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二十、ノルン達

 僕は飽き飽きの飽き飽きだ。

 最初は面白がった女装も、毎日では飽きるし、何よりも面倒だ。

 大体、化粧などしたせいで目の下が痒くなっている。


 違う。


 痒くなったのは、昨夜に僕が泣いたからだ。


 良純和尚に電話をかけても繋がらなくなった上に、楊はこの二日ほど姿を現さない。

 僕は体よくお払い箱にされたのかもしれないと、あるいは、僕が洋伯父さんとの邂逅につつがなかったからと、良純和尚は身を引いたのだろうかと泣いたのだ。


 洋伯父は僕の嘘を叱るどころか、全部知っていたと笑って許した。

 高校生時代に僕が男らしく成長したらこんな感じという姿の青年に、僕として振舞ってもらっていた過去があったのだ。その彼が犯罪を犯したがために僕は警察に真犯人と見做されて色々尋問を受けるという結果となったのだが、伯父はその事を全て知っていたどころか、僕が高校入学時から青森に帰らなくなった事も受け入れてくれていた。


 ただし、絨毯を持って松野邸に現れた伯父に挨拶に出た僕の姿を目にして、「その格好はあまり受け入れられない。」と叱られたりもしたが。


 でも、叱られたからこそ僕は、伯父に昔のように打ち解けられたのかもしれない。

 怒られて嬉しい気持ちになったのは事実なのだ。


「すいません。事情がありまして。」


 伯父は僕の目をじっと見つめ、そして、厳しい口調でもう一言付け加えた。


「その格好で、絶対に和の前に出てはいけないよ。長柄の裕也君の前もだ。」


 洋の息子である和久は武本物産のホープであり、僕の素晴らしい従兄で僕の自慢でもあり、そして裕也は由紀子の次男であり、長柄警備という警備会社の若社長をしている。


「わかってます。がっかりしますものね。全然男らしくない従弟で。」


「違うよ!二人ともまた君に惚れ直しちゃうでしょう。君が別人を影武者に仕立てた事で、ようやくあの二人は正気に戻ったんだからね。その格好であの二人の前に出たら、アメリカに連れていかれて結婚させられちゃうよ。いいの?」


 全然変わっていない親族の青年達に、僕は喜んでいいのか泣いた方がいいのか脱力してしまったのだった。それでも、今の僕でも受け入れてくれるという伯父と従弟達には感謝するしかない。

 その事実が、両親に受け入れられない自分を受け入れがたくさせるのだけれど。

 僕が記憶喪失になって変わる前から、僕そのものが嫌いだったの?と。



「ねぇ、クロトはどうしてそんな泣き顔をしているのよ。」


 僕を見返す年若い女性は、アーモンド形の美しい瞳をきらきらと煌かせていた。

 彼女は楊の婚約者である金虫かなむし梨々りりこ

 僕が彼女の祖母の家に匿われている事を聞き、それが楊の差し金で、かつ、楊が松野邸を日参していると耳にするや母親と一緒に松野邸に突撃してきたのだ。


つまり、僕の目の前には美女三人がノルン三姉妹のごとく控えて目を輝かせているのだが、彼女達を北欧の運命の女神と例えるのは、彼女達が楊の人生を絡めとった相手であるからして、ノルン三姉妹に例えても問題はないどころかぴったりなのだ。


 葉子はボッティチェリのヴィーナスのうような気だるそうで優し気な二重の瞳、梨々子は前述したとおりのきっぱりしたアーモンド形の二重、そして、梨々子の母であり葉子の娘である鈴子の瞳は少々眠たそうにもみえる瞼が目立つ二重だ。鼻筋や輪郭、そして口元までそっくりな三人が、目元が違うだけで系統の違う美女となるのは圧巻ともいえる。


 まぁ、葉子はウェーブが輝く長い銀髪を誇り、梨々子はアッシュブラウンで腰までの長髪を先だけ巻いた髪形、鈴子はまっすぐでサラサラな黒髪を肩先で揃えていると、髪形も三者三様であるから全く系統の違う別の美女に見えるのは当たり前か。

 そんな彼女達はかなり短絡的で気分屋で、僕が男の子で楊の愛人ではないと知れば瞬間的に仲間にいれてくれ、そして僕の絨毯を丸ごと堪能したいと一人が言えば、全員で上に置かれた応接セットをえっちらとおっちらと動かし始めるという無駄に連帯性も高い。


 僕も仲間に入れてもらっている手前、重くて嫌だと思いながらも彼女達とソファを動かしていたが、あぁ、腰が痛い。

 でも、全員で体を動かした後の連帯感からの高揚感は、良純和尚と物件のリフォームをしている時を思い出させ、僕が良純和尚の不在を思い出して涙するぐらい、感情的になることも引き起こしてしまった。

 僕はなんたること、衆目の中で涙を流し始めてしまったのである。


「ほらほら泣かない。」


「便りが無いのは元気な証拠よ。」


「相談役の不在を心配しているっていうよりは、長期出張の夫を待つ新妻ね。」


 鼻で笑いながら酷いことを言う葉子に抗議しようかと考えたとき、鈴子が相槌を打った。


「あ、わかるわ。私も新婚の時は真澄さんが長い出張の度に落ち込んだもの。」


「え、過去形って、ママ。今はパパがいなくても大丈夫なの?」


「いないと夕飯を作らなくていいから楽じゃない。梨々子も外食は好きでしょう。」


 僕は淑女然として良妻賢母そのものの鈴子の暗黒面にぞっとしながら、ちびのままでいろと、楊が僕の頭を撫でる気持ちが少しわかった。母親の「亭主元気で留守がいい。」の発言にびくびくしている梨々子の頭を撫でてあげたい気持ちになったのだ。


「あー、なんか、梨々子見ていたらかわちゃんの気持ちがわかった。」


 和気藹々と結婚後の生活について語り始めた三人がピタリと口を閉じると、発言した僕へと一斉に首を回した。なんか怖い動き。


「ど、どんな気持ちなの?」


 おどおどと尋ねてきた梨々子が幼く、僕は本当にお兄さんな気持ちになったのだと思う。

 これが和君が僕を可愛がりたがる理由なのか。妹や弟が欲しいって感傷。


「いや、梨々子って可愛いなって。」


 見るからに梨々子は真っ赤になり、そしてなぜだか母と祖母まで慌て始めた。なぜに。


「だ、だめよ!クロトは友達だもん。ねぇ、ママ。」


「そ、そうよ。そうだ。今夜ぐらいは外に繰り出しましょうか。」


「あら、楽しそうね。変装してクラブに行っちゃうのはどうかしら。若い頃にしか馬鹿は出来ないんだからさ、あんたも梨々子も偶には弾けちゃいなさいよ。」


 葉子の提案に鈴子と梨々子は大騒ぎして喜び、僕は「いいのかな。」って気持ちのまま彼女達に夜の街へと連れていかれる事となった模様である。


「うわぁ。いいのかな。」

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