序章
馬はいななくの続きとなります。
本山の高僧に干されていた男が、彼を干していた高僧自身から二つのお題を授けられた。
ひとつ、債権付き競売不動産業に携わっているスキルを使い、現在競売の危機にある物件を必ず手に入れること。資金は山から出すが表立って出せない事情のため、お題を受けた男、つまり良純和尚が山から借り受けた形をとり、足りない金は良純和尚が自身の財産から補填する。
尚、その物件の売買に関しては山の精査を受けた上で行われなければ為らず、その商談で得た利益の十パーセントは山に布施として納めること。
良純は天敵だと彼が考えている照陽和尚を唖然として見返した。
良純の目の前の高僧は、がっしりとした大柄な体格の上に乗った顔も男性的で、頬骨が高く顎の作りもしっかりしているという、彼が内心「テルテル坊主」と呼んでいるあだ名とはかけ離れた外見であるが、その厳つい顔で、唖然としている良純をただただ悠然と見返した。
「俺に利益が出んこつせんか!」
気がつけば良純はただの男に還り、ただの商売人でしかない言葉を発してしまっていた。
それも彼が大昔に捨てた言葉で、である。
すると、照陽は良純の叫びを聞いて叱るどころか、その角ばった顔を柔和にさせてフフフと嬉しそうに笑い声まで立てたのである。
「おや。和尚は仕事が欲しいのではなかったかな。」
勝利宣言の顔で格下の良純に対してふふんと鼻で笑う男に、敗北感だけを感じながら良純は頭を深々と下げるしかなかった。
「…………申し訳ありませんでした。それではお申し出のとおり私は――。」
「まだあるから。」
「はい?」
「最初に二つって言ったでしょうが。せっかちだね、和尚は。一つ目を成功できたら先程話した物件の元々の所有者の檀家をね、それらの法事を君が受け持ってもいいよ。君は坊主の仕事こそしたいのでしょう。」
「――お話では、その檀家衆は既に山から離壇しているではないのですか。」
目の前の若造よりも山どころか世間を知っている高僧は、ニヤリと、高僧にあるまじき狡猾な笑みを青二才の三下坊主へ返した。
その笑みの意味するところは、「元の檀家を改宗させろ」が二つ目どころか本当の命題だろう。
良純和尚は畜生と心の中で舌打ちをしながら、山そのものである高僧の前からすごすごと退出するしかなかった。
山に恭順の意を表わしてしまった彼は、今や山の歯車のひとつでしかない。