しているようだが、本物の剣や槍を使った試合だ。選手が大怪我をする可能性はかなり高いのではないだろうか。

 それなのに何故ノアは補欠とはいえ、選手になりたいと名乗りを上げたのか。リーシャは理解に苦しんだ。


「なんで補欠の選手になりたかったの?」

「強い人間の戦いを近くで見たかった。それだけだ」


 武闘大会では、観客はフィールドより上方に作られた観客席でのみ観戦できる。もちろん、ノアたち3兄弟も観客扱いになるため、ずっとそちらでの観戦だ。

 けれどリーシャたち選手とギルドマスター、そして補欠選手は自分たちの試合の時のみではあるが、フィールド端の控え席で戦いを観戦できる。


「近くじゃなくても、上からでもいいじゃない。試合を1番近いところで見られる席に座れば」

「それではダメだ」


 ノアの目は真剣だった。

 そして、ノアらしい無感情に近い話し方で淡々と話し始めた。


「近くで強い者の戦い方を見ることでどう戦えばいいのか学び、お前を守ることのできる実力を早くつけたいんだ。俺たちがリーシャといる限り、いつ人間と対立する事態になるかわからない。元の姿になればルシアと2人でも人間を圧倒できるだろうが、それだと王都を破壊してしまう可能性がある。それはお前も望まないだろう?」


 以前話した火竜と自分を重ね合わせたのだろう。

 リーシャを失えば、その怒りはリーシャを奪った王都へと矛先が向き、蹂躙しつくすという事なのかもしれない。

 これまでの3兄弟の自分への執着具合を見てきたリーシャは、ありえなくはないと思った。

 いつもリーシャをからかったり、困らせたりばかりの口からこんな話が出てくるなんて。ノアが珍しく真面目に考えてくれていた事に感動した。


「というのも半分あるが、補欠になれば大会の終わる数日間、お前の隣にずっといられるからな」

「ねぇ、ちょっと……それ本当に半分?」

「かもな」

 

 暗い中ノアの表情をよく見てみると、片方の口角を上げていた。

 補欠選手になろうとした理由の半分どころかそれ以上が後者だと思って良いだろう。

 リーシャがノアにあきれていると、話に置き去りにされていたシルバーが口を開いた。


「という事だ。リーシャ、それでいいか?」

「いいもなにも、もうそれ事後報告でしょ? 今更私が反対したところで補欠の変更できないんじゃないの?」


 リーシャは眉間にしわを寄せて答えた。

 代わりになる人材が来ているかどうかもわからないし、来ていたとしても観戦のために来ていて使い慣れた武器を持ってきているかどうかもわからない。こうなる前に話をしてほしかった。


「わかってんじゃねぇか。まぁ、補欠に出番が回ってくることなんてほとんどねぇから安心してろよ」


 そう言い残してシルバーは1人去って行った。

 その場にはリーシャとノアだけが取り残された。


 安心しろって……


 100%でない以上安心なんてできるわけはない。


「……ノア。今度からこういう危ないことに首つっこむときは、相談してからにしてよ?」


 ノアは多少なりとも目的があって補欠選手に名乗りを上げたようなので、その点については何も言わない事にした。

 けれど、直前になって伝えられた事については言う必要がある。

 早くに言ってくれていれば、助言できたし、万が一のためいろいろ準備できたかもしれない。

 何故頼ってくれなかったのか。そんなに頼りなく思われていたのだろうかと、リーシャは悲しかった。


「親でもないお前にいちいち報告する必要はないと思うが」

「そういう事を言ってるんじゃないの! いきなり危ないことに参加しますって、決まってから聞かされたらこっちは……」


 もし、ノアが身の丈に合わない戦いの舞台に立つ事態になってしまったらと考えるだけでゾッとした。


「言ったら反対しただろ。それにリーシャも大会に出ること、俺とルシアには事後報告だったことを忘れてないか?」

「それはそうかもしれないけど……そもそも私とノアじゃ実力も実戦経験も違うでしょ!」

「それでも同じことだ。俺たちもお前に怪我をするような事はさせたくない。だが、戦う事の中にお前の生き甲斐があるのを俺たちは知っている。だからできるだけ口を出していないつもりだ。お前が突然1人でクエストへ挑みに出かけて行った時、俺たちがどう感じているか考えた事はあるか?」

「それは……」


 そういう風に思っていたなんて考えた事はなかった。

 3人のことを考えているようで、実際は考えてられていなかったと気づかされ、心苦しくなった。


「……ごめん」

「いい、俺も悪かった。今度からはお前に話してから決めるよう努力する。そんな顔をさせたいわけじゃないからな」


 一体どんな顔をしていたのだろう。変な顔でもしていたのだろうか。

 そう思うと途端に恥ずかしくなり、両手で顔を覆い指の間からノアを見た。


「ふっ……戻るぞ。2人が待っている」

「う、うん」


 ノアはいつものような意地悪そうな顔ではなく、穏やかな笑みをうかべていた。思っていた事を言えてすっきりしたのかもしれない。

 リーシャは先に歩き出したノアの後を急いで追いかけた。

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