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風の吹いた町  作者: 紀遥
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風と中華料理店

 店に入る以前から感じていたが、中華料理店特有の匂いが鼻に付いた。それは別に嫌なもので無かった。むしろこれから食べる食事の舌、腹になるので好都合であった。相席する相手は除くが本来の予定を達成しようとしていた。私は重い足取りで暖簾をくぐった。匂いはさらに強く私の食欲を刺激した。私が店内を見回すと盛況なようで、店主の奥さんや黙々と食事をする客で店に熱気があった。

「お~い」

 声のするお店の奥を見たら、窓側の座敷に座るテーブル席に西村の姿が見えた。手をこちらに向けて振っていた。それとすぐに店主の大きな声が響いた。この店には家族でよく通っていた。父と店主が知り合いであるから、当然私のことも小さい頃からしているはずだった。だからとでも言えなくは無いが、その声がいつもと違うように感じた。確かに女性を連れて入っていくことはこれまで無かった。私を見ている西村を見た。私には呑気に水を飲んでいた。私は気にしすぎだと考えて、身を小さくしてから客の間を通って行った。奥まで行くとその席に着いた。靴を脱いで、踵を合わしておいた。隣には西村が履いていたサンダルがそろえて置いてあった。私は座布団に座り西村と対面した。やはりこの店は熱気が充満しており暑かった。

「はい、ど~ぞ」

 そう言って彼女はお冷とおしぼりを私の方にスライドさせてきた。この店の暗黙のルールとしてお冷などの細かいことはセルフサービスであった。家族で来るときは大抵の場合、私が担当することになっていた。だからか目の前の彼女が以外にも気の利く良い女性だと感じた。それも自意識のなせることなのか、それともおごられる彼女がそうさせたのか

「どうも、ありがとうございます」

 そう言って頷いだ。彼女は嬉しそうに笑ってから、もぞもぞとし始めた。私はその様子を見ていた。彼女は横に置いてあるメニュー表に手を伸ばした。私は咄嗟にある考えが浮かんで行動に移した。

「すいません」

 私はそう言ってから手を天高く伸ばした。その声に反応した店員の奥さんが高く長い声を出した。目の前の西村は手を伸ばしたまま固まっていた。しばらくすると奥さんがやってきてエプロンの中からペンと注文表を出してめくり構えをとった。私はそれを確認したのちすらすらと注文していった。いつものメニューから自分が嫌いな、卵とじを抜き、餃子の量を二人前で、〆のラーメンを抜いた。

「以上です」

 そう言い終わってから西村の方に向き直ってお冷を飲み干した。奥さんは注文を確認したのちお店で使われてる略語を店主に向かって大きな声で言った。彼女はこちらに向きなおっており、メニュー表を手にしていた。何故このような行動をとったのかあまり考えることは無く私も負けじと彼女を見ていたが時々お冷の方に目を向けた。しばらくして彼女はため息をついてから素早くメニュー表をもとの場所に戻してから窓の外を見始めた。

「負けたら、おごりはそうだが、何を食べるかは決めてなかっただろ」

 私はこの言葉を言った後になってそもそも余りにも強引に了承を取られたことを思い出した。この言葉を聞いてもなお彼女は窓の外を見ていた。私は子供じゃあるまいし、それ以上のことは言わなかった。数分間の沈黙があった。私は店内を見ていた。やはりお祭りのポスターが壁に貼り付けてあったが、変色した数年前の物もあり、私の隣に今年のポスターが張ってあった。

「よく来るの?」

 突然西村が質問してきた。どうやら納得しているのか怒った表情はしてなかった。私は頷いた。

「よく家族と来るんだ。いつものやつを頼んだよ。嫌いなもの抜き、少な目でね」

 彼女は相槌を打った後、お冷を飲み干した。そしてお冷の入ったポッドからコップに水を注ぎだした。注ぎ終わり次は私に向かってポッドを向けた。数秒の間、私は彼女が血迷ったのか水をかけるつもりだと思い警戒したが、私の空になったコップに向けていることに気が付いてすぐに手を伸ばしコップを掴んだ。女性座りしていた彼女が少し身を乗り出そうとしていたので、私はコップをさらにポッドのもとに伸ばした。

