燕 紅葉Ⅱ
今俺達が見ている光景は恐らく、学生なんかが見られるような光景ではないだろう。
目の前でしている最後の模擬戦。魔法闘士学園生徒会長の一之瀬会長と名家、燕家の次女、燕紅葉が行っている模擬戦だ。
こんな光景は学生では二度とお目にかかれないかもしれない。
が、俺が言っている学生なんかが見られるような光景ではないとはそれのことではなく、紅葉が持つ武具の銃口にある巨大な球体の事だ。
この場にいる誰が見てもわかる、膨大な魔力の塊だ。
「おいおい、燕は練武場を壊す気か…」
観客席の上の方でただ見ているだけの俺達。剛太は顔を引き攣らせながら魔力の塊を見ている。
「なんというか、紅葉さんってやっぱり私達とは格が違いますよね。あんな巨大な魔力、15歳の少女が出せるレベルじゃないですよ」
理恵瑠の言うとおり、入学して間もない俺達が扱える魔力と言うのはたいしたものではない。経験を積み、魔力の扱いに対して理解をしてやっと自分の魔力をまともに扱えるようになるものだ。
普通ならば下級のA~Bレベルの人間がそれに値する。そして、今の時期はほとんどが下級のBかCだ。勿論、例外は毎年存在する。紅葉はその例外の一人だ。
「才能…ってやっぱり必要ですよね」
理恵瑠はそんなことを誰に言うでもなく、小さく呟く。
しかし、それが聞こえてしまった俺は百%の同意が出来ず、少し訂正させてもらった。
「確かに紅葉は才能がある。それは誰が見てもわかることだしな。けど理恵瑠、紅葉はただ才能だけであれができているわけではないんだ」
「積み重ねてきた努力ですか?」
「ああ、それも並大抵ではなかったな」
「でも元の潜在能力が高くなければ、いくら努力を積み重ねても限界があるじゃないですか」
確かに、理恵瑠が言うとおり才能というのはなにに対しても必要なことで、他者との格差がつく一番の要因だ。
しかし、例え才能あれど、努力をしている者としていない者とではまた、格差が生じる。
「そうだな。けどその潜在能力は自分でわかるのか?」
「それは…」
結局、自分のことでも限界なんてものはわからないものだ。だからこそ紅葉の様に才能がある者でも努力や経験という物を積み重ねるのだ。
自分はどこまでできるのか。自分はこの程度なのか。
限界は存在するだろう。しかし、どこまでが限界なのかはわからない。だから、限界を知るために積み重ねる。
「ああ見えて紅葉だって、苦手なことだらけなんだけどな…」
対峙する二人は、紅葉の行動により膠着状態になってしまった。
「会長、今の私にできる精一杯の誠意です。会長が受け止めてくれなければ練武場は壊れるかもしれませんね」
武具を会長に向ける紅葉は、武具に自分の魔力を溜める。
すると、銃口の先に溜まる魔力は徐々に膨張をし、かなりの大きさへとなった。
「…挑発しといてなんだけど、それは思っていた以上にきついな紅葉さん」
「会長なら大丈夫でしょう」
「過大な期待だね」
苦笑を浮かべる一之瀬会長は、ここで初めて自分の魔創具を出した。
指揮棒の魔創具だ。
「けどまあ、確かに僕は会長だしね。受け止めない訳にはいかない。というか、受け止めなければ練武場が潰れてしまう」
顔は笑顔だが、会長はどこか遠い目をしている。
あれはきっと後悔をしているのだろう。負けず嫌いの紅葉を挑発するからだ。
挑発をされた紅葉は、会長の挑発に応えた。
膨大な魔力の塊を制御する紅葉の武具は、カタカタと揺れ、今にも壊れそうだ。いや、恐らく壊れるだろう。
「剛太、紅葉の三メートル後ろぐらいに壁を作っといてくれ」
「ん? は~ん、なるほど。薄くていいよな」
俺の言葉に剛太は察してくれたようだ。
紅葉の魔力弾は会長がどうにかしてくれるだろう。多分。
なら、俺達は、とういうか剛太には紅葉のフォローをしてもらう。
「では会長」
「いつでもどうぞ」
紅葉は溜めに溜めた魔力弾を会長へと撃ち放つ。それと同時に武具は砕け、その勢いで紅葉は後方へと吹き飛ばされるが、観客席に届く前に見えない壁に当たり地面に落ちる。なんとか、紅葉も直前に壁を察してくれたようで受け身を取れた。
放たれた魔力弾は会長へと真っ直ぐに向かう。会長は手に持った指揮棒の魔創具をただ前にかざすだけだ。
そのまま、会長は魔力弾に呑まれ、轟音をたてながら魔力弾が砂煙をあげながらその場を荒らす。
やがて轟音は鳴り止み、砂煙で見えなかった視界がはれる。
驚くことにはれた視界の先には無傷の一之瀬会長立っていた。そして、一之瀬会長が立っている場所以外の周辺が抉れていた。
「ほんとギリギリだよ。少しタイミングを間違えていたら怪我じゃ済まなかったね。全くの手加減無しに驚きだ」
苦笑を浮かべながら自分の周辺を見渡す。
しかし、一番驚いているのは魔力弾を撃った本人だった。
驚愕に顔を染め、ぶつぶつと紅葉は呟いている。
「あれは…まずいな…!!」
えっ?と言う理恵瑠を無視して、俺は観客席から紅葉に向かい走り出す。
紅葉の瞳はみるみるうちに赤色へと染められる。
「私は…私は…これ以上…!!」
「どうしたんだい紅葉さん…?」
困惑する会長。
紅葉は爆発的な勢いで一瞬で加速し、会長へと迫る。
それには流石の会長の本気の驚きを見せている。
(間に合わない!!)
俺の行動が数秒遅かった。暴走する紅葉に届かない。
俺は紅葉に追い付けなかった。しかし、紅葉もまた、会長に到達できなかった。
会長に届く直前、紅葉は何かから衝撃を受け真横に吹っ飛ばされたのだ。
俺は吹っ飛ばされた紅葉の方へと行く。
「間一髪ね」
観客席の一番上から声がする。胸に手を当て、そう言うのは新たな人物であった。
「やあ、菫。助かったよ」
紅葉の姉であり、燕家の長女である燕 菫だ。
「油断しすぎよ。本気で反応出来てなかったじゃない」
「流石に今のは予測できなかったよ」
上から降りてくる菫さんは銃身が長い武具を持っている。
「帝君も大丈夫そうね。良かったわ」
心底安心したように菫さんは微笑みかけてくる。
「それで、菫。今のは何だったのか説明してくれるのかい?」
俺と気を失っている紅葉の方へと向かってくる菫さんに対して、会長は声を掛ける。
「ごめんなさい。それは言えないわ」
菫さんはただそれだけを応えた。
「ふ~ん、会長の僕にも言えない事なのかい。まあ、いいか」
菫さんが近くまできたくらいに、紅葉がなにやら呟きだす。
「私は…帝を…帝を……私のせいで…」
「紅葉、貴女…」
菫さんは苦々しい顔をし、俯く。
俺もまた、同じく俯いてしまう。
「私が…帝を…」
紅葉、お前はいつまでそれに囚われるのだ。
お前のそれはどこまでいけば終わるのだ。
もういいんだよ、気にするな。俺がそう言っても紅葉は聞かないだろう。
紅葉、俺はもういいんだ、本当に。
涙を浮かべる紅葉を見ると、一番報われていないはこの少女なのだろうと、俺は思わずにはいられなかった。