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四、困るかな、困るよね、困るんだ

「これ、不味いです。クリームは植物性油脂そのままで、イチゴだって古くてヘナヘナだし、何なんでしょうかコレ。あぁ、ごめんなさい。こんなに不味いものをお出ししてしまって。全く。かわちゃんは一体どこでこんなのを買ってきたの。」


 箱から取り出されたショートケーキは白くてイチゴが乗っているだけの、ただのどこにでもある個性もない物だったが、口にしてその個性を悪い方で発揮してくれた。

 突然戸口に現れた葉山に驚きながらも招き入れ、招き入れたのだからと楊が食べておけと冷蔵庫に詰め込んでいたケーキを葉山に差し出したのである。三切れある内の一個だけサンタの蝋燭が乗っていたが、それは良純和尚のものらしい。


「はは。確かに不味い。でも君はかわさんには文句を言うんだね。」


 四角い輪郭のせいか真面目な顔つきなだけに見える葉山はやま友紀とものりが笑うと、忽ち整った顔立ちが際立って見事な涼やかな好青年となる。十一月に死体を見つけた僕が犯人に仕立てられた時に、彼は僕を庇って心を砕いてくれた恩人だ。


「だってかわちゃんは変なことばっかりするじゃないですか。ここに来る度に僕の大事な食料を食べちゃうし、僕の布団で爆睡しちゃうんですよ。」


「えぇ!彼は君の布団で寝ちゃうの?」


 葉山は顔を赤らめたかと思うと、きょろきょろと部屋を見回し始め、そして僕のごろ寝布団を見つけるとそのまま固まってしまった。


「あの小さいので?君と……一緒に?」


「かわちゃんと男同士でぎゅっとしたいですか?もちろん僕はあの布団から追い出されるのです!この良純さんのスケジュール通りに生活しないといけないのに!です!」


 布団から目線を良純特製スケジュール表に動かした葉山は、そのまま顔つきを刑事の顔に変えて、あろう事かスマートフォンで勝手に表の写真までも撮っている。

 僕は葉山が繊細で優しいからと気安く話してしまうが、彼はとても優秀な刑事のようであるのだ。失敗したかと不安になったが、以前に彼から水羊羹と大福と団子を貰った事を思い出したら、なんということ、僕の不安は煙のように霧散してしまった。

 しかしそれも彼の手であり布石であったならば、本当に彼は曲者かもしれないが。


「凄いね。おやつにお昼寝時間付き。これならば君の体に無理させずに、相手の二十四時間を探って見張る事が出来る。録画もしているのでしょう。」


 僕は矢張り葉山は味方だと思いながら、良純和尚を褒めてくれた彼にうんうんと頷いて同意を示した。なぜか彼は顔を赤らめてしまったが。


「友君どうしたの?顔が赤いよ。」


「いや、ええと。風邪かな?このところ徹夜仕事が続いていたからね。」


 心優しい男である彼は僕の心配した顔に僕の気を楽にしようと考えたか、ふっと笑って大丈夫だと言うと、彼は楊の部下であったという事実を僕に思い出させた。


「ねぇ。俺もあの布団に少しだけ横になっていい?やっぱり体が怠いみたい。」


「……外着を脱いでなら。」


 しかし彼はギリギリのところで楊の部下では無かった。

 彼は楊と違った独創性を持っていたのである。

 彼はにこりと僕に微笑むと、風呂場へと行ってしまったのだ。僕は何が起きたのかわからずシャワーの音を聞き、数分後に戻ってきた下着姿の男は、呆気にとられる僕の目の前で僕のごろ寝布団で横になってしまったのである。


「え?」


 僕は何しに来たのかわからなくなった葉山から目を逸らすと、現実逃避のために楊のいるはずのGOWの映像に目を向けた。地下駐車場の映像では良純和尚が警察車輌に乗り込んで連れて行かれる場面を目にしたから、せめて楊の姿を目で追うことで不安を解消したかったのである。


 こんな騒ぎが公になれば、手に入れた物件が売れる売れないどころの話ではなく、良純和尚の目的自体が果たせなくなる。

 大騒ぎしても良いのならば彼はとっくに行動に移しているはずで、このような監視部屋をつくるのであれば、彼は後々に少々違法であっても誰にも気付かれないように彼らを建物外へと連れ出したはずだ。

 その為の行動パターンを読み取るための監視なのだろうと僕は考えている。


「僕だったらどうするかな。」


 僕は目を瞑り、もし武本家の物件に居座る者がいた場合、そして、自分の手を汚すことがないようにするにはどうしたらいいのか考えた。


「勝手に攻撃する敵をもう一つ作る?」


「どうやって?」


「きゃっ!」


 耳元で囁いたのは葉山だ。

 彼は爪を隠していた鷹だったらしい。

 僕は彼に振り向くどころか、彼にどう答えたものか困ってしまった。

 ただ困っていただけではない。

 僕を背中側から捕らえるように葉山は僕に覆いかぶさるようにして机に両手をついており、僕は葉山という檻から逃げられない囚人となってしまったのだ。


「あの。あの。葉山さんはお布団で眠っていたのではないの?」


 ふうっと彼のため息が聞こえ、僕の首筋に彼の吐息を感じた。


「友君でいいって。」


「と、友君。ぐ、具合が悪いのじゃないの?」


「だって、あの布団にはかわさんの臭いしかしないからね。それじゃあ潜り込む意味が無いでしょう。」


「え?」


 彼が僕の首筋でクンと僕の臭いを嗅いだ気もしたが、僕は頭が真っ白だ。

 優秀な刑事は僕を真っ白にしておいて、僕が口にしたくはない質問を重ねた。


「それで、君だったらどうやって勝手に攻撃する敵をもう一つ作るのかな?」


 はうっと僕は息を呑んだ。

 答えなければ葉山という檻から僕は開放されそうも無い?

