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LINE 弁護士

作者: 奥嶋光

始まり


弁護士。皆さんは弁護士という人達にどんなイメージを抱くのだろうか?

正義感が強く熱い人、理論派の切れ者、人情派の人、映画とかドラマのイメージだとそんなところか。

私は今まで弁護士に依頼した事は2回ある。私が犯罪を犯して弁護を依頼したのではなく、交通事故の示談について依頼した事があるのだ。

その時は普通のおじさんだった、しかし都内の事務所で仕事しているのでベテランでキャリアも豊富なのだろう、落ち着いた人に見えた。

今回書いていくのはそんな弁護士とは違うタイプの弁護士とのやり取りである。



きっかけ


きっかけは家族が事件に巻き込まれた事だった。

ある日車で自宅に戻った時に私が駐車場に車を停めようとすると、向かいの駐車場に大人が7、8人いた。こんなところにいつもは大人が大人数でたむろしている事などない。近くの中学校の生徒がたむろしてペチャクチャ喋っているのはよく見かけるが。

私は直感で刑事かなと思った。少し離れたとこに覆面の捜査車両があり確信に変わる。

その人だかりを見ると何と私の嫁がいるではないか。

何があったんだとドキドキしながら急いで車を停めて歩み寄ろうとすると、車を停めた瞬間に私にその中の長身メガネの男が近づいてきた。

「ご主人ですか?実は奥さん事件に巻き込まれて今現場検証してます。怪我とかはしてないので、ご安心下さい。」

そう言われて嫁を見ると落ち込んでいた、メガネもずれたまんまでポツンと立ちすくんでいる、怖かったのだろう。

刑事の言う通り怪我した様子はなさそうなのでひと安心した。

どうやら見知らぬ男に刃物を向けられて脅かされたらしい、とっさに逃げたので大事には至らなかったのが幸いだった。

犯人はその場から逃走し、嫁が110番通報して警察に来てもらい現場検証してるところに私が帰宅した訳だ。

その後は調書を取ったり捜査に協力して欲しいというので、出来る限り協力した。

何回も同じ話をさせられたり、警察署に行ったりしたので嫁も大分滅入ったようでぐったりしていた。

事件から2日後、捜査の甲斐あって犯人を逮捕したと嫁に電話連絡が来た。

逮捕容疑は強盗未遂で何と犯人は未成年だった、嫁はびっくりしていた。30歳前後のオタク風な男と証言していたのだ、犯人は実年齢よりだいぶ老けてる少年オヤジかと私は思った。

それから数日後地検の事務官から今度は検事が調書を取りたいという事で嫁に連絡が来た。

その時に相手は国選弁護人を付けている事、示談を提案されるかもしれない事の2点を聞いた。

弁護人に連絡先を教えて良いかと言われ妻は事件のショックもあり自分では話したくないので夫である私の連絡先を教えた。

それがこの話の弁護士で、加害者の弁護人vs被害者の旦那という図式である。


いざ勝負


地検の事務官に妻が私の連絡先を教えると、次の日の夕方電話が鳴る。

バイブしてるiPhoneを見ると私が住んでる町の隣の市の電話番号と出ていた。


弁護士「私加害者の弁護人の鈴本と申します。今お話ししても宜しいですか?」

若い男の声だった、20代か30代か。


私「はい、どうぞ。」

緊張と怒りを抑えながら言う。


弁護士「この度は誠に申し訳ございませんでした。奥様はこの度の事で傷付いておられると思います、そのような中恐縮ではございますが私が賠償の窓口とさせて頂きますので宜しくお願いします。」

そんな挨拶から始まった。


私「そうですね、家内はひどくショックを受けていて今そんな話ができる状態ではないんですよ。」

私は現状を伝えた。


弁護士「そうですか、加害者も今回の事を大変反省しております。また、まだ子供という事もあり将来もあるので謝罪を受け入れて欲しいのですが。」


私「そんな事情は私達には関係ありません、謝罪というのは具体的にはどういうものですか?」

少しイラつきながら私は答えた。


弁護士「はい、加害者とその両親の謝罪文。後は少しばかりですが賠償金もご用意しております。」

そう言われて私は加害者と両親がどんな人柄か少しでも知る為に謝罪文はもらう事にした。


私「分かりました、謝罪文は送ってもらいましょう。」


弁護士「ありがとうございます、ではさっそく用意して郵送させて頂きます。それと賠償金なのですが、是非とも受け取って頂いて示談という形にして頂きたいのですが…。」


私「今のところ示談については考えていないんですけど、賠償金っていくらなんですか?」

話をグイグイ進めてくる弁護士を制するかのように私は聞いてみた、すると。


弁護士「未成年でお金もないので5〜10万円位がやっとなんです。本件は被害者が怪我もしていないので、これ位が妥当かと。」

私はそれを聞いて怒りが込み上げてきて胃がムカムカしてきた、夕方で空腹だったので尚更だ。


私「随分と舐めた金額ですね、それとその言い草。この電話の内容はとてもじゃないけど家内には伝えられませんよ。」

怒りを抑えながら応戦する、この弁護士には人の気持ちが分からんのか!と思った。


弁護士「舐めている訳ではありません、強盗未遂で逮捕されましたが物や金銭を奪っていませんし怪我もさせてません。そうなると脅迫罪になるので相場はこれ位になるのです。」


