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魔法世界のセデイター 4.フィリスのセデイト研修  作者: 七瀬 ノイド
第七章 待ち伏せ
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7-5 ターゲット出現

 夕方からしばらく監視を続けていれば、それ相応に夜も更け、気温も下がってくる。さすれば、必然的に起こりうべきことがある。

「ちょっと、用足してくる。ユーカ、代わってくれる?」

 腰を上げるリンディ。監視の交代を頼むのはこういう場合だけにするつもりだ。もとより、このオペレーションへナユカを完全に組み込むつもりはない。

「あ、はい」

「あ、ユーカはあっちね。フィリスがこっちに来て」

 つまり、フィリスがリンディの、そしてナユカがフィリスの位置で監視をしてもらう。侵入者は、通路における女湯側の出入り口側から入ってくると予測しているので、助手に可能性の高い側を当たらせる。

「……」

 助手の反応がない。

「フィリス?」

「はい。承知しました」

 フィリスは立ち上がる。

「もしかして、誰かいた?」

 セデイターは男湯方面を見る。

「いえ、誰もいません。邪念を消して監視していたので、反応が遅れました。すみません」

「……ならいいけど」邪念が何かは聞かないでおく。「すぐ、戻ってくるから」

 出入り口の手前にある通用口より屋内へ入るため、リンディはそちらのほうへ静かに向かった。


 しばらくすると、監視している助手の目に、人影らしきものがちらっと映った――マスターだろう。人が生理的所用に向かうと、それに倣いたくなるもの――学校であれば女子の習性として顕著である。それは基本、集団的な生物である人類のさがなのかもしれない――あくびがうつるのと似たように。その例外に漏れなかったフィリスには、可及的速やかにリンディと入れ替わる必要性が生じていた。ゆえに、身を隠している植え込みから、狭い通路へと躍り出る。早く交代したい一心で……。

「おっと」

 突然、眼前に現れた者が声を発した……男の声で。フィリスにはなにが起きたか、まだ理解できない。

「え?」

「失礼」

 紳士的に一言発したイケメンの男は、その場で反転し、消滅? ……したのではない。瞬時に少し先で姿を現し、その先へとそのまま走ってゆく。

「あ? あー!」

 状況を飲み込んだフィリスは、その後を追う……ついに出た! 加速痴漢! 

 実に、ものすごい加速力で、加速中はその姿が見えないほど──超加速といえる代物だ。その代わり、距離は稼げず、連発も利かないのだろう。推測するに、逃げたときの加速距離は最初に出現したときよりもかなり短いようで、魔法の再発動もできずに逃走してゆく。それも、かなりの鈍足――というよりも、走り方がどうにもぎこちない。これはおそらく、加速効果が強すぎることで、身体へ大きなダメージを負っているに違いない。加速魔法では加速時と停止のための減速時に魔力を使うが、そのどちらにおいても負傷と隣り合わせだ。ましてや、これほどの超加速。それで急停止したのだから、体のどこかを痛めた可能性が高い。

 ともあれ、これなら、あまり速いとはいえない自分の走力でも、間を詰めていけそうだ……。フィリスが追っていくと、覗き魔の向かう先にある通用口のドアが開いた。現れたのは……リンディ。

「わっ」

 こちらへ向かって必至の形相で走ってくる男……。それに対し、セデイターは即座に戦闘体勢をとる。さすが、助手よりも飲み込みが早かった。

 男も急ブレーキをかけ……といっても、スピードが遅いのでたやすく停止し、即時反転して、今度はフィリスのほうへ向かって走り出す。そちらなら突破できると判断したのだろうか、それとも、通路の両サイドに逃げる場所がなく、それ以外に逃れる術はないと腹をくくったのか……。

 それを目にした助手は、己が最後の砦であるがごとく走るのを止め、その場に留まって仁王立ち。そして、両手両足を広げる。これなら、簡単には通り抜けられないので、奴が加速しても直前で停止するはず。自分の後方にはナユカがいる……ここを突破させるわけにはいかない……なんとしても! 

「さあ! 触るならわたしに……」

 痴漢相手に自分が犠牲になっても、後方にいる回復魔法の効かない異世界人を守ろうという、天晴れな心意気! ……というより、無謀である。仮に加速して姿が消えるほどの速度で激突したら、大怪我は必至。万が一にもセデイト対象者が死を恐れていなければ、かなりやばい……。まぁ、命懸けの覗き魔がいればだが。

 その守るべきナユカはすでに遥か後方――男湯方面へと逃走済み。何かあったら逃げろという事前の言いつけはきっちり守っている。


 ともあれ、そんな覚悟の雄叫びをフィリスが叫び終える前に加速した覗き魔は、消えた瞬間にすぐ現れ、その「壁」前できっちり急停止。通り抜ける隙間がなかったという点で、この助手の無謀な試みは成功した。そして、幸いにも、覗き犯には生への執着があった。

「結構です」

 一礼して、即、反転し、またもや加速。消失して瞬く間に再出現したときには、リンディの方へよろよろと走っていた。

「な……なんですってぇっ」

 イケメン紳士痴漢からプライドをいたく傷つけられたフィリスは、鬼の形相でその後を追う。

 一方、慎重にゆっくりと間合いを詰めていたセデイターは、覗き魔と助手が自分のほうへ走ってくるのを見て、歩みを止める。すると、その姿を目にした加速覗きは、魔法を撃たれることを予期しつつ、再度反転……したところ、対面から鬼女が迫ってくる……。背筋の凍った覗き魔はまた反転して、一歩を踏み出す……しかし、その先には手ぐすねを引いて待つセデイター。魔法を恐れてまたも反転すると、視線の先には……仁王立ちの般若面。

