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武闘大会 その2‐ライバル‐

「わぁ! ここも人がいっぱいいる!」


 エリアルが楽しげな声を上げた。

 ファルニッタ共和国に到着した一行は宿に荷物を置いた後、レイン以外のメンバーで観光を兼ね、武闘大会のトーナメント表を見に闘技場へ向かっていた。

 旅の途中、エリアルに続いてレインまでも馬車に酔ってしまい、現在彼は宿で臥せっている状態だ。

 エリアルの方はというと、あの後すぐに回復し、今はこうして新しい街を目にして上機嫌になっている。


「エリアル、はしゃぎすぎて迷子にならないでよ?」

「わかってるよー。あっ、ねぇあれ食べてみたい! ねぇちゃんあれ買って! あとあれも!」


 道端にはファルニッタ共和国の特産物や名物料理などの出店がたくさん並んでいる。

 武闘大会を観戦するため各地から多くの人が集まるため、今が稼ぎ時と言っているかのごとくの賑わいだ。

 エリアルは美味しそうな香りに誘われ、あちこちの店を駆け回り、ひたすらこれ食べたい、あれも食べたいと言い続けていた。

 最近のエリアルは食い意地が張っている。その食事量は健康を損ねてしまわないかが心配になるほどだった。

 興奮状態が続いているエリアルは突然リーシャの手をとり、1つの出店を指差した。


「リーシャねぇちゃん、あれ半分こして食べよ! 一緒に食べたほうがいっぱい美味しいし、いろんなの食べれるよ!」


 そう言うとリーシャの手を引っ張りながら走り出した。

 リーシャは加減なしで手を引かれているため思うように足が動かせず、転ばないようついて行くのに必死だった。

 そんなリーシャの姿を見たルシアは、エリアルを止めようと声をかけた。


「おい、エリアル! そんなにリーシャを引っ張って走るな! 危な……」

「うぶっ!」

「遅かった……」


 ルシアは額を手で覆った。

 ルシアが叫んでいる途中でリーシャはバランスを崩し、勢いよく地面へと突っ伏してしまった。

 同時に、リーシャの手を引いて前を走っていたエリアルも後ろへ引っ張られ、尻もちをついた。


「いてて……あっ! ねっ、ねぇちゃん!」


 エリアルはリーシャを転ばせてしまったことに気づくと、慌ててリーシャの方を向いた。


「大丈夫⁉ ごめんね……僕がねぇちゃん引っ張って走ったから……ごめんね……」


 リーシャは顔を上げてエリアルの事を見た。エリアルは本気で反省しているようで涙目になっている。

 そんなふうに謝られると、リーシャは強く言えなくなってしまう。むしろ可哀想に思えてきて甘やかしたくなってしまうのだった。


「だ、いじょう、ぶ。とりあえず、一旦落ち着こう? トーナメント表を確認し終わったらいっぱい買ってあげるから、今は我慢しようね」

「ほんとに? いいの?」


 エリアルは目元に涙を浮かべながらも、瞳をパァっと輝かせた。


「いいよ。約束」

「うん、わかったぁ! やったぁ!」


 エリアルは両手を上げて喜んだ。

 気持ちの切り替えが早いエリアルに、シルバーたちは苦笑していた。


 まあでも、これがエリアルの可愛らしさの1つでもあるんだけど。


 リーシャも一緒になって苦笑した。





 リーシャ一行の本日1番の目的である武闘大会のトーナメント表は、第1闘技場の入り口の壁に張り出されていた。


「うわっ! 結構な数のギルドが参加するんだ」


 表の上下にはぎっしりとギルドの名前が並んでいて、リーシャは驚きの声を上げた。

 数えるのも面倒になるくらいの数だ。これだけの数のギルドが参加しているとなると、終わるまでにいったい何日かかるのだろう。

 リーシャが参加ギルドの多さに唖然としているとハンズが隣にやってきて、話しかけてきた。


「この大陸にあるほぼ全部のギルドが参加するからな。たしか200? くらいあったはずだぜ。そーいやぁ、リーシャは今までこの大会を見に来たことはないのか?」

「うん、とくに興味なかったし、来てないよ」

「そっか……」

「?」


 リーシャはハンズが微妙な反応をした理由がわからなかった。口元は笑っているのに、何故か残念そうにしゅんとしている。

 リーシャは、ハンズが過去何度もこの闘技大会に参加していた事は知っていた。


 あっ、もしかして、これまでの大会について何か語りたかったのかな。それなのに見に来てないとか言ったから。それなら悪いことしちゃったな。


 リーシャは申し訳そうな顔をした。


「ハンズ、ごめんね?」

