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『美少女の尿の永久保存に関する研究』

作者: 清水悠生

 薄暗い研究室に、その男は居た。

 淡黄色の微小な結晶を手に乗せる彼は、それを眺めて楽しげに、嬉しげに、ただただ薄笑いを浮かべていた。


「素晴らしい。実に美しいな、君のコレは」


 男の傍には一人の少女が居た。

 彼女はこの研究所で、男の他に唯一働いている者である。ただし研究員ではなく、被検体としてだが。

 見目は美しいが、その服装は奇抜であった。その身を包む短めの貫頭衣は高級な生地が使われているが、それだけだ。だが、股間は下着状の革製のベルトで覆われていた。太股には同色の革製のベルトが巻かれ、外側にガラス瓶が固定されている。そのガラス瓶は、股座から伸びた透明のチューブと連結されていた。

 男の持つ結晶は少女から生み出されたものだ。

 結晶を愛おしげに見つめる男に、彼女は羞恥に顔を歪ませる。


「このド変態が」


 その結晶は、少女の尿から造られた物である。



『〈急募〉研究所でアシスタントとして働いてみませんか? 誰にでも出来る簡単なお仕事です。10〜20代の女性が活躍中! アットホームな職場です』


 こんな地雷としか思えない広告を出す所に応募し、更には採用されてしまったのは、やはり間違いだったのだろうか。

 胡散臭いワードが並んでいるが、しかし私の職場はかなり従業員に対する待遇が良い。

 まず、時給が一八〇〇ホーラ(一般的なアルバイトの場合、八〇〇から一二〇〇ホーラ程度である)。住み込みも可能であり、就業時間についてはかなり融通してくれる。休日も言えば貰える。泊まり込みで仕事をする場合もあるが、その分給料も増える(残業代込み)ので文句は無い。

 上司、と言うより所長もとても良い人物だ。比較的物腰が穏やかで仕事もきちんと教えてくれるし、たまにご飯やお菓子をご馳走してくれる。研究所を開くだけあって頭も良く、ついでに言えば見た目も良い。

 ただ。一見完璧に見える所長は、どうしようもない変態だった。


「では、ここでしたまえ。出来れば立ったまま。ああ、勿論衣服は脱がないでくれよ? 心配せずとも着替えは用意してあるからね、安心したまえ」


 就業一日目の事だ。

 尿意を催して、少々お手洗いへ、と言った私に対して放たれた言葉である。

 急にとんでもない事を言われて少しの間呆然としてしまった。

 この男は私に、出会って日の浅い異性の前で漏らせと言ったのだ。

 聞き間違いか、妙な冗談ではないかと思って所長を見ていれば。


「うん? ああ、これは業務内容に入っているから、やってくれないと困るのだが。面接の時に言っただろう、少々研究の手伝いをしてもらう、と。因みに私の研究は、美少女の尿の永久保存だ」


 美少女と扱われて最も嬉しくない瞬間だった。

 研究のアシスタント。誰にでも出来る簡単な仕事。広告に載っていた言葉の意味が解ってしまった。ついでに所長の変態性も解ってしまった。

 それでも私はやってしまったのだ。私はお金のために女としての、人間としての尊厳を捨てた。


「やはり私の目に狂いは無かったか。シエラ君、君は素晴らしいな。実に美しい光景だ」


 あんたの頭は狂っているよとか、やっぱりただの性癖じゃないかとか、色々と言いたい事はあったが頭の中に留めた。お金のためにこれ程屈辱的な目に合わされたのに、そんな些細な事でクビにされては堪らない。これも仕事だと割り切るつもりで居た。

 後にそれは間違いだと判ったが。案外酷い文句を垂れても所長は機嫌が良かった。それも性癖だった。


「……あの。永久保存が目的なら、何か容器に入れた方が良かったのでは……?」

「そうだね。しかし保存する事だけが全てではない。きちんと調査もしなければね。例えば成分の分析だとか。研究をする上で、結果は完璧に近い程良いのだから」


 羞恥を抑えながら疑問を呈すれば、凄く研究者らしい言動で返された。そして私に近寄って、足元に顔を近付けた。

 こいつ、匂いと味を見てやがる!