私「う〜ん…。」

納得いかず言葉が出てこない、当然ながら法律面では弁護士はプロなのだ。頭の中で反撃の糸口を考える、今の私はやられた嫁の借りを返さないと、という気持ちがあるのだ、重責だ。


弁護士「それと加害者は未成年という事もあるので厳しい処分が下されないのです。ですから少しでも奥様の傷を癒すために賠償金を受け取った方が良いと思うのです。」

私は畳み込まれた、さてどうしたものか。

淡々と理詰めで攻め込んでくるこやつにかましてやらねば。あっ そうだ怒れば良いんだ、そう思った私は。


私「こっちは示談したいとは一言も言ってねえよ、何勝手に話を進めてんだ?それとな、未成年で刑事では処罰されないなら民事では責任取らすからな。そのガキにも払わすけど親にも責任があるな。」

私はイライラしてくるあまり言葉遣いもラフになった、しかし決まったと思った。


弁護士「そうですか。親の責任というのはですね、加害者は未成年といえど19歳なので充分に責任能力があるといえます。なのでその両親には法律上支払う義務はないのですよ。」

ありゃりゃ、返す刀で斬られた。私はこれ以上話しても平行線になると思い交渉を打ち切る事にした、イライラも積もってたしね。


私「貴方が思ってる以上に家内のショックは大きい、これから心療内科にかかる予定だ。何かしらの診断書も出るかもしれない、となると5〜10万など話にならない条件だ。これから弁護士相談もするので現時点ではお断りだ。」

私は突っぱねて終わらそうとした、すると。


弁護士「それがいいですね、弁護士相談なら法テラスというのがあります。私の所属している弁護士会でもやっていますしね。」

こやつは負けず嫌いなのか負け惜しむように言葉を吐いた、私の不快指数はかなり高くなっていた。よろしいならば戦争だ。


私「オメーと話してっと何かムカつくな。被害者の感情逆撫ですんなら、もう電話掛けてこなくてもいーぞ。」

突き放す為にあえて言葉遣いを汚くした、こっちがムカついてるのを相手に気づかせる為に。


弁護士「すいません、今日はこれで失礼します。」

相手がキレ気味だと感づいたのか鈴本はあっさりと引いた。


弁護士との通話を終えた私には不快感だけが残った。くそがっ 腹も減ってるし。

夕飯の時晩酌しながら嫁にも内容を伝えると、「5〜10万なんて安いね、軽く見られて嫌だな。」と不満げに言っていた。

私は泡盛ロックを傾けながらさっきの電話を思い返した。

とりあえず弁護士鈴本のデータは、25〜35位の若い男、負けず嫌い、落ち着いた理論派、冷血な男だと私は思い込んだ。




謝罪文


電話をした翌日から罪と示談相場をネットで調べたり、弁護士に相談してこちらも対策を立てた。

嫁と話した結果未成年で裁かれないなら、なるべく慰謝料としてお金を払わそう。示談がまとまらないなら民事訴訟を起こして請求して払わそうという事にした。

加害者には絶対タダでは済ませたくなかったのだ。

私が住む家にかけてる火災保険には弁護士費用特約が付いており保険会社に相談すると使えると言われた。

訴訟となると費用、手間、時間がかかる、判決後の回収リスクなどあるが弁護士費用が保険で賄えるとなると心強い。

懐に武器がある気分になった私は示談交渉が決裂しても行くとこまで行ったろうという気持ちだった。

そういえばあれから連絡来ないな、そう思い始めた頃に鈴本の事務所から郵便が来た。

彼の名前を冠した法律事務所からの封筒を開けながら、私は凄いな若いのに自分で開業してるのか、と思った。

若手のやり手から届いた封筒を開けると中には便箋が5枚、書類1枚が入っていた。

内訳は加害者少年の反省文が4枚、母親が書いたと思われる両親連名の反省文1枚、鈴本からの連絡事項書類が1枚だった。

私は嫁と2人で反省文を読む、少年のは同情を誘っていて自己保身の印象を受けた。両親のは沈痛な思いを感じた、可哀想に…。お母さん字が綺麗だった。

そして鈴本からの書類を読むと、今回の事で本人は反省して両親も親としての責任を感じている。ついては謝罪文と賠償金20万円を用意したので合意して欲しいという内容だった。

「20万だってさ、どうする〜?」「20万か〜 何かな〜。」そんなやり取りを夫婦でしながら書類の下の方まで読んでいくとそこには……。


変なやつ


私「んっ?何だこれ?」

嫁「どうしたの?」

私「今後はLINEでやり取りするらしい(笑)」

嫁「えっ?何それ?」


書類の下の方にはこのように書いてあった。

【先日のご無礼をお許し下さい。私と電話をする事でご主人様を不愉快にさせてしまった事を受け止め、1つ提案がございます。ご主人様が宜しければLINEでやり取りしたいのですが如何でしょうか?私のLINE IDはこの用紙に記入しておきます。私の業務用電話にご主人様の番号を登録したので友達追加をオンにしたら私のLINEアカウントが出てくるかもしれません。ご連絡頂けると幸いです。】

このような文章とLINE IDが記載されていた。最近は店舗とかでもLINEのアカウント作ってるみたいだし、そういや中古車屋で働いてる友達も店舗のアカウントでお客さんとやり取りしてるとか言ってたな。

