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そして解けて消えた

作者: 月坂唯吾

まるで世界から音が消えてしまったのではないか、と思えるほどに静かな部屋。そこで美津穂は目を覚ました。壁にかけられた時計の針は午前7時40分を示している。

美津穂には、ここ数ヶ月、布団の上で眠りについた記憶がなかった。思い出に溺れながら涙と共にいつの間にか眠りにつき、そして朝を迎える日々。昨夜はカーテンも雨戸も閉めずに、床の上でそのまま眠りについてしまったようだった。

目を覚ますと、きらきらとした光が部屋の中を包んでいることに気付く。おそらくその光の眩しさによって、美津穂は目を覚ましたのだろう。夜半から降り積もった雪が陽射しを反射し、庭を輝かせていた。その光景は神々しくもあり、神秘的でもあり、何処か美津穂には不釣合いな、場違いのような印象を与えた。

今日も目覚めてしまった。何もないこの世界に。もう生きている意味のないこの世界に……。

こんな雪を見たら、颯太は急いで外に飛び出るだろう。庭を駆け回り、転げ回り、雪ダルマを作ったり、雪玉を投げたりして、楽しそうに笑うことだろう。しかし想像するようなことはもう起こらない。あの日以来、美津穂の前から颯太は消えてしまったのだから。


美津穂は何処にでもいるような普通の主婦だった。郊外の一戸建てを購入し、夫と五歳の息子と共に家族三人、ごくあり触れた幸せな日々を過ごしていた。

 その日、美津穂は颯太を家から徒歩10分程の距離にある公園へと連れていった。他の母親たちも小さな子供たちを遊ばせるためにやってくる小さな公園。美津穂にとっても颯太を遊ばせるために日常的に通う場所だった。

他の子供たちと一緒に走り回り、滑り台や砂遊び、ブランコなどを楽しむ颯太。

 小1時間ほど遊んだだろうか。帰るころには、颯太は遊び疲れと、眠気に襲われ、ぐったりとしていた。だが、これはいつものこと。抱っこをせがむ颯太をなだめながら、美津穂は颯太のペースに合わせ、ゆっくりと帰路を歩んだ。

そうして自宅付近の交差点へと差し掛かる。颯太は家が目前に迫っている為か、歩行者用の信号が青に変わると、今までの元気のなさが嘘のように、繋いでいた手を振りほどき、急に横断歩道の上を走り出した。

その様子を驚きながらも微笑ましく見守る美津穂。颯太の後ろ姿を追いかけようと足に力を込める。

しかしそれが美津穂の知る、颯太の元気な最後の姿だった。

気が動転してはっきりとは覚えていないが、一瞬にして視界が遮られ、気がつくと颯太は大きなトラックの下敷きになっていた。即死だった。

目視確認を怠った大型トラックが、左折と共に、横断歩道を走っていた颯太を巻き込み、死亡させたのだ。

それ以来、美津穂は颯太を失ったショックから立ち直れず、まるで廃人のように生気を失い、失意のどん底をさまようかのように虚無感を身にまとった。

家事をしなくなった美津穂に対し、夫の孝太は度々一方的な感情をぶつけるようになる。

もちろん颯太を失った悲しみは孝太も同じだ。だが必死に前を向こうとする孝太に対し、美津穂は後ろばかりを振り返ってしまっていた。孝太がきっと感情をぶつけるのは美津穂のため。前を向くように、と導こうとしてくれていたのだろう。しかしそんな孝太も前を向こうとする気持ちと、颯太の死を悲しむ気持ちとに挟まれ、次第に鬱状態となってしまう。

そしてお互いの為に、距離をとることが最善ではないのか、と考えるようになった孝太は、家を出ていってしまった。

孝太に手を伸ばし、共に手をとり、乗り越えなければいけなかったことは美津穂にも分かっている。でも颯太の笑顔が常に美津穂の心を震わせ続けた。

孝太が家を出たことによって美津穂はより一層の孤独感と虚無感を、そして颯太の幻影に縛られ続けることとなった。


エアコンこそ付いていたものの、何もかけずに床に転がって眠っていたため、喉に多少の違和感を覚える。

美津穂は重い体を引きずると、キッチンへと向かった。昨日使って、置いたままになっていたグラスを軽くゆすぎ、うがいをする。そして冷蔵庫からペットボトルに入った水を取り出すと、それをグラスに注ぎ、立ったまま飲み干した。

