十七、僕は愛ちゃん
僕がどこかの大使館だと思っていた相模原東署から歩いて五分の建物は、マツノグループ総裁である松野葉子の自宅であった。
広々とした敷地を高いコンクリートの塀で囲み、敷地の開口部にあたる場所には鉄柵のゲートが聳え立ち、ゲートにある詰所には警備員が常住して訪問者を監視しているという堅牢な城である。
そしてそのゲートを抜けて目にした屋敷は、前面に広々と駐車場を構えていることから、個人宅というよりも美術館の佇まいであった。
バウハウス建築を思わせるコンクリート造りである点が生活感を失わせていても、豪奢という雰囲気でない所が美術館を思わせるのであろうか。
モダンでレトロな建物のエントランスはガラス張りで内部が見渡せ、やはり、エントランス内には美術館の入り口のように背もたれのない四角いシートがいくつか並べられ、観葉植物と絵画で飾られていた。
美術館と違うのは、本当の入り口に受付の人間がいる代わりに、ものものしい制服警官が守りを固めているところだろう。
「ねぇ、僕がここに入ってもいいの?」
「いいの。ただし、お前は梨々子と名乗れよ。」
「えぇ?孫だったら何度もここに来ているでしょう、バレバレですって。それに、松野さんを狙っている人達ならば、家族の写真くらいは手に入れているでしょう。」
「あ。」
楊はがくりと頭を下げ、それどころか落ち込み過ぎて四つん這いになってしまった。
「え、うそ。本当に気づいていなかったの?僕が梨々子の振りをしてばれないと思っていたの。ねぇねぇ。かわちゃん。かわちゃんたら。」
僕は四つん這いになっている楊の背広の裾を引っ張りながら彼を立たせようと頑張ったが、彼は頭を腕に隠したせいでおしりが上がった先ほどよりも恥ずかしい格となってしまった。恥ずかしい事に、広々とした駐車場、それもガラス張りのエントランスから見渡せる場所で動かなくなってしまったのだ。
「ねぇ、かわちゃんたら。」
「それ以上そいつをいじめてやるなよ。俺も情けなくって涙が出らぁ。」
「あ、いっちゃんさん。いつのまにそこに?」
横浜市で出会った白バイ隊の隊長が、今日は正装の制服姿であるが、野性味のある顔を朗らかに綻ばせて後ろに立っていたのだ。彼は僕の質問にひょいと右の親指で僕らの真後ろに停まっていた黒塗りの高級セダンを示した。
「これに乗っていた。楊の馬鹿姿が面白くてな、降りるに降りられなかったよ。」
ワハハと楽しそうに笑う男が乗ってきた車から、同様に制服姿の中年の男性が運転席から降りてきて、恥ずかしそうに僕に軽く頭を下げた。
僕は根本と紹介された人の好さそうな五百旗頭の副官に軽く頭を下げ、自分の計画が最初から失敗したとげんなりしている楊の手を引いて松野葉子宅へと足を運んだ。
僕が誰かの手を引いて先頭を歩くなんてと考えながら。
ガラス張りのエントランスに入り、第一の関門とばかり制服警官が門番のように守っていたマホガニーの両開きの扉が僕達に開くと、外見と同じ、個人宅には不要の細長い真っ赤な絨毯が廊下に敷かれており、執事までもが扉の脇に立っている。
僕はこんな物々しい生活感のないお城に住むとはどんな人なのだろうかと考えた。
「ここはね、迎賓館の部分。プライベートな場所に親しくもない仕事の人間を招きたくないでしょう。本当のプライべートな私邸となる部分は裏っ側に電子キーの扉で繋がっているの。おっきな二世帯住宅みたいなもんだよ。あっちにも専用の玄関があってね、専用の門扉もある。そこからは物々しくなく勝手気ままに知り合いが出たり入ったり。表の警護の意味がないよね。」
「でも、堅牢なんでしょう。」
「うん。俺が庭にガチョウを放したから。」
「え。」
僕に引っ張られていたはずの楊はいつの間にか僕の隣を歩いていて、楊の左手を掴んでいた僕の右手はひょいと楊に捕み返された。そしてその手を彼は何事も無いように自分の左腕にかけたのだ。
