4-7 ダークサイドの報い
後方で起きていることなど知る由もなく、先行している前方のリンディにフィリスが合流する。
「……次は……どう、します?」
あわてて走ってきた助手は、息が切れ気味。作戦を練っていたマスターは、隣を見る。
「うお?」なんつー格好だ。……考えると頭の中の作戦が飛びそうなので、今はスルーしておく。「そうだなぁ……」
「後ろから魔法撃ちます?」
もう対象者本人にセデイト実行を通告した。それに、あの「ぶちかまし」で、戦闘状態に入ったと見なしてもいいと、助手は思うが……。
「そんなのやだ。気に入らない」
これが専門家としての矜持というものなのか……。これまでの行動を見るにつけ、このセデイターがそれを持ち合わせているのは少々意外ではあったが、フィリスは感心する。やはり、有能な人はそうあるべきだ。
「……そうですよね。さすがリンディさん」
しかし、当人にしてみれば、それもあるものの、それのみではない。なんといっても気に入らないのは、自分ばかりがぶちかまされていること。一回目の直接的な被害者は確かにフィリスだったが、より大きな被害を受けたのは、クッションになった自分だ。それでヒーラーが怪我を負わなかったのだから、通常はそれでいい……とはいえ、これはフィリスの研修である。ということは、助手として、それなりの体験をさせなければ……つまり、被害を受けるということも含めて。そう、これは決して身勝手に不公平をかこっているのではない……研修を実り多きものにするため……今後のフィリスのためなのだ……。
己のダークサイドを無理やり白く塗りつぶしたリンディは、早足で歩きながら次の作戦を練り直す。前回の作戦で、フィリスに挑発が無理だということはわかった。それでは、どうやって彼女へ向かって体当たりをさせようか……難しい課題だ。この時点で、前回はあった「おとり」という戦術的思考は、もはやセデイターから消失している。いくら白く塗っても中味は真っ黒――本来のターゲットに加えて、助手も別の意味でのターゲットである。……なにかいい策はないか……暗黒面は隣の助手――追加ターゲット――に視線を向ける。そこで再び目に入った姿には、やはり突っ込みを入れずにはいられない。
「……なんて格好してんの」
「あ、これ、防具です」
金だらいとボウル……マジか。セデイターは返答に窮す。
「ま……まぁ……がんばってね」
「マスターも、どっちか使ってください」
ヒーラーは物理攻撃用防具のないリンディを心配している。もうすでに三度も攻撃を食らった。それでも……。
「はぁ? やだよ」
かっこ悪い。
「金だらいのほう、どうです? 大きいし」
かっこ悪いを一段以上……二段ほど越えたほうだ。
「遠慮しとく」
「でも、身を護れますよ。これ持ってれば、あえてそこへ突進しようとは思わないですし」
「……」言われてみれば、そうかも。でも、やっぱりちょっと、あまりにも……。逡巡するリンディ。しかし、あれを持てば、突進のターゲットはフィリスのほうになる……。「わかった」
今、この時、ダークサイドが見栄に勝った。
「それでは、どうぞ」
助手から渡された金だらいを小脇に抱えるセデイター。……我ながら、なんて格好だと思う。それでも、ボウルを被っていない分、さっきのフィリスよりはましか……。ともかく、作戦の一部はできた。その残りを考える前に、知っておくべきことがある。
「ところで……さっき、なにが起きたか把握してる?」
「正直、よくわかりません。こっちに向かってきていたのに、マスターが飛ばされて……。その場面も見てはいませんし……」
「やっぱり光魔法なのかな……」しかし、具体的にどんな魔法なのかが、わからない。「それじゃ、もう一度、同じフォーメーションでいこう」
そうすれば、向こうも同じことをやってくる確率が高い。それなら、こちらも対処できるだろうし、仮に失敗しても、なにが起きたか見極めやすいだろう。
「では、わたしがまた挑発して……」
「それはいらない」また韻を踏むだけだ。「たぶん、なんとかなる」
そう、自分には、この金だらいがある。これさえあれば、こちらには来ない……。なぜか、妙な確信を持ってしまったセデイター。ダークサイドが目を曇らせたか……。
そうこうしているうちに、金物屋の少年から教えてもらった角を曲がると、その先を進むターゲットを、リンディの目が捉えた。それにしても、のんびり歩いている……逃げも隠れもしていない。いったい、どういうつもりなのだろう……また、ぶちかます自信があるというのだろうか……なめられたものだ。今度はきっちり、こっちが魔法を撃ち込んでやる……助手を吹っ飛ばした、そのときに。