画像とかも簡単に送れるし確かに便利かもな、けど俺らとこいつは友好的な関係じゃないんだけどな。

何だかな〜と思いながら、送られてきた封筒に書いてある法律事務所をググってみる。その横では嫁も書類を最後まで目を通してアハハと笑っていた、事件以降初めての笑いだったと思う。

ググって観てみると、どうやら去年開業したらしい。

鈴本の経歴を見ると慶應義塾大学卒からの早稲田大学院卒か、そして弁護士事務所を開業するに至る。金持ちの息子のエリート像が浮かんだ。

Fラン大卒の私は彼の学歴の良さにコンプレックスと脅威を感じた、頭の良さでは勝てそうにもない。

それとSNSを駆使した交渉を提案するなど柔軟性も兼ね備えている、なるほど手強そうだ。

私は書類にあった通りLINEの友達自動追加と追加を許可をオンにしてみた、すると私の友達リストにお友達かも?と鈴本のと思われるアカウントが表示されていた。

見てみると奴の名を冠した弁護士アカウント、しかも公式とある。公式って…(笑)

奴のアカウントのイメージ画像は六法全書だった、自分は法律を熟知していて手強いですよというアピールか、私は無言の圧力を感じた。

嫁にもiPhoneを渡して見せると無邪気にも笑っていた、しかしそんな嫁を尻目に交渉人である私はプレッシャーを感じていた。

その日の晩酌、いつもより泡盛が違う意味で進んだ。

どうやって奴と渡り合うか、交渉人として条件を釣り上げるか。嫁の手前もあり簡単に引き下がる訳にはいかない、加害者側にも痛い思いをさせないといけないのだ。

そんな事を考えるあまり、とうとう私は酔いつぶれて寝てしまった。


LINE ジャブからのファイト


翌日私は考えた末にLINEしてみる事にした、悩んだのはSNS上とはいえ友達として繋がる事に抵抗を感じていたからだ。

しかしよくよく考えると事務所への固定電話に電話するのも面倒臭いし、外出していて繋がらないなど不便な事もある。

こっちもいちいち時間を取られるのでLINEの方が都合が良いと思ったのだ。

そしてiPhoneを取り出してLINEを開くと、お友達かもと表示されている彼の公式アカウントを友達に追加してみた。

あっさりと鈴本の公式アカウントと友達になった、初球何から入ろうか。

ようし、まずは牽制から入ろう、ボクシングだって左を制する者は世界を制するって格言があるしね。緊張気味の私は色んなスポーツがごっちゃ混ぜになっていた。


私・謝罪文と書類見ました。しかし家内は難色を示しています、だいたい加害少年の反省文は何ですか、同情を買うような文章で自分に酔っているんじゃないですか?


ポッ。投下してやったぜ、さてどう返してくるか。何時間かしてからレスが来た、私はすぐに見た。


弁・ご連絡ありがとうございます。そうですか、奥様はその後如何ですか?謝罪文は彼がまだ未熟な少年という事もあって至らない内容だったと思いますが彼なりに反省はしております。


私が最初のレスを読んでると既読が付いたのか、その後連発で来た。ポッ ポッ。


弁・【20万を並べた画像】

弁・もう加害者側から受け取っていて直ぐにでも送金できる状態です。


電話の時よりもLINEの時の方が素直な印象を受けた。

やっぱり最近の若い子は自分の語りとか喋りよりメールとかメッセージの方が正直な気持ちを伝えられるのかなと思った。

しかし画像で釣ろうってのか、万札並べた写真送るなよ。(笑)人によっては怒る人もいるんじゃねえの?私は不覚にも笑ってしまった。

しかし画像で送った方が用意した賠償金の重さを感じさせる事ができて効果があるのかもしれない、私は納得してしまった。


私・家内はまだショックを受けていて外出もままならないんです、この前の電話でお話しした後、弁護士に相談しました。やはり20万という金額ではとてもこっちの損害に見合わないですね。

私・それと身元を明かさない人とはこういう話し合いもできません、住所と電話番号も教えて下さい。


警察からは加害少年の名前しか聞いておらず、両親の名前も謝罪文で知った私達はその他の情報は知らなかった。

民事訴訟する時の材料の為に少しでも情報が欲しかった。

交渉人私は突き放す、ポッ ポッ。


弁・そうなんですか、申し訳ございません。依頼人の情報は勝手に教える事ができないんです、今は賠償の話でそれは必要ないと思うのですが。

具体的にはいくら位が妥当だと思われますか?


すぐレスが来ると、そうヒアリングされた。


私・現段階でこちらから金額を言うつもりはありません。損害がトータルでいくらになるか分かりませんし。


弁・そうですか、示談相場だとこの金額が妥当だと思われますので20万円のご提案をしたのですが。

弁・完全に許す示談とかではなくて、あくまで損害の一部として受け取って頂けませんか?


ポッ ポッ 連発された。


私・一部でも受け取ったら処分が軽くなるでしょ、身元も明かさない人から20万も受け取るつもりはありません。

私・こっちは引っ越しとか考えてるし、嫁が家事できないからその分の休業損害とかもあるよ、20万じゃ話にならない。

私・加害少年がお金無いのは分かるけど、両親は申し訳ないと思ってるなら賠償金用意できないんですか?