「あ、これじゃあ、女の人へのエスコートじゃないですか。」
「ちびは今日は女の子の振りだからこれでいいの。お前は、そうだね、俺のラブってことで、愛ちゃんと名乗ろうか。」
「ねぇ、どうして僕がかわちゃんのラブなの?」
「それはな、元々は楊の可愛がっているラブクラフトマニアの略だよ。君はスマートフォンやらデスクトップにラブクラフト全集をぶち込んでいたでしょう。君が薬物の密売人だと疑われていた時、本部と本庁さんの連中がね、これこそ犯罪の記録が隠されているって一週間ほど不眠不休で解析していたそうだよ。」
言葉通り本当に僕達の間に首を突っ込んできた低い声は、五百旗頭である。
「あぁ。」
僕はラブの意味に納得をして、そして、僕が嫌な大人達に一泡くらいは吹かせていたらしき事を知り、なんだかうれしいと気持ちが高揚してきたのだ。
「ふふ。」
気持ちを高揚させながら、やはり僕は落ち込んでいたのだったと自分に認めた。
自分自身が自分を卑下していても、他人に改めて真実を指摘されるのは辛いものだ。
「あら、この子って奇形だったのね。」
女は全裸に近い姿になった僕を見下ろして、あざけりの声を立てながら言い放った。
気づけば僕は耐えきれないほど臭くて暗い、清潔だけれど汚染されきった場所に転がされていたのだ。
地下のトイレ?
便器もないスチールの世界?
そこが灯りが灯っていても暗いのは、窓が一つもないからだと、周囲を視線を漂わせて何となく理解した。つまり、逃げられる開口部がもう一人の影が立っている後ろの観音開きのスチールの扉だけだろうと。
本当にここはどこ?
ぼんやりしながらも再び周囲を見回した視界の隅に、大小の大きな蜘蛛がカサカサと這っているのが見えて、僕は慌てて身を起こした。
蜘蛛じゃない蜘蛛達が現実にいるはずはない。
僕は階段から落とされた時に死んだの?
「あら、起きちゃった。叫ばれる前にさっさと押さえつけてやりなさいよ。そのためにここまでしたのでしょう。」
再びの女の声に僕は現実だと、まだ死んでいないとほっとしたが、痛む手足と背中、そしてスース―と冷える体を見下ろして、人前に露わにされた肉体も現実だと思いしらされてしまっていた。筋肉など一つもないあばらの浮いた痩せた胸板に、無毛の、それも乳幼児並みの小さな男性器をぶら下げた下半身。
「嫌だよ。なにこれ。女じゃなかったのかよ。気持ち悪い。騙しやがって。」
ズボンを引き下ろして下半身を露わにしていた若い男は、さも気持ちが悪いものを見せられたと顔を歪めながらズボンを腰に引き上げ始めた。
僕が誘拐犯に見捨てられた事でこれ以上僕は嬲られる事が無くなったと、これ以上怖い目に遭わないという安心感を感じるべきであるのに、このまま死にたいほどの羞恥ばかりを感じていた。
露わにされた僕の真実は、体が小学生から成長していない恥ずかしい体なのだ。
醜いと他者に思われる自分の体。
実父に出来損ないだと罵られるほどの体。
「どうする?」
「じゃあ、殺しちゃって。その不完全な性器をあいつに食べさせちゃうのもいいかもね。」
「えぇ、何を考えてるんだよ。俺はこれ以上気持ち悪いのは一抜けだね。」
女は男の言葉に慌ててその男を引き留めようと手を伸ばしたが、男の動きは早く、彼は適当に衣服を抱え込むと、女を振りほどいて出口らしきドアを開けて飛び出していった。
「ちょっと!ここで逃げるの!待ちなさいよ!あんたはもう共犯なんだからね!」
男は完全に去り、後には観音開きのスチールのドアだけキイキイと音を立てて揺れている。
僕は男が逃げたその時に逃げるべきだったのに、ドアが開いた瞬間の外光で見えた男の首筋にあった下手糞なトカゲの刺青に思考が止まってしまっていたのだ。
首筋に這うカナヘビの映像が脳裏に閃き、その映像がなぜか頭から離れなくなったのだ。
それはとても美しい銀色のトカゲだったから。
それが失敗だ。
僕は女が振り下ろした何かで頭を潰される寸前だった。
ダン!
