三十五、事件の後
久之は武本達の死を鑑賞できるホテルの最上階ラウンジで、髙によって現行犯逮捕された。
俺は菖芳の代わりに死んでいたのは新原だと思っていたのだが、久一が菖芳の誘拐に失敗して殺されて身代わりの死体となっていただけであった。久一と久之兄弟が見分けがつかないと悩んでいたが、久之の一人芝居であったのだから当たり前だと、俺は自分の人を見る目を心配しないで良かったとほっとしていた。
武本達は俺が静子にはったりをかました通りに全員無事であった。
彼らは鈴子を助けに行き、幸運にも水道管破裂で焼け死ぬことを免れたのである。
彼らのいた場所だけ溢れ出す水によって消火されて唯一の安全地帯となり、葉山達が連れてきていた消防隊員達によって彼らは救出されて保護された。
その後二日ほど彼らは喉の熱傷の経過観察で病院に閉じ込められ、俺はなぜか警察に尋問を受ける羽目になったのだった。事件を知っていながら通報しなかったからだと髙や田神に、そうだ田神にまでだ、俺は叱られて労われたが、俺はこんな面倒があるのならば次は最後まで口を閉じて相手を破滅させておくことにしようと心に決めた。
面倒なのは大嫌いなのだ。
武本は退院後は俺の家に帰らずに自宅に戻り、その後は俺への一報も何もない。
子供が死ぬような目に合ったのだから、武本に無関心だった親も態度を改めたのだと俺は考えた。なんだかんだ言っても武本が必要としていたのは実両親の関心であり、彼を愛する親戚たちとの邂逅であり、かりそめの養父である俺など必要ないのだ。
違うか。
俺は彼が自分で立ち上がって歩き出すまでの相談役でしかない。
そう、俺は相談役でしかないのだ。
「俺はまるっきり他人だろうが。いつまで居座る気だ。」
警察から放免されたばかりの俺を訪ねてきたのは親友の楊ではなく、武本の親戚の長柄裕也と橋場孝継であった。
楊は勝手に鈴子を助けに行ったと、命令違反と職務放棄をした角で謹慎中なのだ。
俺は居間で俺の親族のように勝手に寛いでいる二人を見返した。
標準身長に少し足りない小柄な裕也は武本家の親戚と間違えようもないだろうが、橋場孝継は違う。俺よりも十近くは年上のくせに、俺と同じくらいの身長なのである。顔は武本の親戚と納得できる整い方でもあるが、なんとなく毛色が武本とは違うという印象だ。
それは初対面の時からずっと感じている違和感だ。
裕也と武本の色は同じだが、孝継は違う。
そんな違う男の孝継は、俺が作ってやった武本の小アルバムを繰り返し眺めて喜んで俺の家の居間に居座り、裕也は武本のクローゼットと化している押し入れの中身を出しては片付けてを繰り返し、喜びながら勝手に女ものの服をそこに紛れ込ませていた。
武本があの火災の中で着ていたと思われる人形のような黒ドレスと同じメーカーのものらしい、水色に銀糸で蔦模様が施されているという膝丈のゴシックドレスである。
「おい、孝継はわかるが、裕也!お前は何をしてるんだよ。この変態が!」
博多人形の顔をした商人顔の警備会社社長はうふふと照れ笑いをして、秘密、とだけ答えて作業に戻ってしまった。俺が武本の服を仕舞い易いように作り上げた衣装かけのバーに、勝手に持ってきたドレスをぶら下げた後は眺めて喜んでいるだけのようだが。
武本が着ている姿を想像しているのか。
「秘密でもなんでもねぇだろうが。あいつを女装させて遊びたいならあいつの家に行けよ。おい、孝継もだ。約束のアルバムを貰って眺めるだけよりも、あいつと会って来ればいいだろうが。お前らの行動は常識人の俺には意味わかんないよ。」
すると孝継はちゃぶ台の机に突っ伏して落ち込み、体育座りしてドレスを眺めていた裕也は一気に意気消沈をして膝に頭を垂れた。
「どうしたって?」
「…………僕達はあっちゃいけないの。クロちゃんが自分から会いに来るまでね。」
膝から顔もあげさえせずに、寂しそうな声をぽつんとだして裕也が答えた。
「なんだそれ。」
「僕達が自分からあの子に会って、あの子の記憶を無理矢理に戻したら駄目ってね。」