私は負けじと3連発で返してやった、ポッ ポッ ポッ。


弁・そうですか。実は加害者側がお金が無い家でして…。


何だそりゃ、そんなん言ったら我が家だって裕福ではない。


私・お金が無い?生活保護とかなんですか?


弁・そういう訳じゃないんですが… 裕福な家庭ではなくてですね。


私・ちゃんと働いてるんでしょ?それなのにお金が無いというのはどういう事ですか?

私・もしかして賠償する意思が無いという事ですか?


私は連打で畳み掛ける、ポッ ポッ。


弁・そういう訳ではないんですが、現段階ではこれがやっとなんです。


私・そうですか、じゃあなんとか工面するしかないですね。こっちだって何百万とかを払いなさいと言ってる訳ではない。

私・ところで貴方は依頼人とか交渉相手とよくLINEでやり取りするんですか?確かに電話より便利だ。


話が平行線になってきたし、合意する気もないので気になってた事を聞いてみた。


弁・分かりました、依頼人に相談してみます。

弁・そうですね。了承を得た場合のみですけど。電話だとタイミング合わない時もありますし、LINEの方が空いた時間で観れて早いですしね!


文章の最後の方、何テンション上がってるんだ。(笑)私は鈴本と気持ちが通じ合った気がした。


私・確かに便利ですね、まだ合意出来ないから加害者側に聞いといて。

私・合意出来なかったら民事訴訟で請求するから宜しく!またね。


飽きた私は切り上げる事にした、ポッ ポッ。


弁・分かりました、ご連絡ありがとうございました。


こうして鈴本との第2ラウンドが終わった。しかし第1ラウンドの電話でのやり取りより遥かに精神的な負担は軽減された。

成る程、こりゃ良いわ。やるなアイツ、出来るっ!!

私は敵ながらあっぱれと認めてしまった。


停滞期を破る一撃


蝉が鳴く夏真っ盛り、最後のLINEからもう1ヶ月が経っていた。

しばらく放置された私は少し寂しさを感じつつあった。なぜか鈴本は公式アカウントでちょくちょくタイムラインをアップしており、時事ネタに関して弁護士としての見解を述べたりしていた。

そんなタイムラインを観ながら私はヤキモキしていたのだ。

嫁は少しずつ日常を取り戻しつつあった、しかし包丁を向けられた事から包丁が怖くなり料理が出来ないなど日常生活に支障をきたしている。

1人では外出もしていない、私はそんな嫁を見る度に加害少年に対する怒りを思い出し、きっちり責任を取らそうと決意した。

自分が置かれている環境が大変だからと自暴自棄になって人に危害を加えるなど、そんな事をやっていい理由にはならないのだ。

そんな夏の日に家庭裁判所から書類が届く、事件調査官から事件の内容、今の心境、加害少年に対して色々記入するよう調査書という名の書類が入っていた。

警察にも検事にも長々と調書を取られたのにまた?とウンザリする嫁に書いとくよう私は促した。

嫁は事件の事を思い出すのが苦痛だと言っていた、可哀想に。

結局調査書には厳しく処分して少年院に入れて下さいみたいな内容を書いたらしい。

これ出してきてと言われ返信用封筒を渡された、これを出すついでに出したいものがあった、謝罪文だ。

謝罪文を加害者の家に送り返してやる、最後の交渉から1ヶ月経ちその後は何の音沙汰もない。

もう向こうは交渉を諦めたのだろうと私達夫婦は思っていた、そうなれば少年審判という裁判が終わってから民事訴訟をするまでだ、全面戦争してやる。

となれば謝罪文はもういらなかった。ただ捨てるのもつまらないから、頑なに身元を明かさない加害者の家に送り返して、いつでもおまえの家に行けるんだと意思表示してやろうと思った。

嫁は怖がっているが私にとっては憎き敵だ、ぶっ飛ばしたい気持ちはあるがそうはいかないので違法にならない程度に敵討ちをしたかったのだ。

実はこの1ヶ月の間で加害者の住所と自宅電話番号の調べはついていた、ここではその方法に触れないけど。

私は用意した封筒に加害少年と両親の謝罪文を入れた。家庭裁判所に送る封筒と2つ持って郵便局に行って出してきた。

その日の晩酌中、ある日突然あれが自宅に郵送されてきたら加害者の両親も腰抜かしてたまげるんじゃないかと期待した。

なんだこのワクワク感は、子供の時昼間、木に蜂蜜を塗って夜にカブトムシやクワガタが来ていないか待つ位の懐かしいワクワク感を抱きながら泡盛の水割りを傾けた。

嫁にもそれを話すと驚いていた、嫁はおっとりとした性格だから謝罪文を送り返すなんていう発想はなかったようだ。

さて、相手の出方を待つとしよう。


通知音


郵便局に行った数日後、iPhoneから通知音が聞こえた。

LINEが来ていた、観ると鈴本からだった。どれどれと思いながらLINEを開くと、


弁・もしかして謝罪文送り返しました?


