6-1 浴場にて打ち合わせ
公衆浴場すなわち銭湯はこの街に四軒あり、そのうち一軒はなかなかの規模を誇るものだ。覗き魔が立ち回るのはそういう浴場か、あるいはもっと小ぢんまりした場所なのか、リンディにはさっぱり見当が付かない。いずれにせよ、順次回ることに決めたので、セデイター率いる一行はまず、現在地から一番近い、他と比べて小さめの浴場へと向かった。
「ここだね」
リーダーに先導され、一同は素直に入り口から中へ入る。当然のこととして、先に責任者から見回りの許可を得なければならない。いきなり勝手に見回るようなことをしたら、それこそ、こっちが覗き魔、それも覗き集団扱いになってしまう。それに、どんなセキュリティのトラップが仕掛けられているかわからないので、いったん解除してもらう必要がある。
「こんな感じなんだ、へぇー」
初めて入ったこの世界の公衆浴場内は、ナユカにとってある種、ゴージャスに見える。某ローマ風呂マンガの逆ということになるのだろうか。
「この街のは、わたしも初めて……あ」同様に中を見回すフィリスの目に飛び込んできたのは、有名な彫像。「女神アリステァ」
美と水の女神アリステァの裸像……そのレプリカである。この像のオリジナルは、古の彫刻家による傑作として広く知られており、とりわけ、ここセレンディアおいては、美の結晶として崇められている。美と水の女神というその性質から、浴場の守護者としての役割も付与され、かつては、大概その入り口には同様のレプリカ像が設置されていた。しかし、あまりの造形的な美しさと妖艶さゆえに、往来において公衆の面前にさらされるのは、公序良俗に反するとか、自分と比べてしまうと虚しくなるとか、オリジナル作品、しいては女神そのものへの冒涜であるとか――いずれにしろ、外に飾ってくれるなという要望が多数を占めることとなり、今では施設内にのみ設置が許可されている。
「きれい……」
異世界人すら目を奪われる……。傍らのフィリスも公衆浴場は久しぶり。
「……そうだね」
しばしの沈黙。
「ねぇ、あの女神様……リン」言いかけたナユカが、像を見つめているフィリスの耳元に口を近づけ、ささやく。「なんだか、リンディさんに似てない?」
「そう」我が意を得て、大きくうなずく。あれ以来、この像を見るのは初めてだ。「そうだよね……特に体が……」
以前、一緒に入浴したときに、フィリスの脳裏に刻み込まれた、リンディの完璧ボディ。それが、まさにこの像そのもの。ナユカもその点に同意。
「体……完璧だよね……」
顔は彫刻であることに加え、身体の造形美を際立たせるためか、あるいは女神のイメージを固着させないためか、作者がはっきりと彫り込まなかった製作意図もあって、似ているかどうかをきっぱりとは言い難い。だが、体は……どちらも美の化身としかいいようがない。
「ちょっと! みんな、なにやってんの!」
その化身……体の化身は、すでに受付にて相談中。ナユカ、フィリスのみならず、デ=マイウ姉弟も含め、裸像の周辺で立ち止まっていた四人をリンディは大きく手招きする。
なお、他にも、周辺で像に見とれている客が数人。一緒に来た女そっちのけで見入っている恋人らしき男は、彼女から小突かれている。
リーダーの声に呼ばれ、我に返った四人は受付へ。掛け合った結果、浴場の管理責任者と話ができるということなので、一行は交渉のため応接室へ向かう。
すると、そこで待っていた「管理責任者」とは、この小規模な浴場の女性経営者、いわば、女将。相手がトップなら、話は早いだろう。
そして、話してみれば、実際そのとおりに決定は早く、見回りはあっさり許可された。ただし、セキュリティはオフにしないという条件付き。というのも、最近新調したセキュリティシステムの効果のほどをついでにチェックしたいから、自分たちでそれを回避して見回ってほしいということだ。
「そのセキュリティって、どんなの?」
にわかでも、リーダーとして見回る側に危険がないか確認しようという、意外に殊勝なリンディに、女主人が答える。
「掛かったら、管理室に警報が入る。でも、大っぴらには鳴らないよ」
いわゆる、警報結界というもので、細く張られた結界が切られると発動する。場所柄、サイレンがワンワン鳴って裸のお客が大パニック……とはならないようにしてある。