寸前ですんだのは、ドアが再び大きく外に開き、それと同時にロケットが女に直撃し、彼女が僕のはるか後方へ吹っ飛んだからである。
改めて見直せば、ロケットは金属製の細長いゴミ箱で、投げた男は片足を引きずりながらも真っ直ぐに僕のもとに来てしゃがみ込むと、自分の羽織っていたカーディガンを僕の裸の体に掛けた。
「もっと早く来れなくてごめんね。これじゃあ、僕は今度こそ百目鬼さんに殺されるよ。」
カーディガンのボタンを嵌め終わると彼はぎこちない動作であったがすっと立ち上がり、自分の倒した女の所へと行ってしまった。そして、そのまま僕に背を向けた姿で倒れている彼女をただ見下ろしているのである。
「そ、その人は誰ですか?どう、ど、どうして僕を憎むの?」
「この人は、うん、真壁やよい、だね。この人が僕を憎むのも意味が分からないから、君の質問には答えられないねぇ。僕が教えられる事は、彼女が相模原第一病院で僕の担当医だった事だけかな。」
「お、お医者の人では無いですよ。その人は。」
「そうなの?美人女医で有名な人だよ。」
「美人、ですか?目が離れていてハコフグのみたいで、それで、あぁ!」
僕はそれで「由里」という名の女性が髙の左肩を一生懸命撫でていた意味が分かった。
「ゆ、由里さんが髙さんを痺れさせていたのは、た、助けるためだったのですね。こ、この、この人は殺した人の肉を次の被害者に食べさせるから。ゆ、ゆ、りさんも同じ目に合って、あぁ。だからふらふらして転んでしまった。そこで轢かれた。可哀想に。なんて可哀想に。」
髙の背中はびくりと動き、だが、平穏ないつもの声で僕に答えた。
「それで君の肉を僕にね。由里の肉は取れなかったからか。」
いつもの声だが、ぴいんと張りつめた静かな声だ。良純和尚の心休まる静けさでなく、心が騒めく恐ろしさを感じる静かさ。けれど、その静かさに凍えていた心と頭が動いたせいか、僕は髙の酷い所に気が付いた。僕は半泣きになりながら脱がせられたジーンズを引き上げようとするが、僕は足も手も力が入らずに布地を引き上げる事さえできない。
「じ、実は、も、も、もっと早く来れましたね。」
「君がもうその状態だったからね。少しくらい状況を把握する時間が必要かなってね。」
彼はいつもの飄々とした表情で僕を見下ろしていた。
僕は不完全だし、見えないものが見える気味の悪い生物だから死んだってかまわない?お父さんもお母さんも、そう思っているから僕に辛く当たるの?僕が本当の玄人かそうでないかは関係なく?
「ひどいです。髙さんはひどいです。」
堪え切れずに泣き出した僕と反対に、彼はハハハと笑い声を上げながら僕にかがみこみ僕を自分に引き寄せると、その動作の自然な流れだという風に、それはもうスルリと音がするんじゃないかと思うほどひざ下まで降ろされていたジーンズまで履かせた上で僕を抱き締めたのである。
父親が幼い子供を胸に抱くような抱き方。
僕は彼から放されないようにしがみ付き、そんな僕にしがみつくままにさせてくれた彼の肩に顔をうずめ、いつの間にか懇願までしていた。
「こんな、こんな体の僕のことを忘れて。お願い。忘れてしまって。」
彼は約束してくれなかった。
でも、彼は僕の耳元に囁いたのだ、「君はきれいだよ。」と。
「君は本当にきれいだね。」
僕は髙のものでない囁き声を左耳に浴びて、現実に引き戻された。
僕は女王様の謁見室に辿り着いていたのであり、その謁見室をさらに守る衛兵が僕の耳元に囁いたのであった。
スーツ姿を見るとただの衛兵ではないが、ツーブロックに短く刈った髪型のわりに精悍さが足りない。そしてその男の好色そうな眼付に、僕はあの日のトカゲ男を思い出し、ぞわっと怖気が走ったそのままその男から離れようと右に勢いよく飛びのいてしまったのである。
すると、楊が僕の突然の体当たりをまともに横に受けてよろめいたが、さすがの彼は僕を抱き締める形で支えて持ち直した。
