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魔法世界のセデイター 4.フィリスのセデイト研修  作者: 七瀬 ノイド
第三章 またも助手が
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3-4 コンビで打ち合わせ

「行っちゃいましたね」

 サンドラとナユカが退出していった出入り口をフィリスは見つめる。そして、小部屋の中、傍らにはリンディ。思えば、この人とふたりで作業するというのは、初めてだ。もしかしたら、しばらくの間ふたりだけになるということ自体、初めてではないだろうか。これまで、たいていはナユカやサンドラを交えて接している。短時間なら、なくもなかったが……。

「あの……」フィリスが振り返りながら声をかけたところ、ぶすっとしているリンディが目に入る。「どうかされました?」

「あのさ」

「は、はい」

 自分との作業は嫌なのだろうか……それとも、わたしに気に入らないところが……。フィリスの心音が少し大きくなる。

「なんであたしが最弱なのさ」

 それか。からかわれた意趣返しとして、サンドラがいわば「言い逃げ」していったこと――九課内でリンディは最弱だと。

「冗談ですよ、もちろん」

 ふたりとも付き合いが長いのに、大人気ない。

「そんなのわかってるけど、言い返し損なったのが腹立つ」

 子供のけんかか……。さらに大人気ない。

「……気を取り直して、データを見ませんか?」

「はいはい、サンディのしょーもないデータね」

 ポケットからデータクリスタルを取り出すセデイター。

「まあまあ……せっかく骨折ってくれたんですから」

 なんだか接待染みてきた。研修期間中はこのマスターの助手であるフィリスは、データを受け取る。

「なにやったか、知らないけどね」

 課長の悪口か……。

「別に、汚いことはやってないと思いますよ」

 助手は端末へ向かう。ここにはプロジェクターがあるので、大きく映せるのがいい。

「もちろん、そんなことはしてないよ」

「あ、そうですよね……当然です」

 なんだかんだで、課長を信用してるじゃないの。フィリスはクリスタルを端末にはめ込む。

「でも、なんかゴリ押しはしてるだろうね」

「……かもしれません」

 ぼかしたものの、実は、激しく同意。

「そのうちクビになるんじゃない……まったく」

 つまるところ、心配してるわけだ……ややこしいな。

「まぁ……ミレットさんがいるから大丈夫ですよ。やりすぎは止めてくれますし」

「ああ、そうだよね。『最強ミレット』が、ね」

 あ……なんか、戻ってしまった……まずい。

「準備できました。データを見ましょう」

 助手は端末を操作し、まずは一人目のデータを映し出す。

「こいつね……」セデイターは、内容にさっと目を通す。「Eランクで……近いじゃない。見つけりゃすぐだね、簡単すぎ」

「そうですか。ただちょっと……」

 セデイトに関しては、医者としての知識はあるので、気になることがある。

「そうだね……あ!」せっかくの研修だ……自分で答えてもらおう。マスターモードに切り替える。「なにかな?」

「……え?」リンディの声の調子が急に変わったので、一瞬唖然としてしまった……。しかし、すぐに研修時の師匠としての振る舞いだと気づいた……わざとらしいが。「えーと……肥満体ですね」

「おー、さすが専門用語」

 それほどのものかは疑問だが、ここはマスターの顔を立てよう――こういうのは、医師の研修のときにもやった。ほめ言葉には感謝を。

「ありがとうございます」

「で、どう見る?」

 試されている? それならばと、医師は説明開始。

「そうですね……セデイト対象者の場合、摂取された余剰なカロリーは急速に消費されていくはずなので、肥満体は稀ですよね。にもかかわらず、太っているということは、症候性の肥満、すなわち、他の病気が原因となっているかもしれません。とはいえ、彼女がEランクのセデイト対象者、つまり軽症であることをかんがみれば、やはり単純にカロリーの過剰摂取が原因で、余剰カロリーが十分に浪費されない……」

 ここで、フィリスは停止。目に入ったのは、明らかに退屈そうなリンディの姿。

「あれ? やめちゃうの?」

「……もっと端的に表現するべきですよね」

「『軽症で食べ過ぎ』とか?」

「あ、それです」

 別に、医学的な説明を求められたわけじゃなかったな……。説明好きなので、どうしても長々と説明してしまう。マスターから求められているのは、病気を治療するためではなく、セデイト対象者の瘴気を処理するための情報である。

