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初クエスト その3‐人の姿をした竜‐

「おい、これはどういうことだ? リーシャ、お前はこのことを知ってたのか?」


 ノアの異形な姿を見て驚いたシルバーは、険しい顔をしてリーシャに問いかけた。

 先ほどまで、ろくに剣も扱えないただの坊主だと思っていた相手が、魔物が混じったような姿へと変貌していく様を見たのだ。どういうことだと問いたださない者はいないだろう。

 リーシャもノアたち兄弟の言い分を信用しきっていたわけではないため返答に困った。知らなかったと言えば嘘になるけれど、知っていたとも言い難い。

 リーシャはシルバーの問い詰めるような視線に耐え切れなくなり視線を逸らした。


「えーっと……知ってたような、そうでもないような?」

「何でそんなはっきりしねんだよ」


 シルバーは呆れ気味に言った。

 これがかなりの重大な事実だという事はリーシャも理解はしている。けれど、確証を得られたのはたった今なのだ。

 不確かな情報だけではいそうですかで済ませられる問題ではない。

 リーシャは珍しくシルバーの前で小さくなっていた。


「だって、ノアたちが竜だってことは一応本人たちから聞いてはいたけど、実際に竜の姿には戻れないって言うから嘘なのかなぁって思って……」

「たちってことは他に居ついてるってやつらもコイツと同じってことか?」

「たぶん……」


 ノアにはこの会話が、シルバーがリーシャを責めているように映ったのかもしれない。

 シルバーの前で下を向くリーシャを見るのが、ノアにとっては面白くなかったようで、眉間にしわを寄せた。


「あまりリーシャをいじめるな」

「わっ!」


 リーシャは、ノアの竜のような手で腕を引っ張られ、そのまま腕の中に閉じ込められた。

 いきなりのその行動に、リーシャの胸がキュッと締め付けられた。

 この苦しさは、いきなりあの手につかまれたことに驚いたからなのか。

 突然のノアの行動にシルバーも始めのうちは目を丸くしていた。けれど、事情をなんとなく察すると困ったように頭を掻いた。


「誰のせいでこんな話してると思ってんだよ……」

「俺だな」


 これ以上、本性を隠すこともないとでも思ったようで、ノアはツンとした態度で言った。

 シルバーはそんな変化に一瞬言葉を失った。

 けれど、気のせいだと片付けたのか、何事もなかったかのようにリーシャに説明を求めた。


「……で? 詳しく話聞かせろよ。場合によっちゃあお前、捕まるぞ」

「だよね……うん、わかった」


 すでに人でないことがばれてしまっているのだ。これ以上隠す必要もないと判断したリーシャはこれまでの経緯を説明した。ただ、番云々については一切触れなかった。

 シルバーは真剣に話に耳を傾けていた。彼はリーシャの事を気に掛けてくれ、信用のできる人間だ。

 リーシャは1人で抱えようとしていた秘密を共有してくれる相手ができたことで背に圧し掛かっていた重りが少しだけ軽くなったような気がした。

 何かあった時にはシルバーも協力してくれるかもしれない。




 リーシャがあらかたの経緯を話し終わると、シルバーは考えるように黙り込んだ。


「つまり、お前は半年前に子供の竜を拾って、国に黙って育て始めた。入れ替わるように今おまえの家にその竜たちを名乗るノアたち兄弟が現れたが、お前はこいつらの言い分を信用はしていなかった。んで、ノアのこの姿を見たついさっき、お前もこいつらの言い分が正しかったと確信を持った、ってことでいいか?」

「うん……」

「マジかよ……お前、何バカな事やらかしてんだよ、ったく……」


 シルバーは、どうしたものかと悩み、後頭部を掻いた。

 普通ならギルドマスターに報告され、法の元へ突き出されてもおかしくはない。けれど、シルバーは基本的には面倒見が良い人間だ。リーシャにとっても兄のような存在。

 この様子から見て、ギルドに報告はしないでいてくれそうだ。

 シルバーは悩みながら独り言を言うように話を続けた。


「いくら王都に住んでないっつっても、頻繁に王都へ出入りしてるしな……顔も知れ渡ってて、すぐ注目を集めんだからまずいだろ……1番いいのは……どうにか追い出せねぇのか?」


 リーシャは「追い出せるものなら追い出している」と言うために口を開きかけたけれど、瞬時に口をつぐんだ。

 背後でノアの殺気を感じたからだ。


「誰が? 誰を? 追い出すだと?」


 ノアは、今にも襲い掛かりそうな目つきでシルバーを睨みつけていた。


「じょ、冗談だ、冗談」


 シルバーは苦笑いを浮かべるとリーシャに向かって、耳貸せと手招きをした。


「おい、あいつってあんな性格なのか。ギルドいたときはいかにも品のいい貴族様、って感じだったじゃねぇか」

「猫被ってたの! 見てればわかるでしょ! 家の中ではだいたいあんな感じだもん」

「まじかぁ……」


 2人はノアに聞かれないようにこそこそと話した。実は聞こえているという事も知らずに。

 話がひと段落付きノアと顔を合わせたリーシャは、彼が未だに竜が入り混じった姿をしていることに気がついた。

 このままの姿でここにいるのは誰かに見られる恐れがあるため、人の姿になれるのならなるべきだ。


「ノア、すぐに人間の姿になれる?」

「あぁ、もちろんだ。コツがわかった」


 ノアの足元から再び風が巻き上がった。先ほどのような勢いはなく、黒い羽や爪、鱗はみるみるうちに体の中へと吸い込まれていった。そしてほんの数秒で完全な人間の姿へと変わった。

