7-3 姉の羽交い締め
翌日、九課にて、アマミエルがオファーを受けたことを知らされたリンディは、フィリスとナユカを伴って、ギルドへ向かう。それというのも、サンドラから本人の気が変わっていないか確認して欲しいと頼まれたからだ。承諾したというのに、なにか気がかりなことがあるのだろうか……? その辺りのことは、聞いても教えてもらえなかった。なにやら、予断なしに尋ねて欲しいとのこと。
釈然としない点はあるものの、サンドラによる饗応は成功報酬、すなわち、アマミエルがきっちり仕事に来たらということになっており、食い意地としては、やらないわけにもいかない。ただ、あの姉弟がそうそう毎日ギルドに来ているとも限らず、もちろん、会えればの話。会えなきゃ、会えるまで、度々来なきゃなんないのか……他にどこを徘徊しているか知らないし……。けっこう面倒だなと思いつつ、リンディがギルドの中へ入ると、デ=マイウ姉弟はきっちりそこにいた。少しは親しくなった間柄なので、昨日と同じように、カジュアルに声をかける。
「やぁ、元気?」
「げ、元気……」
もじもじするアマミエル。カラムゥは、なぜか間を置く。
「……ああ、リンディさん……でしたっけね?」
「え? あ……うん」
忘れた? まさか、昨日の今日で? そんなことはないよな……この弟に限って。
「昨日は、わ・ざ・わ・ざ、お仕事をご紹介いただき……感謝の言葉が《・》ありません」
やっぱりちゃんと覚えてるようだけど、なんだか、言い方がところどころ引っかかる……。
「そ……そう……」
当惑気味のリンディを、カラムゥは鼻で笑う。
「まったく、代わりにどんな呪詛の言葉を投げかけようか、思い悩むばかりです」
「……え?」
耳を疑うとき、見開くのは目だ……ついでに、口も。要は、驚いた。
「よくもあんな……おぅ?」
続けようとしたカラムゥは、アマミエルに後方から羽交い締めにされていた。
「ちょっと、ごめん……」
そのまま後ずさって、立ったままの弟をずるずる引きずっていく姉。
「……なんですか、あれ?」
フィリスには、口を挟む余地もなかった。ナユカも同様。
「挨拶もできなかった……」
「それに、変なこと言ってましたよね?」
助手にも聞こえたのなら、リンディの聞き違いではないらしい。
「やっぱ、そうだった?」
まだ知らない「呪詛」という単語の意味をどちらかに尋ねる前に、ナユカの目に向こうの動きが映った。
「あ、止まった」
柱のところで止まったアマミエルはカラムゥを解放し、向き合ってなにかを訴えかけているようだ。これは、以前に見たのとは逆のパターン。ただ、アマミエルのときのカラムゥほどには厳しくなさそうで、説教ではなく説得している感じ……。ほどなくそれは終わり、姉弟はこちらへ戻ってくる。
「お待たせ……」
いつもどおり、控え目なアマミエル……。
「あ……うん」
どう反応していいかよくわからないリンディを、カラムゥの視線が刺す。
「……無責任でも待つくらいはできますもんね。どんな腐れ外道の変態……もごっ」
弟の口は姉の左手で塞がれ、腹部は右腕で押さえつけられる。
「また、ちょっと……ごめん……」
再び、アマミエルはカラムゥをそのまま後方へ引きずってゆく。
「なんか、怒ってますよね?」
後半の罵りはわからなかったナユカでも、カラムゥの雰囲気からわかる。罵倒の対象には、当然、はっきりそれは届いた。
「そうみたい……」
「おとりの件でしょうか?」
助手の推測に、マスターも同意。
「だよね……」
間違いなく、それ。
連行したカラムゥを同じ柱のところで離したアマミエルは、また説得を始める――というより、なだめているように見える。そしてまた、姉弟はこちらへ戻ってくる。
「待たせてごめん……」
この姉の姿を見るに付け、自分が彼らの不和の原因をもたらしたことに、リンディは罪悪感を覚えてきた……とはいえ、実際に不和なのは、弟と自分である。
「いや、別に……」
その先を口にする前に、カラムゥが割り込む。
「待ってなくてもいいんですけどね。まったく、なんでこんな無責任な変態エロ外道の腐れ悪徳食い意地馬鹿で出来損ない魔導……ごふっ」
早口でまくし立てた弟は、そこで崩れ落ちた……。姉の一撃がみぞおちを直撃していた。
「待ってて……」罵倒された対象を見つめるアマミエル。「お願い」
失神したカラムゥを後ろから抱え、またも例の柱のところへ引きずってゆくと、姉は持ち物袋からロープを取り出して、その柱へ弟をくくりつける。そして、それを呆然と見ていた三人の元へ、三度戻ってきた。
「いいの? あれ」
指差すセデイター。姉はうつむく。
「ごめんなさぁい……」
「……謝ることはないけど」
その言葉に感極まって泣きそうになるアマミエル。
「ふ……ふぇ……」
「泣くのはやめてね」
ここはきっぱりと言い置いたリンディ。泣かれると面倒でたまらない。
「ふぁい……」
止まった……よかった。
「それで……弟は、あのまま?」
「頭を冷やす……」
それまであのままと……? この姉……けっこうスパルタ?
