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〜モモと〜【夜に墓場で運動会は流石にしないけど、昼間にピクニック程度なら毎年する県でのお話。】  作者: U-10
中古物件に付いてきた幽霊が仲間になりたそうにしています……、家族にしますか?:選択肢が『はい』しかないんだよなぁ…。
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モモと




「――ガ、モモ……、……ラン」




「――ニゲ……、ヤ……)






徐々に広がる



闇の中で




願う事

―――


しか




出来



――――――





―――――――――




――――――――――――



―――――――――――――――


――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――


―――――――――――――――



――――――――――――





―――――――――



『  』




――――――

『  、……』




(――な……に?)


『……、……、――、――』

振動が鼓膜を伝い、意識を揺さぶる。

―――


その濁った音は、遠くからのようで、すぐ側のようにも感じた。


『』

それが一気に無くなったかと思うと、意識に明かりが灯る。


そして、それはまたたく間に広がっていき……。

「――っ」

(あか、る……)

耐えられず、瞼がこじ開けられた。




白。

最初に認識できたそこから、徐々に輪郭が浮かび上がっていく。

ぼやけ霞む視界は、何度かの瞬きのあと、数滴の雫を落とし、ようやく落ち着いた。

意識には、まだ多くの霞みが残っていたが、自分が今し方目を覚した、今まで寝ていたのだと、辛うじて理解出来た。

身体の自由は効かず、動かそうとしても指先が多少震えるだけ。

『  』

自分を揺り起こしたモノは、もう聞こえる事は無く、代わりに静寂が高音となって鼓膜に刺さる。


(――……)

どれだけ経っただろうか。

未だ不自由な身体を、朧げな意識の中で持て余す。すると、視界の端で何かが動いた。

気がした。

頭の指示に反し、瞳がゆっくりと動く……。

そして、ようやくたどり着いた視線の先には、何も映らなかった。

目で追っていたであろうモノ、先程映っていた明るさでさえも、今は見る事が出来ない。有るのは黒い靄のようなモノだけだ、それが視線の向けた先を覆っていた。まるで自身の正面以外は、何も存在し無いかの様に……。文字通り"何も映らなかった"のだ。

(――ゆめ?)

そんな理解出来ない現象と、なかなか自由の戻らない身体に対し、未だ覚醒へ至っていないのかとそう結論付け、まぶたをもう一度下ろし、ゆっくりと意識を手放した。

『    』

――耳鳴りが遠く響いた。


光の無い世界。

その暗闇の中、一つ一つ確認を行いながら意識を巡らせる。目の奥から始まり、頭、首、そこから胴体、手足、そしてつま先……、少しづつ蘇っていく感覚が、徐々に四肢を形成していく。

意識が末端まで行き渡り、頭へと戻っ来る過程で、脚や背中から柔らかな感触が伝わってくる。意識は自然とそちらへ引っ張られていく。身体は少しの窮屈さも訴えていた。

瞼を開け自身の状態を確認するため、首をゆっくりと傾た……。

最初に目に入ったのは、

(――つくえ?だろうか……)

高さや幅からそう判断した。白色の幅広い天板が、目の前に広がっている。

視線をさらに下ろすと、そこには白い着物を纏った自身の脚が、正座した状態で確認出来た。揃えられた腿の上には、両手が八の字に置かれている。

そしてその脚の下には、先程から感じている違和感の原因である、

(い……す?)

と、そう称するには随分と長く大きく感じたが、その腰掛け部分に、正座した状態で座っていた。

接している脚が、異様に沈みこんでおり、手先で撫でてみると不思議な感触が伝わってくる。

(綿……よりは滑らか。でも、革にしては……沈むかも。――それに、こっちも……)

目の前の天板へと自然と腕が伸び、指先で軽く叩く。

(陶器……じゃない。でも、まさか……白塗りの漆?)

形状、用途などから、それぞれの名称は予想が出来る。しかし、その全てが目新しく、特に素材に至っては記憶に当てはまるものが無い。

(――というより、記憶が……、無い……)

意識はまだ霞んだままだ。

(おかしい……)

いくら寝起きとはいえ、覚醒にここまで時間がかかるだろうか?

