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第四話 後輩からのメッセージ

 残りの時間は、勉強の続きをした。


「怜、ここの計算わからない」


「ここはね、この半減期の公式を使って当てはめてみれば解けるんだけど……」


 勉強が終わり、夕食を一緒に食べた後、理歩を家まで送った。といっても隣同士なので距離は全然無いが、今日もありがとうと照れくさそうに笑って手を振る理歩は可愛かった。


 自分の部屋へと戻り、一人で床に寝転がる。スマートフォンの画面を眺めていると「みさき」から一時間ほど前にメッセージが届いていたことに気が付いた。


 ……篠田さんからだ。どうしたんだろう。さっきのことだろうか。


 すぐにメッセージを開き、内容を読む。



 ――先輩、繰り返しになりますが先ほどはご迷惑をかけてしまい、すみませんでした。実は先ほど、先輩が異母兄と呼ぶ方を見かけたので、声を掛け、一緒に食事に来ています。


 ……食事だと!?どうしてだ?何を考えているんだ。


 嫌な考えが募る。汗が首筋を流れるのを感じる。


 丁度その時、追ってメッセージが届いた。


 ――二度と先輩には関わらないと約束させたので安心してください。


 ……まじか。


 篠田さんを家まで送るべきだった。悪気は無いんだろうけどこれは危ない。約束なんてものであいつを止めることが出来る訳がない。篠田さんが危険だ。スマートフォンを手に取り、すぐに篠田さんへ電話をかける。


「もしもし、篠田さん、今どうしてる?」


「あ、先輩!私、迷惑をお掛けした先輩のために何かしないとって思い、頑張ったんです。もう少しで店を出る予定です」


 声調は明るい。ああ、良かった。とりあえず無事そうで良かった。


「あの篠田さん、異母兄に何かされなかった?大丈夫?」


「全然大丈夫ですよ。今後何かしたら録音をネットにばらまくぞって脅したら色々とびびってましたから、もう手出しはしてこないはずです」


 正直、あの異母兄がたかが録音で怯えるとは想像しがたい。不安がさらに強まる。


「そうか、それなら良いんだけど……篠田さん、俺たちのためにありがとう、でももうそんな危険なことはしないで、何かあってからでは遅いから」


「……そんな危険では無いと思いますけどね。でもそうですね、先輩がそう言うのなら分かりました」


 少し篠田さんの声のトーンが下がった。



「今日は色々あったから家に帰ったらゆっくり休んでね」


「はい、ありがとうございま……きゃっ!な、何するの、止めて!」


 突然悲鳴と共にガタンという音がし、プツリと通話が途切れた。手が震えるのを抑えてもう一度電話をかける。


 プルルル……プルルル……


 ……何があったんだ、早く出てくれ。


 一分ほどの待った後、電話が再度繋がった。一呼吸置いて、確認する。


「篠田さん、聞こえる?」


 しかし、篠田さんの返事は返ってこない。


「おい、聞こえていたら何か言ってくれ!」





 一分が経過した後、聞こえてきたのは低い自分の声だった。


「……よう怜、久しぶりだな」


 その声は、異母兄のものだった。嫌な予感というものはよく当たる。


「あの、篠田さんは?」


「は?篠田さん?ああ、この女か。怜の後輩なんだってな、これから僕の家に連れて行くとこだよ」


 全身の肌から熱が奪われるのを感じる。最悪な状況だ。


「だめだ、あんたの思う通りなんてさせない、篠田さんには一切手を触れるな!」


「なんだよ、それ……ああ、そうか、そういうことか。あはは、馬鹿らし」


「はっ?」


 気味の悪い笑い声が頭の中に響く。


「怜がもし、僕の家まで来るなら、この女逃がしてやるよ」


 異母兄の家に行けば篠田さんが助かる。行く以外の選択肢は無かった。


 ……異母兄の家なんて行ったら母さん悲しむだろうな。


 母さんにとって父以上に異母兄という存在は許されないものだ。異母兄にこっそり俺の父親が会いに行ったと聞いて以来、母さんはさらに気性が激しくなった。俺のことを異母兄と見間違えることも多々あった。気持ちは分からなくも無い。異母兄はあの父親が他の女との間でこしらえた子供だ。母さんが憎しみを抱くのも仕方がない。あまりしたくは無いが、母さんには嘘を吐くしか無さそうだ。


「俺が着くまで篠田さんには絶対に手を出すなよ!」




 そう異母兄に念を押した後、外に出る支度をし、一応身を守るための道具を探す。机の引き出しからカッターを取り出すと鞄にしまった。母さんには本屋に行ってくると伝え、車のキーを手に取り家を出る。


「あまり遅くならないでね」


「分かった、行ってくる」


 にこやかに笑って見送ってくれる母さんに心の中でごめんと呟き、異母兄の家へと車を走らせた。




 異母兄の家に行くのは初めてだ。なぜだか異母兄と初めて会って以来毎日のように家に来いというメッセージが来る。しかも地図が一緒に添付されてあるので、場所は覚えてしまっていた。異母兄に何をされるのか怖くて考えたくないが、俺の事が嫌いだろうから色々といじめてくるだろう。弱みを握られるかもしれない。


