二十五、僕達は暗闇の中の光を守る
僕が目を覚ました時、そこは坂下が約束していた病院ではなかった。
車は横浜市の病院へ進路を取らずに16号線を相模原方向へ走り、走るだけでなく誘導されていた。坂下のハンドルを握るすぐ前方に鈴子が乗っている筈の黒いバンの後部が見え、僕達が乗る車の後ろには僕達の乗る車を挟むように同様の黒いバンが走っている。
「目が覚めたかい?ごめんね。俺みたいな無能の男が君達の守りについたばっかりに。俺達は見てわかる通り、前と後ろの車両に拘束されている。」
「…………大丈夫。坂下さんが大丈夫って言ったでしょう。」
ルームミラーの坂下の顔は緊張して血の気を失っているが、僕に掛けた言葉と違い輝きのある瞳を見れば彼は絶望などしていない。楊が嘘つきであるならば、坂下もきっと嘘つきだろう。
僕は僕が今まで枕にしていた葉子の体を楽にしてあげようと、ドアに寄りかかっていた彼女の体を後部座席の背もたれの方にもたれさせ直した。
彼女が寄りかかっていた窓から見える風景は、暗く寂しい対向車線。
暗い道路は、所々で外灯の明かりに照らされる。
「僕達は暗闇の中の光を守っているんだ。」
「その通りだよ。俺達は暗闇の中でも大切な人を守るために働いている。」
僕はふふふっと笑い声をあげた。
「玄人君?…………そうだね。今の状況を呼んだ俺が言えるわけないよね」
「違います。僕が口にしたのは長柄警備のキャッチコピーです。」
「玄人君?」
「坂下さん。電話をかけていい?」
「電話は禁止だ。俺達は監視もされている。おかしな動きを見せれば、前方の車で拘束されている鈴子さんが死ぬ。」
「鈴子さんの旦那さんは?車が変な動きを見せれば警察が動くんじゃないの?」
「はは。前の車両も後ろの車両も警備課の俺の部下が乗っているんだよ。彼らがとっくに本部に報告済みだよ。松野葉子の強硬な拒否で相模原の自宅に戻りますってね。」
僕はちっと舌打ちをすると、再び外の風景を眺め始めた。
「玄人君?」
「ねぇ、坂下さん。車の窓を開けていい?僕は外の空気が吸いたい。」
「気分が悪いのかな。それぐらいならいいんじゃない?」
僕は葉子側の窓を全開にすると、葉子の体の上に自分の体を乗りだし、さらに窓の外に僕の頭を突き出す勢いで体を動かした。僕は外に顔を出したいのだ。
「こら、車から顔を出したら危ないじゃない。」
「しっ。」
一台、……二台目、時々対向車線を車が走るが、僕が来て欲しい車はいない。
それから数分間は対向車線に車の姿は見えず、でも、ようやくだ。
僕の会いたかった車が対向車線を走ってきており、僕はさらに身を乗り出してその車に大きく手を振った。だが、その車は僕達の真横を素通りしただけだ。
否。
素通りどころかスピードを落とし、進路迄外れかけて急停車した。だが、なんと運転手は驚かせた僕を罵る代わりに、遠ざかる僕に手まで振り返してくれたのだ。
僕は嬉しさのあまり気付けばその車に向かって投げキッスまでしていた。
これで大丈夫と僕は車内に引っ込んで葉子の隣に座り直すと、僕の行動に不可解だったろう坂下が眉根を寄せてルームミラー越しの僕に視線を寄こしていたのである。
「玄人君?」
何かを言いかけたが、突然何かに気が付いた顔をし、それから急に笑い出し、僕にウィンクまでしたのであった。そして、先ほどまでの青い白い顔に生気が戻り、彼の顔は本来のかなり精悍そうな素晴らしい表情を湛えていた。
あのトラックは長柄運送のものだ。
長柄運送は自動カメラを全車に搭載している。
そんな長柄のトラックに異常があれば、長柄警備が迅速に動くのだ。
――クロト、僕達は闇の中の光を守るんだ。
夜間での異常こそ長柄警備の本領発揮だ。
お願い、裕也君。
僕をあの頃のように覚えてくれているのならば、きっと君は動いてくれるよね。




