これからも多分続きます。
「誰か‼」
声が響く。
「何者かが将軍に斬りつけた‼探せ‼」
「違う‼軍師どのが‼自分を傷つけた者と共に逃げた‼」
「軍師どのが‼」
あちこちから響く声に、早朝の軍がざわめいた。
「落ち着け‼愚か者が‼」
ボルドーの低い声に周囲は次第に落ち着きを取り戻す。
「軍師は……軍師どのは、内々に伝えておいただろう。逃げるようにと……逃げたのだ。追うな」
「は、はい‼」
「で、ですが、もう一人は?侵入者は⁉」
「あれは、すでにセヴァイスが斬った」
「セヴァイス隊長が‼」
暴れん坊でやんちゃな将軍に隠れてしまい影は薄いが、セヴァイスは剣の使い手であり、都では王族のウィルヘルムの守護者である。
若くとも、その任務をおろそかにはしなかったのだろう。
「では、遺骸は……」
「戦場ではあるまいし、打ち捨てるのもと恩情で埋めることにした。ドファーグが、もう一人の侵入を手引きした者と共に馬車で先に出る」
示す。
その方角から、幌をつけた馬車にドファーグが馬で並び現れる。
厳しい表情でちらっと馬車を見た彼は、馭者を促しその場を後にした。
馭者は、兵士の見知った戦地での知人。
いましめられていたのを解放されたらしい。
「では、普段通り……都に戻る準備を。別れを惜しむ間はない。奥である将軍が狙われたのだ。気を引き締め動け」
ボルドーは何故か疲れたようにため息をつく。
「喋るのは辛い。ではな」
ボルドーは基本饒舌ではなく、全て親友のドファーグがくみ取って話してくれるため、久しぶりによく喋ったためらしい。
「妻に会いたい……手紙を書く」
立ち去りつつ呟いたボルドーは、元々詩人を夢見ていた。
口下手のため、愛妻になった女性に思いを伝えられず、手紙を書いて贈ったところ、両想いと分かり結婚したいきさつがあり、軍務についても定期的に妻に贈っているのだった。
その背を見送り、兵たちは、
「軍師どのがご無事であれば……」
と通常任務に戻るのだった。
そして、軍のテントが遠くなりしばらくして、
「おい、お前」
ドファーグは馬車を停めるように指示し、青年を見る。
怯えたように小さくなる青年に、
「去れ。罪には問わぬ。家族を大事にしろ……いいな?」
「は、はい‼申し訳ございませんでした‼」
「待て」
「は、はい‼」
「軍師どののお礼だ。受けとるといい」
示されたのは、荷台に置かれていた荷物。
「村に帰るまでの金と、数日分の食料だ。気を付けろ……」
「あ、ありがとうございます‼いえ、申し訳ございませんでした……」
泣きながら去っていく青年を見送ると、
「おい、クリス」
と声をかける。
「「はい」」
幌の布の間から顔を覗かせるのは、そっくりな兄妹。
「こら、アニスティン。クリスじゃないでしょ?」
「でも、アニスティンだった頃は7年で、それから10年クリスだったので、お兄ちゃん。別の名前にしましょう‼」
「嫌だよ。それにクリスもやめた方がいいと思うんだよね。罪人だもの」
長く伸ばしていた二人の髪は、兄の方は肩まで切り揃えられ、妹は二つに分けてお下げ髪にしている。
「じゃぁ、オーディスにするといい」
ドファーグの声が響く。
「オーディス?」
「……私の父の名だ。つまり、お前たちの祖父になる。強面だが、気のいい人だ、ダーク隊長の友人でもある。」
「えっと……ドファーグ隊長は、セヴァイス隊長の叔父さんで……」
家系図を思い出すアニスティンに、クリスは、
「げっ‼あのセヴァイス隊長?あいつ、結構くせ者だよ⁉あれと従兄弟……嫌だなぁ……」
「え?お兄ちゃん。セヴァイス隊長、お兄ちゃんに似てて優しいよ?いつもお菓子くれたもん。ティーパーティーって」
「えぇぇ‼お兄ちゃん困るよ⁉あれに似てる……」
本気で嫌そうなオーディスと新しい名前を受け入れた青年に、ドファーグは、
「馬車は操れるか?駄目なら馬に乗るか?」