自分自身に芽生えた不信感。それを早急に摘み取るため、頭の中をより深く探る。思考する……。

(してる、よね私……。私は、なぜこんな……)

しかし、戸惑い焦っているためか、探れば探るほど記憶は霧散し、まとまらない。

(――え?――わたし……)

その結果、目の前のモノは愚か、ココが何処なのかすら思い出す事が出来ない。

(――っ、なんで。私……)

それどころか、もっと深刻な事に気付いてしまう。

(わたしはっ……なに?)

自身の事すら分からないという事に……。


《異常》

不信感ははっきりとした言葉に変わる。

ここまでしても蘇らない記憶、自身の事……これはもう、覚醒の有無などの問題では無いはずだ……だとすれば。

――記憶障害

自分に対し何らかの問題が起き、今のこの状態が引き起こされているのではないか……。原因が内面的なモノか、外的なモノかは分からないが、記憶に異常を起こすほどの何かが……。

(私に……)

鼓動が早くなり、血の気が引いてくのがわかる。

溢れてくる暗い感情……。

(だるい……)

体がどんどんと重くなっていき、椅子に更に沈み込んで行く様に感じる。

(――っ!)

目の前が暗くなり、身体が強張る……。気付けば、自身の両手が顔を覆っていた。

自分がとった行動だと理解出来たとたん、一気に力が抜け、自然と瞼が降りた。その後、ゆっくりと鼻から空気を取り込み、それを体の深くへと馴染ませる。そして、自身を飲み込もうとする黒い感情と共に、口から静かに吐き出した。

状況に反して身体が冷静に動く。そんな見知らぬ自分に対して、疑問と頼しさの両方を感じつつも、身を委ねる事にした……。


「すぅー…、ふぅー…」

「すぅー……、ふぅー……」

幾度か深呼吸を繰り返すことで、自分の意思が、身体が、ここに有るのだと強く感じられる。徐々に焦りの色は薄くなり、大きかった鼓動は静かになっていった……。

すると、微かにだが音が聞こえ始める。不思議な事にそれは、意識の深くから溢れ出し、鼓膜ではなく頭の中に響いた。音は段々と大きく、はっきりとしたものになっていく……、それはとても懐かしい感覚だった。


『―…』

『――……』

『――どうか、これを……』

『――それは、この地を……ここの民の為に……』

(――誰)

聞こえているものが声だと分かると、それが会話へと変わるまでに、それほど時間はかからなかった。

『承知いたしました……。では、私の……』

(これは……)

『モモト……の、【永久高潔】という名にかけ、享受してみせましょう』

『はははは、それは頼もしい限り。是非にも……』

(私と……、誰……)

『ふふっ、ではそんな頼もしい私から、貴方様へは……』

『――これは……』

(モモ……)

その懐かしい響きに心が震えた。

(そう、――それが私の……)

『……、――』

『…、―』


その後も会話は続くが、少しづつ小さくなっていき、だんだんと聞き取れなくなっていった。そして、最後は意識の奥深くへと溶けていき、完全に聞こえなくなってしまった。

しかし、先程の様に、焦ってそれを追いかけるような事はしない。気持ちはいたって静なままだ。それは『名』という確かな存在、自分を取り戻した事による安心感。それともう一つ、今に至るまでの過程で、思う所があったからだ。

落ち着いて行動する身体、取り乱さず思考し続ける頭。おそらく自分は、

《――この状況に慣れている》

そうで無くても、初めてでは無いのかもしれない、と、そう感じていた。

それならば、先程の様に落ち着き、自分を保ち続けていれば、然べき時、場合に、自ずと記憶は蘇ってくる。そう思えたのだった。


「ふぅー……よしっ」

気持ちがだいぶ落ち着き、頭の中が軽くなった所で、両手から視界を開放する。

もう当分欲しいものは、自身の中からは出てきそうに無い。

(それなら……)

