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六、三人寄って報告会

 山口は浮かれていた。

 自分の教官だった髙が入院している事には不安があるが、彼は百目鬼の頼まれ仕事を請けることで、百目鬼に対する監視と身辺調査を彼に疑われる事なくこなせ、先日の鼠事件の真相の探りも入れられ、且つ、これこそが彼の喜びであったが、美しい生き物である玄人君と邂逅という褒美を得られたのである。


「場所がどうしてここなのか理解できませんけどね。」


「お前んちに俺達がいると困ることがあるのか?俺の身辺調査に色をつけていると思われたら事だものなぁ。」


 山口の浮かれ気分は一瞬で冷め、今回はただのホストに徹してやり過ごそうと考えた。


「おい。客に茶はないのか。」


 いくら細身でも一八〇を超える大柄の男が二人もいれば狭いことこの上ないと、山口は目の前の大男を蹴り出したい気持ちを抑えて微笑み返すと、紙袋の中のコーヒーカップを自称客人の怖い男と可愛い生き物に差し出した。可愛い生き物はクリームだらけのコーヒーに目を丸くしてから、山口ににこりと微笑んだ。


「ありがとうございます。でも、僕が良純さんに付いて来てしまったから、山口さんのものが無くなってしまったのでしょうか?」


「ありますよ。僕は最近こっちの水をね。」


 青いボトルのミネラルウォーターを持ち上げると、百目鬼が失礼な事を山口の目の前で繰り広げ始めたのである。


「武本、俺のコーヒーを一口飲め。」


「え?どうしてですか?」


「馬鹿野郎。コイツに眠剤入れられていたら、お前の身の破滅だろうが。」


「えぇ。そうしたら良純さんに飲まされた僕がどうかなっちゃうじゃないですか。」


「お前が眠りこけたら俺が担いで帰るから安心しろ。」


 山口はぎゅっと目を瞑り、百目鬼が山口を警戒しながら武本に毒見させている場面に耐えるべく数を数え始めるしかなかった。


「山口さん、ありがとう。お礼が遅くなってごめんなさい。」


 ぱっと山口が目を開けると、彼の想い人がニコニコと彼に微笑んでいる。


「な、何の事かな?」


「あのチョコは山口さんの贈り物なのでしょう?」


「あんな安物のチョコでいいなら、俺はいつでも買ってやるのにな。」


 山口の天使がふいと後ろを向き、ちぃっと天使らしからぬ舌打ちをしたような気がした。

 とりあえず山口は気を取り直して百目鬼を見返すと、彼が独自に調べた宗教法人の「幸せの花」の報告書を百目鬼に差し出した。


「あなたの言うとおり、招来のメンバーと幸福の花は重複していますね。親が幸福の花に所属していれば、子供が招来のメンバーです。その逆も然りです。そして出家信者は信者ではありませんでした。」


「高齢者専用住宅だと騙されて買わされた被害者だろ。」


「ご存知だったのですか?」


「知らないね。俺は入院中の彼らを先日見舞っただけだよ。この格好のこいつに花束持たせてね。お前も好きだろ、こういう格好の方が。」


 山口はいつもの飾り気の無い七分袖の紺色シャツとミリタリーコート姿の方こそ好きだということを、この悪辣な百目鬼に見破られていた気がして水にむせてしまった。そして咳き込みながら、百目鬼が玄人をいつもの組み合わせでなく、胸元にチロルテープの飾りがある白いシャツに灰色のジャケットを羽織った姿にして見舞い回らせたのか合点がいった。


 この姿の玄人は美少女にしか見えない。


 山口が与えた最高に甘いコーヒーを眉根を寄せて飲んでいる顔も可愛らしいことこの上ないのだ。山口は次に玄人に買い与えるのは甘くないコーヒーにしようと頭にメモをしながら笑顔で百目鬼に向き合うと、全てを知っているような男はニヤリと笑みを返した。


「可愛いだろ、この姿。そしたらさぁ、話す話す。驚きました、施設のアビリティ中に鼠の大群が襲って来るなんてね、とさぁ。」


 山口は目を細めて嬉しそうに騙る百目鬼を見下げるようにして呟いた。


「生物テロを狙って失敗した宗教団体だと周知されるよりも、高齢者専用住宅だと購入した純粋な被害者を装うように誘導したのですね。」


「誘導?そんな事はしていないよ。この度は大変でしたね、と、建物に与えた損害の請求と退去を願い出ただけだよ。」


 そこに子供のような少年の声が嬉しそうに口を挟んできたのだ。


「宗教法人への布施はマンションの購入の支払いに当たりませんから、部屋を占有されるのであれば購入の支払いをお願いしますって高齢者専用マンションの資料を改めてお渡ししたのですよね。そうしたら、皆様全員払い込んだとおっしゃって。」