 こうして、迎え撃つ両者の間を右往左往しているセデイト対象者――それを捕らえるべく、フィリスはじわじわとその間を詰めていく。マスターのほうは立ち止まったまま、魔法を撃つタイミングを計る。というのも、この狭い通路で魔法を発射した直後に相手が加速してかわしたら、助手に当たってしまうからだ。まだあの超加速を実行するだけの魔力があるのかないのか、その見極めが難しい。

 そんな中、鬼気迫る表情のフィリスが間を詰めていることで、セデイト対象者はじりじりと押し出されるように、セデイターのほうへと近づいてきている。次第に移動範囲が狭まってきた覗き魔は、なすすべなく右往左往を続けているが、もはやほとんど回転運動のようなもの。そこで助手は、奴がマスターの側を向いたら捕らえるべく、手を伸ばして前進しようとしたところ……。

「待って、フィリス!」

 リンディから声がかかった。物理的に捕らえるのは、魔法で行動不能にしてからだ。刺激して無闇に加速されてはまずい。この狭い通路では、正面衝突の危険がある。

 ところが、待機命令に反応したのは、即時停止した助手だけではない。自分に対して何をしようとしているのか見極めようとした加速痴漢は、声へと反射的に振り返りながら同時に逃げることも考えていたため、その最中さなかにあわてて超加速をかけてしまった。その結果……。

「うわっ」

 驚いたフィリスは一歩退く。……こんなのは初めて見る。人がものすごいスピードで回転している――まるでコマのように。それに向けて麻痺魔法を撃つべきか……リンディの決断は……。

「やめた」

 麻痺させると、本人が自力で停止できない……。ここは減速を待とう。なぁに、こいつは加速には慣れているのだろうから、本人が魔法を使えば、さっきの急停止のようにすぐ……すぐ……止まらない。

 その意味するところは、すなわち、当人が魔法を使える状態にはないということ。さすがに、高速回転には慣れていなかったらしい。詠唱並びに魔法イメージの形成どころではなさそうだ。幸いにして、ここは宇宙空間ではないので、その慣性もそれを妨げる摩擦には勝てない。とりわけ、地面という名の。

 このような回転が終了するときには、コマならばもんどりうって転倒する。しかし、ふらふらになった人間は、意識があれば立っていようとするもの。おそらく、それはこの細い回廊ではかえって危険だろう。ふらついたままどこへ激突するか、知れたものではない。セデイト対象者の安全にできるだけ留意するのも、セデイト時に必要なことだ。

 そこで、セデイターは停止へ向かっている回転体に、麻痺魔法を放つ。全身が硬直していれば、かえって怪我も少ない……かな? こんなケースは前例がないので、結果待ちだ。麻痺したことによって回転中の姿勢は当面維持されたが、それも崩れ始め、ついに終了のときが来る。


「捕まえます」

 フィリスが硬直したまま倒れそうになっているセデイト対象者の体を支えにかかる。こういうところは、さすがにヒーラーだ。たとえ相手が憤怒の対象であったとしても、救助には向かう。ただ、麻痺して硬直した体というのは……。

「あ……」

 重いんだよな……というリンディの懸念も虚しく……。

「ぐえ」

 医者はその体につぶされた。その脇へセデイターが歩み寄る。

「ご苦労様。さすが……」

「どかしてください、この物体っ」

 もの扱い。圧し掛かられたことで、さしもの責任感ある上級医師にも、怒りが再び湧き上がったらしい。

「あー、はいはい」

 セデイターは、自力で動きようもないその物体へ、手を伸ばす。そこへ……。

「わたしが手伝います」

 現れたのは……。リンディが顔を上げる。

「あ、ユーカ」

 様子を伺いながら戻ってきた。

「ちょっと、だめじゃない。まだ終わってな……」

 下敷きのフィリスがじたばたする。

「どかしますよ?」

 ナユカに聞かれたリンディがうなずく。たしなめた医師の言い分は間違ってはいないが……これを自分がやるのはしんどい。

「……頼んだ」

「よっ」

 任せられた怪力娘が、静止した硬直体をさっと抱えて、下敷きの脇へずらす。その力技に感心すると同時に少々呆れるリンディ。

「おー、さすが。サンディ二号」

「え? そうですか? えへへ……」

 若干の皮肉もこもっていたのだが、当人は喜んでいる。

「それじゃ……離れてて。セデイトするから」

「あ、はい」

 ナユカは邪魔にならないところまで離れ、フィリスは自分とセデイト対象者の治療、そして、リンディはいつもの手順にて、無事、セデイト完了。


 なお、外での捕り物は浴場内の利用者たちには気づかれなかったようで、アマミエルのように風呂桶攻撃を受けることはなかった。フィリスがもう少し興奮していたらどうなっていたか定かではないものの、浴場内では内部の音が反響するため、先のように金だらいが落ちてくるようなことがなければ、そうそう中の注意を引くようなことはないのだろう。それゆえに覗き魔も絶えないわけだが、その点から、あの罠はそれなりに効果的だったといえよう。もしかしたら、「浴場の防犯設備として、落下する金だらいは必須」という日が来るかもしれない──女将とアマミエルの貢献をその先駆けとして。




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