4-6 金物屋
「次は、どうしましょう?」
「そうだなぁ……」リンディは、隣を早足で歩くフィリスを見る……。まぁ、それなりに丈夫そうだな……。「道の前後で挟み撃ちするのはやめよう」
どうせ突進してくるのだから、逃走はしないと踏む。それに、すでに交渉の段階でもない。その辺りの意図は助手にもわかる。
「そうですね」
「フィリスは、攻撃魔法は無理だよね?」
「ええ。出力がありませんし、どこに飛んでいくかもわかりません」
撃ってみなければわからないというやつ。ノーコン魔法が何かの弾みで高出力になってしまったら、事故確定。やめたほうがいい。
「それじゃ、代わりに……挑発してくれる?」
「挑発? 彼女をですか?」
「そう。それで、怒ってそっちへ向かったところで、あたしが麻痺させる」
麻痺魔法一発。狙いには自信がある。……先日の強力な加速使いのときには難しかったが、今回はそれとは違う。
「なるほど……」要するに、おとりだ。「でも、また消えたらどうします?」
「消えても一瞬でしょ? ……たぶん」
「まぁ、そうでしたね……」
先ほど目撃した状況から、おそらくそういう魔法だということは推測できる。
「現れたら、当てるから大丈夫だよ」
でも、魔法が当たる前にフィリスが吹っ飛ばされてるかもな……。ヒーラーが大怪我すると治療に困るけど、見たところひ弱ではないから……まぁ、問題ないだろう。よしとする。
「お願いします」
助手は切にそう願いたい。自身は「クッション」のおかげで軽微な被害で済んだものの、あのぶちかましを目の当たりにした後で、あえてそれを受けたいとは思わない。そもそも、自分の治療はしんどい――医者が自分を手術するようなものだ。ゆえに、通常、ヒーラーはパーティの中では最も護られる存在であり、危険な役割は担わない。おとりなどするのは、フィリスは初めてだ。
「まぁ、任せて」
自信ありげに微笑むリンディ――実際、自信はある。つぶされた意趣返しに、助手が吹っ飛ばされるのを見たい気もするが……そうはならないだろう……残念ながら。
間もなく、ふたりは対象者に追いついた。まだセデイト実行を宣言していないので、法的手続き上、後ろから魔法を撃ち込むわけにはいかない。リンディとフィリスは、一度目のようにターゲットを追い越し、二度目のように距離を取る。そして、今度はふたりの間にも間隔を空け、両者はそれぞれ道の両端に立つ。
「さっき名乗ったけど……」つぶやいてから、セデイターは声を張り上げる。「あたしはセデイターのリンディ=フレヴィンドール。これより、あなた『ホワン=レイ=ホワン』をセデイトします」
「……」
セデイト対象者は無言のまま、歩くペースを変えずにゆっくりと近づいてくる。
「フィリス、挑発」
リンディは、道の対面にいる助手に声を掛けた。
「はい。えーと、この……」ターゲットへ、罵声を投げつける。「体重過剰!」
単なる事実だ。
「ちょっと。なにそれ?」
「あ、その……では……」再実行。「脂肪余剰!」
先に同じ。
「あのさ、だから……」
「肥満最上!」
ナユカがいれば、ヒップホップかと突っ込んでいるかもしれない。
「違う! このデブ!」その誹謗中傷者を、誹謗対象者が見た。「あ、しまった」
突進は、当然、見た方へ。予定が狂った……ので、とりあえず、走って逃げるセデイター。助手もそれに追随し、道の反対側を走る。
すると、突然、対象者がフィリスへ向かって走り始めた。肩越しにそれを目にしたリンディは、急停止して向き直り、詠唱を開始したところ……。
ドーン!
