初任務Ⅱ
翌日、学園敷地内のカフェで待ち合わせをしようとの事だったので俺と剛太はカフェへと向かった。
寮を出て数分、目的のカフェに着いた俺達は周りを見渡し先輩達を探す。
「おーい、獅子王君こっちこっち」
見つける前に青葉先輩がこちらに気付いてくれたようだ。青葉先輩が小さく手招きをして呼んでいるのが見えた。
待っていたのは、顔見知りの青葉先輩と鬼灯先輩、それに知らない少女がもう一人いた。
「すみません。お待たせしましたか」
「いんや、俺達も来たとこだよ」
青葉先輩は首を横に振る。
「それで、こちらの方は?」
初見の少女は青葉先輩達と同じくカーキ色のブレザーとネクタイをしている。長い髪を三つ編みにし、眼鏡をかけた少し地味な少女だ。
「私は泉 英玲奈と言います。はじめまして、獅子王さんと前園さん。お話は伺っております。なんでも一年の今の時点でお二人とも既に中級なんだとか…」
泉先輩は控えめな声で言う。
「はじめまして。ええ、まあそうですね」
優等生のような佇まいをしている泉先輩に何故かわからないが気圧されてしまう。
「早速ですが、任務について打ち合わせをしましょう」
「やっぱ張るのは廃墟?」
鬼灯先輩が場所の指定を提案する。
「ええ、それが妥当でしょう」
「そんな簡単に見付かるものなんですか?」
剛太が疑問を口にする。
大体の潜伏場所がわかっているとはいえ、廃墟市街地は4人で探索するにはそれなり広い。
「簡単にはいかないな。だから英玲奈がいるんだぜ」
青葉先輩が親指で泉先輩を指す。
「探索は私にお任せください。私の特性はそれに優れていますから」
泉先輩は微笑む。
「ですが、戦闘になれば私は役に立ちませんので、三人にお任せします」
後方支援向きの特性、広域魔力散布による探索と言ったところか。それ故の中級評価ならば納得がいく。階級の評価は何も強ければ良いと言うわけではない。泉先輩が良い例だろう。
「英玲奈にはいつも助けられている。英玲奈ほど優れている後方支援はそうそういない」
鬼灯先輩が抑揚のない声で泉を褒める。泉先輩の佇まいでなんとなくできる人だとわかる。だがそれは、青葉先輩と鬼灯先輩にも言えることだ。
「ブラッディ井上を捕まえることができたら階級あがるかもな~」
「勝率は低い」
「あの、そのブラッディ井上って言う奴はそんなに強いんですか」
俺達はブラッディ井上のことを全く知らない。
だからブラッディ井上について聞いておかなければならない。どんな特性をもっているのか。
「まあな、いまだにこの任務があるぐらいだしな。まず、こちらから出向いて見付かるのも三回に一回くらいだ。時間の無駄で終わるのもざらってことさ」
青葉先輩は肩を竦める。
「この任務ってそんな頻度であるんですか?」
三回に一回しか見つからないと言えるほどこの任務はやっているのか。もしかしたらまだ三回しか任務を出してないかもしれないが…。
「この任務は恐らく学園内で一番有名」
鬼灯先輩は俺達が来る前に買っていたのであろう、アイスティーを飲みながらぼそりと言う。
「まあ、それはともかくだ。獅子王君達は知らないだろうから情報提供をしとかないとな」
昨日、ブラッディ井上の名前を初めて聞いたばかりで俺達は何もわからない。情報提供は凄くありがたい。
「特性については知っているんですか」
俺は一番気になる事を聞いておく。
「特性については私が教えましょう」
そう言ったのは泉先輩だった。
「彼の特性は"固定"です」
泉先輩は"彼"と言った。と言うことはブラッディ井上は男か。
「さらに言えば、"位置の固定"と"形の固定"どちらも厄介な特性です。自分の魔力が付与しているものを固定できるみたいです」
なるほど、位置の固定ができるならば廃墟での逃走はやり易いだろう。
「しかし、生物その物には効果がないみたいですね」
つまり、動物や植物には魔力が付与できない、もしくは付与しても意味がないと言うことか。そんな事ができるなら例え微量の魔力でも付けば終わりだったな。
「"ブラッディ"と言う二つ名はどこから来た名前なんですか。敵の返り血とかですか」
「返り血だなんて怖いこと言うなよ獅子王君。実はその二つ名は本人が自分で言ってるらしいんだよ」
「自分でですか…」
予想の範疇を越えていた。まさか自分で付けた名とは。
「だからなんでそんな物騒な名前なのかはまだ誰にもわかってないんだよな~」
「ただの中二病」
「かもな」
鬼灯先輩の言葉に青葉先輩は陽気に笑う。
しかし、俺はそのブラッディと言う名前を無視することはできない。なにかがあるかもしれないと心構えをしとく必要がある。
とはいえ、まずは見つけることができなければ話にならない。
「さっき、鬼灯先輩が張るのは廃墟って言ってましたけど、廃墟に出る確率高いってことですか?」
「そういう事だね」
うんうんと鬼灯先輩は頭を振る。
「けど、今から行っても見つかるわけでもないんですよね?」
「そうなんだよな~。それに関しては運次第だな」
口を尖らせながら青葉先輩は背もたれに寄り掛かる。
「とにかく行きましょう」
そう促すのは泉先輩だ。
「行くのは良いのですが、俺達は何も準備してないですよ? というより何が必要なのかがわからなかったので…」
任務詳細には何も書かれていなかったが、そもそも書かれていないのが当たり前だったのかもしれない。任務になれている人は内容を見れば何が必要なのかはわかるのだろう。
「それはこっちで用意してるから大丈夫。獅子王君達は今回が初めての任務だろうよ。わからなくて当然」
人の良さそうな笑顔を浮かべる。
「まあとにかく、時間は有限なんだし行こうぜ」
青葉先輩は席から立ち上がり、親指で店の出口を指す。
「そういえば、どうやって廃墟まで行くんですか?」
「そら、車にきまってんじゃん」
「そして私が運転をする」
自信ありげに胸を張る鬼灯先輩。
鬼灯先輩はまだ16歳だそうだが、魔法闘士学園に通う者は特別に免許をとることが許されている。しかし、学園を退学してしまうと免許は取り消されるようだが。
「青葉先輩ではなく、鬼灯先輩が運転ですか…」
「なに、文句あるの」
「いえ」
正直言って少し怖い。
それに、他の先輩二人も冷や汗を流して苦笑していた。
カフェから出た俺達は、少し歩くと学園の駐車場に止まっているハマーを少し小さくしたような車の前で止まった。
「この車でいく」
各々が車に乗り込み、鬼灯先輩がエンジンを入れる。足はなんとか届いているようで安心した。
「じゃあ行こうか」
鬼灯先輩は一呼吸置き。
「盛大な眼鏡狩りに」
その言葉と共に車は発進し、無事にたどり着くことを祈る俺であった。