予想通りの反応だ、1ヶ月ぶりのLINEが来た。


私・久しぶり!うん、もういらないし。


私は好意的に返信しながらも、素っ気なさも出してみた、ポッ。


弁・まずいですよ、依頼人から動揺しながら電話来ました。連絡があれば依頼人に直接じゃなくて私宛にLINEして下さい。

弁・てか何で住所知ってるんですか?


おいおい、随分と馴れ馴れしくなってきたなとiPhoneとにらめっこしながらニヤついてしまった。


私・何でだろうね。

私・あの件どうなってます?


私ははぐらかしながら聞いてみた、ポッ ポッ。


弁・今金策してる状況です、額についてはまだお伝えできないんですけど。


私・そうですか。LINEバイトで割りの良いバイトとかやるように提案してみたら?日払いだったらすぐ金入るし。


弁・分かりました伝えておきます、それ良いですね!


私・宜しく!加害少年はちゃんと反省してる?


私はとうの張本人の近況を聞いてみた。


弁・はい。反省の毎日を過ごしています、なるべく誠意を持って賠償するとも言ってます。


私・それならしっかり頼みますよ。うちだって嫁がまだショック引きずってて大変なんですから。


弁・分かりました、すみませんでした。


こんな感じで1ヶ月ぶりにコミュニケーションが取れた。電話でやり取りした時と比べるとかなり円滑な気がした。

一方で賠償交渉の話も進めながらも民事訴訟をする事も視野に入れ私は動いていた。

仕事の合間に弁護士と相談したり、不眠が続く家内にメンタルクリニックに行くように勧めたり。

メンタルクリニックを予約しようとして驚いたのは1ヶ月先まで診察を入れられないと言われた事だった。

最寄りの駅前にあるメンタルクリニックなのだが、まさかこんなに混んでるとは…。

どうなってんだ日本、どうなってんだ私の住む街、私は驚きを隠せなかった。

相談した弁護士が言うにはメンタルクリニックの診察と診断書の内容で慰謝料がだいぶ変わるという事だった、判例によるとこれ位からこの程度まで支払い判決が出てると言われ、そんなにっ!?と私達夫婦は驚いた。

ただし時間もかかるし相手の支払い能力で回収できるかどうかは分からんとも言われた、そりゃそうだ。

なので示談の交渉もしっかりやっといた方が良いと言われた。

ケースによるが法律の範囲内で認められる大体の金額が分かると安心した。

しかしあくまで1番は嫁が納得する形で解決できるのが良いと思っている。


奇襲


謝罪文を送り返して1ヶ月程経つ頃、鈴本の事務所から郵便が届いたようだ。

私は出先だったので嫁からのメールで知った。40万用意出来たから受け取ってくれという内容らしい。

嫁は考えてみるとメールしてきた、出先から私もしたいようにすると良いと返信した。

その日の夜帰宅してから書類を見ると二択の内容が書いてあった。

①40万受け取るのみ。②受け取って示談書を作成する。の二択だった。その書類にはどっちかに丸してサインと振込先の口座番号を書くよう指示してあった。

嫁は①40万受け取るのみの選択に心は傾いているようだった、しかし私はまだ返事を出すなと言った。

まだやりたい事があった、知りたい事がある。

それは加害少年の親がどんな気持ちでいるか知りたかった、親としてどんな風に思っているのか?それを知らずにはいられなかった。

一晩考えてみよう、寝て頭スッキリさせてから答えを出そう私はいつもそのスタイルだ。

その晩は風呂入ってさっさと寝た、よく眠れ雀の鳴き声で起きる。

決めた、今晩電話してみよう。民事訴訟する場合は直接やり取りするかもしれないから挨拶代わりにと。

夜ならいるだろうから夕飯食った後に電話してみよう、そう思った私はその日何を聞くのかリスト化して準備した。

帰宅し、夕飯を済ませてから嫁が見守る中iPhoneを手に取る、緊張のせいか手汗が出てきた。

調べ上げた固定電話の番号をプッシュし発信、iPhoneをスピーカーにしてテーブルの上に置く。

プルルルル、プルルルル、プルルルル、プルルルル、ガチャッ!