 人外が人の姿に擬態していく姿が珍しかったリーシャとシルバーはその様子に目を奪われていた。


「けどよ、まじで気をつけろよな。さっきの様子じゃあ、リーシャ、お前がなんかされたらすぐバレちまうぞ」

「え? なんで?」


 先ほどはどうやって擬態を解くのかわからず、コントロールすることができなかったため、あのような姿になってしまった。コツをつかんだというのならこのような事態には陥ることは無いはずだ。

 シルバーは、理由がわかっていないリーシャに呆れた様子だった。


「お前なぁ……」


 リーシャはその言い方に少しムカッとした。

 けれど、自分が気付いていないことならば、同じ事を繰り返さないようにきちんと把握しておかなければならない。

 冷静に聞くために反論はしなかった。


「何かわかったのなら教えて」

「さっきこいつがこの姿になったのは、お前がガルマイドに怪我をさせられたことにキレて、理性を失った時だっただろ」

「うん、たしかになんかいつものノアじゃなかった」

「たとえ体を変化させる術を覚えたとしても、コントロールできてなけりゃ意味がねえ。コントロールには必ず理性が必要だ。こいつはお前を傷つけられて理性を失うくらい荒れたんだ。また似たようなことが起こればところかまわずこの姿になっちまう可能性があるって事だろ」

「な、るほど?」


 確かに何らかの拍子に擬態のコントロールを失う可能性はある。それは気をつけなければならない。

 しかし、リーシャには何故自分が怪我をしただけでそんなことになる可能性があるのかがよくわからなかった。


「何で疑問形……それくらい分かれよ、お前頭いいんだから……ノア、お前も苦労してんのな」

「まぁな。その辺はこれから自覚させていくつもりだ」


 リーシャにはノアとシルバーはどういう事を言っているのかよくわからなかった。ただ呆れられている気配があるのはわかる。

 ノアたち3兄弟に番になるよう迫られているという自覚はあるのに、自分に向けられる好意には鈍いリーシャなのだった。



「まあいいか。この話はここで終わりだ」

「えっ、黙っててくれるの⁉」


 シルバーは味方になってくれるだろうとは思っていたけれど、あまりにあっさりと話を切られてリーシャは驚いてしまった。


「そりゃあなぁ。お前が捕まっちまったら、楽して酒代稼げなくなっちまうからな」

「ちょっと! その理由酷くない⁉」

「そんだけお前を頼りにしてるってことだよ」

「うーん、なんか納得いかないんだけど……でもありがと、シルバー」

「おう。バレねぇように気をつけろよ。ってことで。んじゃ、ここに来た目的を果たすとするか」


 ガルマイドに気を取られて忘れかけていたけれど、3人はシャレットロンバーの毛皮を集めるためにこの大森林に来ている。

 まだ手元には肝心な毛皮は一つもない。

 それなのに何故かノアは自信満々な態度だった。


「ふん。翼と爪が戻ったんだ。シャレットロンバーなど俺の敵ではない」


 ノアは余裕の笑みを浮かべた。


「馬鹿言うなよ。お前の本来の姿が国にバレてでもみろ。リーシャが捕まっちまうかもしれないんだぞ。絶対にさっきの姿で戦うな! 剣を使え、剣を!」


 シルバーはノアの腰に下げられている剣を指差した。


「これは扱いずらい」


 ノアは不服そうだ。本来の戦いやすい戦い方を知ってしまったのだから無理もない。

 けれど人間の世界で生きていくのならば、そうは言っていられない。


「慣れだよ慣れ。何事も練習しねぇと上手くはならねぇんだから。ほら、向こう、お目当ての相手がいるぞ」

「チッ」


 ノアは剣を抜くと、シャレットロンバーの方へ素早く駆けていった。

 シルバーに注意されるたびにイラっとはしていたようだが、文句も言わず真面目に取り組み、剣の振り方や動きは様になっていった。

 ノアは日が暮れて辺りが暗くなるまで駆け回った。時間はかかったけれど、どうにかその日のうちに毛皮を20集めることができた。

 初クエスト完了だ。



 完了をギルドへ報告し、ルシアとエリアルが待つ家に帰り着いたのは夜遅くになってしまった。

 待っていた2人はかなり心配していたようで、リーシャはルシアに寝るまで小言を言われ続けることとなってしまったのだった。

初クエストのお話はこれで終わりです。

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