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魔法世界のセデイター 4.フィリスのセデイト研修  作者: 七瀬 ノイド
第八章 報告
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8-1 秘密を扱うには

 覗き魔であるターゲットのセデイトを完遂したリンディたちは、浴場の経営者である女将に取り急ぎ報告を終え、無力化されたセデイト対象者を連れながら魔法省へと向かっている。覗き犯確保の報を受けた女将は喜び、何らかの報酬を与えることを申し出てきたが、まだセデイター自身の瘴気処理前につき、それは後ほどということにして、辞去してきた。その折、後ろ髪引かれる助手の口からは「美容フルセット券」の最初の数音が漏れていたものの、マスターとしてそれは押し留め、今に至る。


「わたしも少しだけ役に立ててよかった。来た甲斐がありました」

 ナユカが「見学者」としての感想をリンディに告げたところ、フィリスがたしなめる。

「あそこは出てきちゃだめ。まだ終わってなかったんだから」

「それは、そう」そこには同意したセデイターが、冗談めかす。「……まぁ、か弱いあたしは助かったけど」

 実際、麻痺したままフィリスに圧し掛かったセデイト対象者を自分でどかすのは、難儀だっただろう……。あそこは、この怪力娘がいてくれて助かった。しかし、助手は納得していない。

「そこで甘やかしてはだめです。逃げるようにって指示していたわけですから、ちゃんと叱ってください」

「ああ、はい……うん」叱れと言われても……。「じゃ、まぁ……次は気をつけて」

 責任者に謝る見学者。

「はい。すみません」

「なんですか、それは。もっと怒れないんですか? そもそも、次なんてないですよ」

 この医者は、もうこれ以上、異世界人をこういった現場に出させないつもりだ。

「……」

 本人が無言なのを見て、リンディが抗弁する。

「でも、次がないなら、注意する意味がないじゃないの」

「それでも、です! マスターなら毅然としてください。現場の責任者なんですから」

 助手ではなく、健康管理担当としての要求である。

「……あたしが怒られた」

 気分を害したセデイター。

「今のリンディさんに怒らないで!」

 セデイト後は、吸着した瘴気で情緒不安定になりがちだ──ナユカはリンディがその状態に陥ったときのことを思い起こし、フィリスをまっすぐ見る。

「……ごめんなさい」

 その点は理解している医師がセデイターに謝り、結果、全員がそれぞれに怒られた。


「えーと……」話題を変えようというナユカ。「フィリリンは、今回も大活躍だったね」

「あ、うん」あれ? 気になるフレーズが。「……『今回も』って?」

「あ、今回は逆だね……前回は押し倒して……」

 視線を少し上方へ向けたナユカに、フィリスが疑惑の目を向ける。

「……なんで知ってるの?」

「え?」まずったことに気づいた。「な……なーんのことですかぁー?」

 ……あまりにわざとらしい。リンディはお見通し。

「隠し撮り。間違いない」

 研修の状況を記録するためだろう。マスター役を受けた当初より、ありうるとは思っていた……。助手も然り。

「またサンドラさんが監視付けてたんでしょ? 誰?」

「……さあ? 誰でしょう」

 ナユカがしらばっくれるべき部分を間違えているので、リンディが乗じる。

「誰かは知らないわけね。……てことは、他のことは知ってると」

「他のことって……えーと……」

 天然へ、フィリスがヒントを出す。

「先のふたつ」

 答えは隠し撮りと監視。

「ふたつっていうのは……つまり……」そこは答えてはいけないのだが、答えるのは秘密保持に向かない人。「フィリリンの活躍を見たことと……」

 語るに落ちた。すかさず、リンディは確認。

「隠し撮りを見たわけだ。はっきりしたね」

 これで即刻、観念した正直者。もう無理……。

「あの……口止めされてて……このことは……」

「あー、はいはい。わかってるって」

 リンディは口止め要請を察した。つまり、サンドラから口止めされていることをナユカがばらしてしまった事実を口止めした本人にばらさないよう、ばらした本人から口止めされたということ。具体的に説明するとややこしいので、ここは、阿吽の呼吸ということで……。