「ま、実際に見てみればわかるよ。もしかしたら、説得できるかもね」

 つまり、そういうことだ。Eランクの場合、軽症ゆえに説得を受け入れてセデイトに至ることもある。

「なるほど」

「ただ、研修としてはどうかと思うけど」

 セデイト対象者にとっては好ましいことだが、それだと追跡や戦闘になったときのコンビネーションの練習にはならない。

「かもしれませんが……」

 医者のフィリスとしては、患者にとってベターなほうがよい。基本的には医療保健系であるセデイターも、道義的には同じだ。

「その場合は、もう一件やればいいね」

 口調からリンディも基本的には同じ考え方だと思われ、フィリスは安心した。

「ええ、そうしましょう」

「さて、次だけど……」研修だよね。……改めて認識し、任せる。「フィリスが先に見立てて」

「わかりました」

 フィリスは、次のデータ――おそらく、ノルマであるCランクと予想される対象者の情報を出す。しかし、それを出した途端、助手の目は釘付けになった。

「……どうかした?」

 口を開かない……いや、正確には口をぽかんと開いたまま言葉を発しないフィリスをリンディが不審に思ったところ……発せられた言葉は……。

「イケメン」

「へ?」

「い、い……イケメンです、イケメン。ど……どうしましょう」

 出た、ご病気が。よりによってセデイト対象者に……。「どうしましょう」はこっちのセリフだ。早くもセデイターは面倒くさくなった。

「顔は無視すること。以上」

「……ですね、ですよね」大きく息を吸って吐くフィリス。そして、画面に目をやる。「えーと……ふにゃぁ」

 これでは、少し前に自分の助手をやった誰かさんと同じだ。マスターとして注意しないと……。

「……まじめにやって」

 これが自分のセリフか? 耳を……いや、口を疑うリンディ。ただ、その異例な言葉は助手に届いた。

「すみません。やります……痛っ」

「なに?」

 マスターには、助手が自分の太ももをつねったのは見えていない。

「大丈夫です、えーと……対象者はCランクですね。サンドラさんが言っていたノルマのランクです」

「あーそうだねぇ……どうやったか知らないけど……きっちり用意したわけだ」

 本当にまずいことはやってないだろうな……。都合よ過ぎて、疑わしさが増してきた。まぁ、自分の責任じゃないからいいか……。リンディは逮捕されてしょげるサンドラの姿を思い浮かべ……られなかった。たぶん、暴れるな……。

「……特徴は、まず……イケメン……くぅっ」データを閲覧しているフィリスは、またも自ら太ももをつねった。「他には……加速魔法」

「またか」

「え?」

「最近、加速使いを相手にしたばっか。ティアが助手のときね」

 手強くはなかったが、面倒だった。……なんか、最近、面倒なのばかり。

「そうなんだ……。では、やりやすいでしょうか?」

 慣れただろうし。

「でも、今回はCランクだからねぇ……あれはDランクだったけど」

 ただし、実質はもっと高いランクの実力はあった。犯罪や迷惑行為を行っていなかったため、ランクが低かったということ。

「それでは、気をつけないといけませんね。犯罪歴は……げ」

 フィリスが露骨に嫌な顔をしたので、リンディもその部分に目をやる。

「うわ」

「許せません。いくらイケメンでも」

「……イケメンは関係ないと思うけど」

「女性の敵です」

 痴漢と覗きがずらっと並んでいる。

「あたしも、こういうのを許す気はない」

「やってしまいましょう、リンディさん……いえ、マスター。たとえイケメンでも」

 助手から気合が感じられる――相手がイケメンでも。

「研修じゃなければ、先にやっちまいたいけど……」

「やっちまいましょう、マスター。こんなイケメン許せねぇ……人の気持ちをもてあそんで……」

 怒りのせいか、フィリスの口調が変わった。……それに、なんだか趣旨が違う。勝手にイケメンに盛り上がってたくせに……。

「でも、低いランクからやることになってるから……」

 自分が抑える側に回るとは……リンディはまたも自分にびっくり。

「黙ってりゃ、ばれやしません」

 たぶん、サンドラなら、順番を違えたことにすぐ気づくだろう。研修がやり直しになったりしたら面倒だし……やはり、この助手を説得しよう。

「いや……こういうやつはそれなりに危険だから、フィリスが慣れてからでないと」

 危険というのは嘘ではない。加速できる痴漢……ふつうとは違った危険がある。

「でも……」

「まずは、Eランクのほうをさっさと片付ければいいだけ。それに……見なよ」リンディは画面を指差す。「こいつはまだ目撃情報が少ない。でも、Eランクのほうは近くで目撃されている」

 セデイターが前のデータに戻したところを、助手が見る。

「あ、そうですね」

「だから、こっちからやるほうが得策。それに、こっちだって、これから何かやらかすかもしれないんだよ」

「わかりました。マスターに従います」

「ありがと」

 こういう決定を下したとはいえ、もしこれが研修ではなく、自分の選択でセデイトするのであれば、間違いなく「加速痴漢」のほうからやっただろう……。そもそも、リンディはEランクは基本的に請け負わないことにしている。報酬が安いというのもあるが、そこは、新人や経験の少ないセデイターに残しておくべきものと考える。最近、ティアと一緒にEランクを多数セデイトしたのは、まず、姉のお膝元であること、そして、職務復帰直後であること、かつ、かの助手の経験のためという条件が重なってのことだ。

「では、今から行きますか」

 フィリスのやる気が溢れている……。

「……もうやるの?」

 研修は明日からでは? 

「リンディさんさえよければ、今日から研修開始できるはずですけど……いちおうサンドラさんに聞いてきますね」

 言いながら早足でドアへ向かったフィリスは、瞬く間に出て行った。リンディの都合を聞くこともなく……。

「せわしない……」

 ここで待っていても仕方がないので、セデイターも小部屋から退出する。




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