1-1 休養明け
「魔法世界のセデイター 3.本業再開、姉と助手と」(https://ncode.syosetu.com/n0057gd/)の続きです。
姉ユリーシャのいるルウィッセからセレンディアへ戻った後、三日間の休養を終えたリンディは、昼過ぎに魔法省第九課に現れた。まだ九課付け健康管理責任者のフィリスによるセデイト休止勧告期間内につき、セデイトそのものへは向かわない。魔法省より業務に関しての呼び出しを受けているのが、通称「セデイト課」へ足を運んだ理由だ。
「では、午後からの証言に立っていただきます」
九課課長秘書のミレットから伝えられた「証言」をする必要があるのは、以前にリンディがセデイトした魔導士――あの忌まわしき「バジャバル……以下略」の審理において。セデイトに関しては、通常、現場の証拠映像を残してあるので、異議なき限りは、証言などは不要だ。しかし、奴のケースでは、セデイト自体ではなく、本人が行った自身の名前の記述に齟齬が散見されることによる金銭トラブルが多々あるとのことで、それにまつわり、セデイト時の当人の状態をわざわざ証言しなければならない。つまりは、その当時どの程度正気を保っていたか、などの当事者責任能力に関わる点についてである。
「それ……あたし、必要なわけ?」
面倒くささに、リンディは改めてげんなり。
「はい。出ないと、報酬が没収になるかもしれません。そればかりではなく、罰金、あるいは、セデイター免許停止の可能性も……」
聞かれればわざわざ答えるのがこの秘書の役割だとはいえ、専門家には言わずもがなだ。
「わかってるって。言ってみただけ」
愚痴らせてほしい……けど、ミレットには無理だろうな。
「すぐ終わりますよ」
そうフォローしてくれたのは、ルルー――彼女は最近、外回りから、九課の内勤に戻った。しばらくは休養しながらの勤務だったが、リンディが結界「破壊」士のナユカを伴ってルウィッセに滞在していた時に、常勤となっていた。
「だと、いいけど……」
証言対象を知るセデイターには、あまりいい予感はしない。
「ユーカさんも、いちおう立ち会うらしいですよ。必要なら証言するとのことです」
確かに、リンディがバジャバルをセデイトした現場には、異世界人のナユカもいた。でも、特に証言することはないだろう……。あの時は、こちらに来たばかりで、状況もよくわかっていなかっただろうし
「ユーカはどこ?」
これにはミレットが答える。
「法務省です。フィリスさんが同行しています」
まぁ、異世界人を単独行動させるわけにはいかないかな……あのお堅いお役所へは。セデイター自身、今回のようなことでしばしば行くにもかかわらず、あまり馴染める場所ではない。
魔法省から徒歩10分ほどの法務省へ出向いたリンディは、ナユカとその付き添いのフィリスに合流してから、バジャバルの審理へと向かう。重罪を犯してはいないらしいので、面倒なことにならないはずだが、おそらく面倒なことになる。理由は当人のボケた性格、そして、なんといっても、その名前――「バジャバル=ジュバール=ジャジャバラール」。
以前に経験したあの不毛なやりとりが、名前を間違えることのできない公の場において、出席者の間で何度も交わされることを想像すると、それだけでセデイターはうんざりしてくる。自分の証言はすぐ終わるにしても、しばらくはその場にいなければならないし……。それでも、途中で抜けられる自分はまだいい。どうしてもその場に居続けなければならない判事など、主要役職の面々の脳内では、耳から入ったあの名前がぐるぐると回り続けることになるだろう……。それはいったいどんな感じなのか、後で尋ねてみたいところだ――もしかしたら、新しい魔法を開発するネタにでもなるかもしれない。たとえば、詠唱の阻害とか……。
ともあれ、セデイト後の証言というよくある作業を、本拠であるセレンディアにてこなす――それを思うと、自分が本業へと復帰したことを、リンディは実感する。思えば、ルウィッセでのセデイトは、あの有能にして面倒な助手ティアが常時同行していたせいか、どうしても仕事のやり方がいつもと違い、落ち着きがなかった――というよりも、面倒な助手の面倒を見るのが一番面倒だった。しかし、今ここで、ようやく日常へ帰ってきたように感じる……セデイターとしての日常に。これまでのように、単独で気ままにセデイトする日々に……。