相手「はいっ もしもし?」

女の声だった、きっとお母さんだ。そう思った私は謝罪文に書いてあった母の名を呼んでみた。


私「【母の名】さんですか?」


相手母「はい… そうですが、どちら様ですか?」


私「初めまして【私の姓】と申します。【加害少年】くんが起こした事件の被害者の旦那です。」

私は緊張を抑えながら名乗った、どんな母親なのか分からないのだ、少し胸がドキドキした。


「ガタンッ」んっ???何か音がした。

あれっ?もしかして受話器を落としたのでは?夫婦2人で顔を見合わせてしまった。


相手母「………ガチャガチャ、すみませんっ。突然のお電話で何をお話しすれば良いか……。」

母はかなり動揺しているようで、オドオドしているようにも思えた。

どうやら本当に受話器落としたらしい、映画とかドラマみたいだなと思った。


私「これからのお話ししたいと思って電話したんですけど、弁護士通すと遅いから直接電話しちゃいました。今ちょっとお話し出来ますか?」

私は淡々とそう伝えた。


相手母「はい、示談については弁護士に任せているんです…。なのに直接お電話してきたというのは何かお考えがあるのでしょうか?」

何かに怯えているようだった。


私「色々と思う事はあります、今回の件親として率直にどう思ってるんですか?」

私は聞いてみた。


相手母「そうですね… もうすみませんとしか言えないです…本当に… 申し訳ございませんでした… ううぅっ… ああぁぁ…。」

母は堰を切ったように泣き始めてしまった、はやっ。私達は驚いてしまい再び夫婦2人で顔を見合わせてしまった。

息子の不祥事に落ち込んでしまい、被害者に対しても申し訳なく思っているちゃんとした親御さんで良かったと私は安心した。


私「もしもし?お母さん、落ち着いてお話しできないようですからご主人に変わってもらえますか?【父の名】さんいます?」

泣かれて困った私はなだめるように父に変わるよう促した。

普通はこういう時、一家の主人が話をつけるものだと思ったからだ、激しく泣いてる人とはスムーズに話せないしね。


相手母「いいんです、私が聞きます… うっうっ…。」

母は気丈にも自分が相手すると言う。


私「あれっ?もしかして【父の名】さんはまだお帰りじゃないんですか?」


相手母「おりますが、私で良いんです… しくしく…。」


私「大丈夫ですか?えっと、弁護士から40万払うと書類届いたんですけど、40万じゃ示談書は書くつもりはないんです。私の家内も今回の事でかなり参ってますんで。」

私は情に流されず主張した。


相手母「そうですか… 私もかなり動揺していて、何と言ってしまうか分からないので…。示談の条件については弁護士を通して頂けますか…?すみません。」

「そうですよね… 奥様怖かったですよね… 本当に申し訳ございませんでした… うちのバカ息子が… ううぅっ…。」

相当滅入ってるようだ、泣きながら話す母の声を聞きながら私達夫婦は心を痛めた。


私「分かりました、示談の条件については鈴本さんとお話しするようにします。」

こんなシリアスな場面では、とても鈴本とはLINEでやり取りしているとは言えない。それを知ったらこの母もびっくりして腰を抜かすかもと思った。

「確かに【加害少年】くんのやった行為に関しては最低で許せない行為だと思っています。しかし今回の事で【加害少年】くんやそのご両親を全部否定するつもりはないんです。」

「罪を憎んで人を憎まずです、けどきっちり責任は取って欲しい。双方が良い形で終われるようにしたいと思っています。」

私は気を使いながら主張した、ちゃんと自分の仕出かした事に責任は取らせたかった。私だって嫁を守る為に納得いく条件を持ち帰らないといけないのだ。


相手母「ううぅっ… ありがとうございます…。謝罪文が送り返された時、大変お怒りなんだと思っていました。直線謝罪する事が出来て優しい言葉をかけて頂けるとは思っていませんでした…。私だって同じ目にあったらどんなに怖いか。」

「本当は慰謝料だっていくらでも払いたいんです…。けどお金がないんです…。ううぅっ… ひっく ひっく…。」

あの謝罪文ちゃんと届いてたんだ、私は安心した。


私「お金がない?夏のボーナスは使っちゃったんですか?」

気になっていた部分を聞いてみた。


相手母「うちの主人は職人なのでボーナスとかはないんです…。」


私「そうですか、何とか用意して下さい。当の本人は反省してるんですか?」

親なら鑑別所に面会に行ってるだろうと思い聞いてみた。


相手母「はい… 毎日反省してます…。ううぅっ… ひっく ひっく…。」

息子の事に話が及ぶと母親はまた泣き出した、余程息子が可愛いのだろう。

自分の母親とは気が合わない私は羨ましく感じていた。

こんなに悲しんで心配してくれる親がいるというのに何て馬鹿で親不孝な奴なんだろう。

泣き崩れた様子の母にも気の毒だと思い始めた私はもう電話を切り上げる事にした。


私「分かりました、今日のところはもう切ります。また改めて弁護士に話しますから、お母さん気を確かに持って下さい。それでは失礼します。」

プッ。iPhoneの通話を切った、私達夫婦の間に重苦しい空気が流れた。

それにしても最後気を使い過ぎたな、被害者はウチなのに、それに聞く事リストの半分も話せなかった。

通話をスピーカーで聞いてた嫁も同情したのか、少し目が赤くなっていた。

あんなに号泣される事など日常生活では無い、感情を揺さぶられた私はクールダウンの為に飲む事にした、今日は冷酒にしよう。

熱くなったハートを冷ますにはキリッとした冷酒が良いと思った。

普段は飲まない嫁と2人で飲んだ、そして今回の件について色々と話し合った、母親も気の毒な位落ち込んでるからそろそろ折り合いつけてあげようとか、自分の嫁が電話しながら泣いてるのに親父は何で電話に出てこないんだとか。

