ピクニックへ その1‐晴れの日に‐
「今日は何しよっかなぁ」
パジャマから着替え終わったばかりのリーシャは窓の外を見上げた。
空は快晴。何をするにももってこいの青空だ。ただ洗濯は昨日のうちに終わらせ、食料も倉庫に十分保管できているため、やらなければならないという事はとくになかった。
うーん……思いつかないし、こんな晴れてるのに引きこもるのもなぁ……なら、クエストにでも……
リーシャが外を見ながら予定を考えていると、バタバタという音が聞こえ、自室の扉が勢いよく開かれた。
「ねぇちゃん! お出かけしよ!」
入ってきたのはもちろんエリアル。興奮気味で何かを期待するように目を輝かせていた。
「エリアル。そんなに勢いよく開けないでよ。扉が壊れたらどうするの」
「あっ、ごめんね。なんか急いで言わないと、ねぇちゃんどっか行きそうな気がしたから。慌てちゃった」
「そっ、そっか」
エリアルがここまで慌てなければならないほど急いで出かけるつもりはなかったけれど、たしかに声をかけられなければあと5分もしないうちにギルドへ向けて出かけていただろう。
とはいえ、そもそもまだ1歩も動いていなかったのになぜ出かけようとしていたのがわかったのか。リーシャはエリアルの勘の鋭さに苦笑した。
「それで? 出かけるって、どこか行きたいとこでもあるの? 一緒に王都に行きたいとか?」
「ううん、違うよ。あのね、ルシアにぃちゃんがキレーなとこ見つけたからみんなでお出かけしようって」
「綺麗なところ?」
「うん。お花いーっぱい咲いてるんだって。あんまり遠くないらしいよ」
「ふーん」
リーシャには思い当たる場所はなかった。
きっとルシアが1人で狩りに出た時、いつも行っている辺りとは別の場所へ行って見つけたといったところだろう。
リーシャは再び窓の外の空を見上げた。日差しはそこまで強くなく、ほんのり暖かくて外で過ごすにはよさそうな天気だ。
まっ、ギルド行ってクエスト受けようかなって思ってただけだし。外でのんびりするのもいいかな。あっ、お弁当持っていくのもいいかも。
リーシャは心を弾ませ、エリアルの方を見た。
「わかった。じゃあ、お弁当持ってピクニックしに行こうか」
「ぴくにっく?」
相変わらずの知識量のエリアルはリーシャの言葉に首を傾げた。
エリアルたちと暮らし始めてからかなり経つけれど、リーシャは彼らと一緒にピクニックのように自然の中でのんびり過ごした事はない。話題に上がらなかったのだから知らなくても無理はないのだ。
「外でご飯食べてのんびりしようって事」
「うん! ピクニック! 行こ!」
エリアルは顔を輝かせた。期待に染まる顔がなんとも可愛らしい。リーシャまで笑顔にさせられる。
「じゃあさっそく、お弁当の準備しないとね」
「うん! じゃあ僕、お弁当作ってくる!」
「荷物の準備ができたら手伝いに行くから」
「わかった!」
エリアルはリーシャの部屋を勢いよく出て行った。
「ルシアにぃちゃん! 今日のお昼ご飯はピクニックだよ!」
「なんだそれ。それどんな食い物だ?」
「お花畑で食べるの!」
「は?」
リビングの方からルシアとエリアルの噛み合っていない会話が聞こえてきて、リーシャからは笑いがこぼれた。
弁当の用意を早々に終わらせたリーシャは、ノアたち3兄弟と一緒に森の中を歩いていた。家を出て1時間ほどは経っているだろう。
今のところ向かう道の先には、花畑があるような開けた土地は見えてこない。遠くはない場所だと言われていたため、こうも何も見えてこないとなるとこの先に目的地はあるのかと不安に思えてくる。
リーシャは荷物を背負って先導するルシアに問いかけた。
「ねえ、ルシア。そのお花畑があるってところまだかかるの? それなりに歩いたと思うんだけど。方向間違ったりとかしてない?」
家を出た時、太陽はほぼ真上に位置していたのだけれど、今はだいぶ地平に向かって進んでいる。既に昼食を食べるような時間は過ぎてしまった。
「ねー、僕もうお腹すいた。もうここで食べてからいこーよ」
エリアルの腹の虫は、もう限界だと可哀想なほどに鳴き続けていた。
「もうちょっとだから我慢しろって。向かってる方向は間違ってないはずだから。見覚えのある木もちらほらあるし」
