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魔法世界のセデイター 4.フィリスのセデイト研修  作者: 七瀬 ノイド
第八章 報告
34/34

8-2 報告とカオス

 ノルマ達成の翌日、助手のフィリスを伴った研修時マスターのリンディが、昼過ぎに九課に現れた。

「あれ? ひとり? とうとう見捨てられた?」

 課内に入ってきた早々、これだ……。サンドラが手振りだけで出迎える。

「みんな、お・し・ご・と」

 リンディは近寄ってからかう。

「管理職は暇でいいねー」

「留守番も仕事ですよね?」フィリスはいちおう上司をフォロー。「でも、珍しいですね……課長ひとりでここにいるのは」

 部下の認識では、残業以外の時間帯では、まずない。

「まぁ、たまにはね……」

 実は、可能であれば、ときには部下に交渉の仕事を任せたらどうかと、秘書のミレットから勧められたため。人材育成には必要という趣旨だ。

「やっぱり見捨てられたんだ」

「はいはい」適当にリンディをあしらう。今、こいつに上司の心得について講義する気は起きない……。「それで……早かったじゃない。もうノルマ達成なんて」

「でしょ? さすが、あたし。なんてったって……」

 二週間以内で二件のノルマをその半分で達成。セデイターが自画自賛を続けるのを読んだ課長が、軌道修正をする。

「いいコンビだよね」

 昨夜聞かされた「コンビ芸」という言われようが頭をよぎり、眉がぴくっと動いたものの、それ以上は動じずに微笑むフィリス。

「……ありがとうございます」

「今日は休みでもよかったんだけど……」研修期間中、助手はフリーランスのマスターと同じように、休みを取ることになっているはず。よって、サンドラが突っ込む。「ていうか、なんで来てる? リンディ」

「来ちゃ悪い?」

「セデイトした翌日は休息じゃないの?」

 通称「セデイト課」の課長として、とりわけ入り浸っているセデイターには範を示して休んでもらいたい。休息も仕事のうちである。

「そうなんだけど、ノルマ達成の報告に来た」

「もう知ってる。知ってるってわかってるよね?」

 セデイト完了したことは、病院からここへ連絡が入っているはずなので、この課長はすでに知っているということを、セデイターはわかっている。

「……だから、終了でしょ?」

「なにが?」

「研修が、よ」

 任命権者である九課課長から研修終了の辞令を受けずに、勝手に終了することはできない。

「まだ一週間あるけど」

「はぁ? ノルマ達成したじゃん」

「ノルマはノルマ、期間は期間。別物」

 今回、研修期間は決まっていて、その中にノルマがある。説明したはずだが、このマスターはそういう理解ではなかったらしい。

「……なにそれ」

「最初に言ったでしょ? なんなら、新しいノルマを……」

 付け加えようという課長を、セデイターはさえぎる。

「いらない」

「……もういやですか? わたしとは」

 助手はマスターに視線を向ける。

「え? あ、そうじゃなくて……なんか釈然としないものが……」

「勘違いしてた自分に対して、ね?」

 そうではなく、この腹黒管理職にだまされたような気がしていたのだが、記憶を手繰れば、言われたとおりだ。

「……そうだよ。悪かったね」

「不貞腐れることないのに。楽しいでしょ? フィリスと組むのは」

 その面白映像で楽しんでるのは、自分だろう……と言い返すと、ナユカが口を滑らしたことがばれてしまうので、ここはぐっとこらえるリンディ。聞いた直後はサンドラをとっちめるつもりだったが、情報源の立場を考え、それはやめることに決めていた。

「……まーね」

 ノルマは達成したから、気楽ではある。あとは適当に流せばいい……。そんなセデイターの思惑はサンドラも察知しているが、特にとがめない。このテストケースで必要な情報はほぼ得た。

「じゃ、あと一週間楽しんでね、ふたりとも」

「はい。楽しみます」

 自分の醜態とも狂態ともいうべきものがばれてしまったのを知ったためか、フィリスは開き直ったらしい。それを見て、リンディも少しはやる気を出そうかという気分にはなった。