顔を上げ、周囲を見渡す。

周りから情報を得ようと、視線と思考を巡らせた……。

目の前に机。四角く白い天板には凹凸が全くなく、全体的に丁寧な仕上げが施されている。

「私が……(ワンネーンカイ、ウビユンクゥトゥ……)」

机を挟んだ向かい側には壁が有り、長方形の黒い額が掛けられている。しかし、そこには絵や書では無く、黒い光沢のある、妙なモノが飾られていた。

目線を上へと移す。

空の代わりに白い天井が目に入る。

「――ん?屋根……(アラン、クマンカイ……ユダユファーヤ……))」

天井の中央には、円形状の何かが付いている。薄い和紙の様な素材だが、骨組みは見えない。例えるなら、

「大きなサザエの蓋……でしょうか。――をぉっ」

視線をそのまま動かしていると、首が柔らかさに包まれた。椅子の背もたれ部分に寄りかかったようだ。

そのままの姿勢で、背後の状況を確認する。後方、椅子のさらに後ろにも壁が見え、波打つ大きな布が、壁の上部から垂れ下がっている。

「波うって……どうして?(――ヌーンチナン?――ミジ?ヒージャー……)あぁ、こちらにも」

もたれた首を視点に顔を左へと倒すと、同じ様な壁が見えた。しかし、こちらの布は後方の物より幾分短かい。

「布……ぁ!(クヌチングワァーヤ……)」

なんとなしに触れていた自身の着物、その感触が急に懐かしく感じ、そこから記憶が湧き上がってくる。

「芭蕉……よかった、分かる……でも白?――どうして……(クマヤ、ウガンジュ……、ヤサ!)」

「そうだ、御嶽!」

一瞬過った記憶に首を持ち上げ、確認出来ていなかった右側へと顔を向けた。しかし、扉などは見についたが、目的のものは無かった。

「御願所は……無い」

力なく再度椅子にもたれ掛かる。

見上げた天井に、空が現れるような事は無い。

(ネーラン……)

此処が閉鎖された空間である事は確認出来た。


『  』

静寂が耳に痛い。

分からない事はまだ多いままだ。しかし、断片的に浮き上がる言葉、記憶を拾い上げる事で、ゆっくりとだが状況の把握は出来ている。

(ヨンナーヨンナーヤクゥトゥ……)

「ちゃんと進んでる……、大丈夫」

鼓舞する言葉を吐き出したが、それはすぐに耳鳴りへと飲み込まれてしまった。


『    』

頭に響く高音が耳障りに感じてきた頃、視界の端に少しの違和感をおぼえた。

首を起こしながら視線を向ける。すると、先程確認できた扉の辺りが、陽炎の様に揺らいで見えた。

着物に触れていた指を目元へ持っていき、瞼を何度か擦る。そして、再度確認して目を細めた。

(――歪んで……)

『      』

何時までたってもソレは有り続け、耳鳴りと共に、時が経つほど強くなっていった。

(この感じ、まえにも……)

妙な既視感を感じつつ、扉の周囲を観察しながら、多くはない記憶を探ろうと……、

「っうぅ……」

して出来なかった。目頭を指で押さえる。

慣れてくるかとも思ったが、凝視し過ぎて酔ってしまった。

(まただ……、またおかしな事が……)

目頭を揉みながら眉間に皺を寄せる。相変わらず困惑はしていたが、少しうんざりもし始めていた。

『』

その時、耳鳴りが止んだ。

急に音の無くなった世界で、鼓膜が震え何かを拾う。

驚いて顔を上げる。

そして、ソレを見てしまった。

認識してしまった。

「(――えっ)は?(暗っ……)」

驚きから声が上手く出せない。

歪んだ空間に人影が居た。

正確には"人の形をした"影が……。


ソレがいつ現れたのか分からない。でも、いつの間にかソレは扉の前に立っていた。

頭や胴体、四肢らしきものは確認できる、しかしその姿は影のように黒く、顔などの表情は一切認識出来ない。

陽炎の様に歪んだ背景が、より一層その存在を強く主張していた。

「ーー、ーー。」

さっき聞こえたモノが、また鼓膜に届いた。

「なっ(なに……うた?)――言葉?」

そのどちらともとれる音は、影を音源に発せられている。

「ーーー、ーーー。」

「――っひぃ!」

ソレは音を発し続けながらこちらを向くと、少しづつ距離を詰めて来た。

「イヤッ!!(マ、マジムン!?ヒッ……ヒィーサン)」

自身と違う容姿や言葉。

自分の知らないモノ、分からないコトが。

(ウトゥルサン)