「……笑ってたんだ?」

 突然、暗鬱な声を出したフィリスに、ナユカが視線を向ける。

「え?」

「みんなで……」声が上ずる。「隠れて笑ってたんでしょ!」

 こうなるから口止めされていた……。ばらした以上、謝るしかない。

「それは……その……ごめ……」

「……なーんて、怒ると思った?」

 フィリスの声色がくるっと変わった。戸惑うナユカ。

「へ?」

「どうせそんなことだろうと思ってたから」

「知ってたの?」

「知らなかったけど、サンドラさんがこの件に触れてこないのはおかしい」

 看破した助手に、報告書を書いたマスターがうなずく。

「笑うとか……笑うとか……笑うとかね」

 あの報告書はいつになく筆が乗り、正確かつ仔細に書けたと、執筆者からフィリスは明かされていた。研修中の立場上、読ませてもらってはいないものの、内容はわかる――なにしろ、自分がやったことだ。

「だから、逆に提出書類やセデイト時の映像以外に、なにかがあると思った。隠している、笑うための材料が……」

「そっか」予測していたから怒らないわけか……。ほっとしたナユカの堤防が決壊する。「……なら、もう大っぴらに笑ってもいいんだね、よかった。……だって、あれ、滅茶苦茶おもしろくて……もう、みんなで大爆笑。おかげで、サンドラさんは腹筋が痛いって。ルルーさんも喉痛めてたし、ミレットさんも顔の筋肉を痛めたとか。わたしもいすからずり落ちそうになって……」

「……それで?」

 フィリスのトーンが下がった……。また怪我を気にしてる? 異世界人は一言挟む。

「あ、怪我はしなかったから大丈夫」

「……それは楽しゅうございましたねぇ」

 なんか変わった言い方だな……と思いつつも、異邦人は続ける。

「今、思い出してもおかしくて……笑いそうに……くくっ」

「……ほんと、おもしろいよねぇ」

 言葉と裏腹、フィリスの声は低いまま。微笑んでいるその頬が引きつっているのが、ナユカの目に入った……やばい。

「くっ……ごほごほ」笑いをこらえて咳が出た。「し、失礼……」

「……まぁ、フィリスが笑われるのはいつものことだから、気にすることないよ」

 リンディのフォローはナユカに向けてであり、フィリスにとってはまるで慰めにならない。

「マスターも、『ご活躍』してましたよね?」

「あたしは……」思えば、ぶちかましを受けること三度。「フィリスのせいだし」

 明白に助手のせいなのは、一度目だけ。

「……笑ったんでしょ?」

 視線を向けてきたそのフィリスにリンディがつぶされたシーンを含め、ナユカはすべて見た……そして、九課のみんなと爆笑した。

「それは、まぁ……その……」

「別にいいんだよ、そんなことは。いちおう最善は尽くしたし、恥ずべきことはしてない」ここは、言い切ったほうが勝ち。それに、リンディにとって、キャリア最大の恥といえるのは、瘴気にやられてナユカの前で曝した醜態。そのことが頭をよぎり、セデイターは誰にも聞こえないようにつぶやく。「……あのときとは違う」

