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魔法世界のセデイター 4.フィリスのセデイト研修  作者: 七瀬 ノイド
第四章 いきなり研修開始
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4-3 食い気と尾行

 例の対象者は、食べながらゆっくりと歩いているため、フィリスが見失うことはなかった。出足が遅かったリンディもようやく吹っ切れたのか、助手に追いついてきた。

「あいつ、クリームパフ食べてた?」

 吹っ切れていない。

「さあ……どうでしょう? わたしはどういうものか知らないので」

「そう……」

「もしかして……」微笑むフィリス。「セデイトしてから没収しよう……なんて、ね」

 助手は冗談のつもりだが、食道楽はあわてる。

「ち、違うよ……ただ、ちょっと……」

「え?」

 図星?

「交渉できたら、わけてもらおうかな……と」

 当たらずといえども遠からず。交渉でセデイトできたら、ついでにということなのだろう。それなら不正ではないとはいえ……さすがにフィリスはあきれる。それとも……まさか、それほどのものなのだろうか……その「超ふわふわクリームパフケーキ」は……? しまった……興味が湧いてきた……。

「では……セデイトは……できるだけ交渉の方向で進めるんですか?」

 自分から方針を振ってしまった……。それに対し、リンディは当を得たかのようにうなずく。

「いちおう……そういうこと」

「そうですか……」

 助手からちらっと向けられた視線が、ちくちくする。

「あのさ、別に『あれ』のためじゃないから」

「ああ、はい」

 気のせいか……返答に疑念を感じる食道楽。

「だって……彼女、情報では攻撃魔法の使い手じゃないし……Eランクだから、交渉でセデイトすることもよくあるし……まずは交渉から、というのは……理に適ってると……」

「ですよね」

「クリームパフは、あくまでも……ついでに交渉……ちょっと言ってみるだけっていう……」

 リンディの言い訳交じりの説明らしき言葉を聞きながらも、フィリスの視線は対象者に釘付け。

「ええ、でも……もう、なさそうですよ」

「え? あ……」弁明にかまけたセデイターが注意を怠っている間に、対象者が片腕に抱えていた大きな袋は消滅していた……意味するところは、クリームパフを含め、すべてを食べつくしたということ。「ああ……」

 無常。

「改めて、すごいですね……あんなにあったのに」

 セデイト対象者の食欲――フィリスも友人のニーナのそれを、かつて目の当たりにしていた。

「そうだね……食いやがった」リンディの言葉が荒れた。「クリームパフも」

 その話題はもう避けたい助手は、今後の方針を仰ぐ。

「で、どうします?」

「あ! あの行列……あれは……」

 マスターが指差した先に、対象者も吸い込まれていく。

「並びましたね」

「じゃ、あたしたちも……」

 ふらふらと吸い寄せられてゆく食道楽に、フィリスが突っ込み。

「冗談はともかく……」

「え? ああ……うん」

 煮え切らない返事……。本当に冗談だった……? 

「……」

 無言の助手から疑惑の視線を浴びたマスターが、あるべき方針を示す。

「……離れて監視ね」

「わかりました」

 フィリスの視界の中を、列の前方とは逆の方向へリンディは動き出す……。足取り重く、何度か振り返りながら、十分離れたところで停止。

「じゃ、まぁ……この辺で……人を待ってる振りでも……」

「あ、そうですね。はい」

 その「振り」というのは、どうすればいいのだろうか……。そういったことには慣れない助手が落ち着かないでいると、マスターがぼそっとこぼす。

「向こうは、こっちなんか見やしないと思うけどね……」

「そうでしょうか?」

「列の後ろなんか気にしてらんない」

 これは発言者ご本人のご意見のような……。まぁ、確かに貴重なものを得ようというときには、そうかもしれない。そこで気になるのは……。

「で……あの列って何なんですか?」

「!」驚くリンディ。「知らないの?」

「すみません、近づけなかったので、わかりませんでした」

 食べ物というのは容易に想像がつくが……。

「あれが、かの有名な『どらまん』だよ。個数限定で、いつ売り出すかわからないという……」

「有名なんですか?」

 フィリスは全然知らないが、「どらまん」の名は「ドラゴンまんじゅう」から来ており、食通筋では有名だ。もちろん、本当にドラゴンが入っているわけではないし、うなぎパイのようにそのエキスが入っているわけでもない。あくまでも、形を含めた雰囲気である。