次いでトイレに行き用を足す。洗面所で手を洗ったあと、水だけで顔を洗った。生きる気力を失っているはずの美津穂の体ですら水分や排泄、呼吸、ありとあらゆるものを欲求する。颯太はもう何も感じることはできないのに。

美津穂は窓に近づくと、引き寄せられるように外の雪景色を眺めた。何を見ても、何を食べても、何を感じても、全てが美津穂の中にある颯太の存在を浮き彫りにしているようだった。

ソファーに腰を下ろし、おもむろにテレビとDVDの電源を入れる。テレビには朝の情報番組と思しきものが映り、女子アナのような可愛いらしい女性がパンケーキを美味しそうに食べている姿が流れた。しかし美津穂はテレビには目もくれず、DVDの再生ボタンを押す。

画面に映し出されたのは颯太の成長を記録してきたDVDの映像。美津穂は颯太を失って以来、毎日欠かすことなく、この映像を見ていた。

過去の映像や音声を見聞きし、喪失感から、一日中涙する日々。いくら颯太の過去の映像を見ようとも、心が満たされることはなく、虚無感だけが増していく。悪循環だった。

何をするわけでもなく、何かをしたいとも思わない。ただ体の中で勝手に動く臓器と共に、生きているだけの存在。

テレビから颯太の笑い声が聞こえてきた。その声を無意識に聞いていた美津穂はふとある感情を抱き、立ち上がる。

颯太と雪遊びをしてあげなくては、という義務感にも似た感情が、美津穂を支配したからだ。

美津穂は上にジャケットだけを羽織ると急いで外にでた。美津穂の目には待ちきれず、すでに庭を走り回っている颯太の姿が見えている。

「颯太、危ないから走っちゃ駄目よ」

「あははっ、颯太何やってるの」

美津穂は久しぶりに声を上げて笑っていた。颯太と共に庭を走り、雪玉を投げあい、雪ダルマを作った。楽しかった。

もちろん実際には美津穂が一人でやっていること。だが美津穂の目には確かに颯太の声が、姿が見えていた。いや見えて欲しい、という感情が、美津穂の中にある颯太の思い出を、幻影として見せていたのかもしれない。

どちらにしても美津穂には颯太の姿が見え、共に遊んでいたことには変わりはなかった。なんの疑問も感じないし、何よりも嬉しかった。干からびた花瓶の水が、みるみると水で満たされていくような感覚。

そうしてどれくらいの時がたっただろうか。時間を忘れる程遊んだから、3時間くらいかもしれないし、30分ほどだったのかもしれない。

突然どこかから大きな音が聞こえてきた。悪夢を見ていて飛び起きた時のような、突然こっちの世界に引き戻されたような感覚。美津穂は驚きの声と共に辺りを見渡した。

すると再び大きな音が鳴り響く。どうやら不意に聞こえてきたのは、前の道を通る車のクラクションの音のようであった。

気付くと美津穂は涙を流していた。花瓶は再び倒れ、中の水は頬を伝い、流れ出ていく。

庭には自我を取り戻した美津穂が一人残されていた。もう颯太の姿が見えることもない。残されていたのは雪ダルマと、一人分の足跡だけ。嗚咽の声と共にその場に崩れ落ちる美津穂。

流れ出た汗が急激に冷され、手足の感覚が次第に麻痺していく。

すると突然誰かにとんとん、っと背中を叩かれたような気がした。美津穂は振りかえり、背後を確認する。しかしそこにあるのは雪ダルマだけ。誰の姿も見当たらない。すると頭上から雪がパラパラとこぼれ落ちてきた。なんてことはない。先ほどの感覚は、美津穂の背中に、庭木の枝から雪がこぼれ落ちただけだったようだ。

