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十六、おとこのこってどう書くの

「何やってんですか?」


 素知らぬ顔で俺の隣に座ってきた山口が、軽薄そうな声で俺に語り掛けてきたのだ。

 彼は細身の灰色のスーツに、いつもの黒い帆布バッグを斜め掛けにしていた。


「あれ、外回りから帰ったばかり?」


「そうです。それで、あの人だかりの騒ぎは何をしているのですか?」


「武本をおもちゃにして遊んでいるらしい。あのツナギが可哀想だってさ。」


 俺が話すや、囲んでいた女性の一群がさっと離れ、あとには武本と山口の相棒の筈の葉山と制服姿の女性警察官が三人残った。

 彼女達は百六十センチ位の同じ背格好のショートが二人でショートボブが一人という三人組で、若くて警察官になりたてのような新鮮さを持っていた。

 その三人の中心には肩先ぐらいのストレートの髪形をした少女がおり、彼女達はその少女を妹のようにして囲んでいる。


「うわお。女の子の格好だ。」


 武本は水色のぬいぐるみのようなもこもこのカーディガンを羽織り、中には裾がレースで飾られた白いカットソーを着ている。下は彼の個人持ちジーンズだが、上衣を女物にしただけで完全な美少女にしか見えないのは驚くべきであるはずなのに、驚かない自分がいて、驚くどころかあれが当たり前の格好だと認めているのである。


「可哀想なのかな。」


「百目鬼さん?」


 以前に偶然にも目にした彼の性器は、少年どころか不完全なものだった。

 自分の体を恥ずかしがりながら隠し、必死に男であろうと生きてきて、それでも、女の姿の方がしっくりくるという現実を当て付けられる事は辛いのではないだろうか。


「良純さん!お金を出したらこのお洋服は貰えるんですって。お金を下さい!」


 俺の数メートル先で馬鹿が叫んでいた。

 俺は自分の長財布を袂から取り出すと、馬鹿の脳天にぶつかればいいなと思いながら投げた。残念ながら馬鹿に控えていた武士に直前で財布は奪われ、武士は恭しく武本に俺の財布を差し出すではないか。それもそのはず。肩までのストレートの黒髪のカツラを被っている武本は、どこから見ても絶世の美女でしかないのだ。


「あーあ。友君は。武本君の完全なる下僕だね。」


 山口が相棒をあざ笑うその通り、武本を着飾らせた女性警官達もその葉山の振る舞いに笑いさざめき、武本も一緒になって笑っていた。

 俺の財布から服代を支払いながらであるが。

 楊に頼まれた彼女達が、署の近所にあるらしい安い服屋で買って来たのだ。


「楊とこれから警察署ここの目の前の豪邸にお出かけだとあの格好だが、あいつが楽しそうだからいいか。」


「松野さん家ですか。どうして彼が。」


「楊の野暮用なんて俺は知らねぇよ。今日の俺は別の現場に行く必要があるし、あいつを安全に匿って欲しいからかな。」


「いつもはどこに行くにも一緒じゃないですかって、僧衣じゃあ山の仕事ですか。」


 俺は山口にちらりと目線を動かし、「集団自殺」と口の動きだけで伝えた。


「あぁ。」


 俺の売れない大きな土地が相模原東署近くにある。

 戦後すぐに広大な殆ど山を更地にして住宅地として売り出され、しかしながらバブル時代に地上げにあって廃れた土地だ。バブルに乗った地主達が土地を抵当に無謀な借金をして、それが全て焦げ付いた、というあの時代の良くある話だ。


 俺が買ったのではなく、元々楊不動産が持っていた土地で、俺が競売部門をそのまま譲渡されたときにそのまま受け取る羽目になった負債である。楊が俺に頭があがらない時があるのは、俺が彼らの負債を抱えたと思うからなのだろう。

 俺にしてみれば、純然たる儲けも勿論必要だが、負債、それも多額の負債が銀行にある方が商売に良い時もあるという事だ。

 負債は信用ともなるのだ。


 その土地を買いたいという話を最近俺は受けており、ほったらかしの土地をここ数日俺は日参して、売るまでの確認作業をしているのだ。

 俺の土地は俺のものだから手付かずだが、そこを囲む土地はすでに俺に話を持ってきた業者に所有権の移転が済んでいるらしく、すでに建物の解体や整地作業が始まっている。

 ある一角などは既に基礎躯体工事も済み地上躯体工事に取り掛かってもいる。

 そういう状況に見えた。


「宗教団体の集団自殺があったせいで、そこにショッピングセンターが建つ計画が流れたって奴ですね。」


「そうだ。あいつをあんまりそういう処に連れて行きたくないんだよ。」


「自殺した霊を見せたくないですからですか?優しいですね。」


「まだ死体があるって言い張ったら困るだろうが。俺は最近そこを買いたいと言ってきた鴨に、そこをさっさと売っぱらいたいんだよ。言い値でね。」


「あの、その僧衣は一体何のために。」


「俺は坊主だしな。寒いんだよあのあたり。和装って意外と温いぞ。」


 山口がぽかんとした間抜け顔で俺を見返しており、俺は山口って純な奴だと純粋に思ってしまった。俊明和尚が俺を「純」だとからかっていたと思い出したが、俺はこんな馬鹿ではなかった筈だ。


「カツラは駄目だって、返さないとです。」


 大声を上げたもっと馬鹿が数メートル先でぴょんぴょん飛び跳ねており、俺はがっくりと脱力してしまった。


「お前は男の子を主張していただろ。」


「最近は男に娘でおとこのこって読むらしいじゃん。おお、めんこいめんこい。」


 ぱちぱちと拍手をしながら、楊が俺の右隣に座ってきた。


「何の為にあいつにあの格好だよ。」


「うん?今日は俺の婚約者の梨々子ちゃんとして松野に行くの。ちびがね、葉子をあの安全堅牢な家から動かしたい奴らがいるって言い張るってことはさぁ、警備課の連中にテロの関係者がいるかもしれないって事じゃん。ちびの存在は隠しておきたいかなってね。」


「松野さんとやらは、孫が誘拐されたと聞けば、いくらなんでもその堅牢な家を出るよな。あいつを囮にするつもりなのか?」


「まーさか。あそこが絶対に安全ならばね、あそこにちびを置きっぱはどうだろうって話。お前が嫌か?いいだろ。お前が俺にちびを預けに来たのは、ちびが三日前に襲われたからだろ。」


「え、嘘!三日前って!何をやってんですか!」


 山口が大声で叫び、俺は煩いと目を閉じた。

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