二十六、坂下さん
坂下は後ろに乗っている青年、それも絶世の美少女にしか見えない彼が、彼の身内へSOSを出している行為を目にすることで、自分の中の何かが生き返った気がした。
進退窮まったと嘆いていたが、一番非力で気が弱いと自分が考えていた後ろの青年は、なんと万が一の可能性にまでかけているではないか、と。
そこで彼の腹は決まった。
彼はまず車内の三人を確実に守る。
「しっかりと捕まっているんだよ。俺は二輪専門だからね、四輪は楊程上手くないんだ。」
「うきゃあ!」
坂下が全部言い終わる前に車はぐるんと一回転のような動きで車列から飛び出したのだ。
しかし、中央分離帯にぶつかる寸前、確実に車体を擦ってはいたが、車は再び方向転換をして進行方向に車体を戻した。
直ぐ後ろについていた黒バンは逆に後ろにつかれてしまった事態にハンドル操作を誤ったか、左側に大きく方向が逸れ、なんとガードレールにぶつかって停車した。
「え、かわちゃんより上手いんじゃない?」
ハハハと軽快な若々しい坂下の笑い声が車内に響いた。
坂下は自分を褒める相手が美少女ではなく青年だと自分を叱りつけながらであったが、自分の小さな成功の小気味よさに高揚したまま笑い声をあげていた。
「何をしている坂下!こっちの女が死んでもいいのか!」
「どうぞ。娘と母を守るためなら構いません。」
暴漢の脅しにかぶさるように車内に響いたのは、人質である鈴子の固い声である。彼女の声から彼女の無念さが今の自分の責任でしかないと、坂下の高揚感など一瞬で消え去り、彼は唇を強く噛んでいた。
「坂下さん。」
脅えた武本の声に坂下は大きく息を吐き、冷静であれと自分を叱責してから、敵に足元を見られないように努めて平気そうな声を出した。
「大事な人質だからこそ彼らはあなたを殺せませんよ。ですからもう少し耐えてください。俺が必ず助け出します。」
「お前こそ人質なのに?」
「え?」
前方の車はハザードを出して急停車した。
犯人の言葉に一瞬戸惑ったそこを突かれ、坂下は反応が遅れた。
大きな金属のひしゃげる音が暗闇の国道で響き渡り、数秒後には坂下の苦痛の悲鳴が車内に響き渡った。
「坂下さん!」