 仕事を始めて一ヶ月目の事。あれは酷かった。


「今日は出来る限り尿意を我慢したまえ。限界が来たら言うように」


 などと言われたので仕方なく我慢に我慢を重ねた。

 もう六時間は経っているし、事ある毎に所長が飲み物を差し入れてくる。

 脚を細かく動かして何とか尿意を抑えてはいるが、限界だった。


「しょ、所長、もう無理、無理です」

「もう少しだけ我慢したまえ。大丈夫だ、君ならやれる」


 とにかく所長に伝えなくては、と思った。

 報告した私に、所長は無慈悲にも我慢しろと突き放したのだ。

 既に限界である私は、跳ねるように脚を動かすが、しかし。


「駄目、駄目です、もう、あっ」


 絶望を感じた。

 私はその場に座り込み、ついに決壊したのだ。

 下着から始まり、スカートも、脚も、靴も、床も、全て濡らした。

 水溜まりが、私を中心にして出来ていた。


「……美しい。やはり、これこそが至高……。シエラ君、良くやってくれたね。……シエラ君?」


 何も言えなかった。

 頭の中は真っ白で、何をすれば良いのか分からなかった。


「……シャワールームへ行こう。立てるかい?」


 所長が手を貸してくれたのを覚えている。

 シャワールームまで着くと、私は服を脱いだ。全てが他人事の様に思えた。

 一ヶ月間。

 所長に見られながら漏らすのに慣れてしまっていた自分が居た。

 けれど、その日は。酷い絶望感と喪失感に襲われていた。いつもは浮かんでくるはずの羞恥とか、屈辱とか、そう言った感情が出てこなかった。


「う、うええ、ひぐっ」


 私はシャワーを浴びながら、ひたすらに泣いた。



「シエラ君。これを飲みたまえ」


 仕事を始めてから三ヶ月経った時の事だった。

 所長が突然怪しげな水薬を渡してきたのだ。どれ程怪しいかと言えば、見た目からして怪しいのだ。瞬く間に色が次々と変わっているし、変な音を立てているにも関わらず、泡も出ていない。量も丸底フラスコの三分の二程と多い(通常、水薬と言えば試験管の中程くらいの量だ)。


