どうやらキスで風邪はうつるらしい
「おじゃましまーす……」
部屋の主を起こさないように小声で、あまり大きな音を立てないようにそろーり、そろーりと部屋に入る。忍者にでもなった気分だ。
部屋の主は私の侵入にも気付かないで、穏やかな寝息を立ててる。
ひめっていう名前に負けない可愛い寝顔をしてた。起きているときとのギャップに少しドキッとする。
私には忍者の才能があるかもしれない。進路も決まってないし、忍者もありかもな。
寝てる病人を起こすわけにもいかないから、一人で馬鹿なことを考えるけど、すぐに飽きた。
クッションに座って何か面白いものが無いか、部屋の中を見回してみる。すると、机の上に倒れた写真立てを発見した。チラッとベッドを見ても起きる様子はない。好奇心の赴くまま机に向かう。
ガタッ。
ベッドに注意を向けてたせいで、ローテーブルに足をぶつけてしまい、静かな部屋にとても響く大きな音が鳴ってしまった。
「ん……。ママ?」
ひめのお目覚めだ。
眠り姫は王子様のキスで目覚めるものなのに、このお転婆姫は。
「な、何で梨花がここに居るのよ?」
ひめは壁際によって布団を胸にかき抱く。
目が覚めたら、部屋に家族以外の人が居た反応としては正しいんだろうけど、変質者のような扱いに何か悲しかった。
「お見舞いに来た」
「お見舞い?」
「そう。こんな大事な時期に風邪を引いた部長のね」
「なら、もういいからさっさと帰って練習しなさいよ」
私達は吹奏楽部だ。
コンクールまであと一週間しかないというのに、この部長様は風邪を引いたのだ。
「私はほら、コンクール出ないし」
今年は有望な一年生がたくさん入部してきてくれた。
そして、コンクールに出る部員のオーディションで私が選ばれなかった。
他の部員たちは練習で忙しいから、ひめとそんなに仲がいいって訳でもない暇な私が代表してお見舞いに来たって話だ。
「……ごめん」
「何でひめが謝るの。私が下手くそだっただけの話」
気まずい。
そりゃ選ばれなかったのは悔しかったけど、私の中では既に消化して、もう大丈夫な話なのだ。
こうも塩らしいひめは調子が狂う。
「そういえばキスで風邪うつるってよく言うよね。私とキスする?」
「はあ? ば、馬鹿じゃないの?」
「ひめみたいなお子様にはまだ早かったか」
「馬鹿にしないでよ。私だってキスぐらいしたことあるし!」
ひめがガバッと立ち上がって、顔をリンゴみたいに真っ赤にしながらも叫ぶ。
嘘だってことがバレバレだけど、いつもみたいな私達に戻れたかな。
安心したのも束の間、ひめが倒れ込んだ。ベッドの上だし問題ないだろうけど、私は急いで駆け寄る。
「ごめん。体調悪いのに。大丈夫? ひ」
めって最後まで言えなかった。
私の唇を塞がれたから。ひめの唇で。
「ど、どうよ!」
ひめは赤かった顔をさらに赤くしてた。
「寝る!」
ひめは私が何か言う前に布団をすっぽり頭まで被る。
わざとらしい寝息まで聞こえる。
「じゃあ帰るから。お大事に」
私は急いでひめの部屋から出る。
扉を閉めて、扉にもたれかかる。
大きい溜息を吐く。
体の熱が溜息と一緒に出ていってくれることを期待してたけど、そんなことはない。
熱い。とっても熱い。
顔から火が出るんじゃないかってくらい熱い。それに、全力疾走したあとみたいに、心臓がドクドクと跳ね回って、外に出てきてしまいそうだ。
「風邪うつったじゃんか……」
早く家に帰って温かくして寝なきゃ。
どうやらキスで風邪はうつるらしい。
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