「え? あ、うん?」


 そんなハンズを憐れむかのように、シルバーが彼の背中をトントンと叩いたのだった。



「さて、この表を見る限り今年もラディウスのところとは決勝で当たるな」


 シルバーがトーナメント表を見ながら言った。


「ラディウス?」


 リーシャは首を傾げた。

 聞いた事のない名前だったけれど、今年もという事は毎回この武闘大会の決勝戦で戦っているという事。そしてシルバーたちはいつもその決勝戦で敗退している。


「ってことは、いつも負けてる相手ってその人がいるギルドなの?」

「ああ。そこのギルドにいる3人がクッソ強くてな。はじめの2戦はこっちが勝ってるんだが、残りの3戦で出てくるそいつらにどうしても勝てねぇんだよ」


 シルバーは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

 負け続けるのが悔しいのはよくわかる。


「そっか、そんなに強いんだ」

「ああ。俺らが勝つにはそいつら3人のうちの誰かに勝たねぇとならねぇっつーことだ」


 ノアが突然、不機嫌そうに口を挟んできた。


「おい。まさかリーシャをその3人のうちの誰かと戦わせようとしてるんじゃないだろうな」


 いつもなら礼儀正しい物静かな男を演じているタイミングにも関わらず、傲慢な口調だった。

 シルバー相手だったのもあるかもしれないけれど、リーシャが望んで出場するわけではないうえに、危険かもしれない相手と戦わせようとしていることが気に入らないのだろう。


「当たり前だろ! 残り1戦を勝ち取るためにリーシャを連れて来たんだ。俺らでも勝てる相手にリーシャぶつけたところで意味ねぇだろーが」

「それはそうだが……」


 ムッとしているノアに言葉の続きを言わせまいと、すかさずシルバーが畳み掛けた。


「大丈夫だって。リーシャは強い。お前も知ってるだろ? それともノアは、リーシャがその辺の人間に負けるようなやつだと思ってるのか?」


 リーシャへの信頼を疑われたように感じたのか、ノアはツンとした態度で、キッパリと答えた。


「ふん。馬鹿を言うな。リーシャをその辺の雑魚と一緒にするな」

「だろ? まぁそういうことだから心配すんなって」


 諦め気味に武闘大会に出場する気になっていたリーシャだったけれど、ノアまでも言いくるめられているのを聞いて地味にショックを受けていた。


 ああ……また味方をしてくれる人が減ってしまった……


 せめて1人くらい最後まで、出場させるなと味方でいて欲しかったリーシャだった。

 ちなみにルシアもシルバーに懐柔され済みだ。



 トーナメント表の前でリーシャたちがワイワイと騒いでいる背後で、何者かが接近していた。

 その何者かは、リーシャたち一行の中に見知った顔を見つけると、嬉しそうな顔をした。


「やぁ、シルバー。また君も参加できたんだね」

「おっと、噂をすれば」


 声がした方を向くと、取り巻きの美しい女性たちを連れた男性がいた。

 正直、この武闘大会という荒事に似つかわしくない容姿をしているように思える。

 見知らぬ男は続けた。


「一応表を見に来て正解だったよ。君が選抜から外れてなくて安心した」

「ったりまえだろ、ラディウス。今年こそは優勝させてもらうからな」


 リーシャはその名前をどこかで聞いたような気がした。

 どこで聞いたのか頭の中で記憶を掘り起こしていくと、すぐに思い出すことができた。先ほど話に出ていた、決勝で負け続けているというギルドの代表選手だ。

 シルバーでも勝てない相手と言うから、どんな大柄のいかつい相手だろうと思っていたけれど、実際に見た印象はさわやか好青年という感じだった。

 ラディウスはシルバーの言葉に対してくすりと笑った。


「残念だけど、今年も負けてあげるつもりはないよ。けど、君との戦いは楽しみにしてるから」


 嫌味を込めて、というような感じの言い方ではない。

 単に、シルバーとの会話を楽しんでいるように思えた。


「はっ。それこそ残念。今回の大将は俺じゃねぇからな」


 シルバーはそう言うとリーシャの手を引っぱり、ラディウスの前に押し出した。


「こいつが大将だ」

「はい⁉」


 リーシャは、突然初耳の事実を聞かされ、驚いてシルバーを見た。

 悪びれた様子はない。リーシャが渋るとわかっていて、わざと黙っていたのかもしれない。


 シルバーめ……


 それを聞いたラディウスと呼ばれる男も驚いていたようだった。


「この女性が?」


