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魔法世界のセデイター 4.フィリスのセデイト研修  作者: 七瀬 ノイド
第二章 デート的な何か
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2-1 デート交渉

 バジャバルの審理における証言は、案の定、公式の予定よりもずれ込んだものの、少なくともセデイターの関わる部分についてはつつがなく終わり、ようやくリンディは解放された気分になった。本筋の金銭関係のところは、何がしか揉めているのかもしれないが、そこは自分の知ったことではない。そういえば、以前、バジャバルの証文がどうしたとか言っていた情報屋は来ていたのだろうか……? あの場のどこかにいたのなら、自分がバジャバルをセデイトしたことは、ばれただろうな……まぁ、別にいいけど。結局、自分がすべきことは果たしたわけだから。

 なお、証言の機会があるかもしれないということで、念のため待機させられていたナユカは、出番なし。もともと、よほどのことがなければ、すなわち、リンディの証言が不十分でない限りは証言することはないと事前に言われており、それは予定通りである。本人は、証言台に立ってみたい気分が多少なりともあったので、セデイターがその役割をきっちり果たしたことに敬意を払いつつも、ちょっと残念でもある。もちろん、リンディがトラブルに巻き込まれることを望んだわけではないが……。


 さて、休養は終えたものの、リンディはフィリスの勧告によって一週間はセデイト禁止状態にある。戻ってきた九課でくつろぎながら、その間、どうしようか考えているところへ、妙な話を持ってくるのは、やはり魔法省九課課長サンドラ。

「デートしてくれない?」

「はぁ?」

 なにそれ? 

「暇でしょ? 一週間は」

 筋肉姉さんを怪訝そうに見るリンディ。

「なんで、あたしがサンディとデートするのさ?」

「いや、わたしじゃなくって」

 ふつう、そういうのはデートではないだろうが……。ナユカもうなずく。

「……ですよね」

「ルーヴェイと」

 サンドラから発せられた名前が、リンディには聞き間違いに思える。

「……誰だって?」

「セルージ=ルーヴェイ。知ってるでしょ?」

「あのイケメンの……」傍らからフィリスが話に入る。さすが、その点での反応は速い。「セデイターさん」

「そりゃ、知ってるけどさ……」よりにもよって、あいつとかよ。顔を合わせると、リンディをデートに誘ってくるセデイターだ。「ていうか、なんであたしが。意味わからない」