 だが美津穂には、何故だかそれが雪ダルマに慰められているように感じとれた。

「ありがとう」美津穂は涙声のまま雪ダルマにお礼を言うと、小さく微笑む。

 それにしても、美津穂が一人で作ったとは思えないほど、大きな雪ダルマ。颯太の身長と同じくらいの大きさはあるであろうか。

すると、雪ダルマと颯太を重ねて見ていた為か、美津穂には裸の雪ダルマがとても寒そうに見えてきた。

 もちろん生きているわけでもない雪ダルマが寒さを感じないことは分かっているし、雪ダルマに颯太の幻影を見ている訳でもない。

 美津穂は一旦部屋に戻ると、颯太が使っていた毛糸の帽子とジャケットを持ち、再び庭に戻った。もちろん雪ダルマに着せる為だ。

 誰もいなくなったこの家に現れた、颯太ほどの大きさの、やや人形ひとがたをした存在。美津穂は雪ダルマに対し、少し愛おしいとも思われる感情を抱いていた。誰かに何かをしてあげている、ということ自体も嬉しかった。

 もちろんだからといって雪ダルマを颯太として見ている訳でも、雪ダルマにすがっている訳でもない。だから美津穂は雪ダルマに服は着せたが、それだけで満足だった。話しかけることも、それ以上何かをすることもなかった。

美津穂は部屋に戻ると、雪ダルマがよく見える位置に寝転がった。部屋はエアコンがついていて暖かかったが、フローリングに直接頬をつけているせいで顔はやや冷たい。美津穂は雪で遊んだ疲れからか、内外の温度差のせいなのか、雪ダルマを眺めたままゆっくりと眠りに落ちていった。涙に溺れることもなく、久しぶりに心穏やかに。

 どれくらい眠っていたのだろう。美津穂は子供が楽しそうに遊ぶ声によって目を覚ました。

 だが驚くことはない。この声は颯太のものだ。そういえばDVDをつけたままであったことを思い出す。

 覚醒していく意識の中、美津穂はこれが夢なのか現実なのかが分からなくなっていた。それともまた幻影を見ているのだろうか。瞼を開いた美津穂の瞳に映るものがあり得ないものであったからだ。

 美津穂の瞳に映ったもの。それは美津穂が雪ダルマに着せた服を着て、庭を楽しそうに駆け回る颯太の姿。

 美津穂は飛び起きると、声にならない呻き声のようなものをあげた。そんなはずはない。そんなはずは。でも、もしかしたら。美津穂は心の中でそんな葛藤を繰り返しながら、ふらふらと庭を目指した。

 しかし突然走り出そうとした為か、足がもつれ、転倒してしまう。

 気持ちが焦っている美津穂は、とにかく庭に急がなくては、と、そのまま、赤ちゃんがはいはいするような状態で玄関へと向かった。

 靴を履こうとするが、焦りからか上手く履くことが出来ない。煩わしく感じた美津穂は靴を放り投げると、サンダルを履いた状態で外に出た。

雪に足を取られながらも庭へと回り込む美津穂。そこには過去の映像でもなく、幻影などでもない、確かに颯太の姿があった。

庭を駆け回わり、楽しそうに笑い声をあげる颯太。それは美津穂の知る颯太そのもの。

「颯太!」美津穂は力いっぱい叫んだ。

「あっ、ママ~!」美津穂の声に気付き駆け寄ってくる颯太。

今まで当たり前のように何度も繰り返され、そしてもう決して訪れることのないと思っていた光景。

美津穂は走ってきた颯太を抱きしめた。

そこで気付く。やはり颯太は生き返ったわけではないのだ、ということに。瑞々しく、透き通る程に白い颯太の肌。そして体はひどく冷たかった。颯太はやはり死んでしまっているのだ。

死んだ颯太がどうして美津穂の前に現れ、話をすることが出来るのかは分からない。だが例え生きていなくとも颯太は颯太に変わりはない。

こうして再び颯太に会え、会話をしている。それだけで美津穂は嬉しかったし、心の奥が温められていくような、満足感を抱いていた。帰ってきてくれた。また颯太と暮らせる。そう考えただけで美津穂は幸せだった。