机に突っ伏していた孝継もぽつりと俺に答え、俺が孝継を見返して唖然としていると、彼はその格好のまま半分ぼやきという説明を俺に語りだしたのである。
「自然と記憶が戻るのはいいけれど、無理やり戻したら死んじゃうって蔵人さんの遺言でね。それを固く守っているのがクロちゃんの母方のお爺さんだ。怖いお人でね、彼の言う事は蔵人さん亡き今は親族中で絶対なんだよ。破れば一生クロちゃんに逢えない。」
「なんだそれ。」
俺はもう一度同じ感想を口にして、それから落ち込む武本の親戚に提案をしていた。
「偶然会うのはいいんだろ。裕也、お前は母親の紅茶友の会の開催日に家にいればいいじゃないか。最近入会した会員三十八番は武本が一緒じゃないと気後れして参加できないだろうしな。」
部下の造反であんなにも失態をさらした坂下は、なぜか訓告だけで済んだと聞いている。
そこまで上手くやれる男であるならば気後れなどするわけは無いと断定できるが、俺の適当な提案を聞いた裕也はぴょこんと膝から顔を上げ、俺がうんざりするほどの忠犬の顔を俺に見せつけたのである。
「あ、あ、そうか。偶然。その手があったか。」
裕也はズボンから折りたたまれたチラシを取り出すと、何やらコードをチラシに書き込んだ。次に小型のホチキスをズボンのポケットから取り出すと、吊るされている青いドレスのタグに、折ったチラシをそのホチキスでバチンと止めたのである。
「何をやっているんだ。」
「ふふ。良さんが提案した偶然を呼ぶおまじないだよ。女だけっていう会則を破ってあの警察官を入会させた母さんの先見の明にも万歳だ。」
「そんな会則あったのか。それでは武本も坂下と一緒に初めて会に参加できるのか。喜ぶだろうな。」
「え?会長がクロちゃんですよ。五歳の時に会を立ち上げたのですよ、彼が。」
「あいつはやっぱり中身は女の子なのか?」
そこで孝継がハハハと突っ伏したまま笑い声をあげた。
「だまって、孝継さん。」
裕也が鋭い声で孝継に迫ると、孝継は今度は体を畳に転がしての大笑いだ。大笑いをしながら彼は、俺に蹴られる前に紅茶友の会の発足の理由を暴露した。
「裕也君と和君除けだよ。あと、母方の怖い従兄達かな。彼ら全員がクロちゃんクロちゃんって纏わりつくからね、僕にお茶くらい静かに飲ませてよって会を発足。」
「孝継さん!」
「おい。母方の従兄って二人組か?」
武本は以前に髙から安物の飴を貰って、「優しい二人組」の影が見えたと泣いた過去がある。それで咄嗟に口に出たのだが、孝継は俺の質問にピタリと押し黙った。それから数秒後に目尻の涙を拭いながら起き上がると、俺にコマーシャルの笑顔を向けた。彼は自分の美貌を知っているからか、モデルと一緒に広告に出ている橋場建設の顔でもある。
「ごめんね。その子達の事は忘れて。その子達の事こそクロちゃんに内緒なんだよ。」
「どうしてだ?」
孝継はこれでもしゃべりすぎたんだという表情を俺に向けてからあからさまにアルバムに戻り、俺に応えたのは裕也だった。
「僕達より仲が良かったからね。彼らに会わせると記憶喪失が無理矢理治るって事。」
「…………嘘だね。まぁいいや。どうでもいい。とにかく孝継、お前は金持ちだろ。俺がランチをしたいと言ったら俺にランチを奢れ。」
アルバムから顔を上げた涙目の男は、気怠そうに首を回した。
「いいよ。今から?」
「違う。武本の頃合いを見てお前に電話させる。あいつは記憶が無い自分がお前に嫌われたく無いと泣いているんだ。脅えているのかね。だから、あいつに電話をさせる。あいつ次第で時間がかかるかもしれないが、それでいいだろ。」
孝継の顔はぱあっと晴れやかに、それはもう、俺が孝継に監禁された時、武本の写真を渡すから解放してくれと俺が口にした時以上の笑顔である。
「君も寿司やフレンチを食べ放題だ。それを狙っているね、この生臭坊主が。」
にやにや顔で悪態をつく男に俺も悪戯心が湧いた。
「やめるか?」
「いやいや。ありがとう。ここまで待ったんだ。あと少しくらい。希望も出来たのならばいつまでも待ちますよ。写メールが届く限り。」
「わかった。あいつがここに顔を見せに来るのもいつになるかわからないけれどね。」