「……何ですか、これ。利尿剤ですか?」

「そんな愚かな事をするわけがないだろう! 尿は天然物こそが至高なのだ!」


 思って当然の疑問を口にすれば、憤慨された。日々の仕事を鑑みれば、こちらが憤慨したいくらいだ。


「これは成長と老化と止める薬だ」

「まさかエリクシル!? どこから持ってきたんですか!?」

「私が作った」

「作った!?」

「うん。残念ながらエリクシルではないので、不老不死にはなれないのだけれどね」


 不完全とは言え、世の錬金術師達が追い求めている物を作ったと、酷く簡単に言ってきた。

 この研究所で働き始めてから驚愕する事は多かった(主に所長の所為で)が、今回についてはかなり衝撃的だった。

 本来であれば王族に献上するような薬を、私が使っても良いのだろうか。

 と言った事より、所長がまともな研究が出来る事に驚いた。


「さあ、一気に行きたまえ。味も効果も悪くないはずだ。私もたまに作っては試しているから危険性はかなり低いはずだよ」

「危険性あるんですか!?」

「それは当然だろう。薬なのだから。しかし、君の体に合う様に調整したからそれもかなり抑えられているはずだ」


 調整という言葉に引っ掛かりを覚えながらも、私は恐る恐るそれを飲み干した。

 どこかで嗅いだことのある微弱な刺激臭に鼻がつんとしたが、味は少し苦いくらいで普通に飲める物だった。


「そう言えば、何故これを?」

「私の研究内容を忘れたのかい? 君には美少女で居てもらわなければいけない。勝手に老いるのは困るのだよ」

「……天然物じゃないと駄目なんじゃなかったんですか」

「それは尿だ。尿だけは天然物でなくてはならない。当然君も天然物の美少女であり続ける事が理想だが、そうもいかない。苦肉の策だよ、これは」


 そんな理由でとんでもない価値の薬を私に使わせたのか。やはりこの人は色々とおかしい。


「因みに。材料の一部に、君の尿が入っている」

「うえっ……!」

「もう遅い。吸収性は抜群だからね。既に成分は君のに身体中に回っているよ」


 楽しそうな表情で酷い事実を突き付ける所長。それを聞いて吐き出そうとした私に追い打ちをかけた。罵倒を返せば、にやけた顔を更に深めた。

 やはりこいつはおかしい。


 そう言えば。

 所長もたまに飲んでいるらしいが、自分の尿を材料にしているのだろうか。

 聞いてみれば、普通の蒸留水を使っているらしい。

 もう嫌だ、この上司。



 私はその日、制服と呼べるかも怪しい物を初めて渡された。

 それまでは私服か、研究所内にある着替え用の服を着ていたのだが、これからはコレを着なければいけないのかと思うと憂鬱になる。

 それは革で出来ていた。形は下着だった。と言うか、下着以外の何物でもなかった。

 内側は肌触りの良い生地が縫い付けられているが、肝心のクロッチ部分に穴が開いていた。どう見てもアダルトな仕様の下着だった。


「成る程。そういう事はそういうお店で頼んでください、このド変態」

「何を言っているんだい? 良く見たまえ、そこに小さい漏斗が着いているだろう?」

「一滴残さず飲尿出来そうですね。良かったですね」

「それは魅力的だがね」


 あまりの変態さに私が引いていると、所長は透明のチューブを取り出した。


「これで瓶と繋げるんだよ」

「採取用ですか」

「うん。これまで採取のために部屋を移動するのは不便だっただろう? これでいつでもどこでも放尿出来るね」

「採取以外は漏らさせられてましたけど」

「それも調査の一環だから、これからも続けてもらうよ」


 趣味の一環の間違いだろう。

 渋々と私は更衣室に行って面積の少なすぎる制服に着替え、チューブを取り付けた。

 その日はワンピース型の服だったのが幸いした。下着を変えるだけで済んだし、これならば見える事はない。チューブ部分についてはどうする事も出来ないので諦めた。


「悪いけど服も着替えてきてくれるかい?」

「は?」

「しっかりと機能するかを見たいんだ。ああ、それとこれも着けてくれたまえ。脚に着けると邪魔になりにくいだろう」


 所長のところに戻ると駄目出しを受けた。

 所長から留め具が幾つか着いたベルトとガラス瓶を受け取った私は再度更衣室に入り、ワンピースを脱いで白いシャツに着替えた。

 ベルトを左の太股に巻いて、外側に瓶を装着する。そしてチューブを脚の付け根辺りから螺旋状に巻き付けていって、瓶と繋げた。何故かチューブの長さがぴったりだった。

 なんで私はこんな事をしているんだろう。


「これじゃ私が変態みたいじゃないですか!」

「落ち着きたまえ。別に他人に見られるわけではない」

「あんたに見られてるんですけど!?」

「……まあ、他の者がその姿で往来を歩いていたら私でも近付き難いな」


 下半身は下着しか着けていないし、その下着も色々と酷いし、チューブが伸びている所為で変態度が増しているし、放尿すれば瓶へ流れていく様が丸見えだ。ついでにチューブが透明な所為で真下から見れば下着の中身が見える。酷過ぎる。

