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魔法世界のセデイター 4.フィリスのセデイト研修  作者: 七瀬 ノイド
第三章 またも助手が
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3-3 直前ミーティング

「これが、セデイト対象者二人分の情報」

 視聴覚ブースでの研修直前ミーティングで、サンドラはデータクリスタルをリンディに差し出す。

「あー、なんか決まってるって言ってたね……」

 受け取るセデイター。それなら、当日じゃなくて、昨日のミーティングで出せばいいものを……まぁ、きっと研修上の規定だの何だのがあるんだろうなー。そういう面倒なことを聞かされるのは間違いなく面倒だから、聞かないけど。……そして、そういう面倒なことを説明したくない課長は、聞かれなくて助かった。

「リンディへの指名依頼で、フィリスの研修ノルマ二人分。他の人には取られないからやりやすいでしょ?」

「まぁ、そうだけど……どっからそんなものを……」

「とあるルートから」

「怪しい」

 リンディにフィリスが追随。

「なにか、よからぬ手段を……」

「リンディはともかく、フィリスまでそんなことを言う?」サンドラはナユカに近寄り、その肩に手を置く。「もう信じてくれるのは、ユーカだけだよ」

「そ……う、ですね……あはは」

 ナユカの笑いは引きつっている……。よからぬ手段かどうかはさて置き、何らかの強引な手を使ったのだろうとは思う。

「で、今度はどんな悪事を?」

 リンディの直截的な質問自体を、サンドラは否定。

「悪事じゃない。近いうちにわかる」

「わかるんですか? そんなおおっぴらに?」

 驚くフィリスに、課長は抑えた声で反応。

「別にいいじゃない。まずいことじゃないし」

「あ? そう……そうですよね。失礼しました」

 この部下が失礼なことを前提としていたのが、よくわかる。

「こんなことなら、便宜なんて図らなければよかった。わたしは悲しい」

 わざとらしく嘆く課長の隣に付け、その肩にリンディが手を置く。

「悪行は悲しいもんだよ」

「それじゃ、返してもらおうかな」

 渡したデータを受け取るべく、開いた手を伸ばすサンドラ。

「あー、いや……せっかくだから……」離れて、にっこり微笑むセデイター。「ね?」

「なにが『ね?』だよ、まったく。これでそっちも共犯だからね」

 これは、課長の自白……。リンディ、フィリス、ナユカがそれぞれ反応する。

「え? マジ?」

「そんな……やっぱり……」

「本当に……」

 そんな三人に、サンドラが確認。

「あのさ……冗談ってわかるよね?」

 リンディ、フィリス、ナユカが順番に答える。

「わかんなかった」

「ですよね……」

「よかった……」

 相変わらず、リンディは見も蓋もない。フィリスは自分とリンディのどっちに同意したんだ? けっこうずるいな、こいつは……。ほっとしているナユカは、冗談だと思わなかったと……。サンドラは結論する。

「ったく、どいつもこいつも……」失礼なやつらだ。結局、自分に対してこういう見方をするのは……。「みんなリンディが悪い」

「なんであたしが……」

 当然、本人は言いがかりと見做すが……。

「それはそうです」

 フィリスに続き、ナユカも……。

「間違いないです」

「裏切りってこういうもんなんだね……」

 リンディが敗北したところで、サンドラが締める。

「そんなわけで……」どんなわけだ? 自分に突っ込みたい……が、とにかく先に進める。「その二人のうち、できれば、ランクの低いほうからセデイトするように。わかった?」

