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三十、黒い子と白い子

「考え無し!考え無し!考え無し!」


 僕がこんなに他人を罵ったのは、生れて初めてかもしれない。

 僕は楊の計画性のなさに大声をあげてしまったのである。

 僕達の目の前には見覚えがありすぎる古ぼけた中古トラックが鎮座し、坂下は自分が倒した襲撃者達を荷台に仲良く繋げている。僕は坂下の作業が終われば彼と一緒に幌もない荷台に坂下と一緒に乗れと楊に命令されているのである。

 これから一人別の場所に監禁されている鈴子を助けに向かい、助手席には助け出した彼女を乗せるのだ。


「どうして良純さんの車?かわちゃんのシルビア使えば良かったじゃない。あるいはあの黒セダン。黒セダンは支給車なんでしょう。シルビアを壊したくない気持ちはわかるよ。それなら支給車にすればいいじゃない。」


「お前はほんっとに黒い奴だな。あれはいっちゃんが本部から流される俺への餞別にくれた車だから駄目なの。大事なの。大体普通車にしたら奴らを連れ帰れねぇじゃねえか。」


「そんなの置いて帰ればいいじゃない。自分の車で帰らせればいいでしょう。」


「お前は!純粋そうな顔して!くろうとって文字そのもののくろい人じゃねぇか。お前の死んだじーさんはそれを見越して名付けたんだな。」


「違います。武本の本拠地の武本町は昔はげんど村って名前だったの。玄米の玄に同じの同と書いての玄同げんど。僕はそこの大事な人だから、玄同の人ってことで玄人なの。」


「うっそ。お前の村はげんどうか。玄同っていえば深遠な境地で無為自然の道と一体になる事とか格好いい言葉だろ。良かったな武本町になって。お前に玄同は似合わないよ。」


 僕はうわっと両手で顔を覆った。


「ひどい!かわちゃんを優しくて頼りがいのある人間だと信じていた僕を絞め殺してやりたいよ!」


「いいから、早く行くよ。玄人君、さぁ、乗って。」


 荷台から坂下が僕達に声をかけると、僕の両脇に楊は手を入れて持ち上げ、僕をずいっと荷台の坂下に差し出した。坂下はそのまま僕を楊から受け取って荷台へと引き上げたのである。僕は問答無用で荷物のように引き上げられながら、坂下も楊の同類だと再確認していた。それも、良純和尚並みに攻撃力の高い。


 僕が荷台に落ち着いた途端に車は発車し、車は鈴子の所へと一直線に進路を取った。

 それほど遠くないどこかで爆発音が起き、僕達は新たな炎の円陣が出来上がり、僕達の命をまた狭めたのだと認識した。

 僕達には逃げ場がない。

 だからこそ僕達を襲った奴らは戻ってきたのだ。

 単なる彼らの保険として梨々子を見逃した彼らは、僕が玄人だと知っているからこそ僕に助けを呼ばせようと考えたのだ。


 長柄運送はヘリコプターを所有している。

 長柄のヘリで逃げた後に、僕を脅して坂下に罪を全部着せるつもりだったのだろう。


「バカな人達。」


 荷台に繋がれ、自らも命綱のように荷台にしがみ付いている彼らを眺めながら呟いた。


「ヘリコプターなんて呼んだら、着陸どころかプロペラに煽られた風で延焼を促して、一瞬で火の海になってしまうでしょうに。」


「そうだね。」


 坂下が僕に同意の声を上げ、僕の隣に座り込んだ。

 動いている車の荷台では座っていないと危険だ。

 障害物だらけの道は険しく迷路のようで、トラックはがたがたと揺れながら、それでも一定のスピードを保ちながら目的地へと向かっていた。あと五分もしないで鈴子の所に辿り着けるであろう。