「それだけ?」
「他に、ちょっとひどい目に会う程度」
管理側がそのスイッチをオンにしていれば、だ。捕獲か撃退かで運用が違う。
「ひどい目というのは?」
ヒーラーとしては、気になるところ。
「それは、掛かってのお楽しみ……」にやっと笑う管理責任者。「まぁ、ちょっと懲らしめる程度だよ。もちろん、掛からないようにがんばってもらわないとね」
その意を汲んだリーダー。
「……勝負ってわけ?」
「そういうこと」
女将は楽しそうだが……。
「……と言ってもねぇ」
こちらにメリットはない……と思ったら……。
「うまくすり抜けたら、ご褒美をあげる」
朗報に、リンディの瞳が輝く。
「え? なにくれるの?」
「美容フルセットお試し券」
経営のカンフル剤として、最近始めたコースのお試し。
「なんだ、そんなの……」
これも実験台ってこと……? 危険は特に感じないとはいえ、あまり興味のないリンディに代わり、フィリスが食いつく。
「やりましょう! そして、勝ちましょう!」
「まぁ、やるけどさ」
商品はともかく、勝負だし、仕事だし。
「美容はまだ女性向けしかなくてね……」主人はカラムゥに視線を向ける。「そちらの男性には、お食事券はどう?」
「それ、もらった!」今度こそ、リンディが食いつき、カラムゥを見る。「いいよね?」
「ええ、もちろん。そもそも、わたしは参加できませんし」
女湯の見回りにつき、男は除外。
「あら、そう……」
女将は残念そうにカラムゥを見つめる。おそらく、別の意図があったのだろう……一緒に食事に行くとか……。でも、食道楽はそんなことはお構いなし。
「じゃ、やろう!」
「負けませんよ!」
フィリスも気合満点。その両者を目にして、アマミエルも無言で気合を入れている……。一方で、ふたりの欲望に当てられたナユカは苦笑い。報酬にさほど関心がないというだけではなく、この「勝負」で自分ができることはなにもないので、残念ながら蚊帳の外である。
そして、リンディたちはいざ勝負の場へと赴く……のだが、少々趣旨が変わってしまった。これは見回り……もとより、本来は、覗き魔であるセデイト対象者の捕縛が目的だったはず……。もちろん、当人もそれを忘れたわけではないが……。
「トラップの解除は得意なんですか?」
勝負を前にして、カラムゥが極めて妥当なことを聞いてきた。
「いや、特には」というか、むしろ不得意なほう。解除よりも発動後の回避に長けているリンディは、助手を見る。「フィリスは得意なんでしょ?」
「え? いえ、わたしは……経験ないです」
「では、そちらは……?」
質問者の視線の先は、異世界人。
「え? わたし?」
結界は触れるだけで破壊してしまう。すなわち……。
「無理だよねぇ」
リーダーにうなずく結界破壊士。
「……ですよね」
あまりのノープランに内心あきれながらも、カラムゥはそれとなく提案する。
「姉にトラップ解除の専門技能がありますが……」
「姉? 姉って、誰?」
意外すぎて、リンディにはピンと来なかった。
「だ……『誰』……」
ここにいるのに、ひどい……というのが、アマミエルの心境。その当人をカラムゥが指差す。
「そこにいる姉、アマミエルです」
「マジ? 本人が『誰』って聞いてたけど?」
確かに……言われた言葉がショックで繰り返してしまったが……。
「ち、違……」
そういう意味ではないというアマミエルの否定。しかし、リンディは……。
「ほら、『違う』って」
「そうじゃなくて……」
それも、そういう意味ではないという否定。すると……。
「うん、わかった。違うんだよね」
「違う」
これは、「違う」が「違う」という……。
「はっきり言った。違うってさ」
リーダーの誤解が確定してしまったので、弟がそれを否定。
「違わないでしょう、姉さん」
「でも、そうじゃない……」
こちらも否定を否定していて……要するに、否定している対象が違う。その点がわからないリンディは、同様にその点がわかっていないカラムゥを諭す。
「……嘘を強いるのはよくないんじゃない?」
「いえ、嘘ではありません」姉をまっすぐみる弟。「姉さんは、トラップ解除の技能がありますよね?」
「だからぁ……」