 足を踏み入れたくない場所だが、篠田さんを助けないといけない。二度も俺のせいで篠田さんを傷つけたくない。理歩は怒るかもしれないが、事情を話せば分かってくれるだろう。恐怖心を心の奥深くへ沈め、アクセルを深く踏みこんだ。




 車を一時間ほど走らせると、異母兄のアパートに着いた。震える指先でインターホンを押す。


「ドアの鍵は開いているから、そのまま入ってこい!」


 恐る恐る扉を開け、冷たい床の上をゆっくりと歩いて行く。


 リビングに着くと篠田さんが椅子に縛り付けられていた。口には白いガムテープを貼られ、全く身動きを取れない状況である。


「手を出すなと言っただろう!今すぐ篠田さんを解放してくれ!」


「よく見てくれよ、手は出して無いよ?暴れるから落ち着かせるために縛っただけだよ?怜が来たからもうその口約束も終わりだけどね」


 口の端をゆがめて笑いかける異母兄の表情に思わず吐き気が生じる。


 ……なんだよ、あの気持ち悪い笑み。一体何を企んでいるんだ。


 異母兄は短パンのポケットから金色のハサミを取り出した。篠田さんの真上にそれを振りかざしたかと思えば、綺麗なワンピースの布を切り裂いていく。篠田さんは涙を流しつつ俯いたままだ。


「おい、やめろ!もう篠田さんには手を出す必要は無いだろ」


「手は出して無いよ?顔が真っ赤で暑そうだから、服を切ってあげてるだけじゃん?むしろ感謝してほしいなぁ」


「それが手を出してるって言ってんだろ!切るなら俺の服切れよ!」


 異母兄の襟首を掴み、殴りかかろうとするが、簡単によけられ、堅い地面へと叩きつけられる。


「まったく怜ばかり良い思いしやがって」


 荒々しい声で吐き捨て、睨み付けながら俺の首元にハサミの刃をあてる。


「父親がいて、その上こんな可愛らしい彼女までいるなんて、許さない、何で僕ばかり辛い思いをしなければならないんだ?」


 ……こんな可愛らしい彼女?もしかして篠田さんを俺の彼女だと勘違いしているのか?


「僕は何もかも恵まれている怜が憎い。彼女くらい僕に譲ってくれたって良いだろう?」


 まあ、今は勘違いしていようがどうでも良い。そこを訂正したところで理歩にも迷惑がかかるだけだ。


「嫌だ、お前なんかに篠田さんは渡さない」


「怜、今の自分の状況分かってんの?分かって言っているんだよな?」


 異母兄の右手に力が加わり、ハサミの刃が首の柔らかな皮膚に傷を切り込む。


 痛い。怖い。逃げ出したい。昔の母さんの姿と異母兄の姿が重なって見える。


「良いよな、怜は。優しい父親と母親がいてさ、その上彼女までいる。怜に父親を取られたことで僕の人生は不幸の連続だ。怜も僕とどん底に落ちれば良いのになぁ」


「俺が父親を取ったわけでは無いし、何があったか知らないけど、自分の不幸を他人のせいにしないでくれ」


 さらにハサミを強く喉元に押し当てられる。肌に生ぬるい血液が冷たい刃の近くから流れ出るのを感じる。


「大学に行かせて貰える怜には分からないだろうなぁ、僕の気持ちなんて。僕だってはじめは自分の努力不足がいけないんだと思ってたよ!だけどさ、仕事をして家に帰ったら、母親はお酒に酔って吐いていて、その隣には毎日違う男が寝そべっている。それに僕の働いたお金は気がついたら無くなってるんだ。はは、笑えるだろ??笑えよ、なぁ馬鹿にして笑えば良い」


 刃の押しつける力が更に強まり、痛みにうめき声が出る。考えろ、考えるんだ。こちらが持っているのは家を出るときに持ってきたカッターだけだ。俺には力が無い。ただ出来ることとすれば、カッターで一瞬意識を背ける位だ。その後に篠田さんの拘束を解けるかも怪しい。だけど、今はやってみるしか無い。


「僕の生きてる意味って何だろうな、小さい頃は心の支えだった怜の父親はもう一切会ってくれなくなってしまった。怜の家まで行ってその人に会うことでさえ許されない。怜がいるから、いけないんだ、怜がいなければ……」


 異母兄が話しに夢中になっている隙に右手でズボンのポケットを探り、カッターを握る。左手で首筋に当てられているハサミの柄を掴み、カッターで異母兄の腕になんとか一筋の深い線を加えた。金色のハサミが地へと落ちる。


「いってぇ!ああ!」


 異母兄が一瞬怯み、わめいている隙に立ち上がり、ハサミを手に取り、篠田さんのロープを切る。


 しかし、堅く体に巻き付けられているロープを切断するには時間が足りなすぎた。怒りに顔を歪ませた異母兄が右腕を振り上げ、近づいてくる。なんとか篠田さんを守ろうと必死に両腕で抱き包む。


 ……俺は良い、俺はどうなっても良いから篠田さんだけは守らないと。


 異母兄が右手を振り下ろしたと同時に、怖くて目をぎゅっと閉じる。しかし、拳が飛んでくることは無かった。目の前にはなんと、異母兄の右手を掴む理歩が立っていた。


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