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魔法世界のセデイター 4.フィリスのセデイト研修  作者: 七瀬 ノイド
第四章 いきなり研修開始
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4-5 ぶちかまし

 そして、ターゲットはリンディの予測どおりに行動した。

「さすがです、マスター」

 ここは素直に感心するフィリス。研修中、これまで食い気と食欲と食い意地ばかりにしたがって行動してきたかのように見えた……というか、事実、そんな場面しか目撃していなかったのだが、それだけではないというのがよくわかった。それなりに知られた「敏腕セデイター」なのだからそんなことは当然で、それを改めて認識すること自体が失礼だということは助手もわかってはいるものの、ここに至るまでの食べ物への執着っぷりを見せられてしまっては、一時でもただの食いしん坊のように思えてしまうのは、致し方ないことなのかもしれない。実際、さきほどの予想も食べ物関連であり、そう認識してしまうと、さすがに実も蓋もないだろう。

「まーね」ご本人は屈託なく、謙遜もなし。「それじゃ、接触開始……あ、そうだ」

 視線の先には、無聊にして、ただ歩くセデイト対象者。見回せば、人通りはなくはないものの、かなり減った。

「どうしました?」

「研修なんだから、フィリスがやってみる?」

「え? わたしが?」

「交渉ならできるでしょ? もしかしたら、あたしよりうまいかも。説明もできるし」

 医師につき、セデイト関連に関しては知識はある。実践はさて置き、学術面では、総合的にセデイターよりも豊富だ。

「それは……どうでしょう」

 実は、やぶさかではない。いい経験になりそうだし、交渉だけなら、本当にこのマスターよりもうまくできそうな気もする……。そこを、そのリンディが背中を押す。

「まぁ、やってみなよ。戦闘になる可能性は低いし、あたしがフォローするから」

「……では……やってみます」

「OK。コツは……」少し上を向いて考えるセデイター。「怒らせないようにするだけ」

 出てきたのはそれのみ。まぁ、そんなもんだ……自分がやるときは。

「はあ」

 そんなのでいいのだろうか……やる側としては不安だ。でも、「だけ」と言われては、それ以上、質問のしようもない。

「それじゃ、タイミングはあたしが計るから……あ、もういいや。行こう」

 タイミングもへったくれもない。しかし、ちょうど通りから路地へ入りかけたところ。あちらは、さらに人通りが少ない。実際、ここがチャンスではある。

「え? あ、はい」

 心の準備……なし。プラン……なし。説明……不足。こんなんで大丈夫か……。フィリスは、医者としての知識と経験を総動員して、相手への交渉と説明の文言を速攻でひねり出す。リンディは、まさに後ろから「フォロー」するだけ。軽い言葉とともに。

「気楽にいこう、気楽に」


 ふたりはそのまま進み、ついにセデイト対象者と適切な距離まで追いついた。人気ひとけ、ほぼなし……。では、開始。

 フィリスは、突然走り出し、ゆっくり歩く対象者を追い越して前方へ。そこからターンして、ターゲットへ向かう。これは、リンディもよくやるパターン。後に続いたセデイターは、教え忘れたのによくやったと感心。

「あの、すみません」

 前から歩いてきた見知らぬ女――フィリスから声を掛けられ、セデイト対象者は歩みを止める。

「はぁ?」

「ホワン=レイ=ホワンさん、ですよね?」

「……」

 返答なし。

「実は、わたしたちはセデイターと申しまして……」

 ぼそっとつぶやくターゲット。

「美人ですね」

「え? ……はい」

 顔を赤らめて視線を下へ向けたところへ……。

 ドーン! 

 激しい物理的衝撃が、フィリスを直撃。吹っ飛ばされ、仰向けに倒れる……後方の者を巻き込んで。

「……いてて」

「あれ?」

 直撃を受けた本人は、何が起きたかわかっていない。すると、自分の下からうめき声……。

「どいて……痛い……重い……」

「……重い?」自分の下……。「重い! わたしが? わたしがですか?」

 特定の単語が現実へと引き戻すこともある。

「いいから……どいてよ……」

「あ!」

 状況に気づき、急いで立ち上がろうとするフィリスの加重がかかる。

「ぐぇ」

「あ」

 助手は我が身を横向きに転がして、下敷きになったクッションから離れる。

「うう……ひどすぎるぅ……」

「ご、ごめんなさい……リンディさん。お怪我は……」

「腰打った、背中打った、ひじ打った、胸がつぶれた、お腹がめり込んだ……」

 前の三つは地面とのコンタクト、後ろの二つはフィリスによる圧迫。下敷きのおかげで、助手のダメージはかなり軽減された。

「す、すぐ治療します」

 回復魔法がリンディの全身を包む。幸いにしてひどい負傷ではなく、有能なヒーラーのおかげで、即回復。


「あいつ、追わなきゃ」セデイターは上体を起こす。「どこ行った?」

「あっちです」

 自分に軽く回復魔法をかけながら、フィリスはリンディの後方を指差す。

「急ごう」立ち上がって、体を反転。「あれ? あれ、あいつ?」

 指差した先には、太った女。こちらからすでに離れているからだろうか……別に慌てるでもなく、路地の先をゆっくりと歩いている。

「そうです……ねぇ」

「逃げてないよね、あれ」

 それでも、いつ走り出すか、あるいは角を曲がるか知れないので、セデイターは早足でターゲットへ向かって歩き出し、助手もそれに付き従う。すぐ追いつきそうではあるが、その前に確認すべきことがある。