 あれに比べれば、今回の些細なミスはどうってことない。

「へぇ……」

 ナユカは感心した。しっかりしてるんだ、この人……。さすが、プロフェッショナル。

「そうですよね……」助手は背筋を伸ばす。「わたしだって、ベストを尽くしました。恥ずかしいことはないです!」

 ……なくはないと、セデイターは思う。

「あ、うん……まぁ……もう少し冷静だったら、ね」

「……ですよね、やっぱり」

 本人も認識している失態の正当化は難しかった。

「でも……いいコンビですよね。なんだっけ……『コンビ芸』とかで」

 それは意味が違う。誰からそんな言葉を仕入れた? この異世界人は。

「サンディだね? それ」

 確かめたリンディへ、意外な返答が。

「いえ、ミレットさんです」

「ほぉーお。言ってくれるじゃないの、あの鉄面皮」

 その面は無理に動かされたようで、筋肉を傷めた。

「……あれ? 怒ってます?」

 異世界人は、お堅い秘書が口にした表現にて、ほめたつもりだった……。

「怒る? まさか、このあたしが? 心の広いあたしが怒るわけないでしょ?」

 こういうのは、どこの世界でも言ったとおりに受け取ってはならない……ので、ナユカは否定しないでおく。

「そ、そうですよね……」

 さっき、「笑われてもいい」的なことを言っていたはずだけど……。

「わたしも心が広いですよ……ねぇ?」

 同調した助手は、マスターと目を合わせる。

「だよねぇ……」

 顔を合わせて、にこぉっと笑う。月明かりに、ふたつの笑顔が怪しく照らされる……。


 近場につき、それから間もなくして、徒歩にて魔法省付属病院へ到着。誘導してきたセデイト済みの対象者を引き渡してから、セデイター自身の瘴気処理を含めた一通りの作業や手続きを済ませた。その頃には、魔法省本部ではすでに全部署の就業時間が終わっており、一行は九課に立ち寄ることなく、ナユカとフィリスの部屋へと戻った──ノルマ達成の報告は、明日となる。

 すでに夜も深く、自分の部屋へ帰るのもかったるいというので、今夜はリンディも泊まってゆく。面倒なときの通例として夕食はデリバリーにて済ませ、ようやく人心地ついた頃、フィリスが切り出す。