「いいでしょ? 別に」

 微笑むサンドラにいち早く反応したのは、またもフィリス。

「いいなぁ」

「……フィリスが行くって」

 リンディに指名されたイケメン好きは、即座に首を縦に振る。

「はい。行きます」

「ごめん。リンディじゃないと……」

 課長からきっぱり否定され、いじけるフィリス。

「駄目ですか、わたしでは……わたしなんかじゃ……」

「そういうわけじゃなく……フィリスは……あの……また、別の機会に……」柄にもなく困惑したサンドラだが、突然、面倒になった。「ていうか、いつでもどうぞ」

「いいんですか? やったぁ」

 素直に喜ぶ立候補者。

「いや、別にわたしが許可することじゃないから、本人に言って」

 にべもない。つまり、課長は関知しないということ。

「はい、そうします」

 そうするのかよ。……ややこしいので、フィリスはそのまま置いておくサンドラ。

「それとは別に、リンディにルーヴェイとデートしてほしいわけ」

「だから、なんであたしが」

 再度聞き返したリンディに、フィリスから視線の矢が。

「負けませんよ、わたしは」

「三角関係だ……」

 つぶやいたナユカの瞳が、きらきら光る。

「いや、だから……」話が進まないので、疑問形はやめた。「あたしはしないっての」

 きっぱり拒否されても、粘る。

「してほしいんだけど。いや、してくれなきゃ困る」

 九課課長から謀略の匂い……。

「困るってなにさ?」

「ユーカが困る」

 おもしろがっていたら、いきなり自分のところへ飛んできた。

「はい?」

 ナユカに代わって、リンディがサンドラを問い詰める。

「どういうことよ」

「つまりさぁ……取引なわけ。デートと情報のね」

「なんだよ、その取引は」

「情報源は、ヒロッコ店長」セデイターがピンと来ないような表情だったため、課長は補足。「わかるよね? あの怪しい店長」

 怪しげな店の「妖しい」店長。

「わかってるよ」わからないのは状況のほう。「ルーヴェイは関係ないじゃん」

「それが、関係ができた。だから、デートも問題なし」

「なくない」

「別にいいでしょ? ちょっとくらい。向こうがご飯おごるよ?」

「……」

 無言のリンディ。心が動いたか……いや、動いたのは心臓の少し下。

「あの、店長は……」

 自分に関わる何かを知っているのか、自身のルーツを知りたいナユカが問い質そうとしたところ、フィリスが先回り。

「あの店長が、どうしてリンディさんと、セルージ……」照れて、苗字へと言い直す。「ルーヴェイさんを、くっつけようとしているんですか?」

「いや……そうじゃなくてさ……」誤解を修正すべく、課長は説明を始める。「ヒロッコ店長が知っている、ナユカに関係するかもしれない情報を得るに当たって……その交換条件として生贄ルーヴェイを店長に差し出し、そのルーヴェイを説得するのに、リンディを差し出そうという……」

「あたしは生贄の生贄か!」

 当人が怒るのも当然。

「あー、ちょっと表現が悪かった」サンドラは反省。……少々ふざけすぎた。「……まぁ、その……あの店長がさ……どこで聞きつけたか、『イケメン』セデイターのルーヴェイを『紹介』してほしいってわけ……それだけじゃ済まないだろうけど……。で、ルーヴェイにその話をしたら、青ざめて固辞してきた。そこで、その代わりリンディとデートさせようかと……ちょっと言ってみたら、苦悩しつつも承諾した……そういうこと。だから、お願いリンディ」

「『お願い』じゃないよ……ったく」

 状況がわかったからといって、生贄扱いの当事者は「はい、そうですか」とはならない。発案者は、今度はまじめに説得を試みる。

「でも、ユーカのためなんだよ。それに、わたしにも確信があってね……あの店長は確かになにかを知っている。だから、協力関係を作っておきたいなと……」

「あ、あの……」その異世界人は、まじめな恋愛脳を持っている。「いいんです、わたしの情報は。リンディさんに、嫌なことをさせたくないです」

「リンディさんじゃないとだめですよね……できればわたしが代わってあげたいですけど……」

 そんなフィリスの本能は、「代わってあげたい」というよりも「代わりたい」だ。

「できれば、あたしも代わってほしいけど……わかった」リンディは腹をくくった。いや、むしろ、腹が食道楽の妥協を引き出した。食事おごり……もちろん、高級レストラン必須で。「……するよ、それ」

「そんな……」

 この声を同時に発したのは、ナユカとフィリス――その意味合いは、かなり違う。気遣っているのは、前者のほう。

「無理しないでください、リンディさん」

「あー、大丈夫。料理のためだから……じゃない、ユーカのためだから」

 どっちも本音ではある。

「ありがと、リンディ」

「すみません、リンディさん」

 サンドラとナユカ、それぞれの謝辞。

「気にしないで、ユーカ」そちらには微笑んだリンディ。その次は……。「サンディは気にしろ。ていうか、気に病め。反省しろ」

「……少しは、ね」

 もともとやましく感じてはいるので反論しないサンドラへ、対価を要求する。

「この借りは大きくつけてやる……食事三回分くらい」

 この食道楽への借りは、常に食事換算である。一単位はさほど大きくはないものの、これまでこの課長が食事をおごる約束をした分を積算すれば、けっこうな額となる。

「豪華に一回分でどう? デートのときに」

「あいつが払うんじゃないの?」

 自分が望んでのデートなら割り勘にするが、今回はそうではない。

「それでいいわけ?」

 問われて少し考える。

「……わかった。じゃ、サンディが払って」故なき貸し借りはしたくない。とりわけ、日頃デートを迫ってくる相手に、借りは作りたくない。「ただ……その分は、あたし的には『必要経費』だから……サンディの借りは、それとは別で豪華に一回ね」

