7-2 待ち伏せ初回
「ふぁーーーあ」暇だ。暇過ぎる……。そんなリンディから出るのは大あくびばかり。「眠い……」
ここは浴場の、昨日見回りした通路の一角。ちょうど女湯側の中間点辺り。木が一本生えており、申し訳程度には身が隠せる。
「そうでふ……ぁ、ねぇ」
あくびはうつるもの。人類という社会的動物の習性――それは、隣のフィリスにも抗えない。とりわけ、こんな状況下では。
待ち伏せ――それも、いつ来るかわからない相手を……というか、来るか来ないかもわからない……。なんてばかばかしい作戦だろう! 誰だ、こんなことをやろうと言ったのは! 脳内の怒りに呼応したのは……。
「あたしか!」
リンディ本人であった。実質、ノープランである。しかし、怒りのせいで、多少は目が覚めた。
「どうかしました?」
それぞれ別方向を監視しているせいで、背中合わせになっている助手が、肩越しにマスターを見る……といっても、頭の顔側は視界に入らないが。
「あ、いや……」セデイターは声のトーンを落とした。待ち伏せ中である。「この作戦、けっこうしんどいなと思って」
「そうですね……暇すぎるのもつらいですね」顔を合わせずにする、ささやき声での雑談はやり難く、自ずと少なめになる。「……それに冷えてきましたし」
夕方から夜にかけて、そろそろ冷える季節に入った。
「三人いれば眠れるんだけど」
リンディのほのめかした三人目は、ナユカのことだ。彼女の見学許可は課長が出している。ただ、この健康管理責任者は見学に乗り気ではなく、初日は様子を見るため、異世界人には遠慮してもらった。
「……眠ると風邪ひきますよ」
フィリスの認識では冗談なのだが、言いだしっぺにとっては、そうでもないらしい。
「そうだねぇ……じゃ、明日は着込んで来よう」
寝る気満々……そして、明日はナユカを呼ぶと……。マスターが決めてしまったのなら、もう助手は反対しない。それに、フィリス自身も、もう一人いたほうが楽だと思う。
「そうしましょう。風邪は厄介ですから」
眠るかどうかはともかく、もう少し厚着したほうがいいのは確かだ。ナユカを来させるのなら、特に。魔法の効かない彼女にもし風邪をひかせてしまったら、魔法なしで治さなければならない。
とはいえ、こちらでも魔法の力で風邪がすぐに治るということはない――あちらの世界で風邪の特効薬がないのと同様に。治癒魔法や魔法薬は、怪我や毒素、原因部位の明白な病気などには無類の効力を発揮するものの、そうでないケースにおいてはやはり専門的な細かい治療や処方が必要で、回復には相応の時間と手間が掛かる。その卑近にして最たるものは、風邪といえよう。
そして、この日はこのまま閉館まで何事も起こらず、待ち伏せは終了。単なる徒労に終わった――といっても、ひたすら目を凝らしながらぼけっとしていただけだったので、徒労というのもおこがましいかもしれない。
いわば暇疲れとでもいうような状態のマスターと助手は、それを引きずるかのように、だらだらと帰途につく。
「今日の収穫はといえば……結局、アマミエルに会えたことくらいだな……」
歩きながら伸びをするリンディ。待ち伏せする浴場へ行く前に、念のためギルドに立ち寄ってみたところ、幸運にもデ=マイウ姉弟がいた。偶然そこにいたような素振りをしていたが、おそらくセデイターたちがこの時間に来ることを期待して待っていたのだろう──前日、彼らはふたりの予定の一部、すなわち待ち伏せが夕方からだと聞いている。それに、アマミエルはあの事件の冷却期間として、しばらくはあの浴場へは来店しない取り決めになったため、そこでリンディに会うことは当面できず、他の場所で待つしかない。魔法省九課に出向いてずっと待つわけにもいかないので、ギルドとなる。
「……彼女……受けましたかねぇ?」
そう尋ねつつも、ギルドでのアマミエルの喜びの表情から、フィリスは必ず受けると思っている。すでにオペレーション責任者のサンドラと会っているはずだから、結果は出ているだろう。ただ、ギルドにおいて、リンディは仕事の内容は告げずに、詳しいことは魔法省九課課長から聞くようにとしていたため、恥ずかしがり屋のアマミエルがどう反応したのかは、ちょっと興味深い。明日、課長に聞いてみよう……。
「……どうかなぁ?」
かなりの間を空けて応答したマスターに、助手も間を空けて答える。
「……どうしょうねぇ?」
間が空いて、リンディがあくび。
「ふぁーあ」また、間が空く。「……眠い」
間。フィリス、あくび。
「ふぁ……たしも……」
あまりにも暇過ぎたせいで、副交感神経が勝利してしまったふたりは、コミュニケーション能力に問題を来しながらも、ぎりぎりで沈黙は避け、それぞれのねぐらへと帰る……。