「隊長……いえ、父上。馬は乗れますが、父上の愛馬はまだ無理だと思います。馬車を」
「私も……」
「アニスティンは大怪我をしている中の者の看病を。出てくるな。何が起こるか解らない」
ドファーグは中に戻し、新しく息子になった青年に、
「オーディス。これから日差しが強くなる。フードをかぶっておけ。日焼けはしなれぬものには辛いものだ」
「そうなんですか?」
「アニスティンも無頓着だが……お前も肌が白い。日に焼けると水ぶくれができるか、皮がむけてヒリヒリと痛みを感じる。やけどを知っているか?それの広がったものと思うといい」
「……そ、それは嫌ですね。かぶっておきます。ありがとうございます」
素直に礼を言うオーディスに笑顔をむけて、
「では行くか。お前たちには未来がある。父として、その未来を共に探そう」
「そうですね。私も、父上の息子として、未来を探したいと思います」
「まぁ、その前に、お前の嫁探しとアニスティンの結婚か?」
「ちょ、ちょっと待ってください‼アニスティンはまだ子供です‼」
顔色を変える。
折角再会できたのに、取り戻せたのに……。
「まぁ、すでに何人かが名乗りをあげているが、都に戻ったらどうなるかな……と、逃げるな。息子‼」
「逃がしてください‼あいつらにはやりません‼」
「ん?あいつらと言うのは、見当がついているのか?」
「父上‼」
オーディスはにやにやと嫌な笑みを浮かべる父親をにらむ。
「あぁ、ボルドーにも息子がいて……確かアニスティンに年が近かったな……」
「そうなんですか?」
「あぁ、18か?そっちでもいいぞ?」
「そっちもこっちもないです。敵‼お兄ちゃんには敵‼」
「あははは……‼」
ドファーグは笑う。
明るく楽しげな声に、オーディスも苦笑して首をすくめる。
「父上には敵わないなぁ……」
「まだまだだな」
それから……。
ウィルヘルムは代々繰り返されてきた軍師への意味もない殺害を撤廃するために、都に帰還して後も奮戦することになる。
側にあるのは、ドファーグの息子のオーディスに、甥であるセヴァイス。
闘うウィルヘルムに対し、参謀であるオーディスはダークに師事し武器を持つのではなく、知識を知略をめぐらし助言をする。
そしてセヴァイスも幼い頃からの友人でもあるウィルヘルムの性格と、従兄弟の性格を見抜き、互いに頑固な者同士が何とか仲良く出来るように手を回すようになる。
ドファーグは息子の生き生きとした様子をからかいつつ、娘と二人が幸せになれるように見守り、ボルドーは愛妻に日々詩を書き綴る合間に親友の子供たちに、いたわりの手紙を届ける。
ダークは、念願だった書物の解読を弟子のオーディスと共に始め、それを周囲に今までの風習がいかに愚かで残酷なことか……正しい歴史はどのようなものだったか、軍師とは、国とはどういう位置にあるかを残すことに費やす。
そして、ドファーグの娘のアニスティンは……。
「だ、だだだ……」
「だ?何だ?」
「無理です……言えませんでした……」
べそをかく妻の頬を撫でる。
「早く、言ってほしいのにな……『旦那様』って」
「おらぁぁ‼私のアニスティンを泣かすな‼殺す‼」
「うるさい‼いつも来るな‼この愚兄‼」
「お前ら……いつまでたっても、仲悪いな……」
と、賑やかな日々が訪れるのだった。
うーむ……セヴァイス隊長が、書ききれなかったですね。
残念です。
本当は、昔書いていた方の話では、もっとダークな……いえいえ、ダーク隊長ではなく、もっと血塗られたお話でした。
お兄ちゃんがもっといっちゃってる感じで、長編になりかかっていて、途中で迷っていた気がします。
セヴァイス隊長はそっちでは活躍していたのですが、ウィルヘルムが中途半端に我が強く、今回はと言うか出しきれなかったです。
本当にありがとうございます。
昔の作品が少しずつ日の目を見られるのは、幸せです。