「戻りまし……げ。リンディさん」

 少しして九課へ戻ってきたナユカから発せられたのは、最近よく聞く異世界の音声。自分の名前の前に付けられた音をリピートしてみる。

「『げ』……ね」

「ど、どうしているんですか?」

 休んでるはずなのに……。

「どうしてって、ちょっと……」勘違いとは言いたくない。「行き違いがあって……あれ? 後ろにいるのは……」

 リンディが体を傾けた方向へ、ナユカも体を傾ける。

「い……いません!」

「『いません』って……いるでしょうが」

「錯覚です」

 こんな単語も使えるようになった異邦人。

「実体に見えるけど?」

「幽霊です」

 これには、幽霊嫌いのフィリスが反応。

「え!」

 リンディは姿勢をまっすぐに戻し、横に一歩移動する。

「いや、だから『実体』だって」

 ナユカも追随して一歩移動。

「……『ジッタイ』ってなんですか?」

 これは、誤魔化し? それとも、本当に単語がわからない? ……この際、どっちでもいい。それよりも本題だ。

「それは、そこにいるティアのこと」

 びしっと指を差したセデイター。

「人違いです!」指の向けられている前方の体は、後方の指差されている実体に振り返り、目配せ。「ですよね!」

「え」

 戸惑っている、幽霊ではないそれへ向け、ナユカがさらにバチバチと目配せ。

「ね!」

「あ、はい……」

「ほんとにぃ?」困っているティアを、リンディはじっと見つめる。「ティアじゃないんだー……ふぅーん」

 崇拝対象からそんな態度を取られて、流せる崇拝者はいない。

「ティアです! マスター」

 ここのところ、よくそう呼ばれるけど、最初に呼んだのはこいつだ。

「……人違いって言ってるけど?」

「違いません。間違いなくティアです」

 本人は、これ以上なく断言。

「あなたがティアさん……フィブレさんですね」ルウィッセにてリンディの一時的な助手を務めた話は聞いている……。フィリスは会釈をする。「九課へようこそ」

「あ、はい。こちらこそ。えーと……」

 名前を知らないふりをしているが、おそらく知っているはず……。でも、とりあえず自分から名乗る。

「フィリス・フィリファルディアです、はじめまして。フィリスとお呼びください」

「はじめまして、ティアリッセ・フィブレです。わたしはティアでお願いします」

 ふたりのやり取りを見て、ナユカはがっかり。

「あーあ、自分で言っちゃった」

「なにを?」

 リンディに聞かれて、素直に答える正直者。

「なにって……九課に入るってことを……」

「あ、やっぱそうなんだ」

「え?」

 口を滑らした本人は、わかっていない。

「まだ誰もはっきり言ってなかったんだけど」

「え? でも、フィリリンが……」

 訝しがるナユカに、リンディが説明する。

「フィリスは初対面のセデイターに挨拶しただけで、ティアはそれに応対しただけ……言葉の上では」

「ここの窓口に来たのを歓迎した、とも取れるね」

 サンドラが付け加え、リンディはフィリスをちらっと見る。

「つまり、鎌かけたわけ」

「ずるい……」

 ナユカが、フィリスを恨めしそうに見る。

「う……」非難めいた視線が痛い……。「でも……」

 その先の言い訳を、リンディが代行。

「まぁ、その前にユーカの態度でバレバレだったけど」

「態度……」

 我ながら挙動不審だったという自覚はある。

「セデイターのティアがここに来るのはおかしなことじゃないのに、それを隠そうとすれば、なにかあるってわかるよ」

「すみません……課長……」

 うなだれるナユカ。

「あ、いいよ、別に。どうせ話すつもりだったし」

 研修中のふたりとティアが顔を合わさなければ話さなかったが……まぁ、時間の問題だった。

「でも、昨日の帰りにも新しく人が入るって……うっかり……。なんで、わたしは……こんなに……」

 口を滑らせてばかりで、さすがに落ち込んでいる……。すると、ティアがそれに追随。

「いえ、わたしが……そこから堂々と入ってきてしまったから……わたしなんか、セデイター崩れのゲロ女なのに……」

 またも自虐へ向かったティアを、リンディが叱責する。

「そういうのはやめなさいって言ったでしょ!」

「は、はひ! すみません」

 頭を下げる元助手。口とは裏腹、久々にマスターに叱られて内心喜んでいる。微妙に動いたその目元を、なんとか隠して……。

「じゃ、反省はそこまでにして、改めて紹介……といってもフィリスにだけど」サンドラは、ティアの隣に歩み寄る。「新しく九課の情報収集担当になったティアリッセ=フィブレさんです。はい、みんな拍手」

