表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法世界のセデイター 4.フィリスのセデイト研修  作者: 七瀬 ノイド
第四章 いきなり研修開始
15/34

4-8 挑発で確保

 治療を終えて心を新たにしたセデイターと助手は、急いでターゲットの後を追いかける。後姿の彼女がどこへ向かっているかは不明だが、いつまでもチャンスがあるわけではない。すでに日が落ちて、辺りは暗く、そろそろ夕食の時間……。

 おそらく、彼女は食事をする店を探しているのではないだろうか。その食堂は最初から決めてあり、この路地のどこかにそれがある……。そう、食道楽のリンディは踏んだ。セデイト対象者のような、食べ物に魅入られた者の心理はわかる。たぶん、そこ以外の店では食べないつもりだ。自分も知らない穴場だとしたら、食通としてはどんな店か知りたい気もするものの、目的の店に入られてしまうと、その間は手出しができないので、本日中の早期解決を図るには、次がラストチャンスだろう。

 それにしても……四回もやられた。それらのシーンが、リンディの脳裏にフラッシュバックする。こんなことは、敏腕で通るこのセデイターにとっては、初めてのことだ。しかも、相手はEランク。助手を引き連れる自分は、今は「マスター」なのに……無様だ……。もう様々な邪念は捨てて、余計なことは考えず、次できっちり決着をつける。


「挟み撃ちでいこう。今回で終わらせる」

 今までよりも明らかに決意のこもったリンディの語勢に、フィリスは強くうなずく。

「はい。今度は、きっちりと挑発します」

「……できるの?」

 疑わしげなマスターの傍ら、軽く目を閉じて少し間を空けた助手は、目を開くと同時に低い声を発する。

「あの腐れ外道デブの空っぽ頭を沸騰させてやる」

「おぉ」

 さっきとずいぶん違う……なんだかセリフっぽいが。

「もう容赦はしない。あいつは我がマスターに四度も怪我を負わせた」

 心境の変化……いや、認識の変化かな……患者から犯罪者への……。でも、やっぱりセリフっぽい……考えたのか、それとも、なにかの創作物から拝借したのか……。いまいち不安が募るものの、リンディは任せることにする。

「じゃ、まぁ……頼んだ。フィリスが先回りして」

「合点だ」

 言葉使いまで変わっている……なんだか、妙な方向に。

「冷静に、相手を見ていこう」

「承知」

 なんにせよ、もうスイッチが入っているのだろう。……おとりにはなりそうだから、このままの状態にしておく。すでに作戦を開始できる距離に、ターゲットはいる。

「行って」

 マスターのゴーサインに強くうなずいた助手は、今度は金だらいを抱えて走っていく。前回の行動から、それを所持していても突進してくることがわかったので、純粋に防御用だ。リンディは代わりに渡されたボウルを……被るのは嫌だから、手に持っている。投げつけるくらいの役には立つだろう。素通りせず当たれば実体、その逆なら幻影だ。

 今回、作戦として挟み撃ちを採用したのは、その幻影を作る魔法を考慮してのこと。魔法の詳細は不明だが、逆方向へ動く幻影を作り出すことはできないと、リンディは推測した。特にはっきりとした根拠はなく、理由としては、自分から離れていく物理的な幻影を維持するための魔力供給が難しそうだから。後から考えれば何らかのやり方を思いつくかもしれないが、今はそういう前提に基づいて行動することにする。よくわからないものと相対し、瞬時の決断が必要とされるケースでは、そのような指針も時として必要だ。


 さて、例のごとくセデイト対象者を追い越し、先に進んでから振り返ったフィリスは、声を限りに叫ぶ。

「この腐れデブ!」

「……あぁ?」

 ターゲットの視線が中傷者へ向かう。怒りよりも、なんだこいつ、という感じ。助手のほうは、挑発を続ける。

「肉饅頭! 脂肪の塊!」

「で?」

 セデイト対象者は冷静なまま。この程度なら、当人も予想の範囲内。中傷者は声は張り上げたまま、言葉を探す。

「えーと……体重過剰、脂肪余剰、肥満最上……」

「さっきのじゃない……」

 対面に構えるセデイターはため息。早くもネタ切れか……。普段から人をけなしたりしていない証拠だ。良いことではあっても、こういうときには仇となる。キャラ変更のスイッチを入れただけでは、どうにもならない。

