6-2 見回りという賭け
トラップ解除担当者の能力値が未知数であることから、女将から持ちかけられた賭けでの勝利期待値は下がったものの、諦めることなく、見回りを開始する──もとより、そちらが本筋だ。先頭はその担当者のアマミエル、次にリーダーのリンディ、そして、助手のフィリス、見学者のナユカという順に並び、塀と建物との間の狭いスペースを一列になって進んでゆく。カラムゥはそこを通るための従業員用通用扉の手前で待機し、人が入ってこないように見張る役。すべてのトラップを解除し、何事もなく女湯の最後へと至れば、こちらの勝利。とどのつまりは、勝負は解除役のアマミエル次第となる。
「あった」
少し進んだところで、早速、その解除役が地面近くにトラップを発見し、屈みこむ。二人並ぶほどのスペースはないので、後方からリンディが垣間見ると、やはり警報結界のようだ。ただ、女将のいうように「新調した」のであれば、何がしかの変わったギミックがあるのかもしれない。
「慎重にね……」
「ひっ」
解除すべく手を伸ばしたアマミエルが妙な声を上げたため、少し屈んでいたリンディは、反射的に立ち上がりながら、体を後ろに退く。すると……。
「ぐごっ」
「あたっ」
後方からの妙な音に続いたのは、リンディの声。そして、さらに後ろからナユカの声。
「危なっ」
「うう……」
うめいているのは、フィリス。ナユカに後ろから抱き止められ、涙目で下あごを押さえている。これが全員が連動して屈んだ結果──まさにチームワークの敗北である。
「ごめん……大丈夫?」
こちら、後頭部を片手で押さえているリンディ。さほど強く当たらなかったから、自分は特に痛くはないが、向こうはあごだ。
「……」
患部を押さえたままで話せず、フィリスの返事はうなずきのみ。
「回復できる?」
リーダーに聞かれ、ヒーラーは辛うじて声だけを出す。
「んん……」話せないので、うなずいて肯定。それでも、口を微妙に動かして口の中で詠唱し、すぐに回復。「治療、終わりました」
「よかった……」
頭の後ろから聞こえてきたのは、ナユカの声……。フィリスは、まだ体を預けたままだった。
「ありがと、ユーカ」重心を戻して、自力で立つ。「……それで……どうしたんですか?」
「ごめんなさぁい……」
立ち上がったアマミエルが後続へ向いて、おろおろしている。
「えーと……」リンディは発端を思い出した。「なにかあった?」
「あの……」
そのまま、解除役からは言葉が出てこず、うろたえるのみ。やはり、無理だったか……それだと、自分がやることになるな……。それはそれで想定内だと思いながら、リーダーは発言を促す。
「問題があるなら、言って」
「息が……」
アマミエルはそこで止まる。なんだか言い難そうだ。リンディは焦れつつも、先を促す。「『息が』なに?」
「耳に……」
なんのこと? 無言で眉をひそめるマスターの後ろで、助手がなにかに気づいたようだ。
「あ、それは」フィリスはリンディの耳元でささやく。「つまり、こういうことです」
「……どういうこと?」
飲み込みの悪いマスターに、助手はその体勢のまま実力行使。
「わかりやすくやると……」
「ひっ」
息を吹きかけられたリンディの軽い悲鳴。
「え」
珍しいものを聞いたとナユカが目を丸くしている前で、フィリスは吹きかけた耳から離れ、自分の耳に触れる。
「彼女、たぶん弱いんですよ」
程度こそあれ、たいていの人類は、その不意打ちに弱い。
「……あー、なるほど」ようやくわかった。リーダーは、罠の解除役を見る。「もう近寄らないから、落ち着いてやって」
「ち……近寄らない?」
なぜだか、アマミエルは悲しげにも見える。
「解除中に、近づいて邪魔しないようにするから」
「あ、『解除中』……」リンディの言葉に納得したのか、解除役の表情が元に戻った。「わかった」
「じゃ……解除、頼むね」
もう、自分が口を出したりせず、任せるしかない。失敗、すなわち敗北は覚悟。正直、離れていれば、罠によって「ひどい目に会う」のはアマミエルだけだろうし……。たとえ共同作業でも、被害が少ないのに越したことはない。
そんな、ちょっとひどいかもしれないリーダーにうなずき、アマミエルはひとり罠へと立ち向かう。しかし、これがなかなか器用で、少し離れた後方から見ても、リンディ自身がやるより格段にうまいと思わせる……。すると、その頭の横から覗き込んでいる助手が、にやっと笑う。
「上手ですよね? ……マスターよりも」
「……そうだよ」
イラっとしたものの、今さっき、バックヘッドを顎にかました立場上、抗弁できない。それに、残念ながら事実である。トラップの解除、中でも警報結界の解除にはデリケートな魔法技術が必要であり、最近は改善したとはいえ、未だ魔法出力の調整にはあまり自信が持てない、この暗黒魔導士には向かない作業だ。
それにしても、剣士のはずのアマミエルは、なぜこんなに上手いのだろう。もしかしたら、剣士のなりをしているだけなのだろうか? カラムゥも「剣が苦手」だと言っていたし……。本人に聞いてみたいところだが、こういうことを詮索するのは気が引ける。正統派魔導士ではなく、セデイターをやっている自身のことを考えても……。