こういう時は親父が先頭切って出てくるもんだと思っている私は不思議に思っていた。


私を通して


加害者の実家に直接電話した翌日の夕方、鈴本からLINEが来た。


弁・前にもLINEしたと思うんですけど直接やり取りはしないで頂きたいのです、私が代理人ですので。気軽にLINE下さい。


やっぱ来たなと思った。昨夜夫婦で話し合った結果、母親が落ち込んでいるのが声から感じたので折り合いをつけて和解の方向で話を進めようという事になった。

息子を思う母の気持ちに免じてあげたくなった、しかし簡単には許すつもりはない。

今回の事でご両親は可哀想だと思うが、加害者である息子には痛い思いさせなくてはいけないと思った。

その上で更生して欲しいというのが私達夫婦の考えだ、少年であるが故に大した処罰はされず痛い思いを味わなければまたやるかもしれない。

某女優の何回も覚醒剤で捕まっている息子はきっと痛い思いをしていないから罪を繰り返すのだと思う。

覚醒剤は依存するとはいえ、出所して母親に金せびって楽して、痛い思いをして後始末をせずにきたからこうなったのだろう。

私も随分と昔にスピード違反の赤切符2回立て続けに食らった事があった。罰金は6万、6万で計12万円。それと免停講習に2回行った、この時は凄く痛い思いをした。

今こうやって書いてみると自業自得で馬鹿な事をしたもんだと思うが、その時痛い思いをしたせいでもう絶対にスピードは控えて安全運転しようと決めたキッカケになった。

なので私はこう返した、ポッ ポッ。


私・どうしても直接話してみたくて。とりあえず40万は貰っておきますけど、示談書は書きません。

私・60万ならいーよ。


弁・分かりました!伝えておきます。直接の何を話したんですか?


鈴本のテンションが少し上がったのを感じた、示談のめどが立ったからだろう。


私・どんな親か知りたかったし、今どんな気持ちでいるか聞きたかったからだよ。

私・お母さんだいぶ落ち込んでたね、どんな感じの親御さんなの?


私は聞いてみた、ポッ ポッ。


弁・お父さんは不器用そうで寡黙な感じで、お母さんは控えめな感じの優しそうなお母さんでした。

弁・お母さんの方は憔悴してる感じでした、なんとか賠償金用意するよう伝えておきますから!


よく依頼人の状態をそこまで明かしたな。(笑)

一区切りついたと思った私は鈴本自身の事に聞いてみようと思った。


私・LINEでやりとりするのっておもしろくて便利だなと感じたんですけど、いつからLINEでやり取りするようになったんですか?


弁・去年の春事務所開業したんですけど、外出する事が多くって。出先でも電話出来る時って限られるじゃないですか。だから夏前にはLINEでも良いよって言ってくれた人にはそうするようにしました。

弁・メッセージだと空いてる時間で観れるし、和解書とか示談書の内容確認するのにも画像で送れば郵送とかより早くやり取りできますから!


私・確かに、書類やり取りは郵送で何往復もすると時間の無駄だよね、効率良いと思う。

私・LINEでやり取りしても良いですかって聞いてどれ位の割合で許可してくれるの?


弁・統計取った事ないんで私の感覚値ですけど、依頼人8割、相手3割といったところですね。

弁・何でそんな事聞くんですか?


私・おもしろいから気になってね。依頼人8割は今のLINE普及率考えたら、それ位になりそうだけど相手3割は低く感じるね。


弁・そうですね〜 相手の場合は敵対感情がある場合が多いですからね。

弁・もっと相手方とLINEで交渉できたら効率化できるんですけどね。


私・LINEアカウントに公式ってあるんですけど、非公式もあるんですか?後、プライベートは別にあるんですか?


弁・非公式は無いですw

弁・業務用携帯で公式アカウントが1つ、私用携帯でプライベートアカウントを1つもってます。


wってネットで遊んでるんじゃねえんだぞ、大人のやり取りで使うなよ(笑)と思いながらニヤついてしまった。

ちょっとふざけたくなった私は聞いてみた。


私・弁護士ってモテそうだけど、鈴本さんって彼女いるの?


弁・何ですかイキナリw いるようないないようなって感じですね。


女かお前は。(笑)乙女チックな奴だと思いながら聞いてみた。


私・鈴本さんってネットとかSNS上ではキャラ変わるって言われるでしょ?


思い切って聞いてみた、ポッ。


弁・言われる事あります、私はシャイで不器用な性格なんだと思います。


よくそんな性格で弁護士なんかやろうと思ったなと私は思った。自分から聞いておいて恋バナを振ったけど、急に面倒臭くなった私はそのまんま既読スルーした。

早く帰宅して夕飯食いたくなった、あー腹減った。

私はこのLINEのやり取りを嫁に話してやろうと家路についた、今夜の夫婦の会話トップニュースだ。

腹が減った私は嫁に今夜の夕飯をメールで聞いた、ハンバーグだよと返信が来た。

よっしゃ、早く帰ろうっと。


決着


鈴本のLINEを既読スルーしてから半月位経った頃、鈴本からLINEが届いた。


弁・20万追加で用意できました!示談書書いて頂きたいんですけど、画像送るのでご確認お願いします。


久しぶりに届いたメッセージは前より堅苦しく感じた、既読スルーが影響してるのか。


弁・【示談書の画像】

弁・【20万並べた画像】


あっ、また現金並べたやつだ。以前も送られてきたのを思い出した、そして私は示談書の内容をiPhoneの画面で引き伸ばして、良く読んだ。

まあ、これでいっか。嫁に交渉の全権を委ねられてる私は帰宅してから事後報告する事にした。

実は前回鈴本のLINEを既読スルーしてから数日後に40万が嫁の口座に振り込まれていた。

示談書をやり取りする際にまとめて60万振り込むのかと思っていた私達は対応の早さに安心した。


私・久しぶり!示談書の内容確認したんで郵送して下さい。入金確認してからすぐ郵送するんで、入金したらLINEで教えて下さい!