「ほんとに颯太なの?」

「うん、颯ちゃんだよ。ぼくママのことをいっぱい泣かしちゃたね。ごめんなさい」

颯太の声を聞いた途端、美津穂の目からは大粒の涙が零れ落ちた。なんとか首だけを大きく左右に振り颯太に言葉を返す。

「颯太は……悪くないよ。ママがもっと気を付けていれば颯太は……。ママの方こそごめんね」颯太を抱きしめる手に力を込める。

「ううん、ママもう泣かないで。ぼく、ママにまた会えて嬉しいよ」よく見ると颯太が美津穂に向い笑いかけているのが分かる。

 どうして戻って来れたの? またずっと一緒に暮らせるの? 颯太に聞きたいことは山ほどあった。しかし美津穂はその言葉を全て飲み込む。それを口にしてしまったら颯太がまた何処かに消えてしまいそうで怖かったからだ。

「ぼく、車にぶつかった時のこと、あんまり覚えてないんだ。でもママが毎日泣いているのは見てたよ。だからママにまた会いたいって思ったの。そうしたら、お庭に立ってた」

「ママのことを心配してくれたんだね。ありがとう、ママも颯太にまた会えてすごく嬉しいよ」

「ママ、お庭で遊んでもいい?」

「うん、いいよ。一緒に遊ぼうか」

美津穂は颯太と雪遊びを楽しんだ。今度は幻影などではなく、本物の颯太と。久しぶりに一緒に遊ぶ颯太は、やはりパワフルで、疲れなど全く知らないような元気な子供だった。颯太の元気についていけず、美津穂のほうが先にばててしまい、休憩をする。そこにはあの頃と何も変わらない日常があった。

 縁台に腰をかけて休憩する美津穂に、颯太は何度も嬉しそうに手を振る。颯太が楽しそうに遊ぶ姿を見ているだけで、美津穂も嬉しくて仕方がなかった。

 しばらくすると、遊んでいた颯太が、甘えるように美津穂の元へと走ってくる。

 美津穂は、颯太に気になっていたことを、聞いてみることにした。

「颯太はママとずっと一緒にいられるの?」美津穂の質問に一瞬悲しそうな表情を見せる颯太。

「ぼくにも分かんない」

「そっか」美津穂は颯太の頭を撫でた。

 分からない、ということは颯太もそれを不安に感じているのかもしれない。酷いことを聞いてしまった。

「颯太、そろそろ中に入ろうか」

「ううん、ぼくまだ遊びたい。寒いからママは先に中に入っててもいいよ」

「それじゃあ、ママももうしばらくここに座って、颯太が遊んでいるのを見てるよ」

穏やかな優しい時間が流れていた。楽しそうに遊ぶ颯太を見ているだけで、美津穂の心は癒され、平穏を少しずつ取り戻していくようだった。

ぽかぽかとした暖かな日差しの下で、大好きな颯太を見守っている。最近あまり眠れていなかったことが原因なのか、颯太が帰ってきてくれた安心感なのかは分からないが、美津穂は次第に睡魔に負け、再び眠りに落ちていった。

幸せな気持ちのままウトウトと舟を漕ぐ、美津穂。

良いことがあれば、悪いこともある。哀楽のバランスは保たれている、と、よく耳にする。ならば幸せな時間は永遠には続かない、ということになる。そう考えれば至極当然なことだったのかもしれない。心の何処かで覚悟はしていたが、哀楽のバランスがこうも簡単に再び『哀』の方向へと動き出すとは。

美津穂は颯太の泣き声に驚き、目を覚ました。颯太に何かがあったのだろうか。飛び起き颯太の姿を視界にとらえる。

……颯太は美津穂の目の前に立っていた。

直ぐに状況は理解できた。泣き声とともに、濡れる颯太の体。颯太自身の体が解け出していたのだ。

「ママ、ごめんね。ぼく、ママに嘘をついた」

颯太の言葉に無言で頷く美津穂。涙で言葉が出なかった。

「もう時間がないみたい……ぼく、本当は車にぶつかった時のことちゃんと覚えてるんだ。何でここに来たのかも。ぼく、突然死んじゃったからママときちんとお別れが出来なかった。だからママを余計に悲しませちゃったんだよね。ぼくはママときちんとお別れする為にここに戻って来たんだ。でも嬉しそうなママの顔を見てたら言い出せなくなっちゃった」