「……ミレットさんも一緒に見たんだよね? その映像」

 例の「コンビ芸」のことだ……。蒸し返してきた意図は気にせず、ナユカが答える。

「うん。笑顔を必死に隠してた」

「それで、顔面筋肉痛?」ふっと笑うリンディ。「笑える」

 まだとげがある……が、いちおうナユカは落ちをつけておく。

「後で、オイシャノ先生のところに行ってました」

 患部の状態には関心があるが、イケメンの顔面でも筋肉でもないことだし、ここでは健康管理責任者はスルー。

「なら、問題ないけど、それよりも……そのとき、窓口の受付は誰がやってたの?」

「え?」

 その場にいた者が虚を衝かれ、いなかったフィリスが状況を確認する。

「四人で小部屋にいたんでしょ?」

 ナユカに加え、サンドラ、ミレット、ルルーの四人。

「あ」またも口を滑らせたことに気づいた。「あー、それは……後でサンドラさんから発表が……」

 今度は、リンディがストレートに迫る。

「発表?」

「たぶん、近いうちに……」

「なんなの?」

「それは……わたしからは言えないので……」

 そんな情報源から引き出したことを踏まえて、フィリスが先読み。

「『発表』ということは、九課に誰か入るってことかな?」

「あ……その……」口を開くたびに情報が漏れていく。こういう人は根本的に隠し事に向かない。「はい?」

 聞こえないふり……それも遅延しての。ナユカにはもうこれしかなかった。

「ぷっ」思わず噴出したリンディは、笑いをこらえる。「……もしかして、隠し撮りしてた人?」

「え」図星というのが、低まった声に出ている。「えーと……は、はい?」

 またも聞こえないふり……。それを見て、助手はにやつく。

「もう一回、聞いていい?」

「……」

 反応できない情報漏えいもと。

「聞いちゃおっかなー、どうしよっかなー」からかいながら、正直者をちらっと見るフィリス。「聞いて欲しい?」

「欲しくない」

 情報源はむくれる。

「怒った?」

「……怒ってないし」

 にこぉっと笑うナユカ。暗めにしている灯りに、笑顔が怪しく照らされる……。

「……まぁ、詳細は後でサンディからってことで」

 もちろん、リンディは発表前に問い詰めるつもり。正直者のほうはここで解放され、その機嫌が直るのを待ってから、フィリスが心配げにこぼす。

「こんなことで大丈夫なんでしょうか……」

「なにが?」

 聞きつつも、それが何を指すか、リンディにもわかっている……。

「ユーカの秘密の件です」

 いや増したフィリスの危惧は、もはや……。

「時間の問題?」

 冗談めかしたリンディの視線を受け、ナユカはきっぱりと言い切る。

「そこは気をつけてますよ。そこだけは」

「そこだけ?」

 気苦労の増えた同居人へ、異世界人は正直に答える。

「それ以外は……もう無理」

 うなずきながら、リンディは納得。

「それで手一杯ってわけだね」

「やっぱり根が素直ですから……」

 そういう人は隠し事には向かない――という自明のことまでは、本人の手前、フィリスは口にしない。一方、リンディは矛先を別へと向ける。

「これは、秘密を増やした奴が悪い」

「そうですね……でも、まぁ……ユーカに話すようなことなら、それほどの秘密じゃないってことでしょう? 基本、サンドラさんは、教えていいことしか教えないですから」

 それで情報操作になるなら、嘘をついて信用を落とすよりはいいという考え方なのだろう。ただ、こういう言われ方を同居人からされると、本人は……。

「……」

 黙ってむっとしているナユカにフィリスが気づく。

「あ……つまり、どうせ発表することだからってこと」

「わたし、口、軽くないから」

 また、機嫌が斜めに……。ここはどうにかフォローを……リンディがする。

「あたしとフィリスは聞いてないんだから、信用されてるってことじゃない?」

「あ、そうそう……そういうことでしょ?」

 自己肯定させようと、フィリスはあえて疑問形を使ったが、答えるナユカは素直だ。

「そうじゃなくて、研修中にばれると……」

「あ、なるほどね」

 先回りしてリンディが納得。これで、それが研修中に隠し撮りをしていた人物だと確定した。

「あ」情報漏洩に気づき、頭を抱える。「もう聞かないで……」

 最初にこの異世界人の秘密保持能力を気にかけたのはフィリスだったとはいえ、落ち込まれても困る。

「あまり気に病まないでね。わたしたちが相手だとガードが緩むだけで……」

「肝心の、例の秘密は他に漏らしてないしね……」

 たぶん……。なだめようと口にしたものの、心配になってきたリンディ。しかし……。

「そうですよね!」本人はすぐに自信を回復した。「わたしは口が堅いのに、油断させるふたりが悪いんです」

 なだめたのに、矛先が自分に向かってきた。

「あ、そういうことになった?」

「……まぁ……他では油断しないように」

 フィリスに諭され、ナユカは素直にうなずく。

「うん」

「知らない人には気をつけて」

 同居人の念押しに、鼻白む。

「こどもじゃないんだけど」

「例のことを知らない人ってこと」

「ああ、そういう意味。……わかってる」

 とはいえ、たとえ、本人の口が堅くても、言葉尻や素振りから、誰かが何かに気づく危険性は排除できない。それに、この結界破壊士の「天才的」能力をきっかけに、彼女自身に興味を抱く者もいるだろう。実際、その方面では、すでに相応の関心を引いており、この異世界人を知る者が増えれば、より注意を払う必要がある。本人のみならず、秘密を分かつ者たちも。

「……こっちも気をつけないとね」

 視線を向けてきたリンディと、目を合わせたフィリス。

「そうですね……いろいろと」

 異世界人の秘密のみならず、肉体的かつ精神的な健康面など……。しかし、当人は別の意味に解釈する。

「イケメンと、マッチョと、紳士に気をつけてね」

 いろいろ……である。

「はぁ?」

 眉をひそめたフィリスに、リンディが解説。

「迫られたら、何でも話しそうだもんね」

 いわゆる、ハニートラップというやつだ。言われた側は、切り返す。

「そういうリンディさんは、美食や珍味とかに気をつけてくださいね」

 いわゆる、フードトラップ……聞いたことないな。ただ、食道楽としては思い当たる節もある。

「……」返事はせず、残り一名を見る。「それじゃ、ユーカは筋肉やトレーニングに気をつけるんだね」

 いわゆる、マッスルトラップ……なんだ、それは。

「まぁ……気をつけます」

 いちおう耳を貸した筋肉スレンダー。どう気をつけるのか……よくわからないけど。




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