 ごうごうと燃え盛る炎の中に突入することにはなるが。


「この車が横転したり、立ち止まったりしたらお終いですね。」


「大丈夫。相変わらずあいつの運転は凄いからね。見事なものだ。」


「そうなの?」


「あぁ。こんなトラックを右に左に、小型車のように操りやがる。実際に上手いよ。あいつが本当は交通課の高速機動隊を目指していたって知っている?」


「知りませんでした。どうして刑事課なのですか?」


たつさんが楊は嫌だって言ったからじゃない?」


 五百旗頭警視は竜也たつやという名前を持っている。葉子の話では坂下は五百旗頭の懐刀と呼ばれるほどの人物で、交通課時代では次の大隊長だと目されていた程だったそうだ。


「どうして嫌って?」


「ほとんど弟みたいに考えているからじゃない?楊が十代の頃からいっちゃんいっちゃんって懐いて彼に纏わりついていたって根本さんに聞いたね。一人でも特別がいるとね、指揮をする者の目が曇ることがあるんだよ。だから嫌ってこと。」


 僕は楊の起こした過去の自動車事故の映像を頭から振り払えるように頭を振り、楊が運転する車が目指す目的地の方向へと視線を向けた。


「どうしてそこに鈴子さんがいると断定できたのかな?やっぱり霊能力?」


 僕は坂下を見返し、しばし見つめた後、違いますと、はっきりと答えた。


「これが葉子さんを苦しめるだけの行為であるならば、できる限り長く苦しめ、ぎりぎりまで生きていたのに助けられなかったという状況を取るだろうってだけです。僕達は円の中心である良純さんの物件に放置されていましたから鈴子さんはその近辺だと思い込みましたよね。もっと外周近くに、火災に対して安全そうな場所があったのに。」


「そうだね。俺達の死体をそこで見つけたら、その周辺を捜索隊はしばらくは探し続けるだろうね。そして何か月も鈴子さんの遺体を捜索してあたり一面掘り起こして、本当は助けられた彼女が衰弱死していたと思い知らされるのか。反吐が出る。」


 僕が鈴子の場所を坂下と楊に伝えた時と同じセリフを坂下は繰り返した。そして彼の敵を許せない感情は、少々子供じみた仕返しを誘拐犯達に行い、行わなかったが正しいかな、まぁとにかく小さな仕返しはしていた。

 僕のドレスのペチコートとスーツの裏地で防塵用にマスクを作っていたが、彼は誘拐犯達には与えなかったのだ。彼ら七人分を作るのは布も足りないという現実的な理由はあるが、口元に手を当てれない縛り方をしているところから復讐心は伺える。実際、熱せられて乾いた空気が布地越しでも、僕達の喉や鼻を痛めつけるのだ。マスクのない彼らは既にせき込み、少しでも熱気を避けようと自分の肩などに顔をうずめて呼吸している。


「あの人達は葉子さんを憎んでいるわけでも、鈴子さんにも憎しみだって無い筈なのに、どうしてこんな事に従えるの?僕は犯人の思考よりも、手伝った彼らの考えの方が分からないよ。どうしてそんなことができるの?」


 僕はプールの底に沈められた。

 いじめの主犯に玄人への憎しみが存在していたとしても、一人では実行不可能だ。

 玄人を助けるどころか笑っていじめに協力していた子供達がいたからこそ、玄人への殺害は実行されたのだ。

 彼らが主犯に協力していたのは、玄人が気味が悪いからだと思っていた。

 でも、鈴子も葉子も優しくて、思いやりのある素敵な人だ。

 沈められた玄人も本当はいい子だった?

 父さんと母さんが僕を無視して憎むのは、やっぱり、僕が違う子だから?


「犯人よりも共犯者の方が理解できないって、やっぱり僕が黒い人だから?」


 そこで坂下はハハハと高らかに、布を通しているからか少々くぐもっていたが笑い声を上げ、僕の頭をポンっと撫でた。


「君はいい子だよ。よしよし、正しい良い子だ。白い子だよ。」


 ありがとうと僕は坂下に答えたが、でも、彼が言うとおりに今も僕が正しい子だったのならば、どうして違うこの僕でも両親は僕を愛してくれないのだろう。

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