『バクバクバクバク……』

心音が高鳴る。深呼吸で吐き出したはずの感情が、またたく間に溜まっていく。

ソレをなるべく遠ざけようと、急いで立ち上がっ、

「なっ!!(なんっ、でっ……)」

動けない。

四肢はしっかりと反応している。その場で踏んばりながら、身体を動かそうと椅子に沈みこんでいる。

しかし、椅子と一体化したかのように、その場からは動けない。

『バッバッバッバッ……』

鼓動が激しくなり、外へ飛び出す。そう感じるほど大きく響き渡る。

ソレがさらに近付いて来る。

分からない場所、状況で何も出来ない自分。

湧き上がった感情は全身を駆け巡る。

身体の至る所へ一心不乱に力を込める。膝が椅子の上で地団駄を踏み、首は左右に激しく揺れ、掌が椅子に深く形を残す。

だが、身体はなおも動かない。

『バッバッバタバタバタバタ……』

音は大きく不快な羽音の様に変わり、体が小刻みに震え視界が揺れる。聞こえる音が、周りからなのか、自身の中からなのかは分からない。

動かせない身体とは反対に、意識だけが加速する。

(これは何?アレは何?何をしている?何をされている?何がおきている?何が?何で?)

ソレは止まらない。

(まもらなきゃ)

ゆっくりとだが確実に大きくなっていく。

(守らなくては)

――なにを?

見たくないと目を閉じ、両手で頭を挟み込み耳を抑える。

(護らなくては……)

――なにを?

気配は止まらない。

(――そう、私は……マムイティナラン)

――誰を?

背中を丸める、恐怖が一層強く身体を巡る。

(あぁ……、ヌーガモモト……)

――だれも

(――ウニゲーヤクゥトゥ)

――まもれなかったじゃない

『バヒュバヒュバヒュバヒュバヒュンバヒュンヒュンヒュンヒュヒュヒュッ』

「いやああああああァァァァァァ!!……」

限界だった。

聞いたこともない轟音に感情が爆発する。

しかしそれすらも、その暴力的な音は全てかき消してしまった。


「っあァァ……、はぁぁ……」

荒い息遣い。いつの間に目を開けていたのか、膝が眼前にある。

そのどちらも、自身の物だと気づき我にかえった。

(気を失っていた……?)

「――っ!」

そんな事を考えながら状況を思い出す。

亀のように丸まっていた体制から、首をすくめつつ恐る恐る視線を上げた。

ソレは居なかった。

「っは、はは……はぁー」

安堵し声がもれる。周りのモノはそのままだ、私以外何も見当たらない。

背もたれに体を預け、全身の力を抜く。

「ふぅー……っ!」

居た。


自分のすぐ後ろ、椅子と布の掛かった壁の間に、ソレは立っていた。

「っ、ぁ……」

声は出ない、いや出せない。代わりに目が大きく見開かれている。

自身が動けない事は分かっている、逃げることは出来ない。驚きと恐怖、あるいは気付かれてはいけない、そういう思いからの行動だったのかもしれない。

しかし、この近さでは何の意味を成さない事は明らかだった。

(――?)

ところが、いつまでたってもソレがこちらに興味を示す様子は無い、明後日の方向を向き佇んだままだ。

そして、しばらくすると後ろを通り過ぎ、壁の布をめくると、その中へと消えていった。

一連の出来事にしばらく放心する。

(――気付かなかった?)

そして、時間とともに驚きと恐怖が薄くなると、すこしづつ頭が回り始めた。

(この距離で?)

「――見えなかった……いや、認識出来なかった。が正しい、のかな……」

こちらからは見えていたが、向こうからは見えていない。

(初めは、気付いてたよね……私に。なのに……)

「今は気にも止めなかった……もしかして」

(見えるモノも居る?)

「あんなのが……、なんたっ!」

慌てて口を押さえる。

またあの音が聞こえ、空間の歪みだしたからだ。しかもそれは部屋の彼方此方で起こり、奇しくも自分の予想が当たっていた事を証明した。

(何体もいる!)

揺らぎ出したそれぞれの場所から、ソレ等が一斉に姿を現した。

その場に佇んだままの者、移動を繰り返す者、そして、それぞれがあの音を発している。

(会話?――してる……)

「んーっ!……」

すぐ側の椅子に座るモノまで現れた。

しかし、そのどちらもこちらに気付く事は無く、何事も無かったようにすぐに消えて居なくなる。

姿が無くなっても音はなり続けたままだ。

そして、時間を置かずに場所と順番を変えては現れ、また消える。私は、固まったままそれを見つめ聞いている。

現れては消えるを繰り返すので、多いのか少ないのか、はっきりとした数は分からない。でも、ソレ等は不意に現れ居なくなる、それを繰り返す。

現れる、消える、現れる、無視し、通り過ぎる、消える。

肩の触れそうなほど、隣に座っているのに。

私は側に居るのに。

気付かない。

我慢できなかった。

私はその現象に、今目の前で起こっているコトに。叫ぶ。

叫ぶ!