 僕の頭はぐるぐると回り始め、頭の回転と一緒に視線もぐるぐるしてしまった気がした。

 そして、視線がぐるぐると動いていて良かったと、僕はモニターの一映像を見つけて思ったのだ。これも天の助けであると。


「あっ。友君あれを見て!あれ!髙さん達がとっても危険だ!」


 僕は大慌てでその画面を大きくした。

 エレベーターホールに仕掛けられているカメラ映像には、エレベータの扉が開いている為にエレベータシャフト内が見渡せ、エレベーターの天井となるらしき金属板の上には髙と見知らぬ誰かが倒れていた。


「え?うそ、やばい。」


 僕の背中から威圧感は消え、しかし僕は手に汗を握って画面の中の髙の安否を念じるしかなかった。誰かがエレベーターを動かしたら彼は大怪我してしまうかもしれない。今でさえ、彼は血にまみれて倒れているのだから。


「あぁ。髙さんが。どうしよう。どうしよう。」


 葉山がスマートフォンで楊と通話をしながら器用にスーツを着だしているのを横目に、髙が死んでしまったりしたら僕と良純和尚の責任だと重く受け止めてもいた。


 僕達が監視していたのはGOWの住人以外にもう一人いる。

 生きていない死んでいるという、僕にしか見えない人。


 僕はその黒い人間の姿を見つけて良純和尚に報告すると、彼はその黒い人物が最近死んでいる実在の人物に当て込んで調べ上げて喜んだ。

 どうやら頭の悪い菖芳和尚は、「幸せの花」という宗教法人の島津しまず昭夫あきおの甘言に乗せられて踊らされて全てを失ったようなのだ。


 ある日上機嫌で監禁部屋に訪れた良純和尚は、彼の手料理の他に小さなチョコレートの箱を僕に手渡した。二十円くらいの一口サイズのチョコが二十個くらい詰まった小さな箱で、僕が彼からの贈り物でないその小箱に首を傾げていると、彼は続けて僕にA4サイズの茶封筒を手渡したのである。


「何ですか?」


 封筒の中に入っていたものは、島津と菖芳の身上調査報告書らしきものである。


「賢いよな、全部菖芳に表立って動かせていたなんてさ。あいつはきれいな顔をしていたからな、信者の獲得にも表の顔にも持って来いだ。それで菖芳に箱を作らせて信者を囲んで、借金で首が回らなくなった菖芳を排除すれば全部が手に入るって寸法だ。」


「それはどうしてですか?」


「言っただろ。菖芳じゃ信用がないから大きな事業ができないんだよ。そうすると、菖芳のお父様が責任者だ。借金の返済も被るのも父。菖芳の嫁は旦那の生命保険金と信者の金の入った法人名義の通帳を持って幸せの花に戻るだけだ。」


「それでは最初から菖芳が騙されていたと?」


「違うだろう。菖芳の身辺調査を山口という楊の部下に頼んだんだがね、楽しいくらいの報告が上がったよ。かなり下が緩い男だった。これじゃあ女房の造反は仕方が無いと言えるね。だが造反は菖芳に執着があるからだ。それならば?」


「大事な夫を殺す羽目になった人間を排除しようとしますね。」


「その通り。」


 島津を殺害したのは菖芳の妻の渡辺わたなべ裕子ゆうこだと彼は断言した。


「恐らく旦那を殺した復讐だろう。」


 でも僕は違うと彼に伝えた。


「違うのか?」


「島津の最後の記憶も相棒の女性も別人です。」


 彼は否定を一切せずに「ふうん。」とだけ言った。

 あの時、交通事故死で片付けられている島津の殺人を警察に、それも信頼できる楊や目の前の葉山に伝えていたら、髙が大怪我することなど無かっただろうか。

 そして、良純和尚は本当はどうするつもりだったのだろう?


「ねぇ、葉山さん。」


「ともくん。」


 彼は耳にスマートフォンを当てて電話の音声に集中していたくせに、律儀に僕の呼びかけに訂正を入れてきた。モニター内では葉山の連絡によるものか、髙ともう一人が担架に乗せられ搬出される映像となっている。


「友君。この人は誰?」


 モニターに映る集団の中で一人だけ背を向けている黒い靄を纏った男を、僕が葉山にわかるように指差すと、電話を耳に貼り付けたまま葉山はかがんでモニターに顔を近づけ、僕の指差した者を目を眇めてじっと見た。


「ごめんなさい。死んでる人だったら見えないよね。黒い靄で真っ黒なの、この人。」


「見えるよ。生きている人だから。」


「生きている人なの?真っ黒だから死んでいる人かと。どんな人?」


「どんなって、彼はええと、……困ったな。」


「困るの?」


「困るよ。どうして困るのかは内緒だけどね。」


 僕も困った。

 僕達が島津だと思い込んでいた黒い人間の動きの幾つかが、生きているその人物だったとしたら、僕達は矢張り犯罪を見逃していた犯罪者の共犯者になるはずだからだ。

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