6-5 応接室で女将と
「お待たせ」
控え室へ一緒に戻ってきた四人は、アマミエルがシャワーを二度浴びることになった結果、リンディの言葉通り、カラムゥをけっこう待たせていた。
「あ、みなさん……と、姉さん」
「このとおり、無事だよ」
リーダーはアマミエルを手で指し示す。余計な事故はあったが……。
「ええ、その点は心配していません。ただ……」姉を見る弟。時間がかかったことから、何事かはあったのだろう。その場合、姉絡みである可能性が高い……。しかし、アマミエルはとても幸せそうな雰囲気だ。他の人はともかく、弟にはわかる。「いえ……いろいろと……ありがとうございます」
「え? ああ……うん」
予想外の謝意に困惑するリンディ。なんだか、見透かされているような……。そこへ、敗走したパーティを最初に出迎えた男性係員が近寄ってくる。
「みなさん、そろったようですね。それでは、応接室へいらしてください」
最初に、女将と打ち合わせをした部屋だ。騒動を起こしたにもかかわらず、丁重に扱われていることから、賭けを持ちかけた時点でそれも想定内だったことがわかる。
担当係員の先導で応接室へ通されると、女主人が待っていた。
「やぁ、ご苦労さん。でも、こっちの勝ちだね」
「まぁ……ね」
リーダーとして、認めざるを得ない。トラップに思いっ切り引っ掛かってしまったのだから。
「ですね……。はぁ」
ため息のフィリスを、リンディはちらっと見る……。物欲のため息だ。
「でも、あのトラップはないな……古典じゃないの」
上から物が落ちてくるのは、ここでも鉄板。金だらいかはともかく。
「『新調した』とは言ったけど、『最新』とは言ってないよ」主人は一同に着席を促す。「まぁ、適当にかけて」
席に着つきがてら、マスターは助手に尋ねる。
「そうだった?」
「ええ、確かに」
実際、フィリスに聞くまでもなく、リンディもその点は認識しているが……そうじゃなかったらいいな……という記憶違いへの希望的観測は、素気無く否定された。これで、難癖をつけることはできない……ゆえに、美容券……は、ともかく、お食事券はなし。
一同が着席したところで、オペレーション実行の担当者はお役御免となり、退室。代わって、最初からここにいた秘書だか補佐だかがお茶と茶菓子を出してから、女将が話を進める。
「実は、あのトラップを新調したんだよ。盲点でしょ」
それほどのものでもないが、結果から否定できないリンディ。
「……そうみたい」
「誰が解除担当?」
仕掛けた側に聞かれ、アマミエルは、おずおずと手を挙げる。
「……」
「あら? あなただったの?」主人のみならず、誰が見ても意外だ。てっきり、ただの逃げ遅れだと思っていた。「あそこまではよくやったね」
「でも……」
解除担当は、責任を感じている。
「ああいうトラップは、最近見ませんからね。若い人は知らないかも」
割って入った秘書兼補佐に、熟した女将が咳払い。
「こほん」
「あ、失礼」
この補佐もそれなりだが、女将よりも青い。
「……なにが?」
完熟はにっこり微笑む……が、こういう微笑みはたいてい微笑ましくない。黒ぶち眼鏡の補佐は、話題を戻す。
「あ、そうそう。どうやってあの場を治めたか、話して差し上げたら……?」
「そうだね……えーと……まず、わたしが……」
女将が言い方を考えている隙間に、話を振った当人が割り込む。
「脱いだ」
「は?」
聞き返したリンディに答えるでもなく、補佐は続ける。
「すっぽんぽんに」
ナユカは、この単語はまだ知らない。
「はい?」
「全裸ね」
黒縁に触れながら発せられた単語を、フィリスがなぞる。
「全裸……」
「素っ裸。真っ裸ともいう。ヌード。他には……」
「もう、いい」さらに続けようとする相棒をさえぎった女将。「それで……浴室へ入って責任者だと名乗ってから、覗き魔がうちのセキュリティトラップに掛かったと……」
「嘘をついた。つまり、その娘を覗き魔にしちゃったわけ」
アマミエルを指差した補佐の言いように、対処した責任者は不満だ。
「トラップに掛かったのは本当でしょ」
「それに、男ってことにしちゃった」
補佐の指摘どおり、客への説明の際、「覗き魔の男」と女将は表現した。体が大きいし、風呂桶に埋もれていたので、好都合だった。しかし、それは……。
「だから、その娘がやったってことにはならないよ。実際は女なんだから」
あれがアマミエルだとは思わないはず、ということ。つまり、配慮だと主張するが、その相棒は足をすくう。
「女じゃ女湯の覗き魔にできないからだけど」
微妙にちくちくとやり合っている、上司と部下……。
「なんか、もめてない?」
リンディから耳打ちされたフィリスは、苦笑い。
「さあ……どうでしょう?」
むしろ、親しげに見える……。すると、ここで主人から重大発表が。