 やぶへびである。

「まぁ……しょうがないな……」

 懐が痛い……。フリーランスのプライベートには、公費は出ない。間違いなく、課長権限の範囲外。

「それじゃ……どこにしよっかなぁ……」

 高級レストランたちが、リンディの脳内をかけめぐる。

「なに? あなたが決めるの?」

「いいでしょ? 無駄にしたくないし」

 金も時間も食欲も。

「いいけど……」却下するとキャンセルされそう。「『必要経費』程度にしてよ」

 こっちで選べないとなると、高額になることは必至。これも、勝手に事を運んだ報いか……デートなんてセンシティブな案件だし……本気で怒られなかっただけ、よしとするしかない。とにかく、リンディの了承が取れた。懐へのダメージは……サンドラは飲み込むことにする。


「ねえ、これ……デートになると思う?」

 傍らで、ナユカからささやかれたフィリスが答える。

「ならなそう……ああっ、でも」イケメン好きは天を仰ぐ。「……やっぱりなる……イケメンだし……ああっ……だめっ、それはだめ……そんなの……いや」

 なんか……ちょっと……あれだ……とりあえず、やめさせよう。サンドラが懊悩する者の肩に手を置く。

「落ち着いて、フィリス」

「あ」正気に戻った。「すみません」

「やっぱ、おもしろいなー、フィリスは」リンディが比べるのはあの人。「ティアに似てるんだよね、そういうところ」

 いまだ両者は顔を合わせていない。同類は興味がわく。

「そうなんですか?」

「あっちは、めんどくさいけど」

 リンディにとってはそうだ。ティアが自分がらみでおかしくなる一方、フィリスに対しては傍観者でいられるので、気楽におもしろがることができる。

「……一度お会いしたいです。例の能力のことがありますし」

 似た者への好奇心だけでなく、医師そして魔法科学者として、瘴気が見えることへの探究心がある。

「もうすぐ会えるかもね」

 九課課長の予告を、セデイターは聞き逃せない。

「戻ってくるの?」

 あの動く面倒が。

「うまくいけば……いや、いかなければ、かな」

 どっちだよ、なにがだよ。課長には、全員が心中で突っ込んだ。

「……相変わらず、意味わからないな」

 また妙な策を練っているのだろう……。それは別にかまわないけど、自分へのとばっちりは、あれっきりにしてほしい。そんなリンディの傍ら、サンドラのほうは少し気分が乗ってきた。

「それで、デートはいつがいい? 一週間以内でいいよね? 暇だし」

「……それでいい」

 さっさと終わらせたい。

「じゃ、三日後かな」

 向こうも返答待ちで待機中だ。

「それで予約できるわけ?」

「予約?」意外そうな顔をするサンドラ。「……てことは、お泊り?」

「え?」

 驚くナユカ、そして、愕然とするフィリス。

「そんな……」

「……なわけあるかっ。食事だけだよっ」

 リンディはお怒り。

「冗談なのに……」

 そんなにむきになるってことは……まさか意識してる? ……なんてことはないな。この手の誤解を嫌うんだ……このシスコンは。リンディが溺愛する姉のユリーシャは、サンドラの旧友である。