 ラディウスはリーシャのことをじろじろと見た。

 見られて困る服装はしていないけれど居心地が悪く、リーシャは顔をしかめた。

すると、また誰かに手を引かれた。


「おっとっと?」


 バランスを崩してぽすんとその誰かにぶつかると、黒い布が視界に入った。


「リーシャが嫌がっている。やめろ」


 リーシャはノアの腕の中。両腕で守るように抱きしめられていた。

 明らかにノアから警戒されているにもかかわらず、まるでそんな事など眼中にないように、ラディウスはリーシャに話しかけた。


「君、リーシャちゃんっていうんだ。強いの?」

「別に。普通だと思いますけど」


 話したこともないのにぐいぐいとくるラディウスに、リーシャは引き気味に答えた。


「普通なら、そもそも選手にも選ばれないよね?」


 リーシャは回答に困った。


 それはそうなんだけど……


 初対面の相手に自分から「私強いです」なんて答える図太さなど、リーシャにはなかった。

 先ほどからの様子を見ていて、このラディウスという人間が嫌な人間ではないことはわかった。

 リーシャへの言葉にも悪気があるわけではなく、ただシルバーに変わり大将を務める人物はどんな相手なのだろうと興味があるだけという事はわかる。

 けれどリーシャは、こういうグイグイ来る相手には、できればあまり関わりたくはなかった。ノアたち3兄弟だけでも手を焼いているというのに。

 リーシャは、笑顔で答えを待つラディウスにどう答えようか考えた。

 そんな状況がしばらく続いた。

 知らない男がリーシャを見つめ続けているこの状況をノアが不快に思ったようで、ラディウスから隠すかのようにリーシャの事を抱きしめ直した。

 そんな無言の膠着状態を続けていると、シルバーから救いの手が差し伸べられた。


「俺とどっちが強いかって言われたら、間違いなくコイツの方が強いから安心しろ」

「そっか」


 その答えにラディウスは満足したらしい。

 リーシャはようやく好奇の視線から逃れられた。


「シルバーが言うなら、そうなんだろうね。今から決勝が楽しみになってきたよ」

「ああ。楽しみにしてろ。んで、目にもの見せてやる。こいつがな」

「ははは。それじゃあ、リーシャちゃんも、楽しみにしてるよ」


 まだ初戦も始まってすらいないのに、2人は決勝で当たることを確信しているようだった。

 ラディウスが立ち去ろうとすると、周りの女性たちも後を追うように動き出した。

 中には、リーシャのことを一睨みして行く女性もいた。リーシャにそういう気がなくとも、ラディウスに一瞬でも関心を向けられたのが気に食わなかったのだろう。



 ラディウスの姿が見えなくなると、シルバーがふざけ半分、妬み半分で口を開いた。


「ったく、あの野郎いっつも女を連れて歩きやがって。そこだけは腹立つ野郎だぜ」

「顔だけはよろしいですからね、彼。けど、私も好みではありませんわ。当たり前のように複数の女性を侍らせているなんて。不誠実です。私は一途な殿方がいいですわ」


 シアリーはルシアに視線を送ったが、当の本人には届いていなかった。

 ルシアの視線はノアの腕の中に納まっているリーシャに向けられている。ラディウス相手に精神をすり減らされてげんなりしているリーシャを心配していた。


「リーシャ。疲れた顔してるけど大丈夫か? 宿に帰るか? 歩くのもつらいなら俺が背負って帰ってやるぞ?」

「だめだよ! まだ帰っちゃダメ! ねぇちゃん、約束! おいしいもの食べに行こ! おいしいもの食べたら元気出るよ!」


 エリアルはどうしてもリーシャと街を回りたいようで、手を引っ張って催促してくる。


「……」


 ノアは何を考えているかはわからないけれど、リーシャを抱きしめ、弟たちの訴えを聞きながら無言で立っていた。

 普通の女性なら、容姿の整った男性3人にこうして気に掛けられたら嬉しいものなのだろう。

 けれど今のリーシャにはそんなことを考える余裕などなかった。

 面倒なことを押し付けられていたことが発覚するし、面倒な男に目をつけられるしでうんざりしている上に、この後も3人に振り回されるのか、と気が重くなっていたのだった。

 読んでいただきありがとうございます。武闘大会の話はまだしばらく続きます…


 実はリーシャはシルバーとはじめて会ったころ、シルバーのことが苦手でかなり避けていたり…その辺のちょとした話も後々書けたらいいなと思ってます。

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