「それから、その場を静めるために、『美容セット券』を……」
「え!」
声を張り上げたフィリスに、女将が視線を向ける。
「ハーフセット券ね。お詫びとして受付で進呈するということで……」
「この体だから」
補佐の言っている意味が、リンディにはわからない。
「……え?」
「それは……もしかして……」
いち早く「美容セット券」という言葉に反応したフィリスはわかったようなので、補佐が回答。
「脱ぐとすごい」
「やっぱり……」
潜在的顧客は女将に目を向け、相棒は続ける。
「豊満」
「う」
うめいたフィリス。さらに続ける補佐。
「妖艶」
ナユカは、この単語もまだ知らない。
「はい?」
「エロ」
補佐の見も蓋もない表現を、またもフィリスがなぞる。
「エロ……」
「正しくは、エロエロ」
さすがに、この相棒を止める、その表現対象。
「もういいっての」
「つまり、その体を見れば、ここの美容セットコースを受けたくなるってもんよ」
自身の表現によって気分がささくれた補佐が言い放った。その気持ちも含め、フィリスは納得。
「なるほど……それで一肌脱いだと」
「でも、本当は見せたかったから。最近、見せる人がいなくて……」
余計なことを口走り始めたので、補佐は止められる。
「ほっとけ」
今度は女将の気分がささくれた。現在、旦那と別居中で、離婚調停中。そして、この補佐は旦那の前妻。旦那と別れることになった後で知り合ったが、妙に意気投合し、現在の関係に至る。
「で、結局なんなの?」
リンディにとっては、話が本題から外れすぎた。
「とにかく、それで騒ぎは治まった。一人を除いて」
「ふーん……」補佐の話は、女神の体を持つリンディにはピンと来ない。「その一人ってのは?」
「あんたらを攻撃した魔導士。こっちの説明に納得しなくてね」
肩をすくめる女将。相棒が補足する。
「逃げてく二人を見たから」
「あー、そいつか」
人の背中へ水魔法を撃ってきたやつ。誰だか知らないけど、あいつのおかげでぐしょぐしょになった……。そんなマスターの助手がどろどろになったのは、主に後ろを逃げていた人のせい。
「ひどい目に会いました」
原因を斜に見る。
「だよね」
非難めいた視線を察することなく、リンディは同意したのみ。
「仕方ないから、美容フルセット券十枚で手を打った」
女将の情報が耳に入り、また声を張り上げるフィリス。
「十枚!」
「五枚じゃ嫌だって言うから、仕方なくね」
眉をひそめた経営者は頭をかき、補佐は眼鏡を軽く上げるように触れる。
「その代わり、ここで見たことは他言無用ということで納得させた」
「がめつい!」叫んだ後、声を落とすフィリス。「妬ましい……十枚……」
ひたすらに、美容券の話だ。さすがにナユカは、はしたないと思う。
「ちょっと、フィリリン」
「フルセット券なら、あげるよ。一枚ずつだけど」
微笑む主人。フィリスの顔には光が差す。
「……え? 本当に?」
「一枚って……せこい」
相棒の指摘に、女将が反論。
「だって、負けたでしょうが」
「別にあたしはいい。負けは負け」
リーダーはけっこう潔い。
「ありがたく頂戴いたします」
フィリスは一礼。
「お食事券じゃないし」
そっちか。やはり食道楽。
「お食事券は彼に」カラムゥを見る女将。「その代わり、わたしと食事を……」
「食べられる」
「うるさいな」相棒をにらんでから、この場で唯一の男に向き直る。「どう?」
「そう……ですね……」
無碍に断るのも失礼だ……どうやって断ろう……。そんなカラムゥは、アマミエルをちらっと見る……特に反応なし……もとより気の利いた言動は期待していないが。それよりも、弟の見る限り、この姉は戻ってきてからずっと幸せそうだ。
「……駄目なら、美容券もなしかな」
女将の条件に対し、代わってフィリスが間髪いれず応じる。
「お受けします」
「ちょっと、フィリリン」
ナユカの制止。補佐も一言。
「脅迫」
「駄目でしょうか?」
勝手に条件を飲んだ一時的な仲間に見つめられ、カラムゥは腹を決める。
「ご一緒します」
「ありがとう」
女将とフィリスの声がシンクロした。デートと美容券確定。
「あなたには、美容券、五枚あげる」
女主人は上機嫌。
「ほんとですか! やったぁ」
喜ぶフィリスに、ナユカは呆れ気味。もう注意しない。
「ちょっとしたお礼ね」
女将は功労者にウインク……したところで、話はカラムゥに筒抜けなので、あまり意味はなく……デート相手は苦笑い。そして、補佐は毎度の一言。
「露骨」
一方、リンディは、話に完全に飽きている。
「で……もう話は終わり? 終わったんなら……」
帰ろうかな。腰を上げようとしたところ、女将は……。
「あれ? いいの? それで」
確認してきた。
「え?」
浮きかかった腰を下ろす。まだなんかあったっけ?