 と言うか近付き難いとか言っている。あんたがこの格好をさせたんだろうが。


「では、放尿したまえ」

「急に言われても出ませんよ……」

「嘘は良くないよ。君と過ごして結構経つんだ。ここに着いてからずっと我慢している事くらいは分かる」


 何だ、この変態。私はそんな素振りを一切見せていないはずなのに言い切った。

 確かに私は朝からずっと尿意を我慢している。大体こいつの所為だが。

 出来れば研究所に着いてから放尿するように、と言われていたのだ。仕事だから仕方ないと思って出来るだけ続けている。

 これもまた仕事だ、と割り切って私は排尿した。

 チューブを伝っていく生暖かさを感じながら、私はチューブの連結部分を間近で凝視する変態を睨みつけた。


「……ちょっと。しゃがむのやめてください。中身が見えます」

「おっと、すまない。局部まで見てしまったら犯罪だな」

「最初から犯罪だと思いますけど?」

「研究という名目がある以上、放尿の観察は必須だ。犯罪ではない。む、終わったようだね」


 酷い屁理屈だ。

 所長の言う通り、私は身体を少し震わせた後、排泄を終了した。


「うん。いつも通り、素晴らしいね」

「この制服のテストじゃなかったんですか!」

「それも兼ねてはいるが、私が作った上に披露した物が失敗するわけがないだろう?」


 悔しい事にこの変態の技術力はとんでもない。この程度は簡単に作り上げたのだろう。

 簡単な試作品と称したはずの物がそこら辺で売っている製品よりも優れているなんて事は普通だ。

 エリクシルっぽい物も作っているし。


「……で? なんでやらせたんですか?」

「観察と採取の為に決まっているだろう。しかし、あの螺旋状に流れていく様を眺めるのは良い。一つの芸術の形だな」

「汚い芸術もあったものですね」

「意見の相違だね」


 皮肉も通じない。

 変態を睨んだ後、私は三度更衣室に向かい、元の服装に着替えた。もうこの制服は着たくないが、どうせ採取の度に着ることになるのだろう。

 その日は憂鬱な一日だった。


「シエラ君。出来れば剃毛してくれると有難い。生えているかは知らないけれどね」

「死ね、変態!」



 ――私がこの研究を始めたのは、幼い頃の出来事が切っ掛けだ。

 その時分、私は普通の子供だった。体が弱かったから部屋で本を読んでばかりだったが、まあ、凡そ普通と言える子供だったよ。

 あまり部屋から出られない私だったが、それでも友達は居たんだ。所謂、幼馴染というやつだ。

 その中に女の子が居てね。とても可愛い子だったよ。以前、その子の結婚式に呼ばれてね。美人に成長していたよ。

 まあ、それはさておき。

 ある日、私はその子と一緒に、部屋で遊んでいたんだ。遊んでくれていたのかもしれないけれど。当時の私は、彼女のおままごとに付き合っていると思っていたんだ。それでも嬉しかったけどね。

 しばらく遊んでいると、彼女が用を足すために床から立ち上がったんだ。部屋の扉は私の後ろ側にあった。それで彼女は、私のすぐ横を通ろうとして転んだんだ。私も巻き込まれた。

 私の眼前には暗闇が広がっていた。どうなっているんだと藻掻いていると、顔面にお湯が流れてきたんだ。熱いわけではなかったが、驚き過ぎて固まってしまったよ。

 お湯は目に染みたし、鼻に入って痛かったし、口に入った物は少し飲み込んでしまった。塩辛かったのは覚えてるな。

 まあ、お察しの通り、そのお湯は彼女の尿だったわけだ。

 彼女は泣きだすし、私はそのまま動けずに居ると、母親が駆けつけてきた。そのまま二人共シャワールームに連れていかれたな。

 それから着替えて、ようやく彼女も落ち着いたらしい。落ち込んだような、恥ずかしがるような顔で謝ってきた。

 私は当然、許したよ。他の子達にも言わなかった。お陰で彼女の信用を得られたのか、仲の良い友達のままで居られたんだ。

 あの出来事が無ければ、今の私は存在しないのだろうな――


 真剣な顔をして何を言っているんだ、こいつは。

【所長】


美少女の尿をこよなく愛する変態。外見は二十代。年齢不詳。嘘は吐かない主義。

美少女が尿を漏らした後、羞恥を感じているのを見るのが大好き。

シエラの事は今までで最高の助手だと思っている。

金欠になると以前片手間で開発した物を持ち出して貴族に売り飛ばしている。

最近、ドクトル・アンモニアンと名乗ろうか悩んでいる。

本名はアレッティーノ・フラゴル・マクナム。

「美少女が羞恥と怒りで顔を染め、こちらを罵倒してくるのだ。実に愛らしいだろう?」




【シエラ】


従業員もとい被検体の少女。十代。

家族に美味しい物を食べさせたい一心で自身の尊厳を捨ててしまうが、本人は所長により良い食べ物を奢ってもらっている。

所長が定期的に提供してくる薬の為、数年間歳を取っていない。それに関して本人は、材料に不満はあるものの労せず若さを保てている事に喜んでいる。

上司が変態過ぎて自分まで変態にならないかと気が気ではない。

好きな食べ物はキグオー肉とクラッシオの炒めカプリオスト(一人前一三八〇〇ホーラ)。

「このド変態が!」

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