わたしは、叫んでいる……はずだ。なのにソレ等は気付かない、私に見向きもしない。

その事に、今発散したばかりの恐れが、さらけ出したばかりの恐怖が、さらに揺さぶられる。

止まらない、叫ぶ。

何度もその現象は起こった。

(イヤ……嫌だっ!)

その度何度も叫んだ。

最初は恐怖だけだったのかもしれない。


また起こった。

(なにが……どうして、わたしに……)

私は叫んだ。

それは、理不尽な仕打ちへの憤りだったのかもしれない。


まだ起こる。

叫ぶ。

自分に気付いて欲しかったのかもれない。


ソレから開放されたかったのかもれない。


何度も。


なんども……。


さけぶ……。




そして

(――あ)

どれほどたっただろうか……、

恐怖に振り回される事に慣れてしまうまでに。

怒りが行き場を無くし疲れ果てるまでに。

(っあぁ……)

どれほどたったのだろうか。

声が枯れ、意味がないのだと諦めるまでに。

思考が擦れ、終わったと辞めるまでに。

どれほど……。

(――こっち……を、指した)

そんな、亡くしたはずの感情が動いた。

小さな影がこちらを向き、指差をすように手を向けていた。

ソレが反応したのだ。

(き、気付い……た)

嬉しかった。当初感じていたはずの恐怖はすでに無く、喜びだけが湧き上がってくる。

(!)

小さなソレが音を発すると、背後の歪んだ空間から、大きな影が2つ現れた。

大小3つのソレがこっちをじっと見ている。気持ちが早り、焦って手を伸ばす。

「ぁあ、――わぁ、ゎんぅ……」

長らく休んでいた喉は仕事をしなかった。

発した声は、呻いてる様にしか聞こえなかっただろう。

そして、その声を聞いたソレ等は、固まったように動か無くなる。暫くすると大きな1体だけ残して、焦るようにその場から居なくなった。

「まっ!――ちょ……」

そして、残った1体もゆっくりと距離を取ると、逃げるように消えて居なくなってしまった。

その後、ソレ等が現れることは無くなった。


何も、無くなった。


ただ私だけが、有り続けた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーー


「――とまぁ、トートーさん達が現れるまでは、そんな状態が続きました」

「そ、そう……。それは何というか、えーっと……」

オレは今、購入して一週間も経たない新居のリビングで、見ず知らずの美少女と向かい合っていた。

ソファーに浅く腰掛け、彼女の半生を聞かされていたのだが、その衝撃的な内容にかける言葉がなかなか出て来ない。

「あ、モモと読んでください。子供達もそう読んでくれていますし」

こちらが言い淀んでいる事を程よく勘違いしてくれたらしく、軽く自己紹介をしてくれた。別段彼女と盛り上がれる話題も無かったので、それに乗っかり先程の話の確認をしてみる。

「そ、そう、それじゃぁモモ。君は、目覚めてからずっと、えー、この家に住んでいた。という事でいいのかな?一人で?」

初見の人、それも女性と会話をするのは、中々に緊張する。

「はい、でもあまり動くことができず……、部屋からも出られない、ヒキニート状態でしたので、家に住んでいるという感覚や、どれくらいの期間たったのかなど、そういうものはよく分かりませんでした」

「ん?」

(今、彼女の口からは発せられるはずの無い言葉が聞こえたような……)

「それに、住人の方々も居りましたし一人と言う訳では……。ですが、あまり気付いてはもらえませんでしたので、俗に言う……ボッチという奴になりますかね」

「ボッ!――そ、そうですか……」

(気のせいじゃなかった)

古風な格好から放たれるネットスラングのギャップに戸惑う。

「あれ、違いましたか?――複数人の中に居ても、相手をしてもらえない方を指す言葉だと、認識しておりましたが……」

「あってるよ!的確すぎるから……、もうそれ以上自分に刃物を振るわないで!」

(詳しずぎる故に悲しすぎる)