……吹っ飛ばされた……それは……なぜか、リンディ。そして、ガシャーンという音。
なにが起こった? ……さっぱりわからない。確かにあいつはフィリスへ突進していったのに……意味不明だ……。痛さよりも不可解さのほうが先に立つ。目の前は真っ暗だ……。
一方、自分に向かってきた肥満体から逃げるべく走っていたフィリスは、大きな金属音を聞いて、リンディが吹っ飛ばされたことに気づく。自分を追っていたはずの者は、道路の対面側、セデイターの先を悠然と歩いている。
「リンディさん!」
駆け寄るヒーラー。患者は、金物屋の店先に倒れていた。
「おい、大丈夫か。えーと……」店から出てきた店主のおじさんは、ひっくり返っている何者かが頭に被っている、売り物の金だらいを持ち上げる。中味は……。「嬢ちゃん」
「あ、晴れた」
物理的な暗さはなくなった。そこへ、フィリスが出現。
「リンディさん!」
「あ、どーもどーも」
痛いけど、店先であんな状態だったから……照れる。
「医者、呼ばねぇと」
動き出そうとする店主を、フィリスがさえぎる。
「わたしが医者です。すみません、ご迷惑をおかけして」
「おぉ、そりゃよかった。なんか必要なもの、あるかい?」
せっかくだから、ヒーラーは好意に甘える。それに、いないほうが患者と話がしやすい。
「お水を一杯いただけますか?」
「おう、待ってな」
金物屋は急いで店内へと戻っていった。
「なにが起きたの?」
セデイターは、いまだ、自分に降りかかったことを把握していない。突撃を受けたことは承知しているが……。質問先のフィリスは、すでに回復魔法を展開している。
「金物の陳列台に突っ込みました」
「いや、そのことじゃなくてさ……」
それは、金物が散乱した周囲を見ればわかる。たいした数はないが。
「それは、わたしもはっきりとは……」そこで、店主が戻ってきたのが目に入る。「治療してからにしましょう」
「こんだけあれば、いいか?」
「え?」店主から差し出されたものは、水の入った大きな金だらい。店内に入るときに持っていた、リンディの頭を覆ったものだろう。フィリスの思い描いたものとは違う。「あー……そうですね、はい」
「もしかして、飲むほうか?」
「あ、いえ……これを使わせていただきます。ありがとうございます」
医者の本意を、金物屋が汲む。
「わりいわりい。カップに汲んでくる」
そして、再度店内へ。
「……その水、どうすんの?」
金だらいを見つめているリンディ。
「せっかくですから、顔でも洗ってください」
治療を続けるヒーラー。今回は、陳列台のおかげで地面に叩きつけられることはなく、前の二回よりも軽傷のため、店主がカップを持って戻ってくる頃には、ほぼ治療は終わっていた。
「おお、もう起き上がれるのか?」
座ったまま金だらいの水で顔を洗っている負傷者に代わり、治療の最終段階のヒーラーが答える。
「はい、おかげさまで」
「金物のおかげで、たいしたことなかった」洗顔を終えたリンディは、タオルを出して濡れた顔を拭く。「ありがと」
「そうか、そいつはよかった」金物店の主人は、心なしか誇らしげだ。「ほれ、水」
差し出された金属のマグカップを、リンディが受け取る。
「あ、ども」
「すみません、商品を傷つけてしまって。弁償します」
治療を終えて立ち上がったフィリスの申し出に、店主は笑って答える。
「ありゃ、傷もんの特売品だ、気にすんな」均一セール品の棚だ。しかも、売れ残りで、数は少ない。店主は散らばった商品の片づけを始める。「それに、あの程度でうちの品もんは壊れやしねえ」
「でも、それでは……そうだ」片づけを手伝おうとして、金だらいに目を留めた助手が、手を打つ。「その金だらいを売っていただけませんか? 気に入ったので」
金物屋はブツを指差す。
「そいつ?」
「はい。あとは……」片付けながら、フィリスが落ちている金物を見回すと、ちょうどいいものがあった。それを拾って店主に見せる。「このボウルを買います」