「どうも」

 私はそう言った。彼女はそのままの体勢で頷いた。

「別に怒ったりしてないから・・・そんなことよりも聞かせてよ」

 彼女はポッドをテーブルに置き、私に向き合った。私は怒らせるためにやったことでは無い言い訳しながら、それ以上に彼女の質問に答えることに抵抗があった。彼女の聞きたいことはもちろん私には分かっていたし、確かに私から説明しようと了承した。私はしばらく沈黙していた。彼女の視線を感じながら思考を巡らせた。これ以上嘘を重ねることは私の良心に沿って憚られた。そもそもだがあまりにも彼女のことを知らなさすぎることに私は打ち明けることをためらっていた。彼女が何故知りたいのかを逆に私は知りたくなった。その後で判断すればいいことだろうと私は考えた。まだ食事は来ないだろう。私はそう思いコップを持ってお冷を少しだけ飲んだ。

「西村さんは何で知りたいのかな?」

 自分の声が普段より高いことが自覚できた。私は水を飲み込んで潤った喉を感じた。彼女がその言葉を聞いて少し考えるようにして顎に手を当てて首を傾げた。

「えっ・・・不思議に思ったから」

 返答は思いのほか早かった。そこで私は西村に抱く思いを整理した。目の前の彼女はおそらく不思議大好きな、不思議ちゃんだろう。であるとしてたら、私の選択は間違いでは無かった。私はもう一回水を飲んで覚悟を決めた。彼女は自分の言葉に納得したように相槌を打っていた。私はそんな彼女の不思議を隅の隅まで解決しなくては、考えた末に私は私の憩いの場を奪われるだろうと考えた。ただ普通に食事をして解散したいのが私の切なる思い出あった。私は悩みに悩んだ末、本来の考えとは毛色が違っていたが、外で走る電車を見て思いついた。だがおそらく嘘を含んでいた。それは自分にも分らなかった。

「祖父が鉄道員だったんだ・・・もう死んだけど」

 死んだけど・・・私はこの言葉で相手の思考をコントロールしようとしていた。それが言った傍から口の中を苦く、粘度を感じさせた。不味いと感じ、水を欲したがコップには結露した雫が流れていただけであった。コップに水が注がれた。真剣になった顔があった。音を立てて水が満たされていく、私の直観もそれと同時に失敗を悟った。きっと目の前の西村静香とはそれを本気でやっていた。気遣いも心配も、私の話も、自身の疑問にも。これでは私が損だと思ったが、自業自得であった。ポッドを置きなおしてから目を私に合わせてきた彼女はそれから促すようにして目玉と瞼が動いた。私は水をまた飲んだ。眼が開いており、周りが見える。私たちがどんな話をしているのか露程意識をしていない人々が居た。今更だがカフェとかにしとけばよかった。そう思っても現状に活路は見いだせなかった。私はコップを置いてから、深呼吸をした。

「はい、おまちどうさま」

 奥さんの声と皿が同時に湯気を伴ってエビチリ、青椒肉絲、酢豚、餃子が二人の目の前に置かれた。救われた、私はそう思った。私は目の前の香ばしい香りを嗅いで、目を輝かし、口角を上げた。西村はそんな私を見て手を前に出した。

「ちょっと、まだ」

 私は言い切られる前に箸箱から箸を取り出そうとした。そして彼女の分まで二膳をつかみ取り彼女の前に置いた。取り皿を二枚、餃子のさらに直接ラー油とたれをさした。

「いただきます!!どうぞ!!」

 私の声は思いのほか大きかったかもしれない。西村はむっとして不満そうにしてため息のあと手を合わせて

「いただきます」

 とぎくしゃくと言った。それから小さないざこざが頻発した。まず最初に餃子の食べ方、どれだけ自分のさらによそうのか、最後の肉一切れの争奪戦、当然もう彼女はお冷をついではくれなくなっていた。はたから見れば行儀は悪かった。お互いにけなしあい関係は悪かった。だが最後には笑いが漏れた。そうしているうちに私は本当のことを話してもいいように思えた。私は手を後ろに付きながら天井を見上げた。案外近く、周りを見れば判読不可能なメニューの札が並べてあり、ビールを持った外国の美女が見えた。換気扇が音を立てて周り、ぞろぞろと人が出ていく、店主が中華鍋を回しコンロと打ち付け音が鳴る。いい匂いもまだ私の鼻腔に充満していた。女将さんが略語を元気よく言った。私は店にある古いジャンプでも読もうとか考えた。その前にお冷を一杯、口に含みたい欲求が出てきた。でも私は前を向けなかった。私は鼻で息を吸った。甘い匂いが流入してきた。前を見ると私をジト目で見つめてくる西村が居た。私はまた天井を向いた。そして息を吐いた。 あたりはまだ明るかった。


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