「おっとと。危ないじゃん。愛ちゃんったらどうしたのよ。」
「愛ちゃんてどなたかしら?」
僕の背筋を突き刺すほどの怖い女の低い声に、僕は改めて楊の腕の中に逃げ込んでしまった。楊のくすくす笑いの振動が体越しに僕に伝わる。
「僕の愛ちゃん。いいじゃないの、誰でも。梨々子は高校生じゃん。手が出せる時まで遊んでいていいって約束だったでしょう。ねぇ、葉子。」
僕ははすっぱな話方をする楊に驚きながらも、楊の腕の中から顔を上げ、彼が話しかけている方角へ顔を向けた。
扉の正面となる壁の前に二人は座れるほどの幅に大きな背もたれを持つ椅子があり、そのソファの前には大型の長いガラス製のティーテーブル。
僕達から向かって右には五人掛けくらいの大きなソファ、そして左側は一人掛けソファ二脚と二人掛けソファ一脚という配置だ。
その僕達の真正面となる大きな背もたれの椅子の中央にボッティチエリのヴィーナスが優美に鎮座していたのである。
生身であるはずの彼女は、面長の顔は少女とも老女ともとれる絵画さながらの美貌を湛え、絵画と違い髪は銀色に、まるで波のさざめきのように光り輝かせており、それはもうミューズの化身そのものの姿であるのだ。
現代風にグレーのシャネル型のツイ―ドジャケットに黒のパンツ姿というものであることと、彼女の両目が僕への憎しみで輝いている事を除けば、だが。
心なしか彼女の右側となるソファに座っている鋭角な顔立ちの若い女性と前髪を長めに流している少々ぽっちゃりとした若い男も、僕を場違いの邪魔者だという目で睨みつけている気がする。僕は楊の腕の中にしっかりと潜り込んだ。
「楊警部補。ここで重要な会合が、本日、この時間に、予定されていた事をあなたはご存知でしょう。一般人をそこに引き込むとは何を考えているの。」
鋭角な顔立ちの女性が睨んでいたのは楊だったようだ。
彼女のスーツの胸ポケットには、楊が時々やるように警察バッジが見えるようにひっかけてある。
と、いうことは、彼女の真向かいに座っている前髪の長い男も警察官なのか。
「この可愛い子を仲間外れにしたら、お前らの上司が怒り狂うぞ。」
空気を読まない嬉しそうな大声が僕達の後ろから響き、当り前だがその声を上げたのは五百旗頭だった。根本は自分の上司の後ろに立って知らない人の振りをしており、五百旗頭は本気で空気を読んでいないようで、ガハハハッと大笑いまで上げている。
「あの、いっちゃんさん。上司って?」
「こいつら坂下の部下だよ。あの怖い姉さんが今泉警部補で、隣のぽっちゃりが道江巡査だ。そして戸口のセクハラ野郎が羽賀巡査。」
僕が五百旗頭に尋ねると、彼は悪戯めいた笑顔を僕に向けながら、一人一人を指さしながら嬉しそうに説明してくれたのである。
紹介された人々は一様にむっとしていたが、恐らくどころか五百旗頭が一番階級が高そうで、そんな彼に異を唱えられる下のものはいるはずが無く、セクハラ野郎と呼ばれた羽賀はとても嫌そうに顔を歪めただけであった。
しかし、いつの世も女性こそ強いものなのかもしれない。
今泉警部補が五百旗頭に対して声を上げたのである。
「五百旗頭警視、失礼ですけどあなたこそ今回の会合には不要では?松野さんの警備を含めて、一連の案件は警備課のものです。」
「俺は新しい車を寄付してくれた大富豪にお礼の挨拶に来ただけだよ。そのための正装。」
「そんなの半年も前の寄付じゃないですか!どうして半年前の寄付のお礼の挨拶がよりにもよって今日なんですか!」
鋭角な顔立ちをもっときつくして、目つきなど狐のように逆立てて五百旗頭を弾劾する今泉に僕は驚き、楊を見上げれば、彼は右手で口元を隠すようにして目は大きく見開いて脅えた顔を作っている。彼は口元から右手を外すと、今泉の方へ手をむけてパタパタと動かした。