 雰囲気を変える拍手の中、当人は会釈ではなく、深くお辞儀。

「よ、よろしくお願いします……がんばります」

「外回りになるんですか?」

 フィリスの確認を、課長が肯定する。

「そうなるね……ちなみに、リンディとセルージのデートを監視してたのは、ティアだから」

「はい……あれは、テストで……」

「それをパスしたから採用」

 テストを課した上司を、瞳を潤ませて見つめる新人。

「つらかったです……デートの監視……」

「デートじゃないし」

 即、否定したリンディ。フィリスが言い換える。

「『お食事会』ですよね?」

 ティアは拳を握る。

「あの野郎を何度麻痺させようと思ったことか……」

「堪えたと……」

 ナユカには、それを評価すべきかそうでないのか、まったくわからない。

「駄目ですよ、そんなこと」たしなめておきながら、フィリスは方向転換。「……あ、でも……してもよかったかな……」

 あのデートがおじゃんになったのなら……。

「いいわけないでしょ。こっちにも都合があるんだから」

 課長には、例の怪しい店長ヒロッコとの約束がある。

「じょ、冗談ですよ……あは、あはは……」

 苦し紛れに笑うイケメン好き。心情的に冗談ではないというのがばればれだが、放っておいて、サンドラは続ける。

「それから、研修の隠し撮りも、ティアね」

 隠し撮りを担当した人物までは言っていないものの、ナユカが犯した「情報漏えい」のひとつで、その点はすでに本人から課長に報告してある。

「すみません……」

 うなだれるナユカを、リンディが慰め……。

「言っちゃったの? よく生きてるねぇ」

 ……てはいない。

「隠し撮りはノルマ分で終わってるから、ぎりぎりセーフ……」部下に言ってから、サンドラが、後出しでリンディに突っ込む。「って、おい」

「なら、死なない程度のお仕置きでしょ? おー怖」

 こいつの言い様はともかく、上司として多少の罰は与えたほうがいいこともあるか……。

「そうだねぇ……それなら、あれを本人の前に曝そうか」

 耳ざとく、フィリスが先に尋ねる。

「あれ?」

「例の、リンディがたまたま録った……あれ」

 サンドラがほのめかしているのは、ここでは録った本人しか知らない――セデイター用のスコープで偶然録画してしまったもの。すなわち、ナユカの変顔映像。漏れなくアネットの分もついてくる。