「おう。毎度あり」
すると、少年がこちらへ向かって走ってきた。
「おねーちゃん!」ようやく立ち上がったリンディの前で停止して、道の先を指差す。「おねーちゃんをぶっ飛ばしたやつ、あの角、曲がったよ」
「どれ?」
被害者は、指された方向を見る。
「あの、二番目のとこ。左」
その曲がり角を、自分も指差す。
「あれね」
「追っかけるの? すげーゆっくり歩いてたけど」
「うん。教えてくれてありがと」感謝の言葉を聞いた少年は、手のひらを上へ向けて伸ばしてきた――意味はわかる。「それじゃ……」
セデイターが懐へ手を入れたところ、棚のほうから大声が。
「そんなことで、金を取るんじゃねぇ!」大声に驚いたリンディを見て、店主が続ける。「すいません、うちのガキで」
「あ、そうなんだ」
「でも……」
少年は不服そう。
「あたしもプロだから、情報には謝礼をあげたいんだけど……だめ?」
店主に尋ねたリンディに、片付け中のフィリスが付け加える。
「彼女、セデイターで、仕事であの人を追ってるんです」
「セデ……?」
普通の金物屋には、この職業はまだ知られていないようなので、医者が大雑把に言っておく。
「つまり、医療関係の仕事です」
「ああ、そうか。それであんたが付いてんだ……けんか煽ってんじゃなければいいか……」子供を叱ったのは、そういう理由だ。そこで、店主ははっと気づく。「じゃ、急いでんだな。片付けはいいから早く行きな!」
「でも……」
逡巡する助手を尻目に、セデイターは少年にオファーを出す。
「代わりに片付けて。これ、お駄賃」少年に小銭を渡す前に、親に許可を取る。「これならいいよね?」
「まあ、そうだな……」
納得したようだ。リンディは少年に謝礼を渡す。
「じゃ、行くよ! フィリス!」叫んでから、金物屋店主に一礼。「どうもありがとう」
そのまま、少年から教えられた方へ早足で向かう。
「あ、行っちゃった」助手は店主に振り向き、側溝を指さす。「水、そこに空けちゃっていいですか?」
「おう」
許可を得たフィリスは手元にある買うつもりのボウルを……仕方がないので頭にかぶってから金だらいを持ち、傍らの側溝へ傾けて水を空けたそれを……小脇に抱えると、懐より値札にあった料金を十分上回る額を出す。
「これ、御代です。おつりはいいです……経費で落ちますから」余計なことかもしれないが、この店主はわりと律儀そうなので、いちおう言っておいた。「お世話になりました、ありがとうございました」
頭を下げると被ったボウルが落ちそうになるので、軽い会釈と膝を少しだけ折る礼をし、あわててマスターの後を追いかける。
「行っちゃった」
唖然とする少年……と、金物屋店主。
「……すげー格好だなぁ、おい」
頭に被ったボウルを押さえながら、金だらいを小脇に抱えて走っていく女医。滅多に見られるものではない。
「せっかく美人なのに……あっちのねーちゃんほどじゃないけど」
その後姿に目をやったまま、息子に同意するおやじ。
「ああ、そうだな……」
「うちのねーちゃんとは大違い」
「だよな。あいつは色気がねーから」
「あ」
少年は何かに気づいた。店主は続ける。
「まぁ……かーちゃん似だからな。おれに似れば、もう少し……」
「もう少し?」
「もう少し?」
「器量も愛嬌もあったはずなんだけどよぉ……残念だったよなぁ……あっはっは」
離れてゆくふたりを遠目で見つめたまま、金物屋は笑った。
「そんなに残念?」
「そんなに残念?」
「風邪でもひいたか? 声がダブって聞こえる……」セデイターと女医の後姿へと向けていた視線を、斜め下へ落とす。「ぞ? あれ?」
いない。どこ行った……。左右を見回し、後ろを振り向くと、そこには……逃げた息子の代わりに、ふたつの般若面があった……。
陰口を叩くときは、くれぐれも本人たちがいないことを確認すべきだろう。その後、この場でどのような惨劇が繰り広げられたかは、想像の域を出ない。