「ねぇ、ねぇ、今泉ちゃん。この人、こんな親父だけど、交通部の生きる伝説じゃん。嫌なことがあるとバイクに乗って消えてしまうって伝説の大将を、根本さんがようやく今日引っ張ってこれたんだよ。根本さんのために受け入れてあげて。それにさぁ、いっちゃんは交通機動隊の大隊長さんじゃんか。やばいって。持ち上げとこうよ。君は坂ちゃんの部下でしょう。あいつを目指して、あいつみたいに上手に立ち回ろうよ。」
「お前か、俺の生きた伝説を勝手に作っては広めているのは。」
「根もっちゃんから事あるごとにバイクに乗って逃げちゃうのは事実じゃん。」
「うるせぇよ。俺が現場に出るのは現場の苦労を忘れないためだよ。」
楊はふざけて楽しんでいるだけだった模様だ。
それを証拠に今泉警部補達と五百旗頭の冷たい視線を楊は一身に受けても、ヒヒヒと、彼は変な声を出して喜んでいるだけである。
「かわちゃん。」
僕が楊の左腕をぎゅうっと掴むと、彼は僕をにこやかに見下ろした。
「ねぇ。僕達はご機嫌伺いの遊びに来ただけでしょう。ここの調理場は迎賓館らしくホテル並みなんだよ。最高のスコーンと紅茶を食堂で頂こうよ。クロテッドクリームたっぷりのスコーンなんて最高じゃないか。」
「行きます!」
僕は即答していた。
良純和尚の食事に何の不満もないが、アフタヌーンティーに関しては僕には譲れないものがあるのである。
まず、クロテッドクリームとスコーンが無ければ!
「それじゃあ、新しいスタッフも入ったらしいからね、挨拶というからかいに行こう。」
「ちょっと、お待ちなさい。」
楊が自宅のようにふるまうが、そういえば、ここは松野葉子の屋敷であった。
存在を忘れられていた女主人は、美の女神ではなく復讐の女神に姿を変え、髪色と違ってチョコレート色に深く輝く長いまつ毛に縁どられた大きな瞳で僕達を睨みつけているではないか。
「かわちゃん。」
「うん。まずはこっちのおばちゃんからだったね。さぁ愛ちゃんご挨拶して。」
楊は僕から腕を外して僕を開放すると、とんと軽く僕の背を叩いて松野のいる方向へと押し出した。その行動のためか、僕は部屋中の視線を一斉に受けてしまっている!
「えぇ。えと、あの、初めまして。あの。ここの調度品は素晴らしいですね。そのソファセットは富繁の特注品でしょう。高級日本家具では国内一の富繁。あの、ぼ、わ、わたしは猫足の曲線のある家具が大好きなんです。そ、それも、ヴィクトリアンとかロココとかよりも、しん、新古典主義で和洋折衷の日本家具が。」
「ええと、あなたは何を私に言いたいのかしら。」
松野が大きな目を半分に近いくらいに眇めて僕を睨みつけている所は先ほどから同じだが、眉根に深い皺まで刻まれてしまったのは僕が失敗しているからか。
「あ、え、ええと。」
僕は楊を見返し、すると、楊までも眉根をひそめた顔で僕を見返しているので、再び混乱してしまっていた。
当初の目的はここで僕を松野の孫の梨々子として披露するという、楊の悪戯なだけであったはずなのだ。
僕は松野の周囲を見回し、僕を場違いな人間だと白けた目線で睨む三人の警察官の圧力をも知り、五百旗頭と根本は僕に背中を見せているしで、僕は針のむしろのような状態に本当に耐えられなくなった。
寄る辺が無いって、本当に心細いものだ。
「かわちゃん。初めての他所のお宅で家具を褒めたら次は何をしたらいいの?気に入ってもらうにはどうしたらいい?ねぇ?この家具にぴったりな絨毯を勧めていい?いいかな?いいのがあるの。メダリオンから何もかも素晴らしい女王のための絨毯が、武本物産に。六百万という破格の値段だし、あのガラステーブル越しに中央のメダリオンが輝いて素晴らしいと思うよ。ねぇ、売っていい?そうしたら買い手と売り手といういい間柄になれるかもでしょう。あれは本当に素晴らしい絨毯なんだよ。一生モノにはメンテナンスが必要だから、一生のお付き合いができるんだよ。」
僕は楊に頭を叩かれ、女王様は高らかな笑い声をあげた。
「あぁ。僕の愛ちゃんってそういう事ね。いいわよ、食堂に行ってきなさい。」