「そうだ、脂肪肝!」

 それは、体型から察するに事実かもしれない。そして、医師がそれを口にするとき、一般的には、それを診察結果という。中傷になるかは……微妙。

「続きは?」

 失笑している中傷対象に促され、フィリスは悪口を搾り出そうとする。

「太っちょ……丸……丸い人! 丸人間! 円形体型症!」

「なに? 自分のこと? それ」

 カウンター発動。

「はぁ? なに言ってんですか! わたしは太ってなんか……」

「否定しても無駄。見ればわかるよ。その腰周り、贅肉たっぷり」

「ち、違います。ついてません」

 助手は素に戻っている。挑発はもう無理だ……。そう悟ったリンディが作戦を切り替えるべく、横へじわじわと動き出したところ、ターゲットは前を向いたまま、自らの肩越しに親指を後ろへ向ける。

「じゃ、後ろの超美人さんと比べてみる?」

 光魔法の使い手が向けた親指は、セデイターの動きと位置をきっちり把握し、追尾してくる。これも何か特殊な魔法を使っているのだろうか? こちらが下手に魔法を発動しようものなら、またもトリッキーな魔法を使われそう……。効果的に動くには、何らかの隙が必要だ。どんな形でもいいから、助手がそれを作ってくれたら……。

「比べるなんて……無理です」

 フィリスは、リンディと一緒に入浴したときのことを思い出した。自分との比較は……虚し過ぎる……。そこを、勘よく表情を読んだ中傷合戦の相手がえぐってくる。

「そうだよね。あっちと違って、あんたは……」後方を指していた手を前へ戻し、親指と人差し指をかすかに開けて示す。「ほおぉーんのちょっっっとだけの美人。太る体質で、いつか、ぶっくぶく。あっ、もうそうだっけ……ぶっくぶく」

「違います!」

「ぶっくぶくのぶっくぶく」

「違う!」

 いつの間にか攻守が逆転している。

「その金だらい……」

「え?」

 防御のことを思い出し、助手は金だらいを体の前に回す。

「ずいぶん体にフィットしてるよね……なんでかわかる?」

 確かに防御にはちょうどいい感じだ……。フィリスはつい聞いてしまう。

「……なんでですか?」

「それは……」

 挑発者がためる。

「それは?」

「あんたの体型が、その金だらいと同じだからだよ! わかる? 見なよ、その金だらいを!」フィリスがまじまじと見始めたところへ、すぐに口撃。「まん丸! ずん胴! 前も後ろもぺったんこ!」

「ち、違……わたしは……」

 標準的に判断すると、決してフィリスはそういった体型ではない。しかし、完璧ボディのリンディを引き合いに出されたことで、本人は冷静さを欠いている。

「体型金だらい! 歩く金だらい! ぶっくぶくのまん丸、ずん胴のぺったんこ! よく見りゃ顔も金だらいだ! あーーっはっはっは。この、金だらい女!」

「く……」

 助手は拳を握り締めて、下を向いている。これは、もう駄目だ……。セデイターは、自分でどうにかすべく、機会をうかがう。

「ほんっと、よく似合ってるよ、その金だらい。金だらい女には最高の衣装だよね」

 勝ち誇った肥満体の追い討ちを耳にしながら、リンディは魔法を撃つべく、やり合う両者を結ぶ直線上からずれようと、ゆっくり横へと動き出す……。すると、ターゲットはくるっと後方へ振り返る。……「金だらい女」を打ちのめしたので、こっちに集中しようということか。その直後……。

「……びっち」フィリスのこのつぶやきは誰にも届かない。しかし、次は……。「このビッチぃぃい!」

 雄たけびとともに、助手が突っ込んでいった。肥満体へとまっすぐ向かって……。その声に振り向いたセデイト対象者は……消えた。ターゲットをロストしたフィリスは蹴躓き、その拍子に左腕に抱えていた金だらいを放り出す。

 ガン! 