「……高級なところだからねっ」

 食道楽の要求に沿った店には、予約が必要。

「……わかってるよ。ちゃんと、デート向きのところね」

「違う。料理メインのところ。『デート』じゃなくて、『お食事会』」

 リンディの言い換えを耳にし、フィリスに生気が戻る。

「ですよね!」

「なんだかなぁ……」

 子供みたいだと、ナユカは思う。

「はいはい、飯メインね」

 サンドラは苦笑。結局、食い気か……お子ちゃまめ。別に「デート」ってことでもかまわないと思うんだけど……だからどうなるってものでもなし。

「あたしが選ぶってことで、納得してたよね」

 食道楽が攻めてきた。攻撃から守るべき懐は、中間管理職のもの。

「いちおう、したけど……お手柔らかに」

「やだ」

 あ、やっぱり。それなら……策士は挑発してみる。こう言えば安くなるかも……。

「デートだからって、そんなに気張らなくても」

「だから!」声を張った途端、策略に気づいた……なんか疲れた。「……はぁ」

 リンディのため息に、策の失敗を自覚。

「はいはい、わかったよ。覚悟は決めました……もう好きにして」

「うん、そうする」

 食欲は極めて素直。

「容赦ないですね」

 同情の苦笑いを向けてきたナユカに、課長が愚痴る。

「……だよねぇ。ふつう、もう少し遠慮しない?」

「人を操ろうとする奴にはしない」

 リンディが刺してきた。知謀家は別の方面で反省。

「……演技を磨かなきゃね」

「磨くなら人間性のほうでしょ」

 畳み掛けてきたリンディから顔を背け、サンドラは斜め下に視線を落とす……。

「ひ……ひどい……」少し間を置いてから、顔を戻す。「どう、これ? ターシャに教わった」

 その「ターシャ」とは、魔法研究所の主任研究員。素人劇団で女優をやっている。

「ひどいね」

「ひどいです」

「ひどいですね」

 リンディ、ナユカ、フィリスの三人が「ひどい」と一致したのは、もちろん演技について。

「ひどいなぁ、三人とも。満更でもないでしょ?」

 にこやかに笑うサンドラへ……。

「……」

 三人は無言のまま……顔を見合わせる。

「ま、まぁ……先生のせい?」

「誰でも、向き不向きってものが……」

「でも、頑張りましたよ……頑張った人はほめないと……」

 リンディ、フィリス、ナユカ、三者三様に気を遣われたサンドラ。

「あ、なんか……ほんとひどい」

 これは演技ではないが……。

「あ。今のは、まあまあいい」

「わりと自然です」

「努力の成果ですね」

 リンディ、フィリス、ナユカには、演技としか受け取ってもらえない。日ごろの行いのせい? 

「……もういい。演技のことは忘れて」これ以上この話題を続けると虚しさがこみ上げてきそうなので、大根役者は冗談で締め、撤退。「女優になるのはあきらめた」

「あはは、それは無理。だって……」その女優がちらっとリンディの視野に入り、追い討ちはやめることにした。「わかってるよ、冗談だよね……えーと……じゃ……店は、あたしが選んで予約するよ」

 こちらも撤退して、話題はもとへ戻した。

「えーい、持ってけ、ドロボー」

 もう、やけ。この言い方は策でもなんでもない。

「うん、持ってく」食い意地には容赦がない。「で、あいつの都合は……?」

 少しは慈悲が欲しいと感じつつも、サンドラは話を進める。

「一週間以内なら、あなたに合わせるよう……先に通告しておいた」

「それは、どうも……って、規定路線ってことじゃないの」

 デートが。その単語は口にしないリンディ。

「一週間以内に、どっちかとデートさせる予定だったんだよ。天国か……地獄か」

「あ」課長の比喩に、最初に膝を打ったのはナユカ。「……天国はリンディさんで、地獄は店長さん……ですか?」

「うん」わざわざ言うこともないんだけど……まぁ、異世界人には確認が必要か。「でも、先にリンディじゃないと駄目だろうな」

「なんでよ」

 低い声で聞いてきた当人に、策士が説明。

「天国を経験しないと、地獄へ向かう覇気が湧かないでしょ。それに、地獄だけ行かされて、天国に逃げられることもありうる」

「あーそうですねぇ……わたしなら絶対ありませんけどー」

 イケメン好きが目配せしてアピールしているが、相手の望みでない以上、意味がない。よって、サンドラはスルーし、リンディが話を元に戻す。

「あたしとの……あれのあと、あいつが逃亡したらどうすんの」

 無理にその単語を避けると、かえって……。

「あ、『あれ』って、なんですか、『あれ』って! まさか……」

 うろたえるフィリス。さすがにリンディも鬱陶しくなった。

「ちょっと黙っててくれる?」

「リンディさんですよ?」ナユカは、イケメン中毒と視線を合わせる。「意味わかりますよね?」

 何事かが起きるべくもない――これまでの態度を見れば、明らかだ。フィリスもその含意は察し、黙ってうなずく。

「逃げないよ」課長は、面倒な人を完全にスルーして話をつなげた。そんなことをしたら、リンディの怒りを買うことは、ルーヴェイもわかっている。それに……。「逃がさない」

「なら、いい」この筋肉姉さんがそう言明するなら、絶対に逃げられない。わざわざ自分が出向く「お食事会」は無駄にはならないはず。「……それじゃ、店が決まったらすぐ教える」

「ああ……了解」

 あらゆる高級店の予約が一週間すべて埋まっているという、ありえない状況を願うしか、サンドラの懐が救われる道はなかった。




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