「できた」
アマミエルが立ち上がって反転した。リンディがちょっとした物思いに耽っている間に、手早く解除してしまったようだ。
「あ、もう? 確認した? 二段トラップとかじゃない?」
「二段……」
「そう」さては、気づいてない? 速かったからなぁ。「たまにあるよね?」
「解除した。そこと……」もう一ヶ所を解除役が指差す。「そこ」
「あ。やっちゃたんだ」
その部分を見つめるリーダーと、後方から首を伸ばす助手。
「手際いいですね。さすが専門技能」
「確かに」リンディはアマミエルの二の腕をポンと叩く。「……やるね、あんた」
ほめられた解除役は、にこぉっと笑う。照れているようで、その実、満面の笑みのようで……。その表情を目にしたナユカがつぶやく。
「かわいい……」
さっきから見ていて、そう思う。こんな感じの、自分より長身で年上のかわいい人って、陸上部にいたな……。高校時代の先輩を思い出しながら立ち止まっている異世界人を、少し先で振り返ったフィリスが、場所柄をわきまえて小声で呼ぶ。
「どうしたの?」
「あ、なんでもない」小声で返すナユカ。「今、行く」
さて、リンディから信頼を得たアマミエルは、ここから破竹の勢い……というほど、たくさんトラップがあるわけではなく、終点となる女湯の端までの中間地点付近と終点付近にあと二ヶ所、すなわち合計三ヶ所の警報結界が二段トラップで設置されていただけ。まぁ、それ以上あるとメンテナンスが大変なので、適切な数といえるだろう。むしろ、これでもふつうよりは多いほうで、やはり「新調した」だけのことはある。たとえ三ヶ所だけであっても、どこにあるかわからないトラップを確実に検知し、手際よく解除したのは、アマミエルの優れた技量のなせる業といえよう。
やがて、ついに「終点」にまでたどり着いた解除役を、作業の邪魔にならないようにと少し離れて待っているリーダーが呼び止める。
「あ、そこまででいいよ」それ以上進むと、男湯の裏手となる。立ち止まって振り返ったアマミエルを、リンディが手招き。「戻っておいで」
黙ってうなずき、慎重に小股で一歩を踏み出すアマミエル。そして、一歩……視線の先には、リンディ。またほめてくれるかな……さらに一歩……あと、もう少し……次の一歩……。
バッシャーーン。空から大量の水……。それを全身に浴びたアマミエル。呆然とする間もなく……。
ゴン! 金だらいが、脳天を直撃。
ガシャン! 跳ね返って、女湯のガラス窓に当たる。幸いにもガラスは割れなかったが……。
「え! なに?」
当然、何事かと、窓を開けて様子を見る者がいた。その視界の下方向には……お星様を見て昏倒しているアマミエル。そして、視界の隅には……水しぶきを受けて立ち尽くすリンディ。
「あ」
目があった裸女の悲鳴が響き渡る。
「い。いやぁぁぁぁあ!」
「あ、ちょっと!」
リンディが止める間もなく、彼女は奥へ後ずさる。そして……。
「痴漢ー! 覗きー! 変態ー!」
大声でわめいてから、手近にある風呂桶をつかんで、開いた窓から投げつけてきた。角度的に、桶は離れたところへ飛んでいって当たらず、リーダーは説明をしようと、一歩前へ踏み出す。
「ま、待って……」
しかし、それは誤りだとすぐに気づいた。すでに蜂の巣はつつかれていたからだ。間の悪いことに、悲鳴とわめき声で目を覚ましたアマミエルが、ふらふらと立ち上がる。その姿は、ずぶ濡れで泥まみれ、ぐちゃぐちゃの髪が顔を覆った長身の……。
「痴漢ーーー!」
「変態ーーー!」
「化物ーーー!」
「男ーーー!」
窓の正面にそんな姿を見た裸の女たちから、嬌声とともに無数の風呂桶が投げつけられた。今の姿は、そのように見えても致し方なし。説明や説得のできる状況にもあらず。それを踏まえ、リーダーとしては即決しなければならない。
「撤収!」
踵を返したリンディは、前方のフィリスを押すようにして、あわてて狭いスペースを出口へと向かう。遥か前方には、脱兎のごとく走り去るナユカが見える……。何かあったらすぐに逃げるよう、言い渡しておいた甲斐はあった……彼女は大丈夫だろう。この点では、リーダーは安堵を得た。
一方、風呂桶の雨あられを全身で受けたアマミエルは、ぬかるんだ地面に足を取られ、再度転倒。そこへ、たまたま入浴していた女魔導士から睡眠魔法を撃ち込まれ、完全に眠りに落ちた。
その魔導士は倒れて眠っている「変態」の状態を確認すると、窓から左右を見やって逃げていく者の後姿を発見。それをめがけて、水魔法を撃ち込む。すると、放水車のごとき、その強烈な水圧の水は、見事、逃げ行く背中を直撃! 結果、リンディはつんのめって、前のフィリスへと覆いかぶさるように転倒。
「ぐえ」
とばっちりで下敷きの助手は、つぶされた挙句、泥まみれ。おかげでマスターはずぶ濡れだけで済んだ。下敷きを乗り越えて立ち上がったリンディは先に逃げ、遅れて立ったクッションがそれを追う。水魔法は射程外になったか、あるいは撃っても無駄と判断したのか、二発目が飛んでくることはなく、早々に逃げ切ったナユカに続いて、ふたりもどうやら逃げおおせた。アマミエルという尊い犠牲をひとり残して……。




