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魔法世界のセデイター 4.フィリスのセデイト研修  作者: 七瀬 ノイド
第四章 いきなり研修開始
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4-4 セール終了

 少しして、ターゲットの対象者は店内に入り、こちらが思ったよりも早めに出てきた。フィリスが見たところ、ここで購入したらしきものは……持っていない。左腕に抱えていた袋の中身は並んでいる間に食べてしまったので、左腕は空いている。

「買わなかったんでしょうか?」

「さあ? バッグの中じゃない? ここのものは箱入りだから」味が落ちても老舗であり、形だけはしっかりしている。もはや、それのみだ。「ま、あまり買わなかったとは思うな」

 彼女はまだEランクであり、味覚に頓着しなくなるほどの食欲に苛まれているわけではない。食通としての見る目があれば、あそこの商品にあまり食指は動かないだろう。その点で、食道楽にとっては、食べ物談義でもしたくなる相手ではある。普段、行動を共にすることが多い者たちには、そういう話ができる人材がいないので……。

「ということは、もう食べないんでしょうか……」そう口にした先から……。「あ、そっち」

 助手の視界には、右肩の大型トートバッグの中へ左手を突っ込む対象者。つかみ出した何かに歯を立てる。

「そう簡単には止まないな……」

 こういうシーンを、セデイターはよく見る。

「太って当然ですね……健康に悪い」その点から、医者には食べているものが気になる。「あれ、なんですか?」

「なんだろう……」目を凝らして、噛みついているものを見るグルメ。「くんせい? 魚かな……。あそこで買ったやつじゃないな」

「ふーん……それなら、そんなに体に悪くもない……食べ過ぎなければ、ですが」

「そこを食べ過ぎるのが、対象者でしょ」

 その結果は、一目瞭然。体が語っている。

「でも、あれは早食いできませんよ。健康を考えてるんですかねぇ?」

「……でもないみたい」

 ターゲットは屋台の前で立ち止まった。そこで売っているホットドッグのような惣菜パンを三本買って、また食べながら歩き始める。

「やっぱり食べるんですねぇ……あれ?」

 隣を歩くリンディが消えた……と、思ったら、斜め前を走る後ろ姿が……。止まったのはその屋台の前。追いかけるフィリス。

「これと……これと……それから、これ」追いついて息を弾ませている、傍らの助手を見る。「フィリスも食べるでしょ? これでいい?」

「なにしてるんですか?」

「なにって……見てのとおり。おいしいんだよ、ここの。お腹すいたでしょ?」

 どうやら常連らしい……。

「そうですけど……」

 フィリスの返事を聞いたリンディは、注文を済ませる。

「じゃ、あとこれね」

「これと、これと、これと、これね」

 ぱぱぱっと指差して確認した屋台のあるじに、食道楽はうなずく。

「そう」

「ちょっと、リンディさん」フィリスが耳元でささやく。「わたし、二つも要りませんけど」

「あたしが三つ食べるんだけど」

 その答えに、助手は失笑。

「あ、そうですよね」それは、そう。理に適っている……なんの理? いや、そんなことより……。「見失っちゃいますよ」

 この屋台では、作り置きせず、注文してから作る。……といっても組み合わせるだけだが、それでも、野菜がしなびたり、ソースやケチャップの類が染みすぎてぐちゃぐちゃになったりしないため、味はかなり向上する。

「そうならないように、間を詰めたんじゃない」セデイターは対象者の方へ視線を向ける。「ほら、まだあそこ」

 その歩き方はゆっくりで、尾行するには、まだ近すぎる距離。

「でも……」

「大丈夫だよ、すぐできる。手早いんだから」

 常連が言った先から、出来上がり。

「はい、お待ち」

「ほらね」フィリスに一声かけてから、注文品の入った袋を受け取り、リンディは支払いを済ませる。「ありがと。また来るね」

「ありがとございまっす」

 屋台主の冴えた声とともに、ふたりは尾行を再開する。相手との距離は、先ほどより少し離された程度で、問題なし。

「はい、これ」

 マスターから一つ差し出された助手。

「あ、どうも」

「お金はいいよ。さっきのもあるし」

 先ほどの差し入れ分のこと。リンディは払うと言ったが、フィリスは固辞した。五倍した「どらまん」の代金など、どうするかこの場で考えるのは面倒だ。

「では、遠慮なくいただきます」

 それにしても、このセデイター……三つも食べるなんて、対象者と同じだな……まぁ、あっちは他のものも食べ続けているわけだけど……。などと思いながら、口に入れてみると、これがけっこうおいしい。どうやら、この食通は食べることに関しての間違いはしなさそうだ……。助手が隣を見る……と、向こうもこっちに視線をくれた。

「それ……おいしい?」

「え? ああ、はい」

 こういったやりとりの後、食いしん坊が繰り出すセリフは、あらかた決まっている。フィリスは覚悟した。

「一口いい?」

「どうぞ」

 自分の分を、食い意地の口元に差し出すと、これも予想通り、なかなかに大きな一口に襲われた。

「うん、いいねぇ……スパイシーな中にも、ほんのりと甘い……」

 以下略。表現は的確だ。料理上手だけあって、そこまで言及している。それをフィリスは聞くのみ。グルメではないし、料理も残念なレベル。

「ええ……はい……なるほど……そうですか……」

 相槌の表現はすぐ尽き、ループするのみ。

「じゃ、お返しに……まず、これ一口」

 差し出されたものは、すでにもう終盤だ。小口で一口かじる助手。……「まず」ってなんだ? 

「あ、おいしいです」少しの間。表現を待っている? 「えーと、さっぱりしていて……その……あっさりと……」

 同じだろう、と自分で突っ込みたい……。

「そうだね……これは……」説明開始。それに対する助手の相槌ループ開始。終了すると、次のが出てきた。「次はこれ」

 すでに中盤まで消失している。同時進行で食していたのか……。フィリスはまた小口でかじる。

「これも、おいしいです……その……」表現しなきゃならないんだろうな……助手だし。……なんの助手だ? 「塩気と甘みの中にも、スパイシーな……」

「そう、それ」

 割り込んできた。ある意味、ありがたい。表現しないで済む。

「はい?」

「塩気と甘みが先なんだよね。スパイシーは、その後っていうか、中っていうか……順番はそれだよ。つまり……」説明が開始され、相槌ループが追随する。そして終了。「今度はこれね」

 新たなものが袋から出されようとするとき、助手はターゲットが別の屋台で立ち止まるのを目撃。

「止まりました」

「あ、ほんとだ」何も取り出さずに、リンディは袋から手を引っ込める。「あれが最後かな」

「なぜです?」

「あの先、屋台はないし……もう人通りも減った」すでに夕闇の中。セールの時間はとっくに終了し、行列はどこにもない。「そろそろ接触しようか……あの後で」

 そこの屋台は、いわば、クレープ的なもの。たくさん手に持てるものではなく、袋にいくつも入れるものでもない。これまでの行動パターンでは、常に移動しながら食べており、その場で食べまくるというのはなさそう。ゆえに、まもなく買い食いを終えると予想できる。セデイト対象者の食欲を邪魔してしまうと、大概、高確率で激昂させることになり、交渉による解決は困難となることから、ここで買ったものを食べ終わったときが接触のチャンスとなるだろう。




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