私・【指立ててる定番のスタンプ】


これでやっと片付くとホッとした私は親しみを込めてLINEした、しかもスタンプ付きで。ポッ ポッ。


弁・【何かのキャラクターがありがとうと言ってるスタンプ】


スタンプで返された、ファーストコンタクトは荒れたとはいえ今はもう私と鈴本の間に信頼感さえあるような気がした。

翌日速達で届いた、LINEで入金しましたと連絡も来た。

私は嫁に示談書を書いてポストに投函するよう指示する。

それから数日後、私達夫婦は温泉旅行に出掛けた。目的は嫁の心の平穏を取り戻す為だ、場所は群馬県の高所に有る天空の秘湯。

久しぶりの温泉旅行で嫁は喜んでいた、温泉に浸かって夕飯を食べて夜バーカウンターで2人で酒を飲みながら今回の事を振り返る。

事件発生から3ヶ月程たってようやく賠償は済んだ、これから加害少年は少年審判(成人でいう裁判)をする。

初犯で非行歴も無く被害者と示談が住んでいるので、少年刑務所や少年院に行く事無く保護観察処分で家に帰れるとの事。

そうなると、しばらくは保護司と週に何回か面談をしながら日常生活を送れるらしい。

私は10代に不良をしてた訳じゃないので、このような鑑別所、少年院、少年審判というのは映画とかドラマでしか見たようなイメージしかなかった。

まさか私達夫婦が被害者という形で関わってしまうとは、思い出しても嫁が殺されたり大怪我をしなくて良かったと思う。

しかし賠償も済んだので、後は少年審判が終わり家に帰れたら加害少年には真っ当な生き方をして欲しいと思っている。

あの泣きながら私達夫婦に謝ったお母さんの為にも、あんなに泣いてくれた親がいるおまえは決して1人じゃないんだ。

そう思いを馳せながら私達は天空の秘湯で心身の疲れを癒した。


鈴本LINE弁護士


あれからどうなったかというと。示談の1ヶ月後位に少年審判があり、保護観察処分になったようだ。

ちょうど秋で私達の住む町では木々が色づいていた、鈴本とは示談以降連絡は取っておらず少年審判の結果も家庭裁判所からの通知で知った。

少年審判の結果を知った秋に、もうLINEでやり取りする事もないだろうと思った私は鈴本の公式アカウントを友達リストから削除する事にした。

もう終わった事だしね、しかし奴には奇妙な感情があった。

やり合う中で好敵手のような認め合う感情が芽生えた、親近感というかなんというか友達みたいな感じか。

分かりやすく言ったら番長同士喧嘩したら仲良くなっちゃったみたいな感情だった。

しばらくiPhoneとにらめっこしながら親指が震える、プルプル。

えいっ!親指を滑らせてタップすると、あっさり削除できてしまった。

鈴本公式アカウントが無くなると急に寂しさが押し寄せた、もう終わったんだ…。




それから月日は流れ早いもので、あの事件からもう一年が経とうとしていた。

私もそこそこ忙しい日々に追われ、嫁も落ち着いて日常を取り戻していた。夫婦2人で笑顔の日々を過ごせていた。

夏前に事件発生し、色々な交渉を経て夏が終わる。

少年審判があった秋が終わり、冬が訪れその年も終わった。

年が明けての初詣では、今年はトラブルもなく平穏な日々を過ごせますようにと願掛けをしたりした、そして今に至る。

そのせいもあってか年が明けてからは大きな災いもなく平和に暮らしていた。

実感した事が1つある。深刻なトラブルとかは嫌だが、多少のトラブルは日々のスパイスなるという事。

トラブルが起こればそれを解決する為に動いたり考えたりする、そうする事で経験値が増える。

嫌な目に会った事で平和を凄くありがたく感じるかもしれない。

同じ日々が続けば全てが当たり前になり、漫然と傲慢さが出てきてしまうのかもしれない。

楽あれば苦あり、苦あれば楽あり。私はそんな言葉を思い返していた。

実は今私は私的なゴタゴタを抱えていた。

そんな折、アイツを思い出した。鈴本だ、確か以前送ってきた書類にLINE ID書いてあったな。

家の引き出しを開けながら一応保管しといた書類を探す、有った有ったこれだ。

やっぱりLINEのIDも書いてある、連絡してみようかな。ちょっとドキドキしてきた。

昔ナンパした女とか、連絡先交換した女に久しぶりに連絡してみるのってこういう気分なのかなと思った。

意を決して私はLINEしてみた。


私・お久しぶりです、【私の姓】と申します。去年の夏頃少年事件の被害者側として連絡を取っていたのですが。覚えてますか?


ポッ。待つとしよう。

しかしすぐ連絡は来ない、1時間2時間…。

あれっ?なかなか来ないな既読になってるのに。

私は忘れられてしまったのかと少し不安になった、すると。

iPhoneが鳴った、アイツであってくれ!そう思いながらLINEを開くと。


弁・お久しぶりです!覚えてますよー

弁・どうしたんですか?法律相談とかなら一度私の事務所に遊びに来て下さい^_^


相変わらずSNS上ではテンションアゲアゲなアイツであった。(笑)とうとう会えるのかと思うとまた1つ楽しみが増えたと思う私だった。



〜完〜

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