「あんたねぇ……。以前、あたしがあれを買うのにどれだけの時間を費やしたと……」

 リンディの瞳は遠くを見つめる。思い起こせば、時間のあるときに店の前に張って、売り出されるのを待つという……果てしない作業……。今日か明日か、一週間後かもわからず、当たりを待つしかない。

「それで、どういうものなんですか?」

 フィリスは知らないとはいえ、知る者には愕然とさせられる質問だ。……ならば、マスターとして教えて進ぜよう。

「それは……」

 またも、長い説明が始まった。グルメでもなく、かつ料理音痴の脳内に留まる事柄はあまりなく、結局のところわかったのは、点心のようなものだということ――ここセレンディアにも、そのような料理はある。人間が食べるものなら、どこの世界にも似通ったものはあるのだろう。

「……食べてみたくなりました」

 長々と熱弁を振るわれれば、フィリスもさすがに興味を持った。なんといっても、不定期個数限定というのは、そそられるものがある。

「だよね。じゃあ、列に……」ぱっと開いた食道楽の表情は、助手の視線を受けてしぼむ。「並ばないよ……並ぶわけないでしょ……絶対並ばないから!」

 相当並びに行きたいらしい。

「代わりに、わたしが並びましょうか?」

「え?」フィリスの助け舟……誘惑に一瞬、リンディの時間が止まった。「か……『代わり』ってなにさ? あ……あたしは並ばないって言ってるじゃない」

 耐えた。

「でしたね。……すみません、研修中なのに。おとなしく、ここで見張ります」

「う、うん……そう……だよね……」

 自分が否定したのは、その部分じゃない……。でも、「代わりに並んで」とはもう言えない……。もしかして……フィリスはわざとあんな提案をした……? 自分を試すようにサンディから秘かに依頼されているとか……。それとも、ただ単にこの助手は実はサディストで、人にわざと期待をもたせて、それを否定することで楽しんでいるとか……。なんて悪趣味……。だから、医者って苦手なんだ……この性悪ドSヒーラーめ……。

 黙ったままのセデイターが悶々としながらネガティブな方向へ邁進していると、その標的から声がかかる。

「もうすぐですね」

「なに? この悪魔!」

「え?」

「あ、ごめん」つい、脳内の妄想に基づく罵倒がこぼれてしまった。「……なんでもない」

「えーと……もうすぐ彼女の番ではないでしょうか?」

 セデイト対象者はもう店先にまで近づいている。あと数人で店内に入ろうかというところ。

「思ったよりも早かったね……」自分があそこに並んでいたら……。「はあ」

 ため息。

「で、どうします?」

「どうって……どうせ買えないじゃん」

「え? 並んでるのに?」

「あ、いや……」あっちのことね……。そりゃそうだ。「買えるけどさ……その……つまり……出てきたら、距離を取って追跡継続」

「店には入れないですもんね?」

「そういうこと。外で待つ」

 たとえ店内へ入れたって、並んでなければ買えないので、むなしいだけだ。自分が買えない「あれ」を人が買っているのを目の当たりにするなんて……。


 しばらくすると、例のブツを購入したと思われるセデイト対象者が店から出てきた。またも片腕に大きな袋を抱えている。他のものもたくさん買ったようで、早速、そこから点心の類をつかみ出して、歩きながら次々と口へと運んでいる。遠目で見る限り、追跡するセデイターには目の毒となる、かの対象物には至っていない。好きなものは後に食べるタイプなのだろうか……。もしそうなら、早めに彼女をセデイトできれば、まだ入手に希望が持てる。没収……もとい、交渉によって。

「すみません、お待たせしました」尾行中、気になることがあると言って離れていた助手が、戻ってきた。「いつ接触するんですか?」

「早くしたいけど……人が多いから、まだできない」

 あの対象者には攻撃魔法の類はないらしいから、巻き添え被害をもたらす危険はなさそうとはいえ、人ごみに逃げられると厄介だ。したがって、彼女が人気の少ないところへ移動するか、さもなければ、日が暮れて人通りが減るのを待つしかない。しかし、その頃にはもう……。想像するだけで、地団駄を踏みたくなる食道楽。だからといって、セデイターとして無理な行動は取れない。考えるほどにリンディの腹はきりきりと痛む……のではなく、ぐうと鳴った。