「……?」

 幸い、録られた本人には話が見えない――知らぬが仏だ。困るのは、むしろ録ってしまったほう。ばれたら出演者のふたりに怒られる……。

「ま……まぁ、情報漏えいってほどじゃないよね。隠し撮りがあるのは、最初から予測してたし……」

「ふーん……。こっちは予測するのを予測してたよ」

 対抗したサンドラに、リンディが対抗。

「予測するのを予測するくらい、予測してたって」

「予測するのを予測するくらいの予測はするって、こっちも予測してたよ」

 対抗の対抗に対抗したサンドラに、リンディが対抗。

「あたしだって、予測の予測の予測の予測くらいは予測してたっての」

「それをいうなら、わたしは、予測の予測の……」

 さらに対抗しようとする上司を、部下のフィリスが止める。

「もうやめませんか?」

「そうだね、大人気ない」

 サンドラが撤退し、リンディが勝ちどきを上げる。

「よし。あたしの勝ち」

「勝ちを譲っただけ。大人だから」

 大人気なく、まだ続く。

「負け惜しみ」

「お子ちゃまがなんか言ってる」

「年よ……」言いかけた背筋に、冷たいものが走った。「なんでもない。もうやめた」

「さすがマスター。年長者を立て……もごっ」

 ティアの傍らに瞬時に移動したリンディが、正面からその口を塞いでいた。

「なんか……むなしい……」

 己を傷つけただけの勝利に沈むサンドラは放置し、ティアの口から手をどけるセデイター。

「あのさ……あたし、もうあんたのマスターじゃないんだけど」

「え!」

 固まる元助手。

「今、助手はあっち」

 リンディの指差した先……フィリスをティアの視線が刺す。

「あの女……」

 名前を教えたばかりの相手から受けた「あの女」呼ばわりに、今の助手は苦笑。

「研修中ですので……その間は」

「では、終わったらわたしが助手です。リンディさま」

 お辞儀する助手志願者に抗議。

「なんでそうなる?」

「まだ『マスター』とお呼びできないので」

 ティアが言及したのは、「さま」付けで呼んだことについて。

「いや、そっちじゃなくて……」呼び方ではなく、助手の件。「そっちもだけど」

「『そっち』というのは、どっちでしょうか」

 素直に尋ねているだけでも、ティアが絡むと話が面倒になる。

「『そっち』っていうのは……あー、もう」

 天を仰ぐリンディ……。やり取りを見ていたフィリスは納得。

「なるほど、こんな感じ」

 ティアのリンディへの憧憬とそれに基づく面倒くささについて、同居人に話してあったナユカは、にっこり。

「そう。楽しい」

 見ている分には。

「ティアは、専属の助手になるんだよ」

 突然のサンドラからの知らせ……。耳を疑うリンディ。

「は? 専属?」

「九課付けのセデイター助手になる。専門の助手ね」

 あ、あたしのじゃないわけね。なら、いいや……ん? 

「『専門』って?」

 気になるセデイターに、本人が説明する。

「その……自分がセデイターになるのは無理だと悟りましたので、セデイター助手を専門にすることにしました」

「……」

 リンディは答えず……。ナユカが確かめる。

「……諦めちゃうんですか? セデイター」

「もしかしたら、いつか自分でセデイトできるようになるかもしれませんが、今は……。それに、わたしは助手の仕事も大切だと思って……あの……」セデイター助手は、研修中の助手を見る。「フィリスさんを見て、よくわかりました」

「は……はぁ……」

 どういう意味で「よくわかった」のだろう……? 助手としての、活躍のような失態のようなものを見られた身としては、気になる。知りたいような、知りたくないような……。

「九課専属ですから、リンディさまは、ずっとわたしのマスターです」

 ティアのこの発言は、考えているリンディの耳を素通りしていた。……現状、ティア自身がセデイトするのは無理なのだから……その特異体質と器用さを考慮すれば、セデイター助手を専門にするというのは、ベターな選択だろうな……。本人がそれで納得してるようだし……いいことかもしれない。……自分が相手をするのでなければ。

「……まぁ、そういうことなら……それで」

 納得したセデイターに、ティアが改めて一礼する。

「よろしくお願いします、マスター」

 それだと、まるで自分の専属助手のようだ……できるだけ、他を当たって欲しい。

「……あ、呼び方はふつうで」

「では、リンディさま」

 こうくる……諦めた。

「……マスターでいいや」

 呼び方だけなら。

「はい、マスター」

 やり取りを見ていたサンドラが付け加える。

「とりあえず、セデイターよりもやることの幅は広がる」

「都合よくこき使おうってことじゃないの?」

 セデイターにうなずく課長。

「まぁ、そういうこと」

 そして、セデイター助手。

「そうです」

 双方が公然と同意しているのなら、リンディが口を挟むこともない。……情報収集担当兼セデイター助手……本当になんでもさせられそうだ。実際、自分と違ってなんでもできそう……セデイト以外なら。