「そうそう。だけど支払いが菖芳には一切無いですから、それで菖芳さんが首を括ってしまったのですよねって。財務を担当していた奥様である渡辺裕子の実家の是定家に問い合わせては如何ですかと、アドバイスはしたね。実際、彼らの布施した金は全額とまではいかないがかなり残っているはずだからね。菖芳の生命保険代もあることだし、是定家に返せない事は無いね。」


 そこで山口が純粋な人間だと考えていた玄人が大きく笑い出した。

 こんなに楽しそうに大声で笑う彼を目にして、山口は魂までも痺れてしまった気がした。

 葉山どころか楊さえも知らないだろうというその彼の姿は、世界に金粉が舞ったと思うほどの朗らかで美しい姿であったのだ。


 毎日玄人のそんな姿を百目鬼は見ているのだと山口が目線を動かすと、百目鬼こそ玄人のその姿に呆けていた。

 知らなかったのか?と山口は驚いていた。

 そして、山口が驚くその一方で、百目鬼までも骨抜きにした事を知らないだろう玄人は目頭の涙を指先で拭って笑いを納めると、百目鬼の成した後始末を山口に自慢し始めたのである。


「素晴らしいです。良純さんは。あの間抜な菖芳のプランに書き足しを加えて高齢者専用住宅としての正式な書類にして提出したのですよ。さらに、最初から宗教団体招来は存在しなかった、とまとめてしまうのですもの。宗教団体でなく住居から墓場までの互助会招来です。これならば、高齢化した檀家のために心骨を注いだ若き聖人と菖芳はなって、GOWに住む人達は正当な区分所有者です。おまけに奪われたお金を彼らに横領だと請求させることで菖芳を躍らせた是定家も叩くことが出来る。僕達にもお金も手に入ります。一挙両得が可能だなんて凄いです!」


 美しい生き物に褒められた男は満更でない笑顔を顔に浮かべ、呆れる山口を優越感溢れる目で射抜いたのである。この男も普通以上に見栄えのいい男だったと山口は口惜しい気持ちで歯噛みをした。百目鬼の計画が、自分の調べ上げた報告を土台にしてなされたのだと理解したからだ。


「僕をあなた方の運命共同体に勝手に加えましたね。この計画は招来が宗教法人として認可されていないという僕の情報からですよね。」


「あの書類の書き方を知らない菖芳ならば、書類の不備の一つや二つくらいあるかなって希望的観測を裏付けただけだね。それともお前は、警察を裏切って俺につくか?」


 山口は百目鬼の言葉に言葉を失ってグッと息を呑んでしまったが、狡猾なのか純粋なのか山口にはわからなくなった美しい生き物がニコニコしながら何かを山口に差し出してきたのである。


「いかが?このチョコレートは僕が大好きなお店のものなの。」


 猫があかんべしている絵の蓋を玄人がパッと開けると、中には細長いだるまのようなスプーンのような形の薄いチョコがずらっと並んでいた。贈り物だと思った山口は箱ごと取ろうとしたのだが、取ろうとした寸前に箱は玄人がぱっと引っ込めてしまった。


「え?」


「箱ごとは駄目です。一枚だけあげますってことです。」


「え?一枚だけ?」


 そこで百目鬼は大きく笑い出し、それも山口が蹴り転がせたいと思うほど、彼は山口の狭いワンルームをごろごろと転がっているのだ。


「と、百目鬼さん?」


「はは。酷いよな、こいつは。山口にプレゼントするって言うから買ってやったのによ、一枚だけ渡して後は全部自分のものだもんな。」


「だって!多過ぎるお返しは二度と贈り物をするなって意味じゃないですか!あのチョコのお返しならば、これ一枚で十分です!」


 山口は美しいけれども碌でもない生き物だった彼に呆れながらも、自分が失った子供時代を体現しているようでもあると、憧憬の気持ちで百目鬼とじゃれあう玄人を眺めていた。

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