「お腹すきますねぇ」

 奏でられたサウンドはフィリスの耳にも届いたようだ。

「うん……」

 もう夕方。夕食の時間が近づいていることに加えて、ターゲットがひたすら食べているのを監視し続けている。空腹感が倍増するのは避けられない。そこへ、助手が袋を差し出した。

「あの……これ食べます?」

「あ、なんか買ってきたんだ。ありがと」もう、今はなんでもいい。袋を受け取ったリンディは、無造作に開けて中のものをつかんで出す。すると……。「こ、これは……」

「はい。それですよね?」

「ど、どうしたの? どうして……」

 期せずして自分の手中にある「どらまん」に、食通は驚愕。

「買った人に、ひとつ分けてもらいました」

「フィリス……あんたって……天使なの?」

 さっきはさんざん脳内で腐していた……加えて、一言漏らしてもいた……「悪魔」と。しかし、そんな中傷はもはや完全に過去のこと。リンディの意識にはもうない……「天使」の前では……。それにしても、よく分けてくれたものだ。その人も天使なのだろうか……? 実は、五倍の値段で譲ってもらったのだが、そのことは、フィリスは黙っておくことにする。

「他にも少し買ってきました」助手はバッグから袋を取り出す。さっき離れたときに買ってきた。「わたしもお腹がすいたので」

 もう、食い意地は感激するしかない。

「……優秀な助手がいてくれてよかったよ、ほんとに」

 このマスターにとっては、これ以上ない優秀さといえるだろう。


 生気の戻ったセデイターと「天使」な助手が小腹を満たしつつ、ひたすら食べ続けるターゲットの追跡を継続していると、またも視界に入ってきたのは……。

「並んでますね」

「ああ、あれね……」

 意外にもリンディは冷静だ。対象者はといえば、列のほうへ引き寄せられていく。

「並ぶみたいです」

「そうだねぇ」

 やはり、マスターには先ほどのような高揚感は見られない。欲しかった物をひとつ入手して満足したのだろうか……なんだか、それはこの食道楽らしくない……。疑問の中、列のほうへ目をやったフィリスは、少々違和感を感じた。

「なんだか、あの列……ちょっと違いますね」

「わかる?」

「列がさっきの二つほど長くないというのもありますけど、なんとなく……並んでいる人の雰囲気が……違うというか……」

「だよね」食通が種明かし。「実は、あそこはさ……最近、味が大幅に落ちた」

「そうなんですか?」

「老舗なんだけど……なんか、内紛だか、看板騒動とかで……料理人の入れ替えがあって」

「へえ」

「で、それを知っているこの近辺の食通は買わない。今、あそこに並んでいるのは、遠くからわざわざ来た人や、贈答品として老舗ブランドのロゴが欲しい人とかかな。サクラも入っているっていう噂も……」

「なるほど……」

 それなら、雰囲気も違うはずだ。服装も近所から来たカジュアルな感じとは少し違う客が多い。

「だから、あたしも今日、あそこに並ぶつもりは全然なかった」

 つまりは、他は並ぶ気満々だったわけだ。先にフィリスが疑念を持ったとおり、どうやら、やはりこのセデイターがここに来た真の目的は、本業のほうではなかったらしい。それでも、セデイト対象者を発見したからには、しっかりと職務を遂行しようとしているので、助手として文句をつけるつもりはない。もともとマスターが明日から始めるつもりだったのを、自分の希望で今日からにしてもらったのだし……。