「……ま、がんばってね」

「は、はひ!」興奮したティアがふらつく。「あ……」

「あ」

 自分のほうに倒れてきたため、傍らのマスターが抱きとめる。そうなると、当然……。

「ふにゃぁ」

 専属助手は脱力した。

「ちょっと、ちょっと」

 重みに耐えるリンディを支えるべく先に動き出していたナユカがヘルプに入り、それをおもしろがって見ているサンドラはにやりと笑う。

「まぁ、がんばってね」

 その隣にフィリスが来て、耳打ち。

「病気じゃないですよね?」

 課長は否定しない。

「あれは病気でしょ? ある種の」

「なら、いいですけど」

 医者として、「病気」と聞かされた後に、こう答えたのは初めてかもしれない。この病気はその原因に担当してもらおう……度を越さない限りは。


「……あ、そうそう」ティアから逃れて体勢を立て直したリンディが、にやついて見ていたサンドラに反撃。「おとり作戦はお蔵入りだね、ご苦労様」

「ああ、そのこと」

 作戦を計画した課長は、表情を戻した。からかうセデイター。

「もうセデイトしちゃったー。残念ー」

「作戦は続行」

 からかいは不発に終わった。

「え? なんで?」

「普通の痴漢捕獲作戦としてやる」セデイトとは関係なく。でも……いちおうサンドラが聞く。「参加する? おとりで」

「しない!」

「させません!」

 リンディの拒否とティアの拒絶はほぼ同時。崇拝者の眼光が提案者へ走る。

「……おとりは、アマミエルで」

 一瞬、サンドラでさえ身構えるだけの鬼気があった。

「今、その件でミレットさんとルルーさんがアマミエルさんに会いに行ってます……あ」ナユカは、はっとする。「これ……言っていいんですか?」

「別に構わないけど」

 課長のお仕置きはなし。

「……よかった」

 どうも、異世界人がナーバスになっていると、サンドラは見る。

「ユーカは例の件だけを注意して。他はこっちで気をつけるから」

「わかりました、そうします」

 ナユカは素直に納得したが、フィリスには引っかかる。

「つまり、最初から教えないってことですね?」

「そのほうがよくない?」

 あえて「本人にとって」とは言わないサンドラ。ナユカに配慮しているのはわかるものの、フィリスは念のため聞く。

「わたしにも?」

 そこが気になっている点。

「言っちゃまずいことはね。そういうもんでしょ?」

 課長の言い方から、自分はナユカよりも情報がもらえるとフィリスは理解した。しかし、特にそういう読みをしていないフリーランスが声を上げる。

「横暴だーぁ」

「これでも、公務員で管理職なんだけど? 知ってた?」

 上司と部下では、開示されるべき情報のレベルが違う。

「全然知らなかった……ていうか、ありえない。なにかの間違いじゃない?」

 そもそも、この筋肉が課長ってのがおかしい……とでも言いたげに自分を見てくるリンディに、サンドラがうなずく。

「はいはい。自分でもそう思うよ」


 そこへ、部外者来訪時の呼び鈴が鳴る。

「同業者」

 これは、呼び鈴の音でわかる。セデイターがセンサーに紋章をかざすと、専用の音が鳴る仕組み。鍵は開いているが、マナーとして勝手に入っては来ない。無断で入室するとサンドラに……以下略。