「あの……まだ、なにが起きたのか理解していないんですが……油断してて……」

 照れたせい……突然「美人」と言われて……。

「だよね、もろだもんね……あたしも油断してた」

「突然、なにかの衝撃が……」

「肉塊のね……要するに、体当たりだよ」

 まさに相撲のぶちかまし。

「魔法じゃないんだ……」

「物理。あいつに吹っ飛ばされたあんたが、あたしの上に降った」

「申し訳ありません」

「あたしはクッション……虚しい」

 いちおうはセデイターであるティアが助手のときは、対象者を挟み撃ちするような形をとっていたが、今回は研修中のフィリスをフォローするため、その後方にいた。よって、もろに巻き添えを食った。

「本当に、申し訳ありません」

「まぁ、それはもういいから……今度は慎重にいこう」

 交渉の余地は……まだ少しだけ残っている。できれば、助手にやらせてみたい。

「はい」

「タックルがあるから、距離を取るよ」

「わかりました」

 話しているうち、ターゲットが角を曲がろうかというところで、ふたりはほぼ追いついた。あの体型の女性をこの距離から取り逃がすことは、通常の身体能力の者ならほぼないだろう。両者ともその水準はクリアしている。


 彼女が角を曲がって少し進むや、リンディは走り出し、肥満体の女を追い越すと、そのまま十分な距離を取ってから反転して立ち止まる。フィリスは、セデイト対象者の後方。今度は挟み撃ちにする作戦だ。

「ちょっと、あんた!」

「……」

 セデイターの声と存在を無視した対象者は、そのまま、ゆったりとした歩みを続ける。

「止まりなさい! あたしはセデイターのリンディ=フレヴィンドール、あなたに……」

「美人ですね」

 前回同様、ぼそっとつぶやいた。

「はぁ?」

 なんのこっちゃという表情のリンディ目がけ、肥満体が突進。けっこう速い……けど、こんなのは、わかっていれば簡単に避けられる……。

 ドーン! 

 ……セデイターは、吹っ飛ばされていた。先の助手のときと違い、クッションなし。今回、そうなるのを免れた存在は、挟み撃ちのため反対側にいた。

「大丈夫ですか!」

 フィリスがあわてて駆け寄ってくる。不意をつかれて地面に叩きつけられたリンディは、頭こそ打たなかったものの、衝撃で息が詰まる。

「う……く……」

「処置します」

 ヒーラーが顔を近づけてきた。片手をさらして、怪我人はそれを押し留めようとしつつ、かすれた声を出す。

「……待っ……」息苦しそうにしている患者に人工呼吸をしようとしているのだろうが、それほどの状態ではないので、遠慮する。「そっち、は……いい」

 こちらの人工呼吸も、火急のときはマウス・トゥー・マウスである。ただ、魔法を使うので、相手に意識がある場合には口の接触はなく、息を吹き込むのみ。それでも、されるほうとしては気が引ける。

「息、できます?」

「……できる」ほんの一時的なもので、それはすぐ戻った。「……それより……腰が痛い」

「では、回復魔法をかけます」

 また、先ほどのように全身を包む回復魔法がかけられた。敏腕ヒーラーのおかげで、やはり治療は早い。前回と違って直接に攻撃を食らったものの、上からの加重という追加ダメージを受けなかったのは、不幸中の幸いだ。怪我人は、先に回復した上体を軽く起こして、両肘で支える。

「しくじった……」

 ぶつかってくるとき、直前でなぜか相手を見失った……失態だ……。

「消えた……?」

「そう……」まさに、助手の指摘どおりだ。「視界から消えちゃって……あたしのミスだ……」

 嫌になる。油断してなかったはずなのに……。落ち込むリンディの腰周りを治療中のフィリスが、意外なことを口にする。

「いえ、本当に消えました」

「……え?」

「彼女の姿が一瞬、消えたんです。その直後、リンディさんが体当たりを受けて……。見間違いかと思ったんですが、マスターが見失ったのなら……やっぱり……」

「消えた?」

「ええ。体当たりの時には現れましたけど」

 直前に一瞬消えただけでも、咄嗟にそれを避けるのは困難だ。

「魔法かな……? 幻惑の魔法? でも、かけられた感覚はないな」

 その手の魔法は精神操作である。

「使えるのは、光魔法だけですよねぇ……」

 事前の情報ではそう……。

「とすると、もしかして……」思い当たる節はある――それなら、自分のミスではない。治療が終わり、セデイターは立ち上がる。「行こう。追うよ」

「はい」助手もそれに倣う。「まだ遠くへは行ってないは……はずではなく、行ってませんね」

「あー……そうみたい」呆れたことに、振り返ったリンディの瞳に、遠くをのしのし歩く肥満体が映った。「……あれだよね、やっぱ」

 逃げるような素振りもない。

「……ですよねぇ」

「じゃ、まぁ……追いますか」

 なんだか、気が抜ける……それでも、冷静にはなれる。ふたりは早足でターゲットへと急いだ。




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