「とりあえず、わたしが付き添ってきます」
志願したフィリスが、カラムゥの傍らへ駆け寄る。さすがに、縛られた者から目を離すわけにはいかない。医師として身体の状態をケアする必要があるし、ギルド内とはいえ、無防備のまま一人にしておくのは危険だ。
「弟、怒ってるの?」
そちらに目をやりつつ尋ねたリンディに、姉は再び謝る。
「ごめんなさぁい」
「謝らなくていいから」また泣きそうになるかな……と不安になり、アマミエルに視線を戻す。「……で、やっぱ……おとりの件?」
「……そう」
うなずいた姉は今度は泣き出しそうにはならない。ほっとした元凶が質問する。
「本当はやりたくない……とか?」
そこが気になって、サンドラが確認を求めたのか……。
「そんなことない」アマミエルにしては、きっぱりとした口調。「でも、弟は反対……」
つまり、シスコンというわけ。どっかの誰かと似て……。ナユカは納得。
「それで、仕事を紹介したリンディさんに怒っているんですね?」
うなずく姉。
「うん……」
「で……やるの?」
元凶のリンディが首謀者のサンドラに聞いたところによれば、当該浴場においては、週末の半休日の夜、福利厚生の一環として、閉館後に従業員向けの入浴時間が割り当てられているが、そこへアマミエルが入浴しに来ることになっている。そして、それが「絶世の美女」が現れる曜日と時間になる。
作戦実行は、来週の週末。それまでに、噂の元となる既成事実を作っておくという意図らしい。今週末にはまだ噂が流通していないため、その日は気楽に風呂に入るだけ――けっこう割のいい仕事である。当日に関してはアマミエルを使うか未定と聞かされたが、おそらく弟の反対にあって決められなかったのではないだろうか。
なお、その浴場は、セデイターたちが待ち伏せしているのとは別の浴場である。こちらで騒ぎが再び起きた場合はさすがに警戒されるだろから、同じ施設は避けたとのこと。
「行く……どっちも」
アマミエルは、まっすぐリンディを見る。
「あ、当日も行くんだ」
「そういう話だから……」
やはり、もともとそうらしい。同一人物を使うのが定石だろう。
「弟はどうするの?」
現在の状況を見るに付け、リンディが気になるのはその点だ。
「置いてく……でも、ついてくる」
アマミエルの答えは、ナユカの予想どうり。
「あ、やっぱり?」
「縛っとく?」
リンディがただ今その状態の御仁に目をやると、姉もそちらを見る。
「そうしようかな……」
「いや、それはやめたほうが‥‥」
そんなことをしたら、自分に弟の怒りが増幅して向かってきそうだ。
「冗談……」
にこっと笑うアマミエル。
「あ、そうなの?」
リンディは虚を突かれた。こいつが冗談とは、意外だ……。一方、笑顔を見たナユカがつぶやく。
「かわいい……」
「来ても邪魔はしない……」
姉は、先ほど文句や罵詈雑言を元凶に浴びせた弟でも、決まった仕事は妨害しないと信用しているのだろう……。その信用を、セデイターは信用する。
「なら……ま、いいか」
それに、どうせ自分が関わるわけでもなし……というか、関わらずに済ませたい。あちらの作戦は基本的に別口で、こちらにとってはあくまでも補完なので、もし実際に関わることになるとすれば、それは現在遂行中の待ち伏せが徒労に終わることを意味する。すなわち、作戦当日まで毎日、あの退屈な時間を過ごさなければならないということになる──そんなことは考えたくもない。ここは、気楽に考えていたほうがストレスにならずに済みそうだ。
「あの、話は終わりました?」
捕縛中のカラムゥに付き添っていたフィリスが戻ってきた。
「だいたい終わったけど?」
もともとそんなに話すことはなかったはずなのに、無駄に長引いた。そうなった原因にリンディが目をやると、医師もそちらに目を向ける。
「そろそろ起こしませんか?」
弟は柱に縛り付けられたまま、まだ気絶している。それでも、治療の必要がなかったのは、姉の一撃が加減を心得ていたからだろう。剣は下手だと聞かされたが、打撃系の技には長けているのかもしれない。
「じゃあ、起こして逃げよう」
「逃げる?」マスターに、即、賛同する助手。「そうしましょう」
「後は頼んだ」
リンディはアマミエルの肩に手を置く。
「た、頼まれた」
「しばらく会えないかもしれないけど……」この姉弟はセットみたいだから、ほとぼりが冷めるまではそのほうがいいな……好き好んで罵倒されたくないし。「またね」
「あ……うん……」
悲しげな表情をするアマミエルに、ナユカが耳打ち。
「九課に来れば、たぶん会えますよ」
「うん」
表情に灯りが差す。
「では、また。弟さんをお願いします」
言い残して、フィリスは先にカラムゥのもとへ。出入り口を指差したリンディは、ナユカを伴ってそちらへ向かう。ヒーラーは縛られた弟の後ろから気付けの魔法を照射するなり反転して、急ぎ、出入り口へ。そこで合流した三人はアマミエルに手を振り、慌ただしくギルドを後にした。