「わたしが出ます」

 九課専属セデイター助手が出迎えに向かい、連れてきたのは……ルーヴェイ。

「リンディ! 奇跡だ……」天を仰いでから、一目散に唱えた名のもとへ向かい、その手を取る。「君に会えるなんて……」

「……殺しますよ」

 瞬時に移動したティアが、イケメンセデイターの背中に指を押し当てていた。ここで氷魔法を発動すれば、確実に心臓を貫くだろう。

「あ、ごめん……つい……」

 さしもの色男も手を離したが……どことなく現実感を失っているような、いつもと違う雰囲気がある。

「あさっての話?」

 サンドラがルーヴェイに声を掛けていた傍らで、フィリスがナユカにつぶやく。

「呼び捨てにした」

「そうだねぇ」

 確かにデート前のような「君」付けではなかった。そこに気づかないナユカではない。

「ええ」

 このルーヴェイの肯定は、サンドラに向けたもの。しかし、フィリスが反応する。

「やっぱ、進展……あったんだ……」

「行く覚悟は決まったみたいだね」

 真摯な顔を向けたサンドラに、死地へ赴く戦士ルーヴェイがうなずく。

「はい、どうにか」

 これに、フィリスが応答する。

「そっか、認めるんだ……。どこまで?」

「たとえそれが煉獄でも」

 妖魔とのデートでも……。ルーヴェイはサンドラと目を合わせる……が、応じるのはフィリス。

「そこまで……」

「天使に会えましたから、恐れることはなにも……」

 リンディに視線を向けてヒロッコ店長のイメージに上書きしたルーヴェイへ、サンドラが尋ねる。

「とりあえず必要なものは?」

「では、他の女性に関心は?」

 フィリスが質問し、ルーヴェイは課長に答える。

「ありません」

「なら、いいけど」

 そのサンドラに対し、フィリスが反論。

「よくないです。そりゃ、確かに……わたしのことなんて、どうでもいいんでしょうけど」

 直接自分に来たので、さすがに無視できなくなった。

「ちょっと……話をややこしくしないでくれる?」

「そうですね……話は簡単ですもんね……ふたりができてるっていうことで……」

 いじけたイケメン好きの発言に、ティアが激昂。

「そんなことあるわけないでしょ! 口、塞ぎますよ!」

 その手が本当にフィリスの口元へ伸びるのが、課長の目に入る。

「やめなさい」低い声でティアを叱責してから、原因をぱっと見る。「リンディ、なんとかしなさい」

「なんであたしが? ……ていうか、何の話?」

 相変わらずの恋愛音痴……ともいえるが、こう話が交錯していれば、詮無きこと。

「マスター!」

 九課専属助手に呼ばれて、答える。

「なに?」

「あの男、ボッコボコにしましょうか?」

「はぁ? なんで?」

 ……リンディには理解不能。

「やめろって言ったよね!」

 さすがに、サンドラが怒った。この課長、その印象に反して怒りをあらわにすることはあまりないのだが……。

 その間、ボッコボコの対象は、来るべき責め苦への覚悟のせいか、すでにあっちの世界に行ってしまっているようで、こちらの喧騒は気にも留めていない。

「だって、マスターの手を……手を……」筋肉課長への恐怖を感じつつも、崇拝対象案件につき、けっこう頑張るティア……ここで切り替える。「手を見せてください」

「え? 手?」

 頼まれたリンディには、さらに意味不明だ。

「だめでしょうか?」

「別にいいけど?」

 マスターが片手を差し出す前に、ティアがその両手を取る。満足げな表情……そして……。

「ふにゃあ」脱力。しかし、堪えた。「か……勝った」

 ……自分に。満足して手を離したティアの後方から、ナユカが支えに入る。

「……っと」

「あの病気は……病気だ」

 サンドラが眉をひそめる。今日、初めてリンディと相対あいたいするのを見たわけだが、聞きしに勝るひどさだ。

「そのようですね」医師が同意。崇拝者と久々に会った高揚感を考慮に入れても、病気な病気だと言わざるを得ない。「では、わたしが担当します」

「任せた。ただ、その前にわたしから」病気な病気の人を呼ぶ。「ティア!」

「はい」

「その病気をなんとかしないと……」

「『病気』……どっちの……? あ、こっちですね、はい」瘴気が見える体質のほうもあるとはいえ、今の状況を鑑みればそれではない。どちらも厳密には病気とは言い難く、難儀な人だ。「ク……クビでしょうか……?」

 課長がにやりと笑い、低い声を発する。

「……リンディに嫌われるよ」

「ぐふぉっ」

 クビよりも激しい……激しすぎるダメージ。急速に崩れ落ちてゆくティアをナユカが留める……。

「くっ」

 ……には至らず、あえなくそのまま自壊していった。ただ、落下速度が緩和されたことで、ぺたりと床に座ったティアの隣に、担当医が屈みこむ。

「健康管理担当は『この女』です」必要以上に、にっこり笑う。「いつでも相談に乗りますよ」

 先ほど執った態度に自覚のあるティアは、恐縮する。

「……は、はい……フィリスさん」

「じゃ、わたしはルーヴェイと打ち合わせがあるから……」

 例の「密談室」をちらっと見た課長を、フィリスがさえぎる。

「ふたりで?」

「不倫?」

 それがリンディのジョークだとわかっていても、既婚者は声を上げて否定する。

「違う!」やっぱり、小部屋を使うのはやめた。「……ユーカ、来て」

「はい」

 手招きされ、ナユカはサンドラの隣へ。フィリスは疑問を投げかける。

「なんでユーカ?」

「まさか……」

 その先、リンディがろくでもない冗談を言うのははっきりしているので、サンドラが先手を打つ。

「なにが『まさか……』だよ。口ではっきり言ってみなよ、ほら、ほら」

 不意の攻撃を受けた。

「はっきりって……」

 別に言えなくはないけど……。

「さあ、言ってみな。さあ、さあ」

 こういう聞かれ方をすると……。

「それは……」

 口にしにくい……。

「どうした? 言えないの? その口から言って御覧なさい、そのきれいなお口から、さあ」

「く……」

 リンディが完全にひるんだところへ、ナユカが介入。

「あの……ちょっと……やめませんか?」

 見るからに、とある傾向のプレイになっている。

「あ?」サンドラは、はっとする。「あ、ああ……そうだね」

「……サンディのバーカ」

 完敗した子供に、女王様が謝る。

「悪かったよ」

 プレイの終わりを待って、フィリスが即座に確認してくる。

「3Pじゃないんですね?」

「……見も蓋もないな、あんたは」

 あきれる課長。

「冗談です」

 そのわりには、このイケメン好きは真顔で聞いてきたような気もする……。それはともかく、今までのやり取りを見るに付け、サンドラが事前に考えたとおり、「デート」の打ち合わせには、まともな恋愛感覚を持ったナユカしか使えない。ここにいる他の三人は、それぞれちょっと……あれだ。ともかく、不向きだ。