それにしても、そんな偏った知識を、どこで覚えたのかが気になる。

「?――息子さんに勧められたアニメや動画などで、イロイロと覚える機会があったのですが、少し違いましたか……」

「アイツか!」

(今度、視聴動画の制限を真剣に考えなければ……)

息子の将来を心配しつつも、未だ腑に落ちない様子の彼女へと目を向ける。


(モモねぇ……)

歳は18〜19歳くらいだろうか、たぶん二十歳にはなってないだろう。

高級そうな白い着物を纏ったその佇まいは、高貴という言葉がピッタリだ。

癖のない長い黒髪に、この島でよく見られる、ハッキリとした目鼻立ち。そして、この島にはしては珍しい透き通った肌。

(――というか透けてるんだよなぁ) 

それが一番の特徴であり、一番の問題だった。

しかしこれで、前の住人である軍関係者の方々が、次々と引っ越していった理由と、この物件が、地元民に格安で売りに出されていた訳に、おおよそ納得がいった。

(この容姿に、佇まい……。更にはこの土地に現れた……)

「――トーさん」

(それは……、でも……)

「トートーさん」

「おっ、う、うん?」

「どうかしましたか?私の顔をそんなに見つめて……」

「あ、いやゴメン……。――じゃなくて!どうかしかしないと思うよ、オレにとって君の存在は」

「あぁ……、うぅ……」

動揺しすぎて、変な日本語になってしまったが、彼女の態度からしても、もう既に本人も気付いている事なのだろう……、その証拠に。

「さっき、前の"住人"……って、言ってたよね」

「はい……。あの居なくなった影は……、気が付かなかった彼等は……。――彼等が、"人"なんですよね……」

彼女の顔が、話をしていた時よりも、険しく悲しそうな表情になる。

「当初は混乱していましたし、気付く余裕もありませんでした。――ですが、おかしいですもの……飲食もせず、眠ることもしないで、叫び続けられる存在だなんて……」

異国で、見慣れない容姿の女性が部屋に佇み、あまつさえ叫び声などが聞こえなどしたら……。

「――私の方が、人ならざるモノ……そういう事、ですよね……」

今にも泣きそうな顔で声を振り絞る。

「――ほんとに悪い事をしました……」

「で、でもほら、仕方ないよ。今までの住人は全員外国の方だったしさ、言葉も分からないはずだし、もしかしたら姿の事もそのせいで……」

「だったら尚更です!」

彼女の表情が見ていられなり、フォローを入れたつもりなのだが、強めに遮られた。

「異国のほうが、差別には厳しいと伺いました。そんな方々に、影や魔物だなんて……。今の御時世、そんな事をしたら叩かれて、更には炎上させられてしまんですよね!」

「あ、あぁ……(そっち?)」

メディアの知識だけでも、偏りがあるようでだ。

そして、モモはうつむき、正座した膝を見つめながらボソボソ呟きはじめた。

「打撃は受け付けないかもしれませんが、炎ならどうでしょうか……。でも、えすえぬえすというものを使うと、見ず知らずの他人でも攻撃できるとか……。もし、そうなら……私にも有効!?」

分かる言葉と、分からない知識が混ざり合って、スゴイ兵器が出来てしまった。

彼女のそんな様子を見ていると、警戒している事が馬鹿らしくなってきて、肩の力を抜いた。

(――さてと……)

ソファーに深めに座り直し、今後の事について考える。

目覚めた時から、この部屋にずっと居ると言っていたし、すぐに居なくなるという事は無いだろう……。もしそうなら、この家が出来て10年間で、4回も住人が変わらないはずだ。

(オレ達も引っ越す……いや)

この家を購入してまだ日は浅いが、嬉しそうにしていた子供達と奥さんの顔を思い出す。ついでに残りのローンと諸々の費用の事も……。とりあえず、オレ達も今すぐ動くという事は出来ない、特に後者が理由で。

幸いな事に、彼女がこちらに敵意を向けている様子もなく、何か危ないモノの様には……今の所感じない。両膝を抱えて震え出した彼女を見て、そんな事を考える。

どっちにしろ、暫く今の共同生活が続きそうな事は分かった。

「はぁー……」

どうやって暮らしていこう……。

この、【モモ】と。

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