「見覚えある木って……」
ルシアの信じがたい根拠に、リーシャは疑わしい声を出した。
周囲には特徴的な種類の木などない。リーシャにはずっと同じ光景が続いているようにしか見えなかった。
もしこの光景に見覚えがあるというのなら、かなりの記憶力だ。
「あ! ほら、見えてきた!」
正面を向くと、たしかに木々の向こうから開けた土地があるような光が差し込んでいた。
「わーい!」
エリアルが森の終わりに向かって走り出したので、リーシャ、ノア、ルシアもその後に続いて走り出した。
森を抜けると広大な土地に辿り着いた。
リーシャは目の前に広がる絶景に感嘆の声を上げた。
「わー! こんな場所があったんだ」
そこには色とりどりの花が広がる広大な花畑。もっと先には小さな川がある。
「わーい! 川だぁ―」
「おい、エリアル!」
エリアルが空腹を忘れ川の方へと走り出すと、ノアが後を追いかけて行った。
リーシャは心地よさに大きく息を吸い込んだ。花の甘い香りが鼻をくすぐってくる。
「な? 言っただろ?」
満足そうな笑顔を浮かべたルシアがリーシャの事を見ていた。
「うん。疑ってごめんね? この辺りにこんな場所があるなんて知らなかったから」
「ん。いいよ。そんな事より、俺はリーシャが気持ちよさそうにしてるの見れただけで満足してるから」
ルシアが向けてくる愛しいものを見るような視線に思わずリーシャは顔を逸らした。
「そっ、そんなことで満足って。まだ着いたばっかりなのに、満足するの早すぎでしょ……」
「そりゃさ、今日1日楽しく過ごせるのが1番いいよ。けど、やっぱ何よりここに来てよかったって思えるのはリーシャが楽しそうにしてくれる事なんだよ。それにな、リーシャはどんな顔も可愛いから、いろんな可愛い顔を見たいって思うんだ。それって変か?」
ルシアが恥ずかしげもなくそんな事を言うものだから、逆にリーシャの方が照れてしまった。
リーシャはルシアと視線を合わせないように問いかけに答えた。
「うーん、わかんない。けどそんなこと言われるとちょっと、照れちゃう……かも」
照れてしまうという言葉を聞いた瞬間、ルシアは何かに気がついたように目を見開いた。
おそらくリーシャの感情の変化に気がついている。それがルシアたち兄弟にとって嬉しい変化だという事も。
ルシアは薄っすら頬を染め、真剣な眼差しをリーシャに向けた。
「リーシャ……リーシャは少しくらい俺らの事……」
「さ、さあ! 私たちもエリアルたちを追いかけよ!」
リーシャは咄嗟にルシアの言葉を遮った。なるべく何にも気がついていないように、できる限り自然に。
未だに本人たちに自身の思いを彼らに伝える覚悟ができていないのだ。思っていることを言うだけなのに情けないと思いはするけれど、いざ知られそうになるとどうしても尻込みしてしまう。
けれど、やはりきちんと伝えた方がいいかもしれないと思い直し、口を開こうとすると、ルシアが困ったように微笑んでいた。
「……そうだな。つーかそれより先にシート広げられそうな場所探そうぜ。エリアルじゃねぇけど、さすがに腹減った」
話を逸らした自分のせいではあるけれど、完全にタイミングを逃してしまい、リーシャは口を尖らせた。けれどすぐに、次に機会があれば今自分がどう思っているか伝えようと決意して、今のやりとりは忘れる事にした。
せっかくのピクニックだ。リーシャは目一杯のんびり過ごそうと思い微笑んだ。
「そうだね。お花の上にシートを敷くのは可愛そうだから……向こうの方に緑色が広がってるし、あっちにしよ」
「わかった。んじゃあ、行って準備しようぜ」
「うん」
リーシャとルシアは花畑の中を歩き始めた。
川の方へ向かったエリアルはズボンを脱ぎ棄てて川遊びをはじめていた。その河原では比較的大きな岩に腰を下ろし、脱ぎ捨てられたズボンを膝に乗せて保護者のようにエリアルを見ているノアの姿があった。
お読みいただきありがとうございます。
なんということもない閑話です。ただ、ある事を一応回収してあげようと思ったので挟むことにしました。
次回更新は次の日曜予定です。
でわ、また次回!




