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二十七、僕のゴッドマザー妖精隊

 坂下こそ人質ってどういうことだ?

 前方の車が僕達の車を潰そうと急停車した時、坂下は助手席の梨々子を守るためかハンドルを左に切って斜めにぶつかるようにしてブレーキを踏んでいた。

 運転席だけが潰れるように、だろうか。


 しかし鈴子の車は頑丈で、そして前方の車は坂下を殺すことは考えておらず、つまり、鈴子を坂下が最初に黒バンに拉致した時と同じように、車が停車したとたんに運転席はこじ開けられ、坂下はスタンガンという洗礼を浴びたのである。


 次にその暴漢達は意識を失った坂下を引きずりだして前方の車に乗せ、その次は梨々子か葉子かと思ったが、僕だった。


 否、僕は見覚えのある女性に車から引き出されており、僕が彼女にお礼を言おうと口を開きかける前に彼女は僕を引き出したまま後ろへ放り投げたのでる。


酷いと思いながら道路にぶち当たるだろう自分の背中の事を思って目をぎゅうっと瞑ったが、僕の背中は柔らかいがしっかりしたものに支えられて助けられた。


「え。」


 目を開けて状況を確認すれば、僕を放り投げた茶髪のたれ目、相模原東署では「癒し系」ともてはやされている若き巡査、水野みずの美智花みちかが、助手席に手をかけている男を飛び蹴りで車に打ち付け気絶させたというその場面である。それから、なんということか。その男を階段代わりにしてヒラリとルーフに飛び乗るや、反対側にいた男をルーフ上から蹴り払ったのである。


「うわぁ。」


「さっすがぁ。」


 僕を捉えているのは水野の相棒であるはずで、黒髪を前下がりのショートボブにした少々釣り目の妖精系美女の佐藤さとうもえ巡査の声と違うと見れば、彼女は柚木ゆずき美穂みほ巡査だった。

 長めストレートのショートヘアに釣っても垂れてもいない真ん丸の目が可愛い、水野とは別の癒し系の彼女であるが、今日の彼女は本革のライダースーツを着込んでおり、僕達の後ろにはヘビーメタルな大型の単車がハザードランプを点滅させて止まっていた。


「あの素敵な改造車は柚木さんの?」


「ふふん。あのハザードも私が装着したの。」


「すごーい。」


「あぁ、畜生!」


 水野の大声に見返せば、鈴子と坂下を乗せた車は仲間を見捨てて走り出してしまったのだ。しかし、遠ざかるテールランプを僕達には茫然と見送る時間もなかった。


 ガシャン。


「ぎゃあぁあ。あたしの鉄吾郎君が!」


 柚木のバイクは先ほど坂下によって戦線を離脱したはずの黒バンに弾かれてヘビーメタルな甲高い音を立ててひしゃげた。頭を抱えて悲鳴を上げる柚木と「名品がもったいない。」と惨状を眺める僕の間を、復讐に燃えたらしき水野が駆け抜けていこうとした。

 だが、大きく音を立ててスライドドアが開いた事で水野は一旦足を止めた。そこから見慣れた格好の男達が悠々と降りてきたのである。グレースーツ二名に、偉そうな制服を着た男が一人。その一番偉そうな制服警官が僕達に高らかに宣言した。


「抵抗すれば君達は命令違反の職務怠慢で失職するがいいかね。」


「何を言っているの!あたしらこそ業務遂行中の警察官じゃんか。あんたらの誘拐と警察官への暴行こそさ、どう説明するのよ!」


「こちらは松野葉子とその家族の保護を優先と聞いている。坂下こそが誘拐者だ。君達も坂下の共犯としてこの場で免職されるか、警察官の職務を全うするか選べ。」


「職務って、あんたらの車に女子供を乗せる事?」


「子供だけでいい。」


「え?」


「松野さんには自宅に安全に戻ってもらう。君達にはそれぐらいできるだろう。まぁ、壊れたバイクでは身動き取れないだろうし、その車を使いなさい。」


「あんたらが壊しといて何だよ!」


 当たり前だが言い返したのは壊された単車の持ち主だ。

 意外と水野の方が冷静だった。


「子供だけって意味が分かんないじゃん。何を言ってんの?」


 制服は大きくため息と一緒に首を振ると、子供に言い聞かせるようにゆっくりと話し始めた。立てた人差し指をワイパーみたいに動かすという小技付きで。


「金虫真澄警視長は娘と妻を危険な状況の姑から引き離したいだけですよ。そして、松野さんには警察の警護案に従って安全に暮らして頂きたいと。わかったらお嬢様をこちらにお連れして。」


 僕は目の前の男の方へと一歩踏み出した。


「君は玄人君でしょう?」


「違います。私は梨々子の方です。まさ君がクロトばかり可愛がるからそっくりに化粧したの。助手席の子を御覧なさい。同じドレス、同じ化粧に、同じ銀髪のカツラ。私達は双子の姉妹のよう。でも、どちらが女の子かぐらいわかるでしょう。」


 制服が彼の左後ろの男に首をしゃくると、その左の男は鈴子の車の助手席へとすっ飛んでいき、中の少女と僕を見比べている。

 ごめんね、梨々子。

 君はとても美しいけれど、この姿の僕の方が遥かに美しい。

 モデル系の健康的な美女に、ゴスロリ姿は嵌らないものなのだ。

 スーツの男は制服警官に僕の言葉が正しいというように頷き返し、それに合わせて僕は顎を上げて、わかっただろうという顔で制服警官を見返し命令までしたのだ。


「早くパパの所へ案内しなさい。」


 商売は信用第一だが、初めての商売相手に高額商品を先に全部渡すなんて愚行はしない。

 ひとつづつ、小出しに、支払を確認しつつ商談を進めていくのだ。

 だから、僕は梨々子を彼らに渡さない。

 本当に安全な相手ならば、僕が武本玄人でもなんの問題が起こるわけないのだから。


「さぁ、どうするの。間違った子を連れて行ってパパに叱られたい?私こそ、私達の楽しみを台無しにしたパパを怒鳴りつけたいんですからね。」


 僕は彼らに答える間さえ与えずにスライドドアに向かい、一歩足をかけたところで後ろを振り返った。後部座席で気を失っていたはずの葉子は目覚めていたらしく、青い顔で僕を睨むように見つめており、僕達を助けに参上した水野と柚木は、なんということ、小さく胸の前で手さえ振って僕に微笑んでいるではないか。


「おい、お嬢。お前は気に入ったから、今度絶対に遊びにいこうね。」


 柚木は僕に声をかけると葉子達が乗る運転席へと向かっていき、水野は急に何かを思い立った顔をして柚木のバイクに走りこんだかと思ったら、彼女が突撃前に脱ぎ捨てていたらしいダウンジャケットから何かを取り出し、取り出した動きのまま僕へとその何かを放り投げたのである。僕は珍しくその銀色の何かを受け取ることが出来た。


「さっちゃんがさ、これはクロに渡すものだって言い張るからね。ちゃんとお前がクロに渡してやるんだよ。」


「わかった。必ず渡すよ!」


 僕の手の中には昔に髙が僕にくれた防犯ベルが乗っている。

 これを使えば皆が助けに行くという僕の心の拠り所。

 僕は水野と、そしてこの思い出の品を僕のために取りおいてくれた佐藤に感謝しながら、黒い黒い大型バンに乗り込んだ。

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