ふたりは、先ほど同様、互いに道路の両側に開いてから同時に走り出し、目標を追い越してから、十分な距離を取って振り返る。この間、アイコンタクトとジェスチャーにより、うまくタイミングを合わせることができたことから、このペアの連係も、いつの間にか堂に入ってきたのかもしれない。思惑が一致しているかは別にして。
声を掛けるか、という助手の身振りに、そっちでかけてくれ、という手振りでマスターが返す。見かけでは、なかなかのコンビだ。
「止まりなさい!」
フィリスの大声に、肥満の対象者は歩いたまま、ふつうの声量で返す。
「ああ、さっきのそれなり美人」
石造りの建物に囲まれた路地では音が反響し、十分、相手に届く。
「それなり……」
「あっちは……」ターゲットが、リンディを見据える。「すごい美人」
その瞬間、肥満体がイノシシさながら、視線の先へと突進開始。
「な!」
予想外だ。こっちに来ないはずでは……。でも大丈夫。あたしにはこれがある。この金だらいが防御……あれ? そういうことじゃなかった……これを持っていた目的は……。
金だらいを正面に構えたリンディが後ずさりを始めたところ、なぜかイノシシは道の真ん中をまっすぐ走ってゆく。この軌道は、自分に向かってきてはいない――逃げようとしているのだろう。セデイターは急いで麻痺魔法を詠唱し、一撃必中を目論んで、自分とフィリスの中間地点近くに来るまでに発動準備を間に合わせる。……よし! 発射!
ドーン!
……セデイターは吹っ飛ばされていた。ぶつかられたのは、側面……金だらい……意味なし。
ゴワーン……。
金だらいは、横向きに倒されてうつむいたリンディの側頭部へ落下……。痛みと闇が覆いかぶさる……。
「リンディさん!」
頭のボウルを押さえながら、フィリスが駆け寄る。
「痛……」
当たられ方と倒され方が悪いことも加わり、暗黒の中、今回はいろいろなところが痛む。
「すぐ治療します」
金だらいをどけたヒーラーの回復魔法が全身を包み込む中、リンディはどうしてこうなったかを検証する。あのとき、確かに発動した魔法は目の前のターゲットに直撃したはず……。それなのに、その瞬間に体の左側からぶちかまされた。その意味するところは……おそらく、まっすぐ走っていたのは幻影だったということ。本当は最初から自分の方向へと向かってきていた……。まんまとだまされたわけだ……やってくれる。
「やられたよ、まったく」
「ええ……」
フィリスは治療を続けている。
「あれは……幻影なんだろうな……こっちは精神操作を受けてないから……光魔法で、幻影を作り出して……どうやってるのかわからないけど……あんなの初めて見た」
「はい……」
「情報では、魔法エンジニアなんだよね……相当有能なんだろうな……。ああ、だから……上司が直々に依頼を出したのか……」
職務上、替えが効かない人なのだろう。指名による上乗せもあるとはいえ、報酬もCランク並みに高い――それがオフィス内の特殊関係によるものだと、リンディは邪推していたが、恋愛音痴による下衆の勘繰りだった。もとより、報酬高めのケースでは、最初から油断してはいけなかった。
「……治療、終わりました」
「ありがと。悪いね、何度も」
リンディが上体を起こすと、フィリスがつぶやく。
「……許しません」
「え?」
まさか、今回の奸計がばれた? 自ら痛い目を見たことで、それが悪だくみだったという自覚をリンディは得ていた――罰が当たったという形で。
「あいつ、マスターをこんな目に……」
そっちか……。
「あ、うん……でも、まぁ……治療してもらったし……」
自分がフィリスをこんな目に会わせようとしていた……。あいつを責めると、我が身を責めることになる……。
「ああいうのを放置しては駄目です。リンディさんは寛容ですけど……」
「そんなことは……」
ない。だって、あたしが……ダークサイドが……。
「ごめんなさい。わたしが助手として至らないばかりに、マスターに何度も被害が……わたしのせいです」
「いや……フィリスはすごく役に立ってるよ……全部、完璧に治療してくれて」
そう。今回、いなかったらやばかった。そんな相手に、あたしは逆恨みで罠を……。
「でも、わたしがもっと……」
「もう言わないで」心が痛い。ダークサイドのバカ、あたしのバカ。……深く反省したリンディがつぶやく。「……ごめん、フィリス」
「え?」
「えーと……がんばろうね、相棒」
「はい!」
こうして、新たな絆を得たペアは、再起動する。リンディの暗黒面も、無駄にはならなかったということだ。