 美津穂は戻って来た颯太を見た時から、何となく覚悟はしていた。颯太を抱きしめた時から。

抱きしめた颯太の体は、凍える程に冷たく、目や唇を含む全てが透き通る程に白かった。体の形こそ颯太の形をしてはいたものの、人のそれとは違い、雪まつりの雪像のように固い。

美津穂は直ぐに颯太の体が、雪ダルマであることに気が付いた。美津穂が幻影の中で颯太と作った雪ダルマが形を変えた姿。だけど中身や声は颯太そのもの。どういうことかは分からなかったが、颯太が帰ってきてくれたことには変わりはなかった。だから美津穂は受け入れたし、心から嬉しかった。

晴れ渡った青空から降り注ぐ陽射しのせいだろう。颯太の体は解け出し、ポタポタと水滴を落としていた。颯太の目の辺りからも滴り落ちるそれは、まるで涙のようにも見え、陽の光を反射し、水宝のように輝いていた。

「ぼく、パパとママの子供でいられて幸せだったよ。いっぱい遊んで貰ったし、楽しかった。ぼくはパパとママのことが大好き。だからもうパパとママが泣いてるのは見たくないんだ。ぼく死んじゃったけど、今はもう元気だよ。だからママも元気だしてね」颯太が微笑んでいることがわかる。

「うん、頑張ってみる。颯太のこと、ママはずっと忘れないからね。ママも颯太のことがずっと大好きだよ。颯太がママの子供で良かった」美津穂は涙に負け、何度も言葉を詰まらせそうになったが、必死に堪えた。おそらく颯太と話せるのはこれが最後。きちんと話したかったからだ。

「ぼく、またいつかママの子供になれるように、神様にいっぱいお願いするね。ママ、本当に今までありがとう。ぼくもママのこと、忘れないからね。それじゃあ……ばいばい」

 美津穂は今にも解け落ちそうな颯太の体を抱きしめ、「ばいばい」と、必死に言葉を返した。

 そのまま颯太が還るまで抱きしめ続けた美津穂は、颯太が消えても尚、その場を動くことが出来なかった。

 美津穂はいつしか意識を失い、颯太が消えたその場所に倒れ込んでしまう。


 目を覚ました美津穂は病院のベッドの上で眠っていた。

 美津穂を心配するように覗き込む孝太。

「美津穂?」

「孝太……私、どうして……」

美津穂はそこで颯太のことを思い出した。

「颯太は?」飛び起きるように体を起こし、キョロキョロと辺りを見渡す。

 孝太はそんな美津穂を優しい微笑みを浮かべながら見ていた。

「やっぱり美津穂のところにも来たんだな」

「えっ?」

「俺の所にも来たよ。夜勤明けで眠ってたから夢かとも思ったんだけど、やっぱり颯太だったんだな。さよならを言いにわざわざ来てくれたみたいだ。美津穂のことも心配してたぞ。早くパパが家に帰らないと、ママが死んじゃうって泣いてた。家に帰って美津穂と仲良く暮らせ、って言われちゃったよ。子供に説教されるなんてパパ失格だよな」

 孝太の元にも現れたという颯太の話を聞き、美津穂は堪えきれず涙を流した。

「美津穂が泣いてたら颯太がまた心配するぞ。颯太に心配かけないように立派なパパとママにならなくちゃな」

 美津穂は孝太に微笑むことで返事を返した。

 颯太がどうやって美津穂たちの元に現れたのかは分からない。だけど世の中、こんなに不思議なことも起こるんだ。またいつか颯太に会えることだってきっとある。何年先か、何十年先か、来世かも分からないけれど、それまで立派な颯太のママでいようと思う。

「だからママはやっぱり颯太にさよならは言わないよ」

「颯太、またね」


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