 課長がセデイターと研修中の助手に視線を向けると、それぞれ了承する。

「はいはい」

「わかりました」

「それじゃ、ま……」実務はリンディに任せるとして……。「報告は忘れずにね、フィリス」

「心得ています。必ず連絡を入れます」

「それは、頼もしいね」ナユカの様子を知るためだろうな……。「研修の間は、ユーカはわたしのうちで過ごすから」

「筋トレで死なないでね」

 リンディのナユカへの冗談に、フィリスが凍り付く……。

「え……」

「まぁ、わたしに任せて。きっちりトレーニングするから」

 サンドラ自らの申し出に、トレーニング好きのナユカは嬉々とする。

「はい。よろしくお願いします」

 この筋トレ好きたちがペアを組むと……健康管理者には悪夢だ。こちらは冗談ではなく、本当に……。

「あ、あの……ほどほどにお願いしますね。くれぐれも怪我などさせないように……」

「わかってるよ。ほどほどでしょ」

 しまった! この筋肉姉さんの「ほどほど」は、決して「ほどほど」ではないはず。

「いえ、かなり手加減してください……というより、思いっきり手を抜いてください。できるだけ、負荷のかからないように……」

 過保護な医師へ、異を唱える異世界からのトレーニー。

「それじゃトレーニングにならないよ」

「でも、怪我したら……」

 いぶとく心配しすぎる医者を、トレーナーがさえぎる。

「大丈夫だよ、骨折るようなことはさせないから」

「じゃあ、骨を折る手前まではやるんだね、おーこわ」

 リンディの軽口は、フィリスに火をつける。

「絶対駄目!」

「こっちのが怖い……」

 ひるんだリンディを尻目に、サンドラがフィリスを諭す。

「あのさ、トレーニングはわたしが専門なんだよ。無理なことはさせないから、信頼してくれない?」

「そうですよね……そうします……」

 頭ではそうすべきだとわかっているはずの健康管理責任者だが、なかなか納得がいかないらしい……。サンドラは、ここはもう一度、すでに確認してあったことを言っておく

「オイシャノ医師だけじゃなく、チェ=グーとか、フロリンデルさんの店もあるし……」

「フローラさん!」

 つい声を上げたのは、リンディ。フローラ=フロリンデル店長は、ハーブなどの充実した健康食品店を営んでおり、彼女のお気に入り。また、ハキン=チェ=グーは、サンドラも秘かに利用しているマッサージ店のマスター。それを隠しているのは、リンディにからかわれそうだから。たぶん、年齢がらみで……。

「なにかあった場合は、すぐ連絡するからさ」

 それで、ナユカを置いていくことに納得したはずだった。上司から改めて言われ、フィリスは落ち着きを取り戻す。

「はい……お願いします」

「フィリスも、そろそろユーカの頑丈さを認識するべきだよね」

 リンディの発言には、ナユカも同意する。

「正直、わたしも、この世界の人よりも丈夫だと思います」

 憶測だが、怪我をすぐに魔法で治している人たちよりも、自然治癒を基本としてきた自分のほうが、そもそもの治癒力が高いのではないだろうか……。

「ふーん。言ってくれるじゃないの」

 これは、比べてはいけない人。

「サンドラさんには負けますけど、リンディさんには勝ちます」

 異世界人に断言された人は……。

「あぁーら、そぅおー?」

 まったく納得いかない。

「リンディには、フィリスだって勝つでしょ。もしかしたら、ミレットも格闘ではリンディに勝つかも」

 筋肉姉さんのこのランク付けは、いくらなんでも聞き流すわけにはいかないセデイター。

「ほぅおぉ……なめられたもんだ。あたしはこれでも戦闘職だよ」

「保健医療系ですよね、正式には」

 訂正はフィリスから。カテゴリーとしてはそちらになる。戦闘になることはあっても、純粋に戦闘系ではない。

「やっぱ、そうなんですね」それはともかく、なんだか、趣旨が変わってきた。でも、気になるから聞いておこう……。ナユカが尋ねるのは、もちろん、この場で格闘最強の人へ。「ミレットさんって強いんですか?」

「サンディより強いよ」なぜか代わって答えたリンディが、課長を指差す。「よく、怒られてるの見るでしょ?」

「それはそうですが……」

 もはや体の話ですらない……とはいえ、秘書から注意を受けている課長の姿は、同意したナユカのみならず、フィリスもよく目にする。

「見ますねぇ……不本意ながら」

 課長の権威はなさそう……。しかし、本人もそれを希求してはいない。

「ごめんね、しょーもなくて」

「気にしないで。みんな最初からわかってることだし」サンドラの肩に手を置いてから、ナユカとフィリスに同意を求めるリンディ。「ね?」

「あ、いえ……」

「まぁ……その……」

 冗談のはずなのに口ごもる九課所属の部下たちに、上司は苦笑い。

「そこは否定するとこでしょ?」

「あ、そうです……」あわてるフィリス。「そうでした」

 そして、ナユカ。

「……ですよねぇ」

 調子いい小娘たちに、サンドラは複雑な気分。

「……ま、いいけどね」

「そんなわけで、ミレット最強なわけさ」

 戦闘職もどきがそう締めるのであれば、武器専門家は返す刀で……。

「で、リンディは最弱」

 こうなる。本人は声低く返す。

「……あのな」

「というわけで、ミーティングは終わり。そのデータは二人で見てね、ここ使っていいから」セデイターに反論を許す隙もなく、早口で言い置くと、サンドラはゆっくり席を立つ。「それじゃ、出ましょう、ユーカ」

「あ、はい」続いて立ち上がり、ナユカはリンディとフィリスに微笑む。「では、また後で」




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