「……はい」

 考える間が空いた返答で、リンディは自爆したことに気づかされた。

「いや……だって、今日は……週に一度の限定品売り出し日で……だ、だから……逃せないし……」ここで一息置く。「あの対象者も来ると思ったんだよ」

「……そうですよね」

「本当だよ」付け加える。「……どっちも」

 いずれにしろ、無駄足にはならないという点で、利口な行動ではある。

「理解しています」

「そお?」

「ええ。結果も出ていますから」

 実際、その対象者が現れた。

「まぁ……そうだよね……」つぶやいて付け足す。「別の結果のほうが……ほうも欲しかったけど」

 言い直したそちらの結果――収穫は「どらまん」だけ。ただ、それはもともと予定外だったので、結構な収穫といえるだろう――助手に感謝である。


 ともあれ、今回は列に並ぶ誘惑を感じずに、ターゲットを監視できる。こんなアンビバレンスのない状態は気楽でいい。離れた場所で、助手からのまだ残っている「差し入れ」を口にしながら、セデイターはゆったりした気分でターゲットの方を見つめる。……こんなことなら、「どらまん」は、歩きながら食べたりせずに、取っておけばよかった。今なら、もっと落ち着いて食べられたのに……そして、もっとおいしかったはず……。未来は予見できないとはいえ、刹那的な欲望に身を任せた己がうらめしい……。それでも、あそこで食す以外、道はなかった。食への渇望に煩悶しながら、正気のまま、今この時を迎えることなど不可能だっただろう。そう、何事も諦めが肝心である。いつか、またそれを口に運ぶ日も来るだろうから……。

 黙したままの食道楽が、食べながら食欲に関する人生訓的思索に耽っている傍ら、助手は魔法省に残っているナユカのことが気になり始めていた。……どうやら、この分だとけっこう時間がかかりそうだ。おそらく、帰るのは遅くなるだろう……もしかしたら、帰れないかもしれない。すなわち……それは、異世界人を独り自分たちの部屋に残すことを意味する。本人も、今夜はサンドラ課長の家へは行かないと言っていたし……ちゃんとやれるか心配だ……。フィリスも、あまり心配そうにすると鬱陶しがられるというのはわかっている。それは、本人の前のみならず、本人を知る他の人の前であっても。だから、研修の間はそういった素振りを見せないようにしようと心掛けてはいるものの、心配する気持ちそのものを抑えることは難しい。特に、こんなふうに、立ったままでただターゲットを見張っているときには……。


「あ」

 たまたま目が合ったふたりから同時に声が出た。双方ともしばらく黙ったままだった……まさに、沈思黙考というやつ。相手は変に思ったかもしれない……と、互いに思う。

「え……と、もうすぐだね」

 リンディの視線が向けられた先を、フィリスも見る。

「あ……そうですね……そろそろ順番……」

「ま、そういうこと……」

「ええ……」妙な間が空く……。それを埋めるべく、助手が質問。「で、どうするんですか?」

「……そろそろ終わりなんだよね、これ」

「は?」

「この商店街の限定品タイムセール」

 ここでは、商店街全体でそのセールの時間を設定してある。限定品セールの行列がいつまでも連なっていると、往来や他の店の迷惑になるため。

「そうなんですか?」

「だから、限定品はそれまでに売り切っちゃう」

 売り切る時間は十分にある。もとよりそんなに数がないから、限定品だ。

「へえ」

「もう、他の店の行列は、ほとんど掃けてるはずだよ」食道楽には、並びたい店がまだいくつかあった……。「ここはあんまり人気ないから、まだあるけど」

「売れ残ったら、どうするんですか?」

「この店の場合は、値段を戻して明日に回すんじゃない? 日持ちするし」

 ここの限定品は干菓子だ。売り切れないとわかっているのだろう。

「えーと、それで……彼女が買い終えたら、わたしたちは……」

 対象者のほうへ視線を向けた助手の最初の質問を、セデイターは聞いていなかったわけではない。

「つまりさ……列がなくなって、人通りも減るよね? そこで、接触するチャンスになると」

「なるほど……説得できるでしょうか?」

「どうだろう? とりあえず、戦闘にはならないと思うけど……」

 逃げるかもしれない。というか、逃げると思っていたほうがいい。

「依頼主によれば、使うのは光魔法のみ……ですね」

 戦闘用の魔法ではないので、せいぜい、目くらまし程度。それならば、リンディの敵ではない。

「そのとおりなら、いいけどね……」情報が不足していることは、よくある。「まぁ、油断しないようにね」




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