うんざりしてきたリンディは、本人から違う答えを受ける。
「ある」
「……はぁ? ないって言ったじゃない」
「間違い……」
アマミエルの言いたいことは、リンディが間違えているという……。
「間違えたって」リーダーはカラムゥを見る。「やっぱりないんだね」
弟ではなく、本人がそれを否定。
「ち、違う」
見栄を張っていると思うと、不憫になってきた……。なだめるリンディ。
「……もうわかったから、無理しないで」
「そうじゃなく……」
うっすらと涙目のアマミエル。
「あのね……」
どう説き伏せようかリーダーは考える……そこへ……。
「ちょっと待ってください、リンディさん」
フィリスが割り込んだ。
「なに? 突然」
「なんだか、話の行き違いがあるような……」助手は、俎上の本人に向き直る。「アマミエルさん」
「は、はい」
「あなたは、トラップ解除の専門技能をお持ちですか?」
フィリスの明確な質問に、アマミエルはきっぱり答える。
「はい」
「……返事しただけじゃない?」
マスターの疑念を晴らすべく、助手が再確認。
「あるんですね?」
「ある」
再度、はっきりと肯定した本人に、今度はリンディが確認。
「あるの?」
「ある」
トラップ解除技能者は、大きくうなずいた。
「……だそうです」
一仕事終えた助手は、マスターとアイコンタクト。
「なら、最初からそう言えばいいのに……」
「違……」
つまり、最初からそう言っていたとアマミエルは言いたい……が、リンディは……。
「……やっぱり違う」
「ふ、ふぇ……」
アマミエルの表情が泣き顔に移行する……前に、リンディが発言を否定。
「今のは、冗談だって」
「冗談?」
表情が止まり、リーダーが微笑む。
「そう。だから、まぁ……トラップ解除は頼んだ」
「ふえ?」
飲み込みの悪い姉に弟が説明する。
「姉さんがトラップの解除をするんですよ。よかったですね、任せてもらえて」
アマミエルの表情が、ぱっと晴れる。
「が、頑張る」
「それじゃ、アマミエルが先頭ね。それで、あたしが二番目」リーダーは自分を指してから、フィリスに向く。「フィリスがその次で、ユーカが一番後ろ」
リンディの視線を受けたフィリスとナユカがうなずく。そして……。
「わたしは待機ですね」
男はそうなる。
「裏へ回る手前で待機。入ってきたら、ぶっ放すから」
セデイターはカラムゥに向け、魔法を撃つポーズ。
「承知しています。邪魔が入らないように見張っています」
「ユーカは、異変を感じたらすぐ逃げてね」
いつもどおりの健康管理責任者である。
「うん、わかってる」
それを条件についてきているのだから、仕方がない。立場としては、「研修用護衛対象」だ。
「じゃ、ま……行きますか、勝負に」
始動するリンディとその一行。すでに夕方――そろそろ覗きも出回る頃。運がよければターゲットにかち合う……が、そんなことよりも、トラップ解除して美容券、そしてお食事券だ。そもそも、行動を始めてすぐ、いきなりターゲット発見……なんて、そんなうまくいくはずはない。それなら、今はトラップ解除勝負。そちらに一行の意識が向かうのも、やむを得ないことだろう……。
「ねぇ、ほんとにできるの? 彼女」
見回り開始直前、本人に気づかれないようにアマミエルを指差しているリンディから小声で聞かれ、カラムゥは特に声を落とさずに答える。
「できますよ。見かけと違って器用ですから」
「器用ねぇ……」
見かけは剣士。重装備ではないものの、アーマーは着ている。
「剣よりも得意です」
弟評。
「あ、そうなの?」
「剣は苦手なので」
弟評追加。
「……」
剣が苦手な剣士……なかなかに残念な人だ。要するに、苦手なものよりも得意ということか……あんまり当てにならないな……。がっかり感の漂うリーダーを見た弟は、姉のフォロー。
「姉は防御担当なんです」
「……ふーん」その点は、今はどうでもいい……かと思ったが……思い直すリンディ。「ならよかった」
何がかといえば、アマミエルが罠の解除に失敗しても、防御力が高いなら、本人がひどいダメージを食らったりはしなさそうという点。彼女から少し離れて付いて行けば、こちらにとばっちりが来ずに済むだろう。でも、ご褒美はないかな……お食事券は諦めるか……。