「とにかく、三人で打ち合わせするから、邪魔しないように」

 ルーヴェイのほうへ向かう課長に、後ろから異世界人が聞く。

「『3P』ってなんですか?」

 この単語は知らない。母語ならその意味はわかる。ナユカもそれがわからないほどのかまととではない。ただ、そのことを知らないサンドラは、教えていいものかどうか……迷う。猥談をしたことのない相手の許容度は測りがたい……。とりわけ、相手は異世界人である。

「……そ……それは……えーと」意味を教えるということは、内容を教えるということだ。したがって、その詳細を口に出さなければならない……。サンドラは立ち止まる。「その……つまり……」

 ここが責め……攻めどころと、リンディが近寄る。

「ほら、言ってみなよ。ほら、ほら」

「それは……その……」

 受けるサンドラ。攻守交替。

「その口で、はっきり言ってみな。さあ」

「いや……だから……」

 言いよどむ……。そして、追撃。

「どうしたの? 説明できない? その口から詳しく解説してあげなよ。その大きなお口から」

 失礼だな。失礼のおかげで、サンドラは体勢を立て直す。

「……大きくない。ていうか、そこはほめなさい」

 それが常套である。

「ほめるの?」やったことないから、攻撃方法に明るくない。「……んじゃ、『セクシーなお口』……とか?」

「ありがと、リンディ」

「どういたしまして」

 女王になるのは無理そうな女神はそのまま放置して、サンドラは本題の前に早足で近づく。

「じゃ、ルーヴェイ。打ち合わせをしましょう。ユーカも含めて」

「あ、はい」ルーヴェイは、課長の隣に来たナユカを見る。顔を合わせてはいるものの、直接話すのは初めて。「よろしく。ユーカさん……で、よろしいですか」

「はい。よろしく、ルーヴェイさん」

「セルージでいいですよ」

「はい、セルージさん」

 こういうまともな雰囲気になったところでは、さすがに、コントの続きをするわけにはいかず、リンディは引き下がる。すると、耳元にフィリスが近づいてくる。

「聞きました? 『セルージ』ですってよ」

 井戸端会議の奥さんかよ……。

「……ああ、あたしもそう呼ぶけど」

「ぬを?」

 やっぱり、あのデートからか? 眉をひそめるフィリスの心中の声に、ティアがうなずく。

「『お食事会』からそうなんですよ。やっぱり、あいつやっちま……」九課専属助手には九課課長の「脅し」が効いている。「ではなく……懲らしめましょう」

「名前で呼んでないのは、わたしだけじゃないですか……」

 愕然とするイケメン好き……。しかし、そうでもない。ティアがいる。

「わたしも呼びませんよ。あの野郎とか……外道とか、ゴミカスとか、腐れ変態とか……」

 それらは、基本的に陰口という。

「ちょうど本人いるから、それで呼んできたら?」

 リンディは冗談をフィリスに向けたのだが、反応したのはティア。

「マスターのご命令とあらば……」

 動き出した専属助手を、マスターが後ろから羽交い締め。……どう呼ぶつもりだ。

「やめなさい。あんたじゃない」

「ふにゃぁ」

 ティアは落下崩落。筋力スレンダーと違って、魔導士は支えない。

「……次回にします。今は……噛み締めます」

 一方のフィリスは、不意に決意表明した。聞くだけ無駄と知りつつ、いちおう尋ねるリンディ。

「なにを?」

「名前を……心の中で何度も唱えて……」

「ふーん……」

 やっぱりよくわからん。なんで自分の助手たちは……こんなのばっかなんだろう……。それでも、両者とも現場では役に立っているのが不思議だ。セデイターは両者を交互に見やる。

「どうかしました?」

 こちらの沈没していないほうは、まだ研修中。

「……そろそろ帰ろうか」

 自分の出番はなさそうだ……。リンディは、打ち合わせを始めている三人のほうへ目をやる。

「あ、はい。休息日ですもんね。で……」フィリスは、床にへたっているティアに視線を向ける。「この人、どうします?」

「ほっとけば復活するでしょ?」

「そうですね」

 医者も匙を投げた。

「じゃ」

 大声を上げずに、リンディが課の奥にいる三人へ手を振り、隣のフィリスが会釈をすると、後ろ向きのルーヴェイは気づかないものの、ナユカからは小さく手を振る合図、サンドラからは視線だけが返ってきた。

 そして、セデイターと研修中の助手は、静かに九課を後にした。


<第四部 了>



「魔法世界のセデイター 5」に続きます。


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