 それが何かに当たって跳ね返った刹那、頭を押さえた肥満体が現れる。バランスを崩しつつも走っていたフィリスは、そのままの勢いでその目標へダイブ。後方の地面へ折り重なって倒れこんだ。

 急いで駆けつけたリンディの目に映ったのは、白目をむいて仰向けに失神したセデイト対象者――出血はなく、軽く頭を打ったのだろう――と、その肥満体の上にうつぶせの助手。

「フィリス! 怪我は?」

 その声で我に返った当人は、厚みのあるクッションから退き、地面にぺたんと座り込む。

「ど、どうしましょう……殺してしまいました……」

「いや、死んでないし」見るからに、失神しているだけ。「自分の怪我は?」

 先にマスターが気にしたのは、治療役である助手のほう。

「わたしは……」自身の体をさっと診る。「無傷です」

「まぁ、あのクッションだもんね。じゃ、手当お願い」

 リンディは負傷者から少し離れ、医療の専門家に任せる。

「手当……」はっと我に返り、医者は直ちに動き出す。「治療します」

 まずは頸椎の固定と気道確保から。こういう場合に最初にやることは、魔法があっても同じ。医師が治癒魔法をかける前に、セデイターは確認する。

「目を覚ましたら、睡眠魔法かけてもいい?」

 また逃げようとされると困る――本人の健康のためにも。治療が終わったら、そのままセデイトする段取り。

「はい。すぐ合図します」

 適度な強度の治癒魔法をフィリスがかけると間もなく、セデイト対象者が目を覚ましたので、体を動かせるようになる前にリンディへ合図を送り、自身は少し患者から離れる。そこへ、前に出たセデイターが睡眠魔法を対象者にかけ、再度、意識を失わせる――今度は眠りという形で。

「それじゃ、続きお願い」後ろに下がるリンディ。「……大したことないよね?」

 冗談で「死んでないよね?」とか言いそうになったが、たぶん怒られるのでやめておいた。

 一方、再び患者の傍らにつけた医師は、回復魔法をかけつつ、全身を診る。……脂肪のおかげで、さしたる負傷はない。唯一気がかりなのは頭部だが、この場で診断できる限りにおいては、問題なさそうだ。

「……そのようです」

 とはいえ、後に精密検査をする必要はあるだろう。そこは自らの責任においてやらなければならないと、フィリスは思う。

「なら、よかった」

 あとはセデイトするだけ。結構、手こずったな……。


 治療がつつがなく終わってから、いつものような手順を踏んで瘴気を取り除き、セデイトは完了。今回、魔法省はすぐ近くなので、転送することはなく、セデイト後で茫然自失の対象者を誘導しながら、ふたりは徒歩にて帰途につく。

 それにしても、低ランクのわりに手間取らせる相手にまたも当たってしまった……。リンディはしみじみと太い女を見る。思い起こせば、この体に四回も吹っ飛ばされたわけだ……なんてこった。まぁ、報酬がCランク並みなのが……その代償になるかな……研修の監督手当ても一件ごとに出るし……。そして、その監督対象であるフィリスの存在は、大いに役立った。

「すみません、ご迷惑をかけて」

 隣を歩く助手は、リンディとは違う思いを抱いているようだ。

「は? なに言ってんの。かなり助かったけど」

 優秀なヒーラーなしでは、今日中のミッションクリアは無理だった。全身打撲で早々に離脱している。回復薬を使わなかったから、薬代も浮いたし……それに……結局のところ、あれを倒したのは彼女だ。

「いえ、でも……リンディさんを下敷きにしたり、怪我ばかりさせて……挑発に失敗もして……特に最後なんか、頭に血が上って……」

「最後はすごかったね。武勇伝として後世に語り継ぎたいよ」

 マスターの冗談に、助手が照れ笑い。

「あはは」

「でも、サンディには報告しないと」

「え」

 今度は固まった。

「研修の報告義務があるからね。……まぁ、あきらめて」

「ですよね……」

 怒られるだろうか……。その答えをもたらすのは、九課課長をよく知るリンディ。

「大丈夫だよ。爆笑されるだけだから」

「……うぅ」

 筋肉上司には、怒られるよりも笑われるほうがましだろう……。フィリスは来るべき恥辱を覚悟した。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