「見回りって、あれで終わり?」
「あ……うーん……」セデイターは、今後の作戦を少し考える。「毎日来てもいいわけ?」
「いいよ。ただでしょ?」
利に聡い経営者。
「……まぁね」だから許可してるんだろうな……。それに、報酬をもらうほどの責任は持てない。「……来るのは、こっちがターゲットを捕まえるまでだけど」
「じゃ、頼むわ。今度は罠にかからないように」
女将はにやっと笑う。向こうの目的が特定のターゲットであっても、いれば警備になる。
「また勝負なの?」
それは、さすがにめんどくさいリンディ。管理側も同様。
「勝負じゃないよ。トラップは変えないから」
「なら、問題ない。任せて。ただ……」セデイターは、ナユカとデ=マイウ姉弟に目をやる。「来るのは、あたしとフィリスだけね」
「え」
アマミエルは絶句……もともと口数は少ないが。
「……ですよね」
ナユカは理由を理解している。それを言うのはリーダー。
「研修中だから」
「……そうでした」
美容券ボケの助手には、マスターとして、忘れてたのかよと突っ込みたい。
「助手とふたりでやるってことで」
それを聞いたアマミエルの表情が、悲しげになる。
「う……」
「あんたたちとは、また別の機会にね」
リンディの社交辞令に、弟が答える。
「……わかりました。では、そのときにはぜひ声をかけてください」
「来ないんだ……」
表情を曇らせた女将が見つめる先は、カラムゥ。
「え? ええ……」
捕食対象に、補佐が声をかける。
「助かったね」
「食事が勝負か……」
女将のつぶやきに含まれた二つの単語が、リンディのセンサーに引っかかった。
「なに? 食事の勝負?」
「違います」
空気を読んで欲しいと、ナユカは思う。
「え? だって今……」
色事にはまるで勘の働かない食道楽を、まともな恋愛脳がさえぎる。
「気にしないでください。まったく違いますから」
「違うならいいけど……」
気圧されている恋愛音痴の耳元へ、フィリスがささやく。
「最近、ユーカは厳しいんですよ」
「『ボッコボコ』だもんね」
リンディの混ぜ返しで、覗き経験者が再ダメージ。
「はぅ」
過去の過ちはいつまでも追ってくる……。
「どうしたの?」
他意なく向けられたナユカの視線をかわすフィリス。
「……なんでもない。ちょっと……疲れただけ」
ここで、相手側には特に相談することがなさそうだと判断した女主人が、会談を締めにかかる。
「じゃ、話は終わりね」
「明日、来るのは夕方でいい?」
セデイターとしては、他も回る必要があるし、それなりにセキュリティのあるところで、明るいうちから覗きもないだろう……たぶん。
「いいよ」女将は、すっと立ち上がる。「みなさん、本日はお疲れさまでした」
セレンディア風の会釈に対し、一同がばらばらに返事や礼を返して、会談は終了。
「では、わたしがお送りします」
秘書兼補佐が先導しようとしたところ……。
「び、美容券!」
焦るフィリス。肝心なものを忘れられている……? しかし、そんなことはなく、補佐が付け加える。
「それは受付にてお渡しします」
「はしたない……」
ナユカがうつむいている……。友人の美容券への執着を目にして、自分のほうが恥ずかしくなった。後でお説教しよう……。
これにて、初回の見回りは終わり、名残惜しげなアマミエルとそれをなだめるカラムゥに見送られ、リンディ、フィリス、ナユカの三人は魔法省への帰途についた。




